【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

文字の大きさ
7 / 97

第7話 モンフォール街十八番地

しおりを挟む
無事、学校の外に出た私は、周りを見回した。

私はどう見ても生徒には見えない。

門番だって、お使いの下女だと思ってすらっと通してくれた。

「遅くならないでくれよ? いちいち門を開けるのは大変だから。閉門は夕方五時だ」

「はい、わかりました」

戻るかどうかなんかわからない。

出来れば戻りたくないが、荷物が惜しい。

考えてみたら、おとなしくデートの日取りは決めておけばよかった。そしたら、窓から飛び落ちなくても済んだかも。でも、時間がもったいなかった。

学校に入学するために王都に来て以来、私は一度も王都の街に出たことがない。学校内に閉じこもっていた。

割とユルい感じの貴族や大商人のご令息、令嬢方は、休みの日や授業が終わった後、王都で流行のお店に行ったりして楽しんでいるらしい。

話には聞いていて、ちょっとうらやましかったけど、お金もなければ一緒に出かけてくれる人間もいない私には関係のない話だった。

場所くらい聞いておけばよかった。

だからって、モンフォール街がどこだかわかるかどうかは疑問だけど、少なくとも治安がいいエリアがどこかとか、そういう知識だけでもあったらよかったのに。

王都はさすがに広くて、どこにモンフォール街があるのか全然わからなかった。
これだけ広かったら人に聞いても知らないんじゃないだろうか。
地図は高くて買えないし、町の治安のために闊歩している騎士さんたちは街をよく知っているだろうが、若い美人ならとにかく、こんなブスの女中風情には目もくれないだろう。

そうだ。学校だ。

あの高級貴族様が騒いで、多少、騒ぎになっているかもしれないけど、今頃、寮の捜索は終わっているはず。何の用事があったんだか知らないが、もうあきらめた頃だろう。学校は広い。どうせ戻ってもわからないだろう。そして私は地図を探す。

私は堂々と正門から学校に入った。大丈夫。荷馬車の隣を歩いて入ったから、門番は気がついていない。

それから小走りに図書館へ行った。

地図が欲しい。

図書館はまだ午前中だったので静かだった。

泥棒魔法は、地図にも有効だろうか。今は時間が惜しい。

『地図、地図、地図』

頭の中で念じ、手を伸ばすと、地図が飛んできた。すごい。

モンフォール街は、運よく比較的近くだった。

「学校から半時間くらいか」

よかった。私は目を凝らした。十八番地は?

十八番地は載っていなかった。

ま、よくあることだ。全番地載っているわけじゃないだろう。
これで安心して探しに行ける。

それはそうと、まだ食事をしていなかった。学校外で食べるとなると、お金がかかる。

私はこっそり、図書館に付随しているテラスに出た。

テーブルとイスがある。ここでデートを楽しむ学生も多いことを知っていた。何しろ、私自身が校内ではテーブルかイスですからね。皆さんのデート事情を聞いて知っているわけですよ。

ただ、今は授業中なので、人っ子一人いなかった。なんと言う好都合。

更に泥棒魔法、本当に便利である。

パンとチーズとハムとアップルパイ、あと危険物として熱湯入りのポットとティーカップ、スプーンが飛来してきた。

「ああ、学校、辞めたくない」

ミルクと砂糖を忘れていたことを思い出して、ピッチャーごと取り寄せて私は思った。好きなものを好きなだけ食べられるって、すごく楽チン。天国。

食事しながら、地図を読むという最高の贅沢にふけることが出来る。

とは言え退学するから、こんな勝手なことが出来るだけだ。アップルパイ最高。

念のため残ったパンとチーズとハムは袋に詰め込んで、ようやく私は旅立つことにした。例のモンフォール街を目指して。


学校内はなんだかザワザワしていた。だが、私には関係ない。多分関係ない。

今度は門番に手が回っている可能性があるので、私は、正門は避けて、こっそり女中用の門を使って外に出ることにした。

あの高級貴族様だって、そこまで手は回していないだろう。

意外や意外、徹底していて、張り番がいた。だが、配属されていたのはアンナさんだった。私はニヤリとした。

私は十分ほど待った。すると、彼女はあくびをしてどこかに出て行った。

アンナさんなら、こうなるよね。

見張りのいないすきを狙って、私は、小門から堂々と外に出た。


街はいい。なんだか、解放感がある。平民の方が圧倒的に数が多い。

通りは荷馬車や立派な馬車が通りすぎていく。とても賑やかだ。

私みたいな女中も大勢いるし、口を利くなとも言われていないらしく、女同士の口論も、夫婦らしい男女も大声で口論していた。なんだか、うらやましいな。

しかし、とりあえず引っ越し先を探さなくちゃ。

モンフォール街は割合簡単に見つかった。

王都の中でも大通りに当たる通りの一つ裏の通りだった。

大通りに店を出すことが出来ない店が軒を連ねている。だが、そう離れているわけではないので、案外儲かっているのかもしれなかった。

「十六番地……十七番地……」

標識はしっかりしていて、ちゃんと順番に並んでいた。

「あれ? いきなり十九番地?」

でも、十七番地と十九番地の間には何もなかった。

十七番地は紙を売る店で、十九番地はランプを売る店だった。

十八番地は……店ではない。ドアが一つあるだけだった。木製の厳めしいドアが一つ。むろん鍵がかかっている。

どうやって入ったらいいの? それに、これではお店としては成立しないじゃないの。

思わず、ドアの取っ手に触ると、カチと音がして、鍵が開いた。そしてギィという軽い音がして、ドアは内側に開いた。

「え……」

そのまま、ドアを押して中に入る。入ることが出来た。そんな馬鹿な?
こんな場所で鍵がかかっていなかったら不用心じゃない?

後ろでドアが閉まる音がした。

「あっ、ちょっと待って!」

退路を断たれるのは困る。

「ああ?」

こちら側から、ドアを見ると、ドアには窓が付いていた。外が見える。

「何てこと?」

中は狭い部屋だった。だけど、十分な広さがある。特に幅。おかしい。だって、十七番地と十九番地の間は、私が通り抜けられるだけの幅しかなかった。なのに、この部屋は、ほぼ正方形でもっとずっと広い。

そしてこの部屋はどうやら台所らしかった。

真ん中にテーブルといすが置いてあり、食器戸棚や地下室につながる階段もあった。

十七番地側には窓があった。日が差し込んでいたから。

そんな馬鹿な。ここは王都の住宅密集地のはず。

私はびっくりして走り寄ってカーテンを開けた。

「うそ……」

広がっているのは、見慣れた光景。出て行ったはずの私の田舎の家の庭。

「ここは……庭の物置だ」

そう、屋敷には得体の知れない物置がいくつかあった。多分そのうちの一つだ。

おもわず窓を開けようとしたが開かなかった。

「魔力不足です。鍛錬が足りません」

むちゃくちゃに抑揚のない声が返事した。

「くそお」

家主、どこだああ。これじゃあ、ポーションどころではない。店として機能していない。店舗も作成場所もないじゃないか。

ふと気がつくとテーブルの上に紙が置いてあった。

『しばらく休業します』

なんだとお?

『店主 マーシャ』

マーシャ……覚えがある。私の母の名前だ。



母は私が幼い頃に亡くなった。父も一緒だった。流行病で。

私が助かったのは、その時おばあさまの家に遊びに行っていたからだという。

それからそのままおばあさまと暮らしているのだと聞いた。

あの田舎の広い屋敷には母と私の肖像画が一枚残っていた。金髪のとてもきれいな女性と、ほとんど白みたいな色の髪のほんの子どもが描かれていた。下の方には画家のサインがあってアランソンと書いてあった。

子どもの頃はみんな目の色も髪の色も薄い。

あの絵の中の子どもはとても綺麗な顔立ちだった。そして母にそっくりだった。

遠いかすかな記憶だが、私は母と姉と一緒に遊んだことがあるような気がする。
とても楽しくて、私は姉と遊ぶのが大好きだった。優しい姉だった。

姉も両親と一緒に亡くなったのだろうか。

おばあさまに両親のことを聞くことはできなかった。それはそれは悲しそうな顔をするのだ。
いつもは豪快、闊達なおばあさまを悲しませるのはいやだった。だから、私は肖像画の話も、両親の話も聞いたことがなかった。


私はそんなことを思い出して、ちょっと悲しくなった。だが、ハッと気がついた。

この店、それならずっと閉店中なのでは? 母たちが亡くなってから十年近くが過ぎている。

家の中には人気がなかった。

期待していた、『口の堅いポーション屋』ってどこにいるの?

これでは、商売にもならないし、売り物になりそうなポーションの作り方もわからないではないか。

田舎に帰れば、昔のようにポーションを作って売って暮らしていくことは可能だけど、帰る馬車代がない。この窓は開かないし。

私は詰んだ。どうしたらいいんだ。
しおりを挟む
感想 74

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。 王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。 ※世界観は非常×2にゆるいです。     文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)

神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛 女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。 月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。 ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。 そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。 さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。 味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。 誰が敵で誰が味方なのか。 そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。 カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】王位に拘る元婚約者様へ

凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢ラリエット・ゼンキースア、18歳。 青みがかった銀の髪に、金の瞳を持っている。ラリエットは誰が見ても美しいと思える美貌の持ち主だが、『闇魔法使い』が故に酷い扱いを受けていた。 虐げられ、食事もろくに与えられない。 それらの行為の理由は、闇魔法に対する恐怖からか、或いは彼女に対する嫉妬か……。 ラリエットには、5歳の頃に婚約した婚約者がいた。 名はジルファー・アンドレイズ。このアンドレイズ王国の王太子だった。 しかし8歳の時、ラリエットの魔法適正が《闇》だということが発覚する。これが、全ての始まりだった── 婚約破棄された公爵令嬢ラリエットが名前を変え、とある事情から再び王城に戻り、王太子にざまぁするまでの物語── ※ご感想・ご指摘 等につきましては、近況ボードをご確認くださいませ。

処理中です...