アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第135話 晩餐会が好き

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「後は待つだけか……」

 一部始終を見ていたマシムが、サジシームが彼の館に帰ってからこっそり尋ねた。

「サジシーム様、どうして晩餐会を開かないといけないのですか?」

 マシムは、ダリア語がわからないふりをして、ダリアの王宮にも護衛としてついて歩いていた。レイビック伯爵をおびき寄せるだけなら、晩餐会は特に必要なさそうな気がする。主だった貴族を集めて王宮で会合を開くだけで十分だろう。

「どうしてもだ」

 サジシームは頑固に言い張った。
 晩餐会を開けば、あでやかに着飾ったルシアがやって来る。だが、マシムに言う必要はない。


 引き渡しの日、ロンゴバルトとダリアはそれぞれ軍を張っていた。王宮を挟んで北側に、ダリア軍と言うよりもレイビック伯爵の私軍が、南側には奴隷兵のみで編成されたロンゴバルト軍が布陣していた。メフメトもサジシームも、首長どもの兵たちには、もう、こりごりだった。

 数日前から、お互いに布陣していたので、前回のような不意打ちはあり得なかった。
 ただ、何が起きてもおかしくない緊張関係は続いていた。


 ゼンダの領主がレイビック伯爵の軍の一翼を担っていた。
 彼は、王太子の結婚式の日、レイビック伯の放った矢のおかげで生き延びたうちの一人だった。
 レイビック伯は、ゼンダの領主とリグの領主に、彼の軍の一部を託したのだった。


「サジシームは必ず裏で何か企んでいる」

 ゼンダの領主は、半白のもじゃもじゃ頭の、日に焼けた男だった。

「そうだ」

 レイビック伯は、慎重にロンゴバルトの布陣を確認しながら、答えた。

「彼らは、我々と考えが異なる。だが、サジシームは、ダリアでの経験が長い。その分だけ手ごわい相手になるだろう」

「それにしても、なぜ、晩餐会をすることになったのかしら」

 銀の絹の衣装をサラサラ言わせながら、女伯が現れた。初老のゼンダの領主は少しまぶしそうに彼女を見た。

「わたくしまで参加しなくてはいけないなんて、不思議ですわ」

「人質事件はもう起こさないと言っているが」

「川までの街道沿いの領主には、全員、通報をしています。それなりに警戒してくれると思いますが」

「カプトルでの儀式と言うのは、本来なら、ロンゴバルトの方が不利なのだ。ここはダリアの領内なのだから」

「数か月前、メフメト自身が南側を相当荒らしている」

「だから、彼らにとって非常に危険なはずだ。恨みに思ったダリアの者が捨て身になって攻撃してくる危険がある」

「お母さま、これでよろしいかしら」

 ルシアが入ってきた。地味な紺の衣装に身を固めている。見事な髪だけが飾りだ。
 フリースラントは不安になった。
 何が起こるかわからない。この二人のか弱い女たちを、どうやって守ったらいいのだ。




 昼間の署名式は、なにごともなく無事に済んだ。

 王妃はロンゴバルト兵に連れられて、王宮に入ってきた。王は涙を浮かべて、王妃を迎え入れた。
 だが、彼女は、王に向かって叫んだ。

「まだ、王太子が残っておりまする」

 引き続き、領土割譲の認証のための署名式が行われた。
 ダリアの貴族たちが、証人となるのである。
 誰一人として、この署名と認証の有効性を信じている者はいなかったが、メフメトが出した条件であるだけに、拒絶するわけにはいかなかった。それは王妃の帰還の条件だったし、まだ、王太子夫妻が人質として残っていた。王家の一員を見殺しにすることはできない。

 フリースラントが軍を率いて、ロンゴバルトに対抗していることは、他の貴族全員が知っていた。

 あまりにも急激に力をつけたことは反感も買う。
 また、レイビック伯爵が新参の成り上がり者だと言う認識も沁みとおっていた。

 しかし、この事態になってダリアの貴族のほとんどはそれどころではないことを悟っていた。

 レイビック伯爵は堂々たる体格の、きつい目つきの、抜け目のなさそうな人物だった。だが同時に、意外なことに、成り上がり者だと言う感じがしなかった。
 彼はその身振り、会話術、服装から細かい所作に至るまで、どう見ても彼らと同じ階級の人間だった。

「私の学友だ」

 小声で囁いた人物がいた。
 レイビック伯爵の学友? どこの学校? 何人かが振り返った。

「王立修道院付属学校だ」

 ほかにどこがあるのだと言った調子で、バジエ辺境伯が言った。

「しっ。お静かに」

 人々は国王夫妻に目を戻した。
 そもそも捕虜になるような王の評価はどうなのか。それに、本来のダリア軍はどこへ行ってしまったのだろう。噂によれば、長年の賃金の未払で、一人去り、二人去り、今や影も形もなくなってしまったらしかった。

 ダリアに残ったのは、各有力貴族たちの私軍のみ。

 そして、今、カプトルに派兵することができるだけの余裕がある貴族はレイビック伯爵だけだった。

 ロンゴバルトは、宗教も文化も異なる全くの他国だ。レイビック伯爵がどんな人物なのか知らなかったが、ダリア人であることに間違いはない。嫌も応もなかった。したがって、レイビック伯爵が中心になり、かつて軍に帰属していた貴族たちや兵たちは、次々に彼のもとに馳せ参じていた。


 貴族たちは、みな、複雑な思いだった。

「成り上がりの、ただ金があるだけの人物ではないか」

「いや、れっきとした貴族の家系ではあるらしい。何しろ、王立修道院付属学校の出身だそうだから」

「それなら、なぜ、爵位など買ったのだ。要らないだろう」

「さあ?」

「それより、実戦経験がないのが困りものだ。大丈夫なのか」


 メフメトとサジシームもまた複雑であった。

 メフメトは、レイビック伯を特別な目で見ないではいられなかった。

 彼の潜在意識のどこかには、レイビックの伝説が沈着していた。
 子どもの頃のイメージは、案外取り去り難いらしく、驚くほど大柄で力の強そうな彼の姿にメフメトは、魔王の伝説を思い出した。実際、レイビック伯は、周りの人間よりはるかに背が高く、さらにふさわしい横幅があった。彼が振り返ると、昔語りそのままの美しい顔立ちにメフメトは衝撃を覚えた。

 何と言う美しい男だろう、と彼は思った。

 非常に印象的だった。黒い髪と黒い目、青白い肌と整った顔立ち。

 レイビックの魔王……
 その言葉そのままだった。
 密かにメフメトの心の奥底で、ふしぎで訳の分からない恐怖と、強く引き付けられる気持ちが気持ちが広がった。
 間違いない。魔王はいたのだ……



 メフメトは、何人かのロンゴバルトの警備の者と一緒に晩餐会に出席したが、これは、彼の予想と全く異なる場だった。華やかだが、決まったルールがあるらしく、メフメトはひどくまごついた。
 サジシームは、メフメトの両脇に、ロンゴバルト語の片言が話せるかわいらしい娘たちとその横にマシムを座らせていた。聞きたいことがあれば、遠慮なく聞くことができた。例えば、あそこに座っている美女は誰かと言ったようなこと、あるいはこの食べ物はなにかと言った問題だ。

 ダリアの食事が終わると(ロンゴバルトの者たちの席には彼らが好む香辛料が山積みされていて、好きなだけ振りかけることができるようになっていた)若く美しい娘や奥方、主だった貴族たちが次々に現れて、マシムの通訳で、メフメトに紹介されていった。
 もちろん、レイビック伯爵も、婚約者のルシアと母を伴って主賓のメフメトにあいさつしに来た。
 マシムが緊張したのを感じ取って、何か話しかけられるより先にメフメトはレイビック伯が来たのだと悟った。
 近寄られると、何か、魔法にかけられたように現実離れした男だった。
 共に現れた女二人も、メフメトには衝撃だった。

 顔の作りも、色合いも、姿かたちも、ロンゴバルト人とは、全く異なっていた。

 大変な美女だった。魔王の一族なのかもしれないと思わないではいられなかった。

「そんなはずはない」

 マシムが緊張したようすで通訳した。
「はじめてお目にかかります、婚約者のルシアと母のテンセスト女伯フィニスでございます」

 婚約者と母……

「なんと、美しい方々じゃ……」

「え?」

 マシムが言った。

「あ、ええと、こちらも初めてお目にかかれて光栄であると言っておいてくれ。それで沢山じゃろ」

「では」

 三人は通訳の言葉を聞くと頷き、礼をして去っていった。

「美しいな」

 マシムは、初めてルシアを近くで見て、サジシームの気持ちがわかった気がした。

「黄金と宝石のような娘だ」

 彼は思った。

「なるほど。手元に置いておきたいのか。しかし、あれは無理であろう」

 ルシアは美しかったが、それだけではなかった。淑やかそうにふるまっていたが、マシムにはわかった。
 このカプトルの王宮では、彼女は慎重で非常に控えめだった。周りをよく見ており、誰にも話しかけられないように目立たない片隅を選んで黙って佇んでいた。

 もう一人の女性は年配だったが、十分に美しく、そしていかにもたおやかで優しげだった。

「あれもコレクションしたいとか言い出しそうで心配だ」

 マシムは余計な心配をした。彼女もまた目立たない方法を考えたらしく、人ごみに混ざって行った。

「二人ともなかなか賢いらしいな。見えないところへ行ってしまった」


「あの美しい女性は誰かな?」

急にメフメトがマシムに尋ねた。

「どの女性ですか?」

「今のじゃ。レイビック伯が紹介された女性じゃ」

 マシムはあわてた。

「伯の婚約者でございましょう。あれはいけません。だめでございます」

 まさかのダブル、ではない、トリプルブッキングである。マシムは慌てて止めた。


 今、すでに、レイビック伯爵の宿には、ロンゴバルトの手の者が向かっている。
 総勢五十名ほどだ。目立たぬようにダリアの市民の格好をしている。
 この晩餐会は時間がかかる見込みだ。終了は深夜になる。
 それまでの間に、宿の人間はひそかに皆殺しになり、レイビック伯の一行が馬車で戻り宿の中に入ると、そこはロンゴバルトの者でいっぱいと言う寸法だった。

 レイビック伯その人が、すさまじい使い手で、一筋縄ではいかないことは知っている。だから、周りの宿には数人の弓の名手を待機させた。彼らは近所の宿屋の上の階の部屋を借り、ただの商人のふりをして泊まっていた。誰一人疑う者はいないだろう。馬車を降りて、宿に入る瞬間が、チャンスだった。
 もし、命中しなくても、宿の中へ引きずり込めば、多勢に無勢だ。レイビック伯が、いかに豪の者だったとしても、女二人が足手まといになって、五十人ものロンゴバルト奴隷兵に立ち向かうことなど、できるはずがなかった。

「女を殺してはならない」
 サジシームは厳粛に言い渡した。
「絶対にだ」

 それなのに、メフメトは口元に微笑みを浮かべて愉快そうに言った。

「サジシームが、毛色の違う女とよく言っていたが、なるほどな。確かにあれはあれで美しい。ぜひ、連れ帰りたいものじゃ」



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