アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第156話 カプトルの町から大感謝される

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 翌日の午後、カプトルの王宮の一室に主だった者たちは集まっていた。勝利したものの、今後のことを相談しなければならない。

 カプトルの町はひどく破壊され、特に砦近くや街道沿いの建物はそうだった。

 王城も、一部は無事だったが、王一家が住んでいたあたりは、めちゃくちゃになっていた。

「ロンゴバルトは、たった1週間しかいなかったのだ。カプトルは広い。町全部を破壊尽くすのは無理だ。教会から向こうの地域は無事だった」

 副修道院長が言った。

 ロンゴバルト軍のうち、半分近くはどうやら逃げおおせたらしかった。

「後を追いたかった」

 フリースラントは悔しそうに言った。

「だが、こちらも相当の被害を被っている。立て直しが必要だ。この戦いは、私のような領主一人で処理できるような問題ではない。国の総力が必要なのだ」

 軍資金も底を尽きかけていた。私財を投げ打って駆けつけたのだ。長く戦うことは難しい。フリースラントの言う通り、立て直しが必要だった。



 ロドリックは渋い顔をして隅っこに陣取っていた。

 フリースラントは、敢えて責めないが、大体、ザリエリ候とバジエ辺境伯、ゼンダの領主が悪いのである。

 だから、こんな大勝利になってしまったのだ。

 そもそも、軽くフェイントをかけるくらいの戦いのつもりだった。
 うまく砦から出てくれたら、砦を取り返せるかもしれない程度の誘いだったはずだ。

 それを、自分たちの拠点となるべき城館や館に自ら火をかけて、背水の陣で臨むとは何事だ。

 ロドリックとフリースラントが、特にロドリックが、あれほど活躍しなかったら、かなりの被害が出ただろう。
 三人とも、多分、生きていなかったかもしれない。

 はなはだ不本意だったが、ロドリックは、後世、伝説になったり、銅像が建立されたり、歴史の教科書に載りそうな勢いの奮闘ぶりだった。

「俺はあそこまで戦いたくはなかったんだ」

 残念ながら、フィリスが追いかけてきた。
 フィリスには、バジエ辺境伯たちの異様な意気込みが見えていたらしい。
 そのせいで力の限り、とことんまで戦う羽目になってしまった。

 いつも思うのだが、フィリスの助言は、大体手遅れになってからが多い気がする。

 王宮の晩餐会でメフメトが死んだ晩、ロンゴバルトの暗殺部隊がレイビック伯爵の宿を襲撃した時も、すっかり手遅れになってから教えてくれた。
 けろりとして、「ロドリックがいれば大丈夫だと思った」などと言っていた。

 そもそも、メフメトの死だって、教えてくれたのは殺してからである。
 どう考えたって、手遅れだ。止めるべきだったがどうかは、未だに良く分からないが。

 今回だって、先に、バジエだのザリエリだのゼンダだのと言った、血の気の多い連中を止めればよかったんだ。無理そうだったけど。


 だが、この件で、一番怒っているのはフリースラントだろう。

 いうことを聞かない部下なんか要らない。

 しかも、見殺しにするわけにもいかないから、それこそ大変な目に遭った。

 フィリスの救援がなければ、もっと酷いことになっていたかもしれない。

 だが、救援なのか趣味なのか、イマイチ良く分からないところがある。彼女もバジエ辺境伯たちと同じで、騒ぎを大きくしたがるタイプなのかもしれないと内心ロドリックは疑った。


 バジエ辺境伯もザリエリ候も、ゼンダの領主も、その辺のところはわかってはいるらしく、なんとなく、フリースラントとロドリックの目線を避けている雰囲気があった。

「いや、その、フリースラントとロドリックは……あの、なんと言ったらいいのか、そう、騎士中の騎士だ」

 ギュレーターがぼそぼそ褒め始めた。

 大勝利は、結構だ。文句ない。しかし、次回も(次回があるのかないのか知らないが)この調子で暴走されたら、勝てる戦いも勝てなくなるではないか。


 彼らの部下の騎士連中は、圧倒的な勝利を無邪気に喜んでいた。
 ここは、ひとつ派手な戦勝祝賀会を開きたいところだったろう。あの憎たらしい野蛮人のロンゴバルトは大敗北を喫し、兵力の大半を失ってみじめに敗走している。ざまあみろだった。もっと喜びを爆発させたがっていた。

 気持ちは良く分かる。宴会くらい開催して報いたい。問題は金がないのだ。
 


 だが、その時、嬉しそうに顔を紅潮させて、若い騎士が急いでやって来た。

「失礼いたします! レイビック伯爵様、皆さま方」

 その場にいた総勢二十数名ほどが振り返った。

「カプトルの町の代表者たちが、お目通りを願って参っております。カプトルの町をお救い下さった皆様方へお礼を申し上げたいと!



「カプトルの商人たちからの礼? 町はひどい状態ではないのか?」

 部屋の扉の外には、すでに町人の代表らしい人々がやってきていた。そして、緊張した面持ちで中の様子をうかがっていた。
 
 その中から代表者らしい恰幅の良い男がひとり前に進み出てきた。

「私は、この町の商工会の会頭をさせていただいているタウンゼントと申します」

 タウンゼントは名前だけは知っていた。取引の際にちょこちょこ名前が出て来る豪商だ。フリースラントは知っていたが、ほかの貴族連中は目を丸くしていた。

「ご領主の皆々様。お集まりのところを誠に申し訳ございません。カプトルをお救い下さり、感謝申し上げます! お礼を申し上げねばと、一同、取り急ぎ参りました」

 金持ちの商人らしい、太り気味だが目つきの鋭い何十人もの男たちが、一斉に、深い礼をした。
 その場にいた貴族たち全員が、予想していなかったことだったので、かなり驚いた。町人のことなんか忘れていた。

「被害は甚大でございました。私どもに武力はございません。何もできません。いつまで続くかと絶望的でございました」

「カプトルの者は、みんな、昨夜のご活躍を知っております。外で待っております」

 外で待っている?

「どうか、カプトルの市民に顔を見せて下さいませ」

 あわてて貴族連中は窓から外を覗いた。

 王宮から見える町の通りは人でいっぱいだったし、焼け残った建物の窓からは、人々が鈴なりに顔をのぞかせていた。

 彼らは、昨夜の戦いを必死の思いで見守っていたのだ。

『助けてくれるものは誰もいないのか……王家の軍は? 領主たちの兵は? このままダリアはロンゴバルトの支配下に置かれてしまうのか』

 期待できないことはわかっていた。肝心の王があの有様だ。王太子が人質に取られていることも知ってた。でも、このままでは、喰いつくされてしまう。
 

 だが、夕べ、真っ暗な夜に、突然、2か所で火の手が上がり、王が編成したのではない領主たちの連合軍が、ロンゴバルト向かって逆襲を始めたのだ。

「無謀な戦いに見えました。多勢に無勢、皆様方が全滅するのではないかと……」


「縁起でもない。勝機もないのに戦わんわい」
 ゼンダの領主が憮然としてつぶやいた。ロドリックはこれを聞き付けて、さすがにジロリとゼンダの領主を睨んだ。


「でも、そんなことはございませんでした! 朝になって、ロンゴバルトが無残に敗走している様子を見た時、また戦場にロンゴバルト兵の死体が転がっている様子を見ました時……どれほど嬉しかったことでございましょう!」

「まるで夢のようでした!」

「これほどまでに我がダリア軍が強いとは!」

「我らが誇りでございます」

 彼らは感涙にむせび泣かんばかりだったし、外からは感謝の声が聞こえていた。

 貴族連中はボロボロの格好のまま、部屋の外に出た。タウンゼントたちが彼らを外へ押し出したのだ。
 彼らを見て、町の連中は力いっぱい叫び出した。

 切れ切れに聞こえてくる。

「レイビック伯爵様あ」
「ありが……ーーーございまー……」
「……の騎士様あーー」
「バジエ……様あー」

 喧噪の中、タウンゼントは言葉を続けた。

「まさかこんなに早く始末をつけてくださるとは思っていませんでした。もっと準備に時間がかかる、それに勝つことは難しいと思っておりました」

 こんな大騒ぎになっているとは知らなかった。領主たちは、町のことはすっかり忘れていたのだ。 

「ロンゴバルトなどを防御の要の砦にいれたのは王です。レイビック伯爵様の軍隊を追い出して」

 タウンゼントは悔しそうだったし、副会頭を名乗るカルケは頭を振った。

「自国の軍を遠ざけ、敵国に利する真似を! なんと理不尽な! 挙句に略奪と放火、狼藉! 私どもは武人ではない。ただ、見ていることしかできませんでした」

 若い商人が興奮して口をはさんだ。

「しかしながら、ダリアの圧勝でございました! あのような戦いは見たことがございません」

 タウンゼントの後ろに集まった連中が一斉にガヤガヤ話し始めた。
 どれも嬉しそうで、口々に彼らの戦いっぷりを誉め称えた。


「イヤ、それほどでも……(一番のお手柄は鋼鉄の騎士なんだが……)」

 正直者のザリエリ候が鋼鉄の騎士のことを思い出してうっかり口に出しそうになったが、全否定された。

「なんとご謙遜な!」

 全員が口々にザリエリ候の謙虚な徳を讃え始めた。

「しかし何と言っても、たった一人で敵に立ち向かったあの方……」

 みんなその騎士の名前を知らないのだ。

「あのお方が……十五年前も、ダリアの危機を救ってくださった鋼鉄の騎士の戦いは……」

 焼け落ちていく元ルシア妃の城館の火の明かりに照らされて、オレンジ色に輝く鎧兜の騎士の姿は口伝いで噂として広がっていったものらしかった。

「町人たちは見ませんでしたが、まことにすさまじい活躍だったと聞いております! ぜひともお礼を申し述べたいと」

 それが誰だったのかは、居合わせた貴族たちの目線が雄弁に語っていた。
 ロドリックと……そしてレイビック伯爵その人だ。



 だが、ふたりとも敢えて名乗りはあげなかった。

 町人たちは落ち着かなげに、貴族たちの視線の先をたどり、何とか礼を言うチャンスをうかがっていたが、二人は気が付かないふりをして黙っていた。

 その理由は、その日の朝にさかのぼる。


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