アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第146話 砦にサジシームが入る

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 あの砦は防御には絶好の場所だ。あんなところにレイビック伯爵のような軍隊が入っていたら、サジシームたちは手も足も出ない。
 サジシームは砦を使いたかった。撤退することにして、彼らを立ち退かせたのだ。

「今晩中に、あの砦に入る。見晴らしがよく、川が周りを取り巻いている。王宮は裏側だ」

 帰途につくかに見えていたロンゴバルト兵は、続々と戻ってきていた。

 サジシームはダリア王に、「ロンゴバルトから、『野盗のごとき不逞の輩』がダリア王国の治安を乱しに来たとのうわさを聞きつけたので、今しばらくダリア王国に留まり、砦をお借りし、王宮及びカプトルを護衛するお許しを得たい」という書簡を送った。

 王と王妃は困惑した。
 そもそも彼らは、ザイードら首長の動きを全く知らなかったので、必要性がわからなかった。
 それに、サジシームのことを信用してはいたが、なんとなく薄気味悪いものを感じていた。

 彼らが感じていた、「薄気味悪い」は実は正解だった。

 外国人だから薄気味悪いのではない。サジシームだから薄気味悪いのである。

 サジシームは、肌触りの良い受け入れやすい言葉で話しかけてくる。

 笑うと、浅黒い肌に真っ白な歯が印象的で、イケメンでもあった。

 恐ろしくよく気が利き、本人ですら、わかっていなかった望みをすらりとかなえてくれる不思議な人物だった。


 そこへ行くと、レイビック伯爵などは、鋼鉄のような性格と頭脳だった。

 彼は、大公爵家の御曹司と言う生まれのせいか、もっとも合理的で速い解決法を採用する傾向があった。サジシームと違い口数が少なかったし、決定的に異なるのは、王と王妃に、嫌われることをさほど気にしないことだった。

「あんなに愛想が悪くては、さぞ、嫌われていることでしょうよ」

 王妃は評したが、そんなことはなかった。

 一緒に仕事をした貴族の将校たちは彼を信頼していた。ベルブルグの副院長もそうだった。

 彼は落ち着いていた。困った事態でも、あわてなかった。
 その都度、最適解を見つけ出し、何とかしのぎ、出来ないときは耐えた。
 本人は、あわてたとか、困ったとか、後で言っていたが、そんな風には見えなかった。
 他人への評価はきわめて適切で、叱られるべき人物の問題のある行為について、叱っていた。

 サジシームが内心、考えていた通り、全く面白みのない、実につまらない人物に成長したわけである。

「ユーモアのかけらもない。そのうえ、むっつりスケベに違いない。絶対にもてない」

 ものすごく、つまらない人物だったかもしれないが、彼の仲間は増えていっていた。

「つまらない?」
 ベルブルグの副院長は、びっくりしていった。

「いや、レイビック辺境伯の考えは斬新だ。いつも驚かされる」

「驚かされるというか、読みが早いな、あの男は」
「うむ。必要なところには、惜しみなく金を使う」

 ちょうど、レイビックへ帰る途中の通りすがりに、街道沿いに領地を持つマシュー家から、人質事件の際にハブファンにせざるを得なかった莫大な借金の相談を受けているところだった。

「わかりました」

 彼は簡潔に言った。

「お貸ししましょう」

 マシュー家の当主は、肩で息をついていた。こんな大きな額の金を用立てしてもらえるとは思っていなかったのである。

 ゼンダの領主は、ベルブルグの副院長に小声で言った。
「俺は貸さないでいいと言ったんだ。俺は借りなかった。ハブファンの命なんか風前の灯火だ。あれだけ大勢の貴族に恨まれているんだ。ロンゴバルトとつるんで、身代金で困っている家へ金を貸そうと申し出て歩いたんだ。今では、みんな知っている」

「しかし、マシュー家は、南部地方の領地をロンゴバルトに荒らされ、収入が激減したのだ。予定より、借金の返済が滞っている。このままだと、明日にでも領地をハブファンに取られてしまう。他家とは事情が違う」

「どうせハブファンは長くない。後で取り戻せるさ」

「ハブファンも恨まれていることは知っているから、すぐに売ってしまうだろう。細分化されたら、もう、二度と同じ形では領地は戻ってこない。買った方はちゃんと金を払ったんだから」

「訳アリの土地だと言うことくらい、わかっているだろう」

「買い手が一人なら交渉も出来るだろうが、人数が増えると厄介だ。そこらの農夫に狭い土地を買わせていたら……そして、その男が借金して買って、植え付けを始めていたら……取り上げられないし、買い戻せないだろう」

「なんだ、めんどくさいな」

「めんどくさいのだ。だから、早めに手を打てとレイビック伯はマシュー殿に言っているのだ」

 ゼンダの領主は、ため息をついた。
「俺は、武器を使うことしか能のない男だ。軍が一番ウマに合っている。レイビック辺境伯みたいな、ややこしい計算はできない」

 彼らは、マシュー家の屋敷に宿泊していた。
 兵卒たちは、近所の農家の納屋や、マシュー殿の倉庫や馬小屋などに泊めてもらい、レイビック伯を始めとした貴族たちは、マシュー殿の城館に客として泊めてもらっていた。
 軍隊の数は多かったが、それぞれ自領へ帰って行った為、今では砦にいた頃の半分以下になっていた。

「俺は俺の隊と一緒に、レイビック伯爵と一緒に行動する」
 ゼンダの領主は言った。

「ずるいな、貴公は」
 ザリエリ侯爵が言った。
「わしは、明日、ベルブルグで別れる。自分の軍は自分で食わせる」

「俺もそのつもりだったのだが、レイビック伯に招待されたのだ」

「そりゃまた、どうして」

「手が足らんのだ。訓練をする人材が欲しいと言って居った」

 ベルブルグの副院長が解説した。

「ダメだと思っているのだろう。もうだめだと」

 誰も、何がダメなのか、聞かなかったが、全員がわかっていた。
 王と王妃がダメなのだ。もう望みはない。

 どういう経過をたどるにせよ、このままでは、ロンゴバルトにいいようにあしらわれ、国自体がめちゃくちゃになってしまうだろう。

「国防をおろそかにしたのが始まりだった」

 ベルブルグの副院長が恨みがましく言った。

「おいおい、坊主のセリフじゃなかろうよ」

 聞いていたリグの領主がからかった。彼らはマシュー殿一家が必死になって準備した広間で、食事の後、炉の前で話し合っていたのである。このまま、広間を借りて寝る予定だった。

「何を言う。私は元は騎士だった。戦いを悔恨して、修道院に入ったのだ」

「俺は悔恨していないぞ。国を救うためには騎士が必要だ」
 ゼンダの領主が言った。

 ベルブルグの副院長は、笑って頷いた。
「自分が役立つところで、生きていけばよい。教会はきっと、この戦いで、補給部隊として役立つことであろう」

 その晩は静かに更けていった。嵐の前の静けさだった


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