アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第55話 レイビック転換期を迎える

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 そろそろ、資材もそろえて本格的な稼働を考えなければならない時期だった。
 副院長から、ハブファン殿に金の粒を売却する契約が整ったと連絡が着ていた。

 資材が届くまで、金の採掘は中断され、その間に、大勢を収容できる建物が建てられた。


 ドイチェ氏は目を白黒させた。

「そんな山奥に? 何のための建物なのですか?」

「町に出るのが面倒なので、泊りがけで計画的に猟をしたいのです」

 フリースラントはまじめくさって返事をした。実は鉱夫用の宿舎と精錬所の施設だった。

「何人か、人が要りますので、手配をお願いしたい」

「もちろん、かまわないが」

 ドイチェ氏は、腕の立つ大工を回してくれると約束した。また、必要な木材や釘と言った部材の手配もドイチェ氏に一任した。

「猟でそんなに儲かるかな?」

 ドイチェ氏はそこが心配なようだったが、クマやユキヒョウ、イノシシ、シカ肉をしょっちゅうフリースラントが持って帰ってくることを思い出すと、そこまで割が合わない仕事でもあるまいと計算し直した。少なくとも、昨秋から、3頭はユキヒョウを狩っている。このペースで行くと、かなりの収入増が見込まれた。

 ドイチェ氏は楽しくなってきた。

 どんどん資材や人が山へ渡っていった。
 道案内はハンターたちである。

 彼らは、一人成功しているフリースラントに、なんとなく面白くない感情を抱いていたが、来るたびに道案内の料金の支払いを受けているうちに、だんだんそれをあてにし始めたのだった。

 それでも、決して昔を忘れたわけではないので、そのうちに破綻するなどと、レイビックの酒場でクダを巻いていたが、ゾフに一喝された。

「ぐちゃぐちゃ言うなら、出かけて行って、クマの一頭でも獲ってこい」

 酒場は一瞬で静まり返った。

 仲間内の一人が、ようやく、ゾフに反論した。

「なんだ、ゾフ、お前はどうなんだ」

 ゾフは異様な目をして答えた。

「ユキヒョウなんか無理だ」

 事実上の敗北宣言だった。

「絶対に無理だ」

 酒場中が黙った。

「何人もかかって、数か月もかければ、むろん捕れる。穴を掘ったり、仕掛けを使ったり。だが、それを猟と言うのか? クマだって、かなり危険なんだ。フリーとロドリックは違う。違い過ぎる」

 その場にいた何人かはロドリックの名前を知らなかった。
 知っていた者は、例のクマを獲ってくれと頼んでいた連中である。

 この一幕自体は、ただの酒場でのいざこざだったかも知れない。よくあるちょっとした騒ぎで、翌日には、みんなが忘れてしまうような。

 だが、忘れない者もいた。

 ゾフもそうだったし、若いハンターたちのうちの何人かもそうだった。

 そして、人や物の手配に忙しかったドイチェ氏も、後からこの話を聞いた。

「そうか」

 狩りの獲物、肉の販売や毛皮の取り扱いで、儲かってはいたが、昨冬は儲けが少なかった。クマの警護に費用が掛かったのである。そして、ハンターたちは楽な警護でお金が稼げるようになった途端、言い方は悪いが、すっかりサボり癖が付いてしまったのだ。

 その理由のひとつには、ゾフに怒鳴られた通り、ロドリックやフリースラントとは、差がありすぎて、彼らの夢が手の届かない場所へ勝手に動かされてしまったことがある。

 ユキヒョウは獲れて当たり前の獲物になってしまった。

 だが、彼らはおそらく一生獲ることができない。無理をすれば死ぬ。

 フリースラントは、猟を本格化させるためのベースキャンプを作り始めている。

「もし、山に拠点を作れば、ユキヒョウやクマが、たくさん獲れると言うなら、レイビックのほかの猟師たちも、一緒に働いたらいいのじゃないのか?」

 ドルチェ氏は、競り市の経営者として当たり前の疑問を持った。

「そしたら、もっともっと、獲物が獲れるのじゃないか?」

「フリーは優秀ですよね」

「ハンターとしては間違いなく優秀だ。大したものだ。だが、この動きは少し違うのじゃないか?」

 ワッターバル氏は、ドイチェ氏より少しだけ若い、痩せた抜け目のない人物だった。ドイチェ氏は、内心、この男がなんとなく信用できなくて嫌いだったが、以前から競り市の運営にかかわってきていたし、金勘定は細かくて正確だった。

「こんなにカネをかけても元が取れないだろう。ほかの猟師たちまで、こんな空騒ぎに巻き込まれては困るんじゃないか? そもそも、支払の方は大丈夫なのかね?」

 ドイチェ氏はぐっと詰まった。まだ、金を受け取っていなかったからだ。

 競り市の会場で、この話を漏れ聞いていたハンターや関係者たちは、フリーとドイチェ氏派と、ワッターバル氏派に分かれた。

 むろん、フリー派だった宿の亭主は、定期的に山から下りてくるフリーにこの話を教えた。


 フリースラントは、服を着替えてドイチェ氏のところへ出かけた。

「ようこそ!」

 とは言ったものの、ドイチェ氏は、昨日ワッターバル氏から悪意的な指摘を受けたことを忘れていなかった。ドイチェ氏の顔に、一抹の不安が浮かんでいたことは否定できない。

 フリースラントは苦笑して、ドイチェ氏に約束の二百フローリンを支払った。彼だって、狩りのためなんかに、冬も越せる頑丈な家や、広い作業場がいらないことは十分承知していた。

 誰しもが疑問を抱くだろう。ドイチェ氏が、何か聞きたそうな様子をしているのは無理なかった。

「前金で、これだけお渡しすると言っていましたよね」

 目の前の金は、ものすごい説得力があった。ピカピカの50フローリン貨が4枚。

「ドイチェさん、ゾフを借ります。ゾフとその仲間数人を一緒に連れて行きます」

「え? 猟に?」

「いいえ。一緒にベルブルグに」

「ベルブルグ?」

 事の意外さに、ドイチェ氏はあっけにとられた。

 ベルブルグに何の関係があると言うのだろう。毛皮商人がベルブルグからくるが、レイビックの方から出かけることはほとんどなかった。まさか、フリーは、毛皮商人になる気なのだろうか。

「ベルブルグに商用で行きます。そして、ゾフたちは、護衛と荷物を運ぶのに一緒に行きます。そして、ドイチェさん……」

 フリースラントは目を光らせて、ドイチェ氏を見た。

 ドイチェ氏が、もう50に手が届く年輩の男が、16歳の少年に気圧された。

「ワッターバル氏がいろいろ言っているようですが、金ならあります」

 二人は先ほどのキラキラしたフローリン貨に目を落とした。

「もちろん、これだけでは足りません」

 ニヤリと笑ったフリースラントは、革袋を取り出した。そして、その中からフローリン貨を出してきた。

 ドイチェ氏は、息を飲んだ。百フローリン貨だったからだ。

「無事戻ってきたら、山にご招待しましょう。そして、出来ることなら、一緒に仕事をしませんか? 僕が帰るまで、この話を家族にも絶対に黙っていてくれたら、の話ですが。特にあなた以外の競り市場の関係者の方には」

 あまりの驚きに、言葉を失ったドイチェ氏は、コクコクと何度もうなずいて見せた。

 それから少ししゃがれた声で、ようやく言った。

「何かを始めようと言うのだね? わかった。約束する」

 フリースラントは、ドイチェ氏と握手した。ドイチェ氏の顔色は灰色になった。すごい力だった。

「ベルブルグから五日後には戻ってきます。それまでお願いします」




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