1 / 58
第1話 幼馴染の婚約者
しおりを挟む
「確かに顔だけに限定すれば、すごくステキですわ」
親友のルシンダが言う。
貴族や、国の中でも限られた富裕層だけが入学する学園の食堂で、私たちは遠くを通るケネスを眺めていた。
ケネスはオズボーン侯爵の一人息子で、黒い髪と灰色の光るような目がすてきな、背の高い男の子だった。
そして、私の婚約者だった。
婚約したのは4年前。当時、私は13才。
引き合わせのパーティーの席に、「将来の旦那だんなさま」は、ふてくされ、仏頂面をして現れた。
私は着飾らされて、ビクビクしながら精一杯の作り笑いを浮かべて彼の前に現れたんだけど。
「こんなメガネっ子、気に入らない。どうにかならないの?」
「……申し訳ございません」
私は泣きそうになった。メガネは母の命令でしているのものだ。
太陽光線が成長期の娘の目に悪いと、気に入りの医者に言われた母は、それを固く信じ込んだ。
母は父の仕事について二年ほど砂漠の国に赴任したことがあり、その時かかった医師を深く信頼していた。それ以来、帰国してからもたびたびアドバイスを仰いでいた。
私はメガネがあってもなくても、美人だとは思っていなかった。だから、やっぱりそうなのかと、元々ない自信がゼロからマイナスに食い込んだ。
小さい頃は一緒によく遊んだ。
両親が外国に赴任している間、私は伯母のグレシャム侯爵夫妻の王都の屋敷に預けられていたのだが、グレシャム家の屋敷はオズボーン家の屋敷と隣り合わせだった。
私が庭に出ていると、目ざとく私を見つけたケネスが、子分の執事の息子たちを従えて、グレシャム家の庭に乱入することもあった。
ケネスは元気のいい男の子で、私は何かと付きまとわれ、子どものケンカになり、そうなると男の子は圧倒的に力が強くて、結局、私はいつも泣かされていた。
侍女のキトリはカンカンになって怒ったが、伯母のグレシャム侯爵夫人は鷹揚に笑っていた。
オズボーン侯爵夫人も時々やって来て、息子のケネスのわんぱくぶりを謝っていたらしいが、伯母はいつもケネスに向かって「淑女に本当に悪いことをする人がいたら、紳士は助けてくださるものよねえ?」と話しかけた。
そんなときにケネスが何と答えたのか知らない。
一度だけ、手下の執事の息子たちを連れずに、伯母の招きでお茶にやって来たことがある。
その日は、どうしたわけか、彼はとてもおとなしくお茶の席に座っていて、名家の貴族の子息らしく申し分のないお行儀だった。
私もケネスを総合的に言えば好きかなと考え出したのだが、伯母が席を外すと、彼はたちまちケンカを売り始めた。
「こんなお茶会なんか、面白くないよ!」
私はむうとふくれた。
「それなら、来なければいいのよ!」
売り言葉に買い言葉、ケネスは私の長い髪をつかんだ。ドレスを着て、髪の毛の長い女の子はケンカには圧倒的に不利だ。
「なんでそんなこと言うんだよ!」
「痛い、痛い、髪の毛、放してよ!」
大騒ぎの最中、誰もいない客間が、一瞬、シンとなった。ケネスが黙ったのだ。
ケネスを見ると、真っ赤な顔をしていた。彼は私を見つめていて……顔が近付いてきて、彼の唇が私にキスした。一瞬の出来事だった。
私はびっくりした。ケネスは何を考えているの?
だが、伯母が朗らかな声で何か話しながら部屋へ戻ってきた。オズボーン侯爵夫人がケネスを迎えに来たのだ。
客間のドアが開いた。
「残念ね。ケネス。仲良くしていただいてたのに……」
後になってわかったのだけれど、その日はケネスとのお別れの日だった。
両親が帰国したので、私はモンフォール家の屋敷に戻ることになったからだ。
それから、何年かが過ぎゆき、ケネスはカッコよくなったのだが、私は母の厳しい監督下に置かれて、物々しいドレスを着せられた上に、メガネを強要された。
そして、あのケネスとの婚約が、家同士の話し合いで知らない間に決まっていた。
婚約を決めるパーティの席上、そもそも容姿に自信のない私は、彼の姿を見た途端、委縮した。
とってもかっこいい。すごくきれいな顔立ちで、きっとモテるだろう。一方で、今の私は……。
一緒に遊んで、キスさえもらったのだけれど、だけど、それは昔の話。
ケネスが、覚えているかどうかも分からない。
婚約者になる男性に、嫌われたくない。
でも、彼はどう見ても仏頂面だった。
挙句にあの言葉だ。
ついてきた侍女のキトリは一生懸命慰めてくれたが、私はポロポロ涙が出てきてしまった。
「まあ、ケネス、そんなことを女の子に言うもんじゃないわ」
ケネスの母親のオズボーン侯爵夫人はあわてて言ってくれたが、ケネスはそんなこと気に留めた様子もなく、侯爵邸のよく手入れされた庭園ではなくて、どこかに行ってしまった。
学園に入ってからも、私はケネスの顔を見るとビクビクした。
出来ることなら、ケネスの顔を見たくない。
どう考えても気に入られていないだろう。あの仏頂面を見たくなかった。悲しくなる。
私は、いつものように親友のルシンダと食堂でしゃべっていた。
ルシンダが真剣に聞いてきた。
「ねえ、その婚約者、やめるわけにはいかないの?」
親友のルシンダが言う。
貴族や、国の中でも限られた富裕層だけが入学する学園の食堂で、私たちは遠くを通るケネスを眺めていた。
ケネスはオズボーン侯爵の一人息子で、黒い髪と灰色の光るような目がすてきな、背の高い男の子だった。
そして、私の婚約者だった。
婚約したのは4年前。当時、私は13才。
引き合わせのパーティーの席に、「将来の旦那だんなさま」は、ふてくされ、仏頂面をして現れた。
私は着飾らされて、ビクビクしながら精一杯の作り笑いを浮かべて彼の前に現れたんだけど。
「こんなメガネっ子、気に入らない。どうにかならないの?」
「……申し訳ございません」
私は泣きそうになった。メガネは母の命令でしているのものだ。
太陽光線が成長期の娘の目に悪いと、気に入りの医者に言われた母は、それを固く信じ込んだ。
母は父の仕事について二年ほど砂漠の国に赴任したことがあり、その時かかった医師を深く信頼していた。それ以来、帰国してからもたびたびアドバイスを仰いでいた。
私はメガネがあってもなくても、美人だとは思っていなかった。だから、やっぱりそうなのかと、元々ない自信がゼロからマイナスに食い込んだ。
小さい頃は一緒によく遊んだ。
両親が外国に赴任している間、私は伯母のグレシャム侯爵夫妻の王都の屋敷に預けられていたのだが、グレシャム家の屋敷はオズボーン家の屋敷と隣り合わせだった。
私が庭に出ていると、目ざとく私を見つけたケネスが、子分の執事の息子たちを従えて、グレシャム家の庭に乱入することもあった。
ケネスは元気のいい男の子で、私は何かと付きまとわれ、子どものケンカになり、そうなると男の子は圧倒的に力が強くて、結局、私はいつも泣かされていた。
侍女のキトリはカンカンになって怒ったが、伯母のグレシャム侯爵夫人は鷹揚に笑っていた。
オズボーン侯爵夫人も時々やって来て、息子のケネスのわんぱくぶりを謝っていたらしいが、伯母はいつもケネスに向かって「淑女に本当に悪いことをする人がいたら、紳士は助けてくださるものよねえ?」と話しかけた。
そんなときにケネスが何と答えたのか知らない。
一度だけ、手下の執事の息子たちを連れずに、伯母の招きでお茶にやって来たことがある。
その日は、どうしたわけか、彼はとてもおとなしくお茶の席に座っていて、名家の貴族の子息らしく申し分のないお行儀だった。
私もケネスを総合的に言えば好きかなと考え出したのだが、伯母が席を外すと、彼はたちまちケンカを売り始めた。
「こんなお茶会なんか、面白くないよ!」
私はむうとふくれた。
「それなら、来なければいいのよ!」
売り言葉に買い言葉、ケネスは私の長い髪をつかんだ。ドレスを着て、髪の毛の長い女の子はケンカには圧倒的に不利だ。
「なんでそんなこと言うんだよ!」
「痛い、痛い、髪の毛、放してよ!」
大騒ぎの最中、誰もいない客間が、一瞬、シンとなった。ケネスが黙ったのだ。
ケネスを見ると、真っ赤な顔をしていた。彼は私を見つめていて……顔が近付いてきて、彼の唇が私にキスした。一瞬の出来事だった。
私はびっくりした。ケネスは何を考えているの?
だが、伯母が朗らかな声で何か話しながら部屋へ戻ってきた。オズボーン侯爵夫人がケネスを迎えに来たのだ。
客間のドアが開いた。
「残念ね。ケネス。仲良くしていただいてたのに……」
後になってわかったのだけれど、その日はケネスとのお別れの日だった。
両親が帰国したので、私はモンフォール家の屋敷に戻ることになったからだ。
それから、何年かが過ぎゆき、ケネスはカッコよくなったのだが、私は母の厳しい監督下に置かれて、物々しいドレスを着せられた上に、メガネを強要された。
そして、あのケネスとの婚約が、家同士の話し合いで知らない間に決まっていた。
婚約を決めるパーティの席上、そもそも容姿に自信のない私は、彼の姿を見た途端、委縮した。
とってもかっこいい。すごくきれいな顔立ちで、きっとモテるだろう。一方で、今の私は……。
一緒に遊んで、キスさえもらったのだけれど、だけど、それは昔の話。
ケネスが、覚えているかどうかも分からない。
婚約者になる男性に、嫌われたくない。
でも、彼はどう見ても仏頂面だった。
挙句にあの言葉だ。
ついてきた侍女のキトリは一生懸命慰めてくれたが、私はポロポロ涙が出てきてしまった。
「まあ、ケネス、そんなことを女の子に言うもんじゃないわ」
ケネスの母親のオズボーン侯爵夫人はあわてて言ってくれたが、ケネスはそんなこと気に留めた様子もなく、侯爵邸のよく手入れされた庭園ではなくて、どこかに行ってしまった。
学園に入ってからも、私はケネスの顔を見るとビクビクした。
出来ることなら、ケネスの顔を見たくない。
どう考えても気に入られていないだろう。あの仏頂面を見たくなかった。悲しくなる。
私は、いつものように親友のルシンダと食堂でしゃべっていた。
ルシンダが真剣に聞いてきた。
「ねえ、その婚約者、やめるわけにはいかないの?」
12
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。
彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。
――その役割が、突然奪われるまでは。
公の場で告げられた一方的な婚約破棄。
理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。
ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。
だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。
些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。
それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。
一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。
求められたのは、身分でも立場でもない。
彼女自身の能力だった。
婚約破棄から始まる、
静かで冷静な逆転劇。
王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、
やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。
-
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
4人の女
猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。
うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。
このご婦人方には共通点がある。
かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。
『氷の貴公子』の異名を持つ男。
ジルベール・タレーラン公爵令息。
絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。
しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。
この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。
こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。
別れたいようなので、別れることにします
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。
魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。
命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。
王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ
七瀬菜々
恋愛
先日、3度目の婚約が破談となったモニカは父である皇帝から呼び出しをくらう。
また皇帝から理不尽なお叱りを受けると嫌々謁見に向かうと、今度はまさかの1回目の元婚約者と再婚約しろと言われて----!?
これは、宮中でも難しい立場にある嫌われ者の第四皇女モニカと、彼女に仕える素行不良の一途な騎士、そして新たにもう一度婚約者となった隣国の王弟公爵との三角関係?のお話。
【完結】瑠璃色の薬草師
シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。
絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。
持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。
しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。
これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる