アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
150 / 185
サジシーム

第150話 戦いの始まり(ロンゴバルト側)

しおりを挟む
 カプトルは、その頃、もはや壊滅状態だった。

 教会と修道院だけは残っていたが、その理由は、彼らだけは人数と武器と備蓄があって、戦う用意があったからである。
 結構な戦意をむき出しにして、堅牢そうな建物にこもっている様子を見ると、ロンゴバルトは戦意を喪失した。そこまでの犠牲を払う気はなかったのだ。

「こんな無防備な町はない。ダリアとはなんと間抜けな国だろう」

 彼らは笑いが止まらなかった。
  遠足に毛が生えたような気楽な略奪だった。
 そのために、何をするにしてものんびりになってしまった点は否めない。


 ロンゴバルト勢が、砦に残っていたのは、領土の分割でもめていたからだった。

 自分が損をしているのではないかという猜疑心に取りつかれた首長たちは、少しでも取り分を多くしようと粘り強く交渉を続けていた。
 ただし、損得の基準がわきまえられるほどダリアの情勢に詳しいわけではなかったので、わからなくなると、すぐサジシームを呼んで、事情を聴くのである。
 しかし、せっかく事細かに説明してやっても、容易に納得しない、説明を信用しないので、あまり事態は進まなかった。サジシームは本当にうんざりだった。

 首長たちも、ほんとうは、交渉を早く終わりにして、北進したかった。狙いは金鉱である。
 後発隊で、思うようにカプトル周辺で略奪が出来なかった連中は、早くも北へ向かっていた。


 彼らの心の中には、ずっしりとレイバイクの魔王と死神の話が腰を据えていて、内心、非常に恐れていた。

 しかし、サジシームの話によると、金は大量に採掘されており、経営は順調らしい。
 レイビック伯爵と言う人物がこの金山を開発したそうだが、小憎たらしい現代風の若者で、最近その金で、豪勢な城を新築したと言う。

「悪霊なんてとんでもない。何も考えていなさそうなチャラい人物でした」

 フリースラントは、全然チャラくない。
 それどころか、重苦しい。

「そのような若造でも、簡単に採れるのか!」

 ロンゴバルトの首長たちの目の色が変わった。あれほど気に病んでいた魔王と死神の伝説など、どうでもいいような気がし始めた。
 領地の分配なんかに手間取っていないで、早く金山の権利の分捕り合戦に参加したくてたまらなくなったのである。

 だが、そう言うサジシームは、自分は北進すると言わなかった。

 快活で現代風な若者と言えば、彼自身がそうだった。
 彼は、どの首長より迷信深くなく、そんな言い伝えをバカにしていたが、レイビックに関しては別だった。

 彼が送り込んだ奴隷兵百人が行方不明になってしまった事実があった。

 おかしい。

 レイビック伯爵は、ロンゴバルト兵の襲撃などなかったと言っている。絶対に嘘にきまっている。
 しかし、現実的で合理的なサジシームにとって、その理由がさっぱりわからないのは不気味だった。

 ロンゴバルト人は基本的に迷信家である。奴隷兵百人の行方不明などが知られたら、どんなことがあってもレイビックへ行こうだなんて考えないだろう。

『あいつらは捨て駒だ。行ってレイビック伯爵に多少とも打撃が与えられると言うなら大いに結構だ。ぜひ行って欲しいくらいだ』

 彼はうそぶいた。

「レイビックは裕福で安全な町です。警備などいないし、街道は整備されています。悪霊なんて聞いたこともありません」

『港からカプトルまでは、王の特別な許可証の王旗を掲げて進軍していた。化けの皮がはがれた今、ベルグルグまでだってたどり着けるかどうか』
 



 その日も、昨夜の続きで討議が始まり、そろそろ首長より部下の兵士たちの方がうんざりしてきていた。彼らに領土交渉の出番はなかったし、昼間は略奪し尽くしたカプトルの町をうろつき、夕方砦に帰るだけの退屈な日々だったのだ。

 あんなある日、伝令が駆け付けたのである。

「申し上げます!」

「なんじゃ、なんじゃ」
 ザイードの首長は、すっかりイライラして答えた。

「ただいまダリア軍がカプトル目指して進行中との連絡が入ってきております」

「おおっ!」

 ザイード首長は声をあげた。

「歓迎じゃ」

 彼は、もめていたハウドの首長の顔をにらみつけた。

「物足りなくて腕がなっていたところじゃ。では、この戦いで首印を多くとった方が、問題のこの……」

 そう言うと彼は地図の丸の部分を指した。

「この平原じゃな。小麦が取れるとか言う。ここをいただくこととしようぞ」

 そう言うと、ザイードの首長は颯爽と肩に長い白いマントを引っ掛け、出て行った。

「皆の者、ダリア軍が攻めてきた!」

 例の良く響くだみ声でザイードの首長が喚く声が聞こえた。

 砦の中に呼びかけに答える声が響いた。

「あの手合いじゃ。ダリア軍などとお笑いじゃ。王宮の警備は、年寄りどもが槍を持って駆け付けただけじゃった。我らが雄姿を見て、みなへなへなになりおった。またまた、我らが力を見せつけてくれようぞ」



「誰が来るんだろうなあ?」

 サジシームがつぶやいた。

「どういうことじゃ?」

 残ったハウドの首長が聞きとがめた。

「ロンゴバルトで、それぞれ首長たちが自分の軍を持っているように、ダリア軍と言っても、どこかの首長-ダリア語だと領主が来るわけです。それが誰かなあと」

「その領主によって、何か違いがあるのか?」

「規模や装備が違います。せめて人数がわかるとよいのですが……」

「人数でひるむことなど、我らにはない」

「ないのはわかってますが、相手のことを知っておいた方が戦いようがあるでしょう」

「サジシーム、おぬしのいうことを聞いていると、戦意がないのかと心配になる。亡くなったメフメト様が、主のことを軟弱だと言って居ったが……」

「まあ、レイビック伯でなければ、大したことはないと思います」

「そうなのか?」

 えらそうに人のことを批判していたくせに、心配になったのか、ハウドの首長は聞いてきた。

「レイビック伯とやらは強いのか?」

「彼くらいなものでしょう、数千の単位で兵を動かせるのは。連合体ですがね」

「数千! 一首長でか!」

「ロンゴバルトは総勢でもっといるでしょう。万単位だと思いますがね。まあ、バラバラですが」

「まるで人ごとのような言い方だな」

「しかし、ザイード殿が負けても、その方が、都合がいいのでは?」

「なんということを言うのじゃ。あ、いかん。準備をせねば。小麦の平原は譲れぬわ」

 ハウドの首長は肝心なことを思い出して、そそくさと出て行った。

「誰が刈り取って換金して運ぶんだろうな、その小麦」

 サジシームはぼんやりとつぶやいた。

「まあ、進軍してきているのは、レイビック伯ではあるまい。伯の軍は足が速い。今頃はもうレイビックについてしまっているだろう。やつでさえなければ、あまり心配はない」

 レイビック伯でないなら、どこかの地方の小領主がたまりかねて、わずかな手勢でカプトルを救いにやって来るのだろう。

「まあ、無理だな。深刻な打撃にはならないだろう。問題は北進して行った連中だが、レイビック伯が城に居れば木っ端みじんになるのがオチだ。どうせハブファンから報告が来るだろう」

 今回も失敗だった。
 うまくいかなかった。

 唯一の成功は、メフメトの死くらいなものだ。

「さてと。誰が来るのか、お手並み拝見だな」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

処理中です...