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第27話 フィオナ、追い込まれる
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絶対にグレンフェル侯爵だと思っていたのに、訪ねてきたのはジャックだった。
一体、どんな顔をして、ジャックに会えばいいのだろう?
ジャックは怒っているのではないかしら。
結局、夕べ、彼女はセシルと一緒に帰ったのだ。
それに今朝は着替えのために待たせたし……。おそるおそる客間に近づいたフィオナの耳に聞こえてきたのは兄のアンドルーの声だった。
「持参金は結婚の時に、1万5千ルイ。僅か過ぎて恥ずかしい限りだが」
「いや、そんなものを期待しているわけではないよ」
さわやかなジャックの声が聞こえる。
「そんなことより、式の方だが早めの方が望ましい。そうは言っても、衣装などの準備もあるだろうから、どんなに急いでも半年はかかるだろう」
「そ、そうだね。準備があるよね」
「独立して新居を準備したいと思っている。もちろん、まず式を考えないといけないんだが、ウェディングドレス代はパーシヴァル家の負担で考えている。むろんフィオナ嬢のリクエストを聞いて……」
一体、何の話をしているの?
「お兄様? フィオナです」
「おお、来たようだな」
ノックして名乗ると、急いで兄がドアを開けた。
「朝早くからいきなりで失礼する」
ジャックは立ち上がり、フィオナにあいさつした。ジャックの真剣な表情にフィオナはぎくりとした。
兄の方は困惑しながらも嬉しそうだった。
「良かったな。フィオナ。こんないいお話はない。早めの式は大歓迎だ」
「アンドルー、フィオナ嬢に直接お申し込みをしたい。悪いが少し席を外して欲しいんだが」
「おお、これは失敬した。当然だな。では、しばらく席を外そう」
兄は嬉しそうにそそくさと出て行ってしまい、フィオナは真剣な目のジャックと二人取り残された。
「そんな顔をしないで。フィオナ」
ジャックは言った。
「そして、ここへ座って欲しい」
ジャックは隣の席を指した。フィオナがためらうと彼はため息をついて、何もしないよと請け合った。
「それより、大きな声では言えない話なんだ。家族に聞かれたくないだけだ」
フィオナは素直にジャックの隣に座った。ここは自分の家だ。アンドルーもアレクサンドラもいる。たいしたことにはならないだろう。
それに……ジャックは悲しそうにさえ見える。昨夜のカンカンに怒ったセシルとは違う。セシルは遠慮なく彼女を捕まえてキスした。
そうか。ジャックはわかっているのだ。彼女がセシルに惹かれていることを。
「無事に帰れたかい? 夕べ」
「無事?」
フィオナはびっくりして聞き返した。それから少し赤くなった。ジャックは、フィオナを観察してため息をついた。
「ま、その様子じゃ、大したことにはならなかったらしいな。よかったよ、大ごとになる前で」
「なんのことですか?」
「フィオナ、以前にグレンフェル侯爵の亡くなった兄の話をしたことがあったよね?」
「え? ええ」
「グレンフェル侯爵に聞いてみた?」
フィオナはためらった。セシルとの話はフィオナとセシル二人だけのものだ。ジャックにしゃべっていいものかどうか。
「答えてくれた?」
フィオナが返事をしないでいると、ジャックは冷たく言った。
「答えなかったろ。答えられないからだよ。みんな、誰でも回答を知っている」
「セシルじゃないわ!」
ジャックはジロリとフィオナを睨んだ。ジャックから、怖い目で見られたことのないフィオナは驚いてひるんだ。
「セシルじゃないわ……か。確かにセシルじゃない。犯人はセシルの母だ」
フィオナは呆然としてジャックの顔を見た。
「セシルじゃないことは、しばらくしてみんなにわかった。当たり前だ。彼は兄が死んだ時、外国にいた。インド洋のどこかの海上にいたんだ。どう考えたって犯人じゃない。その時、グレンフェル家の邸宅にいたのは、彼の母だけだった」
「家族ではないかも……」
「そんなわけないだろう。家族でなかったら、どうして警察に突き出さないのだ。グレンンフェル侯爵は治安判事だった。もう亡くなった彼の父のことだ。その人がこの事件をあいまいなまま葬ったのだ。妻の犯行だなんて、ばらしたくなかったんだろう。知られたら困ると思ったのだ」
ジャックは黙ってフィオナを見つめていた。
「グレンフェル侯爵が君を信用してこの話をきちんとしたのかどうか?」
「信用?」
「信用の問題ではないかも知れない。都合の悪いことは隠して求婚しているのかもしれない。欺瞞だな。詐欺かも知れない」
フィオナはどう判断したらいいのかわからなかった。セシルは彼女にはっきりした返事をしなかった。それはなぜだろう。
「それに、問題はそこじゃない」
ジャックは続けた。
「彼の母がまだ生きているということだ」
フィオナがわからない顔をしているので、ジャックは言葉をつづけた。
「過去の話なんかどうでもいいと、侯爵だって言うだろう。そのとおりだ。だが、殺人者は生きている。君は、その人と一緒に暮らさなければならない。彼女は邪魔だった先妻の息子を殺すような人物だ。先妻の息子から地位と財産を自分の息子に渡すいい手段を思いついて、実行したのだ。なぜ、二度目がないなんて信じられる?」
フィオナは突然、大伯母の遺言を思い出した。
1万5千ルイでは済まない。
莫大な遺産だ。
彼女が死ねば、遺産は夫のもとに行くだろう。そのことを知ったら、その殺人者はどうするだろう?
「夫と息子は、家名のために彼女を守り続けた。二度目も安全だと考えるかもしれない」
突然顔色を変えたフィオナを見て、ジャックは言葉をやわらげた。
「君の持参金は変な欲を駆り立てるような額じゃない。安全だと思う。持参金の多い娘の場合は危険じゃないか? だけど、まさか田舎の領地には行きませんとか、義母には絶対に会いませんとは言えないだろう?」
「大伯母の遺産は……そんな額ではない……」
裏切られた思いでフィオナは唇を震わせた。
それでも、セシルの口から話してくれればよかったのにと思う。
何もかも話してくれれば……
ジャックは驚いた。
「そんな額ではない?」
少ないのか、多いのか?
だが、フィオナはそれ以上話さなかった。ジャックも遺産の件については聞かないことにした。もっと大事な話があるのだ。
「……僕は君に嘘は言わない。言う必要がないからだ」
ジャックは静かに話し始めた。
「僕の一家にそんなしがらみはない。古い貴族の一家じゃないから家名の名誉なんて気にする必要がない。姉のクリスチンなんか勝手に家を出て、一人で自由にやっている。でも、誰も咎めない」
そして、隣に座っているを幸い、フィオナの手を優しく取った。彼女はずっとうつむいていた。泣いているのかもしれない。あの侯爵のことで。嘘つきの侯爵のことで!
「暮らしていくのに十分なお金はある。嘘をついたり、だましたり、そして暇で傲慢な貴族の多くが妻以外に手を出したりしているが、僕はそんなことはしない。商家にそんな伝統はない」
ジャックは必死だった。
「妻は夫と一緒になって家を盛り立てるのだ。大事なパートナーだ。社交界に出かけてダンスを踊るだけじゃない。君となら一緒にやれると思ったのだ」
フィオナがわずかに顔をあげた。
「かわいらしい人だと思った。だけど、それだけじゃない。貴族のお嬢さんだなんて関係ない。一緒にやろうとしてくれる人なんだとわかった。控えめで我慢強い。思慮深くもある。そんなところが好きで……」
「ジャック……! でも、私、セシ……」
それ以上聞きたくない。ジャックは、他人の家の客間で、その家の娘の肩を抱いて唇を塞いだ。
事実は伝えた。あとは気持ちが変わるのを待つつもりだ。
侯爵はうそつきだ。彼女に本当の話をしない。
もちろん、家人はこっそりのぞいていた。話の内容は距離がありすぎて聞こえなかったろうが、大変に好ましい婿がねのジャックだったとしても、ここらへんで割り込むのは当然だろう。
遠慮がちなノックの音がして、その途端、パッとジャックはフィオナを放した。
「いやー、盛り上がっている……いや、お話し中を申し訳ないが、家族、特に両親を紹介しようかと思っていたんだ……」
いささか髪型を乱したジャックだったが、さっと居ずまいを正した。
「ぜひ、お願いします……」
一体、どんな顔をして、ジャックに会えばいいのだろう?
ジャックは怒っているのではないかしら。
結局、夕べ、彼女はセシルと一緒に帰ったのだ。
それに今朝は着替えのために待たせたし……。おそるおそる客間に近づいたフィオナの耳に聞こえてきたのは兄のアンドルーの声だった。
「持参金は結婚の時に、1万5千ルイ。僅か過ぎて恥ずかしい限りだが」
「いや、そんなものを期待しているわけではないよ」
さわやかなジャックの声が聞こえる。
「そんなことより、式の方だが早めの方が望ましい。そうは言っても、衣装などの準備もあるだろうから、どんなに急いでも半年はかかるだろう」
「そ、そうだね。準備があるよね」
「独立して新居を準備したいと思っている。もちろん、まず式を考えないといけないんだが、ウェディングドレス代はパーシヴァル家の負担で考えている。むろんフィオナ嬢のリクエストを聞いて……」
一体、何の話をしているの?
「お兄様? フィオナです」
「おお、来たようだな」
ノックして名乗ると、急いで兄がドアを開けた。
「朝早くからいきなりで失礼する」
ジャックは立ち上がり、フィオナにあいさつした。ジャックの真剣な表情にフィオナはぎくりとした。
兄の方は困惑しながらも嬉しそうだった。
「良かったな。フィオナ。こんないいお話はない。早めの式は大歓迎だ」
「アンドルー、フィオナ嬢に直接お申し込みをしたい。悪いが少し席を外して欲しいんだが」
「おお、これは失敬した。当然だな。では、しばらく席を外そう」
兄は嬉しそうにそそくさと出て行ってしまい、フィオナは真剣な目のジャックと二人取り残された。
「そんな顔をしないで。フィオナ」
ジャックは言った。
「そして、ここへ座って欲しい」
ジャックは隣の席を指した。フィオナがためらうと彼はため息をついて、何もしないよと請け合った。
「それより、大きな声では言えない話なんだ。家族に聞かれたくないだけだ」
フィオナは素直にジャックの隣に座った。ここは自分の家だ。アンドルーもアレクサンドラもいる。たいしたことにはならないだろう。
それに……ジャックは悲しそうにさえ見える。昨夜のカンカンに怒ったセシルとは違う。セシルは遠慮なく彼女を捕まえてキスした。
そうか。ジャックはわかっているのだ。彼女がセシルに惹かれていることを。
「無事に帰れたかい? 夕べ」
「無事?」
フィオナはびっくりして聞き返した。それから少し赤くなった。ジャックは、フィオナを観察してため息をついた。
「ま、その様子じゃ、大したことにはならなかったらしいな。よかったよ、大ごとになる前で」
「なんのことですか?」
「フィオナ、以前にグレンフェル侯爵の亡くなった兄の話をしたことがあったよね?」
「え? ええ」
「グレンフェル侯爵に聞いてみた?」
フィオナはためらった。セシルとの話はフィオナとセシル二人だけのものだ。ジャックにしゃべっていいものかどうか。
「答えてくれた?」
フィオナが返事をしないでいると、ジャックは冷たく言った。
「答えなかったろ。答えられないからだよ。みんな、誰でも回答を知っている」
「セシルじゃないわ!」
ジャックはジロリとフィオナを睨んだ。ジャックから、怖い目で見られたことのないフィオナは驚いてひるんだ。
「セシルじゃないわ……か。確かにセシルじゃない。犯人はセシルの母だ」
フィオナは呆然としてジャックの顔を見た。
「セシルじゃないことは、しばらくしてみんなにわかった。当たり前だ。彼は兄が死んだ時、外国にいた。インド洋のどこかの海上にいたんだ。どう考えたって犯人じゃない。その時、グレンフェル家の邸宅にいたのは、彼の母だけだった」
「家族ではないかも……」
「そんなわけないだろう。家族でなかったら、どうして警察に突き出さないのだ。グレンンフェル侯爵は治安判事だった。もう亡くなった彼の父のことだ。その人がこの事件をあいまいなまま葬ったのだ。妻の犯行だなんて、ばらしたくなかったんだろう。知られたら困ると思ったのだ」
ジャックは黙ってフィオナを見つめていた。
「グレンフェル侯爵が君を信用してこの話をきちんとしたのかどうか?」
「信用?」
「信用の問題ではないかも知れない。都合の悪いことは隠して求婚しているのかもしれない。欺瞞だな。詐欺かも知れない」
フィオナはどう判断したらいいのかわからなかった。セシルは彼女にはっきりした返事をしなかった。それはなぜだろう。
「それに、問題はそこじゃない」
ジャックは続けた。
「彼の母がまだ生きているということだ」
フィオナがわからない顔をしているので、ジャックは言葉をつづけた。
「過去の話なんかどうでもいいと、侯爵だって言うだろう。そのとおりだ。だが、殺人者は生きている。君は、その人と一緒に暮らさなければならない。彼女は邪魔だった先妻の息子を殺すような人物だ。先妻の息子から地位と財産を自分の息子に渡すいい手段を思いついて、実行したのだ。なぜ、二度目がないなんて信じられる?」
フィオナは突然、大伯母の遺言を思い出した。
1万5千ルイでは済まない。
莫大な遺産だ。
彼女が死ねば、遺産は夫のもとに行くだろう。そのことを知ったら、その殺人者はどうするだろう?
「夫と息子は、家名のために彼女を守り続けた。二度目も安全だと考えるかもしれない」
突然顔色を変えたフィオナを見て、ジャックは言葉をやわらげた。
「君の持参金は変な欲を駆り立てるような額じゃない。安全だと思う。持参金の多い娘の場合は危険じゃないか? だけど、まさか田舎の領地には行きませんとか、義母には絶対に会いませんとは言えないだろう?」
「大伯母の遺産は……そんな額ではない……」
裏切られた思いでフィオナは唇を震わせた。
それでも、セシルの口から話してくれればよかったのにと思う。
何もかも話してくれれば……
ジャックは驚いた。
「そんな額ではない?」
少ないのか、多いのか?
だが、フィオナはそれ以上話さなかった。ジャックも遺産の件については聞かないことにした。もっと大事な話があるのだ。
「……僕は君に嘘は言わない。言う必要がないからだ」
ジャックは静かに話し始めた。
「僕の一家にそんなしがらみはない。古い貴族の一家じゃないから家名の名誉なんて気にする必要がない。姉のクリスチンなんか勝手に家を出て、一人で自由にやっている。でも、誰も咎めない」
そして、隣に座っているを幸い、フィオナの手を優しく取った。彼女はずっとうつむいていた。泣いているのかもしれない。あの侯爵のことで。嘘つきの侯爵のことで!
「暮らしていくのに十分なお金はある。嘘をついたり、だましたり、そして暇で傲慢な貴族の多くが妻以外に手を出したりしているが、僕はそんなことはしない。商家にそんな伝統はない」
ジャックは必死だった。
「妻は夫と一緒になって家を盛り立てるのだ。大事なパートナーだ。社交界に出かけてダンスを踊るだけじゃない。君となら一緒にやれると思ったのだ」
フィオナがわずかに顔をあげた。
「かわいらしい人だと思った。だけど、それだけじゃない。貴族のお嬢さんだなんて関係ない。一緒にやろうとしてくれる人なんだとわかった。控えめで我慢強い。思慮深くもある。そんなところが好きで……」
「ジャック……! でも、私、セシ……」
それ以上聞きたくない。ジャックは、他人の家の客間で、その家の娘の肩を抱いて唇を塞いだ。
事実は伝えた。あとは気持ちが変わるのを待つつもりだ。
侯爵はうそつきだ。彼女に本当の話をしない。
もちろん、家人はこっそりのぞいていた。話の内容は距離がありすぎて聞こえなかったろうが、大変に好ましい婿がねのジャックだったとしても、ここらへんで割り込むのは当然だろう。
遠慮がちなノックの音がして、その途端、パッとジャックはフィオナを放した。
「いやー、盛り上がっている……いや、お話し中を申し訳ないが、家族、特に両親を紹介しようかと思っていたんだ……」
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