【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

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第43話 世にも残虐なるルロード様登場

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着いたところは、とても大きな屋敷の屋根裏部屋らしかった。

窓があったので、ちょっと覗いてみたのだが、他の家の屋根が見えるだけだった。

そしてその部屋は、他に家具はなく、絨毯が敷いてあるだけだった。移動専門の部屋なのだろう。

私はドアに走り寄って、開けようと試みた。

大事な魔法の絨毯の部屋だ。厳重に鍵がかかっているかもしれない。

だが、ドアは軽く開いた。

絨毯の利用には相当な魔力がいると言っていた。つまり、とても便利だけれど、誰でも使えるわけじゃないのだ。

大部分の人間にとって、この素晴らしい魔法の絨毯は、ただの埃まみれの敷物に過ぎないのだろう。

保護魔法とまではいかないものの、私だって、ちょっとした魔法くらいなら使える。
お手伝いするなら、せめて目の色髪の色くらいは変えた方がいいだろうと、茶色の髪と焦げ茶色の目に変えて来たし、服はありふれてくたびれた女中服。

目立つ格好ではない。

ドキドキしながら、狭い階段を伝って下に下りていく。

だが、途中で私はふと足を止めた。

おかしな音……声が聞こえる。

二階に着いた時、それは玄関ホールから響いてくる声なのだとわかった。

正面入り口の吹き抜けの大ホールには、鋳鉄とガラス細工の芸術品のような灯りがぶら下がっていた。

「ワーッハッハッハ!」

その灯りに捕まって、一人の大男が黒髪をなびかせながら、大声で嘲笑していた。

「そんな腕前か。そんな程度で、この俺様、漆黒の闇のルロード様に挑むとは命知らずな!」

床の上には三人の男が伸びていた。手には鎌やじょうろを持っている。

そして床中に球根が散らばっていた。

漆黒の髪のルロード様が指を上げると、球根が見事に一列になって空中に浮きあがり、倒れた三人の頭をボコボコと連打して砕け散った。

「さすがはルロード様。おみそれいたしました。どうかお許しを。そして、我らにわずかでも魔術をお教えくださいッ」

「金子が足りぬな」

ルロード様とやらは、それはそれは尊大な態度で答えた。

「そんなああ」

「さもなくば、料理しろ」

「だから、わしらは庭師だから、無理ですって」

「口答えは許さん。貴様らが無能なのはわかった。では、街へ行って肉買ってこい、肉。すぐ食えるやつ」

「庭師の仕事はどうなりますんで?」

「なんとかするのがプロの技」

「街の屋台で買い物するのは、庭師の技と縁もゆかりもありませんが」

「ええい。口の減らぬやつめ」

シャンデリアに留まっている男は口答えした男をピシリと指差した。途端に指先から真紅の光線が放たれ、男の頭に当たって、その男は脳天ハゲになってしまった。

「えええええ! イヤアアアア!」

玄関ホールに響き渡る絶叫。

「治して欲しくば、串焼き肉と、鶏の唐揚げと、揚げた肉団子と、とろとろ豚の煮込みを今すぐ買ってこい」

それから意地悪そうに付け加えた。

「言っとくがな。そのハゲは時間が経てば経つほど広がっていく。周りの毛根を侵食していくのだ。じわじわとな」

「ヒイイイイ」

脳天ハゲになった男は頭を抱えてまた叫んだ。

「さあ行け! ハゲなど、このルロード様の手にかかれば恐れることではない!」

三人の男は、強制的に立ち上がらされ、まるで背中から強い風で押されているかのように駆け足で正面玄関の扉に向かっていった。ぶつかる寸前で、扉が自動的に開き、三人は外に放り出された。出た途端に、扉は何事もなかったかのように音もなくすううと閉まり、後にはシャンデリアに捕まっているという間抜けな格好の男と、それから、階段の踊り場にもう一人、別な男が立っているのが見えた。

その男性はピシリと執事服を着込み、頭は白髪で、小柄だが非常に威厳があった。

「ルロード様」

まるで、北極の空気のように冷たい冷え冷えとした雰囲気でその男性は、シャンデリアに捕まっている若い男に声をかけた。

「女中を全員追い出すから、このような食糧難になったのですよ?」

長い黒髪の男は、知らんぷりをした。

「セバスティアン様!」

「その名を呼ぶな!」

シャンデリアの男はムキになって振り返った。

「いいから降りていらっしゃい。ベリー公爵夫人に言い付けますよ? 庭師を相手に遊ぶのはいい加減にしてください!」

シャンデリアの若い男は、本当に渋々、向きを変えたが、突然叫び出した。

「おおっ。臭わないか? カールソン?」

カールソンと呼ばれた白髪の紳士の方はうんざりしたらしかった。

「何がですか? 何も匂いませんよ」

シャンデリアの男が鼻をクンクンさせた。

「いるぞ、いる。わが同胞だ。それも相当のエネルギーの持ち主」

「早く降りてください。いい加減に、料理女と女中を決めないと、いつまで立ってもポーシャ様がお帰りになれないではありませんか」

「待て。まずはこの匂いの主の特定が先だろう」

「何も匂いませんてば。言い訳はやめてください。早く下働きの女どもを決めて欲しいもんですよ。どうして、そんなに女性恐怖症なんですか。子どもじゃありまいし」

「なんだとおお?」



大体事情はわかった。

シャンデリアに留まっているのは、セス様だ。

そう言えば、おばあさまがセス様の黒歴史を語っていらした。

現在進行形でこの有様か。やりたいことをやっているんだな。

私はため息をついた。

大魔術師なんて、変人のオンパレードだ。

おばあさま然り、セス様然り、大魔術師とまでは言わないが魔法力多めの殿下も女装癖がある。私は……多分、平民気質の抜けないポーション狂いとでも言ったところだろうか。

「セス様!」

私は大声で呼びかけた。

セス様の大きな黒い目が、こちらを向いて、私を見て、それから彼はシャンデリアから派手な音を立てて落っこちた。

「ルロード様?」

カールソン氏が慌てて走り寄ろうとしたが、私は押しとどめた。

「セス様なら、ご自分でどうにかなさいますわ」

その通り、セス様はものすごく恨みがましそうな、そして不安そうな顔をしながら自分で立ち上がった。

黒い上着には妙な訳のわからない動物が銀糸で刺繍され、銀色の止め金のついた黒マントと、同じく銀の飾りがついた黒のブーツを履いていた。そして黒地に銀の模様が描かれた眼帯をしていた。長い黒髪は、半分は顔にかかったままだ。


もう、何も言うまい。

「セス様」

「……ハイ」

「おばあさまに言いつけますわよ」

私は周りを見回した。

なんて汚い。

さっきぶつけて粉々にした球根からは汁がこぼれて、大理石の床と絨毯にシミを作っている。

階段には埃が溜まり、場所によってはくるくると埃が髪の毛かなんかと絡まってダマになっている。

「小汚いわね」

わたしは手を腰に当てて宣言した。

セス様は、床に手をついたまま、項垂れており、ものに動じなさそうなカールソン氏もびっくりした様子で私を見ていた。

「どなた様でございましょう?」

「ポーシャ・アランソンよ。この家の持ち主よ」

初めて名乗った。

カールソン氏は驚いて目を大きく見開いた。



「なんなの? この家」

私は、玄関ホールと階段をまず掃除した。

私は生活魔法の熟練者。私の手にかかれば、絨毯に染み付いた球根の汁のシミだろうがそんなの一瞬だ。

「セス様が生活魔法を使えないなんて信じられないわ」

「ええっと……」

「使えるんでしょう? 使いたくなかっただけでしょう? 興味がないから」

私は詰め寄った。

「うう。だって、ロマンがないので」

「何言ってんだか」

と言うことは、セス様がやってのけたのは、女中どもの一掃だけ?

「は……流石に大魔術師様。邪心のある女中や料理番をあっさり見抜いて解雇したまでは良かったのですが、残りの、昔からアランソン家にお仕えしておりました者のうち女どもを寄せ付けず……」

「なんで? 女手はいるでしょう?」

「なんでも、セス様は掃除のために、部屋をうろつかれたり、周りをゴソゴソする得体の知れない人間がいると気に触るとか、そう言うことをおっしゃられまして」

「完全な引きこもりのセリフじゃないの」

三人は、私がきれいに掃除した食堂で、私が洗ったお茶碗とポットで、私が沸かしたお湯と、私が泥棒魔法して取り寄せた茶葉と高級クッキーで、お茶をしていた。

事情聴取である。

事情聴取に至るまでが疲れたわ。とにかく、部屋はきれいになったし、これでゆっくりお茶くらい飲めるわ……

ごちゃごちゃ女性嫌いとかごねてる割には、おいしいお茶とお菓子には目がないらしく、セス様はせっせとお菓子を頬張っていた。

「それにルロード様が言うには……」

「セス様が言うには?」

私は続きを促した。一体、何の問題があったのだろう?

「言うなああ!」

突然、セス様がテーブルにドンと手をついて叫んだ。お茶碗がひっくり返って、お茶がこぼれ、真っ白なテーブルクロスにシミが広がっていく。

カールソン氏は、私の方に身を寄せて囁いた。

「ええとですね、ルロード様がおっしゃるには、全ての女性は自分に惚れ込んでしまう、そんなことになったら仕事にならないと」

私は素早くセス様……ルロード様がひっくり返したお茶の始末と、テーブルクロスにお茶の染みがつかないように始末をしながら、プッと笑った。
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