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第34話 ハウエル商会との商談
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翌日、早く目覚めた私は、急いで服を着て、朝食を山ほど食べた。
それから大急ぎで学校へ向かった。
遅刻したくない。通学生に混ざってバレないように学校に入らないと。
そして殿下が大勢の令嬢たちに囲まれているところに遭遇してしまった。
おお。なるほど。
アランソン公爵令嬢が、全員、王子妃レースから脱落したのだ。
今、殿下は婚約者がいない状態。
それはもう取り囲まれるに違いない。
ルーカス殿下は、目鼻立ちの整った大変な美男子だった。あまりにもステキすぎて、夢のような王子様で、顔だけ見ているとうっかり訳がわからなくなりそうだった。
だから、私は見なかったことにして、こっそり教室に向かった。
殿下、友達になれたらよかったのになあ。
便利だし。
でも、無理だ。
婚約者のいる男性には近づいてはならない。
あの調子なら、すぐに誰か決まるだろう。バスター君みたいな人だったら、友達のままでいられるのだけれど、殿下じゃなあ。無理だ。私の心の平穏のためには、遠くから鑑賞する方がいいと思う。
なにかと知り合いで、色々断らないといけない案件ばかりになるので、つっけんどんになることが多いけど、全く知らない間柄だったら、そして私が灰色の女中服を着ていなくて、公爵家でもない目立たない普通の令嬢だったら、きっとなんてステキな方かしら?などと噂話に興じ、殿下ラブとか書いたうちわを持って遠くから応援して、幸せな思い出をいっぱい作っただろうに。
現実には、気の毒だなと思いながら、繋がりを切って捨てている。だって、殿下だもん。
教室ではバスター君に会った。探してくれていたみたいだ。
「昨日、あれから父に話してみました」
彼は興奮していた。
「ぜひ、一度お会いしたいと」
「え?」
この格好だけど?
「それでいいんです。きっと平民の特待生だって思うと思います」
それから彼はモゾモゾし出した。
「僕も噂は聞いていて……実はアランソン公爵令嬢だったそうで」
「そうだけど」
「あの、えーっと。どうしてその格好のままなんですか?」
「お金がないから」
彼は黙った。全然納得がいかないのだろう。前のアランソン公爵令嬢、ベアトリス嬢とカザリン嬢は、贅の限りを尽くした衣装で身を飾っていた。学校に来るのには不適当なくらい。
「で、お金を稼がなきゃいけないんだ」
私は言った。
「あなたみたいに美しい人に言われたら、誰でも、ホイホイお金を出すと思います」
「え? 美しい?」
しまった。絶世の美女になっていることをすっかり忘れていた。
よかった。昨夜、暗くなってから街を歩いて帰らないで。
絶世の美女、ボーっと深夜の繁華街を歩く……ダメだろう。
殿下にバレたら、また叱られるところだった。
……あ、いや、もう殿下は関係ないな。自分で気をつけないとな。
「僕だって、最初全然わからなかった。ただ、服が一緒だったので」
「おおっ」
そう言うことか。
「あと、話してみたら、すぐわかったので」
あ、バスター君好き。
「ですので、放課後、ハウエル商会までご一緒願えませんか? 一度、父と話をして欲しいのです。契約書もできれば作りたい」
「ダメだね」
冷たい声が割り込んだ。
バスター君と私が同時に振り返ると、そこには側近を二人つれた殿下がいた。
私は殿下の顔を見て、びっくりした。
なんだかひどい顔になっている。目の下に隈?があるし、服もなんだかくたびれているような気がする。
これは側近の皆様もお怒りじゃあ……と思ったが、全員くたびれた様子だったが、同時になぜかホッとした顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
何があったんだろう。そっちの方が気になった。
「ハウエル商会の君」
「ハ、ハイッ」
バスター君は突然殿下から話しかけられて最敬礼した。
「ちょっと、アランソン公爵令嬢を借りるよ」
「え? ハイ」
「さあ、行こう、ポーシャ」
「ダメです」
殿下が血走ったような目でギロリとコチラを見た。わー、こわい。
「授業があります」
私は説明した。
「一晩中、探したんだ」
殿下が言った。
「アンナに見にやらせたら、寮に帰っていない」
「モンフォール街にいましたよ」
殿下、落ち着いて。大した問題じゃないって。それにしても、アンナさんを使うだなんて、嫌な話だ。寮に戻っていないんですよとか、また、何か言われるだろう。
「授業が終われば、時間がありますよ。殿下も皆さんも、一休みされてはいかがですか?」
「誰のせいだと思っている」
私は肩をすくめた。
探しまくったのは殿下の勝手だ。私の知ったことじゃない。
「何か用事だったんですか?」
普段、饒舌な殿下が黙った。
殿下を見上げると、最近よく見かける複雑な表情の殿下と目があった。
なんなんだろう、この目付き。本能的に不安になる表情だ。
「授業後に会いましょう」
多分、会うことを確約すれば、こんな顔にならないはずだ。
そして首尾よく殿下を追い払った私は、授業が終わるとすぐバスター君の家の馬車に乗った。
「これ、今日の試供品」
私は、馬車の中でバスター君にハゲ治療薬を渡した。他にも色々あるけどね。
「本当に治るんでしょうか」
バスター君は、黄金色に輝く液体の入ったケースをじっと見つめながら聞いた。
「多分。先生がそう言っていたわ」
正直、不安だったけれど、バスター君が持っているカーラ先生の報告書によると、全部のポーションが特Sの評価になっている。
やがて馬車は、王都の街中の大通りに面した、とても立派なお店の前で止まった。
「ここが僕の家の店なんです」
バスター君が控えめに言った。
彼はちっとも威張っていないし、むしろ小さくなっている。
「僕は末っ子なんです。わずかばかりの魔力があったばっかりに、両親は僕にすごく期待をしていて、でも、正直、僕の魔力なんか学校では本当に大したものでないと思い知らされました」
「でも、バスター君」
彼に魔力がないことは私もよく知っている。いつも不得意なことを強いられて、彼は委縮してしまっていた。
だけど、語学と数学、会計学などの成績はとてもいいのだ。
この彼に魔術を強要するのは間違いではないかと私は思うのだ。
「と、とりあえず、中へ。優れた魔術師を紹介したいと父たちには伝えています」
「わかったわ」
中へ通されると、そこは立派な客間だった。
灰色の女中服は間違いだったかもしれない。場違い感が半端ない。
お茶を運んできた本当の女中が私を見てびっくりしたらしかった。この家の女中の方がずっといい身なりをしている。
しばらくすると、にぎやかな話し声がして、元気のよい足音と一緒に何人かが入って来た。
「失礼するよ?」
陽気な声だった。
中年の血色の良い男性と、若いけれど目つきの鋭い自信たっぷりな男性が入って来た。
「やあやあ、初めてお目にかかる。バスターの友人だって? バスターが友達を連れて来たのは今回が初めてだな」
「しかも女の子だなんて!」
二人とも、勢いがあって陽気な人たちだった。そして末っ子のバスター君をかわいがっている様子だった。
女の子を連れてくると聞いて、その意味でも楽しみにしていたらしい。
だが、私を見てひどく驚いた様子だった。
うん。なりが悪すぎるんだな。貧民にしか見えないだろう。
魔力を使える人間は、たいてい貴族だ。
貴族でなくても、ある程度お金を手に入れられるので、ここまでひどい恰好はしていないんだと思う。
「これはまた……」
私の方が珍しく委縮した。
商売人の彼らは、私にとって初めて見る人種だった。
彼らは儲けている。それは魔術を使うよりすごい事なんじゃないだろうか。
「お初にお目にかかります」
私は立ち上がって……足を引いて礼をした。
「わっ……貴族みたいな人だな」
多分バスター君の兄らしい人が言った。
バスター君があわてて説明した。
「学校の生徒全員が、生粋の貴族なので」
「でも、この人は平民の特待生なんだよね?」
「ええと、あの、そうでもないと言うか」
バスター君がオロオロした。
「とりあえず、今日お持ちしました商品をご覧になってください」
私の話はあとでもいいだろう。
私はカバンから持参したポーションを取り出して、テーブルの上に並べた。
キラキラ光るガラスビンがいくつも並び、中にはいろんな色の液体が入っていた。
ハウエル商会の二人は、真剣な表情になり、私が取り出した商品を検分し始めた。
一番数が多いのはハゲ治療薬だ。
さすが、彼らは商売人だけあって、反応がいい。
「うーん。これまでハゲの治療薬は効果的なものがなかったな」
「そこが狙い目で。これらは、学校が貧しい人用の病院で試して好成績だったそうです」
「ほおお? でも、病院ではハゲ治療はしていないと思うが?」
脳天ハゲの傾向のあるバスター君の父上は、強い関心を見せて、ハゲ治療用のポーションを眺めた。
「お医者様が試しに飲んで見たそうです」
バスター君が解説した。
「で、どうなったって?」
「大体、一本で三センチくらい伸びたそうです。一晩で」
「マジか!」
会長、つまりバスター君の父上が反応した。
「試してみますか? 翌日にならないと効果が出ないそうですが」
私はそっとハゲ治療薬を一本、バスター君の父上に向けて押し出した。
「他はどうなんだ?」
ハゲ治療薬に夢中な会長の父親は放っておいて、バスター君の兄らしい若い男が聞いてきた。
私は全部の商品の効果を説明して、なんだかへとへとになってきた。結構、種類が多かった。
バスター君は良くしたもので、器用に製作者の名前のところだけ隠した、カーラ先生の成績表を、父親と兄に見せていた。
「きっと特Sって言うのは、いい成績なんだろうな!」
二人はにぎやかに感嘆していたが、私の方にくるりと振り返ると、尋ねた。
「ところで、この商品だけど、君はどうしたい?」
「出来るだけ高く売りたいんです」
私は正直に言った。
「ほほう」
「それは全部、お試しです。いくら付けてくださるかで考えたいです」
「君は、他にもなにか別な種類のポーションを作れるかい?」
私は思わず会心の笑みと言うやつを浮かべた。
「むしろ、いろいろなものを作りたいですね」
「ふーん?」
彼らはとても興味深げに私を見つめた。
「当商会と専属契約を結ばないか?」
「条件次第だと思います。ですけれど、当面、お金が要りますので、それをまずいくらで買ってくださるかで、考えたいと思います」
ここで、バスター君が言いだした。
「ポーシャさんは、最近、とある貴族の親戚だと言うことがわかったんだ」
両手に一杯、ポーションを持った二人が、ハッとしてバスター君の言葉に振り向いた。
「これだけの魔法量、平民のはずがないでしょ? 親族の貴族に持っていかれちゃうかもしれない。だから、その前にここへポーシャさんを呼んだんだ」
二人は黙り込んだ。
「ハウエル商会がポーションでは、最大の商会だと聞いたので」
私は言った。
ただし、どんな大商会でも、私のポーションに値打ちがなければどうにもならない。
「私は自分の商品を自分の力で売りたいんです。貴族のポーションだから効果があるだろうとかそんなのは要らないんです。だから試してください。そして値打ちがあれば高値で買ってください」
商人向けの言葉ではないことはわかっていた。でも、偽らざるところだった。
二人は私から、金貨一枚で、試供品を買い取った。
「こんなに?」
私は喜んだ。王都にきてから、自分でお金を稼いだのは初めてだ。それにこんな大金。
「これで新しい材料が買えます」
「いや、あの、もっと作ると言うなら、効果があればの話だけど、いくらでも出すよ」
父親の会長はチラリとバスター君の成績表に目を走らせた。成績表からは、超優秀な人物であることがわかる。
そう。私は掘り出し物かもしれなかったのだ。そして、もし、他の貴族が狙っているならできるだけ早く動かなくてはならない。
「お金は、当面はこれだけあれば、たくさんです」
「そ、そう? でも売れ行きによっては、色々と話が出てくるかもしれないので、君の連絡先を教えてもらえないかな? いや、名前さえ聞いていなかったね」
「私はポーシャです」
私は胸を張って言った。
「家名はありません」
え? とバスター君が顔をゆがめた。
家の名前なしで、頑張ってやる!
と言うか、この際、家名は邪魔だった。
「どこか、貴族の家柄なんだよね?」
バスター君の兄上が聞いてきた。
「そうです。でも、なんと言いますか、それも最近わかったことなので、これまで名乗ってきた名前を使ったものかどうか悩んでいるんです」
「そうかー」
彼らは熱心に私の様子を観察して、さらに好意的に言ってくれた。多分、取り込む気満々になったのだろう。
何でもいい。私はポーションを作り、世に広めたいのだ。
それから大急ぎで学校へ向かった。
遅刻したくない。通学生に混ざってバレないように学校に入らないと。
そして殿下が大勢の令嬢たちに囲まれているところに遭遇してしまった。
おお。なるほど。
アランソン公爵令嬢が、全員、王子妃レースから脱落したのだ。
今、殿下は婚約者がいない状態。
それはもう取り囲まれるに違いない。
ルーカス殿下は、目鼻立ちの整った大変な美男子だった。あまりにもステキすぎて、夢のような王子様で、顔だけ見ているとうっかり訳がわからなくなりそうだった。
だから、私は見なかったことにして、こっそり教室に向かった。
殿下、友達になれたらよかったのになあ。
便利だし。
でも、無理だ。
婚約者のいる男性には近づいてはならない。
あの調子なら、すぐに誰か決まるだろう。バスター君みたいな人だったら、友達のままでいられるのだけれど、殿下じゃなあ。無理だ。私の心の平穏のためには、遠くから鑑賞する方がいいと思う。
なにかと知り合いで、色々断らないといけない案件ばかりになるので、つっけんどんになることが多いけど、全く知らない間柄だったら、そして私が灰色の女中服を着ていなくて、公爵家でもない目立たない普通の令嬢だったら、きっとなんてステキな方かしら?などと噂話に興じ、殿下ラブとか書いたうちわを持って遠くから応援して、幸せな思い出をいっぱい作っただろうに。
現実には、気の毒だなと思いながら、繋がりを切って捨てている。だって、殿下だもん。
教室ではバスター君に会った。探してくれていたみたいだ。
「昨日、あれから父に話してみました」
彼は興奮していた。
「ぜひ、一度お会いしたいと」
「え?」
この格好だけど?
「それでいいんです。きっと平民の特待生だって思うと思います」
それから彼はモゾモゾし出した。
「僕も噂は聞いていて……実はアランソン公爵令嬢だったそうで」
「そうだけど」
「あの、えーっと。どうしてその格好のままなんですか?」
「お金がないから」
彼は黙った。全然納得がいかないのだろう。前のアランソン公爵令嬢、ベアトリス嬢とカザリン嬢は、贅の限りを尽くした衣装で身を飾っていた。学校に来るのには不適当なくらい。
「で、お金を稼がなきゃいけないんだ」
私は言った。
「あなたみたいに美しい人に言われたら、誰でも、ホイホイお金を出すと思います」
「え? 美しい?」
しまった。絶世の美女になっていることをすっかり忘れていた。
よかった。昨夜、暗くなってから街を歩いて帰らないで。
絶世の美女、ボーっと深夜の繁華街を歩く……ダメだろう。
殿下にバレたら、また叱られるところだった。
……あ、いや、もう殿下は関係ないな。自分で気をつけないとな。
「僕だって、最初全然わからなかった。ただ、服が一緒だったので」
「おおっ」
そう言うことか。
「あと、話してみたら、すぐわかったので」
あ、バスター君好き。
「ですので、放課後、ハウエル商会までご一緒願えませんか? 一度、父と話をして欲しいのです。契約書もできれば作りたい」
「ダメだね」
冷たい声が割り込んだ。
バスター君と私が同時に振り返ると、そこには側近を二人つれた殿下がいた。
私は殿下の顔を見て、びっくりした。
なんだかひどい顔になっている。目の下に隈?があるし、服もなんだかくたびれているような気がする。
これは側近の皆様もお怒りじゃあ……と思ったが、全員くたびれた様子だったが、同時になぜかホッとした顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
何があったんだろう。そっちの方が気になった。
「ハウエル商会の君」
「ハ、ハイッ」
バスター君は突然殿下から話しかけられて最敬礼した。
「ちょっと、アランソン公爵令嬢を借りるよ」
「え? ハイ」
「さあ、行こう、ポーシャ」
「ダメです」
殿下が血走ったような目でギロリとコチラを見た。わー、こわい。
「授業があります」
私は説明した。
「一晩中、探したんだ」
殿下が言った。
「アンナに見にやらせたら、寮に帰っていない」
「モンフォール街にいましたよ」
殿下、落ち着いて。大した問題じゃないって。それにしても、アンナさんを使うだなんて、嫌な話だ。寮に戻っていないんですよとか、また、何か言われるだろう。
「授業が終われば、時間がありますよ。殿下も皆さんも、一休みされてはいかがですか?」
「誰のせいだと思っている」
私は肩をすくめた。
探しまくったのは殿下の勝手だ。私の知ったことじゃない。
「何か用事だったんですか?」
普段、饒舌な殿下が黙った。
殿下を見上げると、最近よく見かける複雑な表情の殿下と目があった。
なんなんだろう、この目付き。本能的に不安になる表情だ。
「授業後に会いましょう」
多分、会うことを確約すれば、こんな顔にならないはずだ。
そして首尾よく殿下を追い払った私は、授業が終わるとすぐバスター君の家の馬車に乗った。
「これ、今日の試供品」
私は、馬車の中でバスター君にハゲ治療薬を渡した。他にも色々あるけどね。
「本当に治るんでしょうか」
バスター君は、黄金色に輝く液体の入ったケースをじっと見つめながら聞いた。
「多分。先生がそう言っていたわ」
正直、不安だったけれど、バスター君が持っているカーラ先生の報告書によると、全部のポーションが特Sの評価になっている。
やがて馬車は、王都の街中の大通りに面した、とても立派なお店の前で止まった。
「ここが僕の家の店なんです」
バスター君が控えめに言った。
彼はちっとも威張っていないし、むしろ小さくなっている。
「僕は末っ子なんです。わずかばかりの魔力があったばっかりに、両親は僕にすごく期待をしていて、でも、正直、僕の魔力なんか学校では本当に大したものでないと思い知らされました」
「でも、バスター君」
彼に魔力がないことは私もよく知っている。いつも不得意なことを強いられて、彼は委縮してしまっていた。
だけど、語学と数学、会計学などの成績はとてもいいのだ。
この彼に魔術を強要するのは間違いではないかと私は思うのだ。
「と、とりあえず、中へ。優れた魔術師を紹介したいと父たちには伝えています」
「わかったわ」
中へ通されると、そこは立派な客間だった。
灰色の女中服は間違いだったかもしれない。場違い感が半端ない。
お茶を運んできた本当の女中が私を見てびっくりしたらしかった。この家の女中の方がずっといい身なりをしている。
しばらくすると、にぎやかな話し声がして、元気のよい足音と一緒に何人かが入って来た。
「失礼するよ?」
陽気な声だった。
中年の血色の良い男性と、若いけれど目つきの鋭い自信たっぷりな男性が入って来た。
「やあやあ、初めてお目にかかる。バスターの友人だって? バスターが友達を連れて来たのは今回が初めてだな」
「しかも女の子だなんて!」
二人とも、勢いがあって陽気な人たちだった。そして末っ子のバスター君をかわいがっている様子だった。
女の子を連れてくると聞いて、その意味でも楽しみにしていたらしい。
だが、私を見てひどく驚いた様子だった。
うん。なりが悪すぎるんだな。貧民にしか見えないだろう。
魔力を使える人間は、たいてい貴族だ。
貴族でなくても、ある程度お金を手に入れられるので、ここまでひどい恰好はしていないんだと思う。
「これはまた……」
私の方が珍しく委縮した。
商売人の彼らは、私にとって初めて見る人種だった。
彼らは儲けている。それは魔術を使うよりすごい事なんじゃないだろうか。
「お初にお目にかかります」
私は立ち上がって……足を引いて礼をした。
「わっ……貴族みたいな人だな」
多分バスター君の兄らしい人が言った。
バスター君があわてて説明した。
「学校の生徒全員が、生粋の貴族なので」
「でも、この人は平民の特待生なんだよね?」
「ええと、あの、そうでもないと言うか」
バスター君がオロオロした。
「とりあえず、今日お持ちしました商品をご覧になってください」
私の話はあとでもいいだろう。
私はカバンから持参したポーションを取り出して、テーブルの上に並べた。
キラキラ光るガラスビンがいくつも並び、中にはいろんな色の液体が入っていた。
ハウエル商会の二人は、真剣な表情になり、私が取り出した商品を検分し始めた。
一番数が多いのはハゲ治療薬だ。
さすが、彼らは商売人だけあって、反応がいい。
「うーん。これまでハゲの治療薬は効果的なものがなかったな」
「そこが狙い目で。これらは、学校が貧しい人用の病院で試して好成績だったそうです」
「ほおお? でも、病院ではハゲ治療はしていないと思うが?」
脳天ハゲの傾向のあるバスター君の父上は、強い関心を見せて、ハゲ治療用のポーションを眺めた。
「お医者様が試しに飲んで見たそうです」
バスター君が解説した。
「で、どうなったって?」
「大体、一本で三センチくらい伸びたそうです。一晩で」
「マジか!」
会長、つまりバスター君の父上が反応した。
「試してみますか? 翌日にならないと効果が出ないそうですが」
私はそっとハゲ治療薬を一本、バスター君の父上に向けて押し出した。
「他はどうなんだ?」
ハゲ治療薬に夢中な会長の父親は放っておいて、バスター君の兄らしい若い男が聞いてきた。
私は全部の商品の効果を説明して、なんだかへとへとになってきた。結構、種類が多かった。
バスター君は良くしたもので、器用に製作者の名前のところだけ隠した、カーラ先生の成績表を、父親と兄に見せていた。
「きっと特Sって言うのは、いい成績なんだろうな!」
二人はにぎやかに感嘆していたが、私の方にくるりと振り返ると、尋ねた。
「ところで、この商品だけど、君はどうしたい?」
「出来るだけ高く売りたいんです」
私は正直に言った。
「ほほう」
「それは全部、お試しです。いくら付けてくださるかで考えたいです」
「君は、他にもなにか別な種類のポーションを作れるかい?」
私は思わず会心の笑みと言うやつを浮かべた。
「むしろ、いろいろなものを作りたいですね」
「ふーん?」
彼らはとても興味深げに私を見つめた。
「当商会と専属契約を結ばないか?」
「条件次第だと思います。ですけれど、当面、お金が要りますので、それをまずいくらで買ってくださるかで、考えたいと思います」
ここで、バスター君が言いだした。
「ポーシャさんは、最近、とある貴族の親戚だと言うことがわかったんだ」
両手に一杯、ポーションを持った二人が、ハッとしてバスター君の言葉に振り向いた。
「これだけの魔法量、平民のはずがないでしょ? 親族の貴族に持っていかれちゃうかもしれない。だから、その前にここへポーシャさんを呼んだんだ」
二人は黙り込んだ。
「ハウエル商会がポーションでは、最大の商会だと聞いたので」
私は言った。
ただし、どんな大商会でも、私のポーションに値打ちがなければどうにもならない。
「私は自分の商品を自分の力で売りたいんです。貴族のポーションだから効果があるだろうとかそんなのは要らないんです。だから試してください。そして値打ちがあれば高値で買ってください」
商人向けの言葉ではないことはわかっていた。でも、偽らざるところだった。
二人は私から、金貨一枚で、試供品を買い取った。
「こんなに?」
私は喜んだ。王都にきてから、自分でお金を稼いだのは初めてだ。それにこんな大金。
「これで新しい材料が買えます」
「いや、あの、もっと作ると言うなら、効果があればの話だけど、いくらでも出すよ」
父親の会長はチラリとバスター君の成績表に目を走らせた。成績表からは、超優秀な人物であることがわかる。
そう。私は掘り出し物かもしれなかったのだ。そして、もし、他の貴族が狙っているならできるだけ早く動かなくてはならない。
「お金は、当面はこれだけあれば、たくさんです」
「そ、そう? でも売れ行きによっては、色々と話が出てくるかもしれないので、君の連絡先を教えてもらえないかな? いや、名前さえ聞いていなかったね」
「私はポーシャです」
私は胸を張って言った。
「家名はありません」
え? とバスター君が顔をゆがめた。
家の名前なしで、頑張ってやる!
と言うか、この際、家名は邪魔だった。
「どこか、貴族の家柄なんだよね?」
バスター君の兄上が聞いてきた。
「そうです。でも、なんと言いますか、それも最近わかったことなので、これまで名乗ってきた名前を使ったものかどうか悩んでいるんです」
「そうかー」
彼らは熱心に私の様子を観察して、さらに好意的に言ってくれた。多分、取り込む気満々になったのだろう。
何でもいい。私はポーションを作り、世に広めたいのだ。
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【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
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☆第2部完結しました☆
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