グラクイ狩り〜真実の愛ってどこに転がってますか〜

buchi

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第85話 青い空と緑の木々

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 私は少佐と防音室の中に残った。

「隅に置けない」

 彼は私に向かって言った。

「なぜ黙っていた」

「言う機会がありませんでした」

「うそを言え。機会はいくらでもあったはずだ。報告書はどうしたんだ」

 私は黙っていた。その間に私の選択があったことに、いずれ彼は気づくだろう。

 軍と彼はセットだった。彼と一緒にいるなら、軍に留まり続けることになる。
 軍に居ながら、この秘密を黙っていたり、あるいは、別の機関(例えばローレンス博士の大学)に知らせたりすることは、裏切りだった。
 
 軍がグラクイの秘密を握るのに適当かどうか?
 それから、そんなにしてまで一緒に居たいのか?

 だから私の決断に長い時間がかかったのだ……

 だが、気づいたところで、彼はなんとも思わないかもしれなかった。
 私達はふたりとも、もう大人だった。
 それに、今はもう結果が出ていた。彼の勝ちだ。



 少将があたふたとやってきた。ほかに防音室が空いていなかったので、彼の方がここへ来たのだ。お付きの文官は中へ入れてもらえなかった。私は彼の鼻先で厳重にドアを閉めた。

 説明は長くかかった。

 だが、少将は恐ろしく勘が良かった。

 特に勘が冴えたのは、グラクイの吐く呼気の分析をすればあらゆる方面で活用できるという部分と、グラクイを奴隷のように使える方法の把握の部分だった。
 私は満足した。
 中佐はあまり反応を示さなかったが、この部分は、私としては最も反応してほしい部分だったのだ。

 少将が権力志向な人物であることを私は知っていた。

 最強の軍と、世界に君臨する力。うまく立ち回れば、すべてが手に入る。

 だが、それだけではないのだ。
 
「このヒントで、暗い空の理由が解明できるかもしれません」

 私は締めくくった。



 内容を理解すると、少将はそれこそ空を仰いだ。

「私がまだ子供だったころ、祖母によく聞かされたものだった。青い空と緑の木々の話だ。私自身はビデオ以外で見たことがなかったけれど、ビデオより祖母の話の方がずっと美しかった。どんなすばらしいものなんだろうと子供心に思ったものだ」

「ローレンス博士にこのヒントは話さず、別の機関に委託したほうがいいでしょう。でないと彼が全てを掌握してしまう結果になりかねません」

 少将は一瞬で意味を悟り、今度は鋭い目で私を見た。

「君はローレンス博士に電話を入れたりしていないだろうね」

「まさか。そうだったら、わざわざお呼び立てしたりしません」

「そうだな。だが、なぜ今頃なのだ」

 予想された質問だった。

「私自身、スコットの話の中のこの部分の重要性がはっきりわかっていなかったので……」

 少将は黙って、かなり長い間、私の顔を見ていた。

 彼は悟ったのだ。私がその間に考えていたことを。どちらに振るか。
 そして、結果として私は軍に残る選択をしたことを理解したが、決断に時間がかかりすぎている。
 

「少尉、君はウソつきで、なまいきなやつだ。意見が多すぎるな。君は出過ぎている」

 彼はついにそう言った。

「ノルライド少尉、君を昇進させよう。オーツ中佐、この少尉は前にも言ったように作戦部への配属がえをしておきたまえ。この体格では、スナイパーは無理だ」

「こ、個人的なことですが、ご承知とは思いますが、彼女はおそらく軍の内部での結婚を考えていると思うので……」

 まじめなオーツ中佐が少将の語気にすっかりだまされて、あわててとりなしに入った。

「この少佐とだろう」

 ついに少将はにやりと笑った。オーツ中佐はバルク少佐にまで矛先が回ったので、余計あせっていた。少佐のほうは全くそ知らぬ顔つきだった。

「同じ作戦部内でふたりともが勤務するのがまずいなら、少尉のために別の部門を作れ。部門長はこいつだ。こいつが思う存分、好き放題に研究できる環境を作るんだ。必要な手続きは、私が全部執る」

 私が何か言いたそうな顔をしたのを、彼は見逃さなかった。

「だめだ。昇進を断ったり、目立たないで暮らしたいなどと言う話は受け付けない。この話をわざわざ私にした以上、良く分かっているだろう。どうなんだ、イエスかノーかはっきりしたまえ」

「イエス」

 私は、黒い鋭い少将の目を見て答えた。

「その言葉を信じよう。時間がかかったが。スコットが死んでから何日たつのだ。何を考えていたのだ」

「いろいろ人生について考えていました」

 まじめくさって、私は答えた。嘘ではない。

 これを聞いて、少将の口元が、自然にほころんだ。彼は笑っていた。

「私はものの値打ちはわかる人間だ。土の話の値打ちは、何物にも代えがたい。理解している。軍の上層部も理解するだろう」

 私は黙っていた。そのとおりだった。

「この問題は、特許や独占使用の問題、あるいは、もしかすると量産体制だとか、逆に空を暗くする成分を中和させる製剤の研究、製造なんかの問題を含んでいる。一人で挑むことが難しい可能性があると考えたのだろう。違うかな?」

 さあ、どうだろう。私は、スコットと違って、権力志向はないし、お金はそんなに欲しいと思わなかった。

 お金が必要なら、スコットと一緒にいれば良かったのだ。上流社会で女王として君臨できたかもしれない。スコットの富と家柄は十分すぎるくらいだった。私はバカではなかったし、しようと思えば、気の利いた会話だって出来ないわけじゃなかった。
 金にあかせた豪華なイブニングドレスや、高価な指輪やネックレス。スコットは、得意そうに微笑みながらなんでも買ってくれた。どれも素晴らしくよく似合い、金持ちなだけの醜い女が身に着けるより、はるかに値打ちがあるねと彼は必ず囁いた。
 ただ、私はなにか別のものが欲しかった。それがなんなのか、ずっとわからないでいた。

 今、私が手を離すと、グラクイの秘密は遠ざかっていく。少将が言うように、こんな狭い範囲で終わる秘密ではなかった。

 グラクイの数の把握や生態の研究はこれからだった。誰かがやらなければ、そして、きっと私がやらないと、空は明るくならないかもしれなかった。

 だから、私は、今ここにいる。

「必ずしも、不可能ではないと考えられますが……」

 私は言葉を濁してみた。
 軍を辞め、この話を何処かの製薬会社か化学薬品メーカーに持ち込み、そのバックの下で特許を取れば、莫大な金になる。
 それは、わかっていた。だが、少将も理解したに違いない。
 彼は、鋭い目で私を見つめていた。

「それよりも、青い空と緑の木々を取り戻したくなったので……この世界を変えることができるかもしれない。その仕事をしたくなって。軍にしか、できないかもしれない」

 少将の黒い目は少しばかり驚きで見開かれた。少佐は、何の変化もない表情で、しかし、私を見つめていた。

「強い動機だな」

 少将は言った。

「信じよう、その言葉を」



 だが、彼は念押しするように尋ねた。

「国では、その仕事はできないとでも?」

「大きすぎるのと、メリットがはっきりしている省庁がない……しかし、軍にとっては絶対に掌握しておきたい強力な力になりうる。武器として使えるから。メリットとして非常に大きい上、軍は行政機関とは独立している。機密の保持もできる」

 ここに至って、少将は笑いだした。

「いやな女だ。余計なことばかり考えている。
 スコット家のことは知っている。どこかのパーティであんたを見かけたこともある。金持ちの子弟が、モデルみたいな女に、また引っかかってると思っていたが、大間違いだったな。
 そして、ここで、あんたの履歴書を読んだ時は、中央の資産家の令夫人がライフル撃ちを始めるだなんて、どんな変人かブスかと思ったけど、あんたはそのどちらでもないな」

 変人に間違いはないと思う。少佐に言わせるとツンデレらしい。デレはないと思うんだけど。

「あんたを信用しなかった私を、どうか許してくれ。結婚式をする気があるなら私が出てやろう」

 矛先は少佐に向かった。少将は少佐を指した。

「この男は、うまい具合に、グラクイとその秘密ごと、女を釣り上げてきたんだ。隅に置けないたらしだ。確かになかなか男前なのかもしれないがね。軍人がスパイ以外で、たらしで何かよかった例を私は知らんが、今回ばかりは、褒めてやろう。この少佐の方が、いっそのこと功労者かも知れん。それから少尉」

 私はまじめそうに少将を真正面から見つめた。

「伊達に大学は出ていないな。たいてい阿呆が多いんだが。今回のことでは苦労をかけた。すまなかった。正直、スコットをなめてたと言われても仕方ない。あんたをうっかり殺すところだった。美人を殺すのはもったいないからな」

 少佐はまじめそうな顔を取り繕っていたが、よくみれば笑っているのがわかった。片頬が引きつってピクピクしていた。

 少将は出て行きかけて、もう一度私に向き直った。

「私と軍はグラクイを元手に全世界を握ってやる。そして君は」

 少将は私に指を突きつけた。

「空を明るくするんだ。今度は君が軍を利用して、君がやるんだ。軍は君を全面的にバックアップする。人間は野心だけで生きていけるわけじゃない。私は、祖母の話の中の青い空と緑の木々を見たい。それが出来るのは君だけだ。いいな?」
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