アネンサードの人々

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フリースラント

第56話 ゾフの手下とベルブルグまで商用旅行

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 外で音がして、二人が窓からのぞくと、頑丈そうな荷馬車が来ていて、日焼けした頑丈そうな男、ゾフが手綱を取っていた。

「フリー、行くぞ。早くしろ」

「今、行く」

 軽く目礼して、足取りも軽く、ドイチェ氏にとって今や謎の存在となったフリースラントは出て行った。



 フリーが荷馬車に乗り込むと、中にはゾフの仲間が三人座っていた。

「よろしく」

 フリースラントは言った。

 三人は、顔を見合わせた。
 彼らは、ゾフと違って、フリースラントを信用していたわけではないのだ。

「ゾフが言うから、一緒に行くが、俺たちは別にお前に用事はないんだ」

 フリースラントは黙って、次の言葉を待った。

 フリースラントが怒り出すか、あるいは何か反応するだろうと思っていた彼らはじっとフリースラントの顔を見ていた。
 だが、フリースラントが黙っているので、彼らは続けた。

「一週間の旅らしいな。荷物を運んでくれって。それと護衛だそうだが」

「護衛の方は僕がする」

 ゾフの仲間にチラとあざけりの色が浮かんだ。

「子供の癖にか? ゾフの腕を知らんのか。生意気な」

 フリースラントは、まじめに解説した。

「用心棒をしてたことがあるんだ。正式に剣を習った期間は十年以上ある。だが、大勢の野盗が襲ってきたら、一人では無理だ」

 ちょっと、彼らは顔を曇らせた。この旅は、大勢の野盗に襲われる前提なのか?

「レイビックに来るときも、三回かそこら襲われた。夜道を移動してはいけないと言われたよ」

 夜道を移動したから襲われたのではなくて、身なりがいかにも貴族の坊ちゃま然としていたからだったが、そんなことを教える必要はなかった。

「それでどうなったんだ?」

 用心深い口ぶりになったゾフの仲間は尋ねた。

「一人の盗賊の時は、斬り殺した」

「殺しちゃったのか」

 別の一人が口を挟んだ。

「斬り殺さないとまた襲って来るんじゃないかと心配だったもので」

 フリースラントが、今度は心配そうになってきた。

「盗賊は殺したい放題ではないのか?」

「え?」

 三人は顔を見合わせた。それは考えたことがなかった。

「さ、さあ?」

 ちょっと暗い雰囲気が荷馬車の中を覆った。

 だが、心配になってきたもう一人が追及した。

「残りの二回はどうだったのだ」

「一人の野盗に襲われたのは二回あったけど、この時は殺した」

「二人ともか?」

 フリースラントは頷いた。

 三人は、ちょっと嫌になりかけた。こいつは殺人犯なのではないか。

「で、もう一件のやつはどうなったのだ」

「残りのは三人組だった。斬り殺した」

「………同じじゃないか」

「結果としては同じだ」

 フリースラントは、まじめに説明した。

「でも、二十人に襲われたらどうしようかと」

「二十人……」

 そもそも襲われる前提なのが嫌すぎる。

 その時、ゾフが後ろを向いて、大きな声で言った。

「ロドリックが、そんな心配はいらんと言っている」

 四人はゾフを振り返った。

「今度の荷物はただの袋だ。たいしたものは入ってない。ただ、重いんで運ぶのが大変だと言うだけだ。誰も襲わないよ。それから、お前ら」

 三人の男たちは、ゾフに注目した。

「そのフリーは、剣を持たせたら、俺なんかが歯が立つ相手じゃない。ロドリックがそう言っていた。万一、野盗でも何でもやってきたら、遠慮なくフリーに相手させろ。ロドリックが、殺す必要はないから、手加減するようフリーに良く言い聞かせておいたと言ってた。殺しちゃダメだぞ?フリー」

 三人は、顔を見合わせて、そして、なんとなくおとなしくなった。

 彼らは、荷馬車が空なので、さっさと進み、ベルブルグに着いて、フリースラントは例の修道院へ出かけ、ゾフたちは荷馬車を買いに出かけた。

「え?それも今回のミッションのうちの一つなんですか」

「そう」

 フリースラントは短く答えた。

「あと、ウマも調達してきてくれ」

 ゾフは聞いていたらしい。頷いていた。

「四人も人手が必要なわけないでしょ。荷馬車が二台だから、四人なんだよ」


 フリースラントは緊張して、例の修道院の副院長に会いに行った。

「これがロドリックからの手紙ですか?」

 副院長は、手紙を読んでいるふりをしながら、フリースラントを品定めしていた。

『フリーを紹介します。とある貴族の子息ですが、名前をお伝え出来ない事情がある者です。総主教様からの紹介でレイビックに来ております。この度の事業を一緒にしておりますので、一度、お目通りをお願いいたしました』

 簡単な紹介である。

「学校は卒業しましたか?」

 物柔らかな調子で副院長は尋ねた。

「本科は卒業しましたが、高等科は一年ほどでやめております」

 なるほど、貴族の子弟に間違いなかった。

「ロドリック殿とはどこでお知り合いになられたのかな?」

「レイビックでございます。総主教様のご紹介で、お近づきになれ、大変感激いたしました」

 静かでよどみない返答ぶりは、宮廷式だった。
 副修道院長は、丹念にフリースラントをながめた。相手は貧しい身なりながら、端然としていた。

「名は?」

 フリースラントは顔を曇らせた。

「申し上げられません。申し上げますと、ご迷惑がかかります」

「そうか……では、無理は言うまい。商品の方は、一昨日届き、修道院の所有の川沿いの倉庫に荷揚げしている。こちらがその受取証だ。これを持っていくがよい。品物と引き換えてくれる」

「ありがとうございます。では、こちらが代金の残額、百二十フローリンと五ギルです」

 百フローリン貨に副修道院長は驚いた様子だった。フリースラントは何気なく無視した。この貨幣は彼が実家から持参してきた金だった。よほどの金持ちでなければ見たこともないはずの金貨だったのだ。

「受領のサインをお願いします」

 副修道院長は黙って署名をした。これは、確かに訳アリの若者だった。総主教様が、紹介してよこすだけの何かわけがあるのだろう。

「まさか、ベルブルグまで一人で来たわけではあるまいな」

「レイビックの者と一緒に参りました。荷馬車を用意しております」

「なるほど」

 副院長は、フリースラントの顔立ちを頭に入れた。黒髪、黒い目、冷たい感じを受ける顔の背の高い青年だった。

「それでは、フリー、用件があるときは私が対応しよう」

 フリースラントは、少し驚いた。

「それはまことに光栄でございますが、副修道院長様のお手を煩わすまでもない用件の場合もあると存じます」

「状況に応じて、私が多忙の折には、他の者が応ずるかもや知れぬが……」

 修道院には、かなりの高位の貴族の家出身の者もいた。この青年は間違いなく、どこかの大貴族の家の出身である。この青年の顔を知る者が少ない方がよいと副院長は考えたのだ。

「ベルブルグにあなたが来るときには、お目にかかろう。では、ロドリックによろしく」

「本日は、お目通り賜りまして、ありがとうございました」

 フリースラントは型通り、丁重に礼をすると去っていった。

「間違いない。子供のころから宮廷に出入りしていた家の子弟じゃ。それがなぜ、あのような格好で、こんなところへ……」


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