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第23話 ケネス変態疑惑

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「どうして被害者の会なんか開いたの?」



ケネスがぽつりと聞いた。



「真実の愛を探すからって言われて、婚約を破棄されたので……」



おかしなメガネっ子の私のことは嫌いなんですよね?

あなたは、パーティの会場で真実の愛を探すと言ったではありませんか。

私との間には真実の愛はないと……そういう意味でしょう。



形だけの婚約。家同士で決められた婚約。あなたの自由を束縛していた。



そして私はあなたの気持ちが私に向いていないことを知っていたけど、何の努力もしなかった。



だから私は申し訳なく思ってしまった。婚約破棄は自然な流れだったのだと思います。



「だから真実の愛を探すお手伝いをしようと思ったの」



ケネスの顔がゆがんだ。



「隣国の王女を接待するのは、俺の役割りじゃなかった。だが、指名されたのだ」



秀でた容姿の目元涼やかな若者は、きっと王女の心を惹いたのだろう。



「婚約破棄だって、自分の意志じゃなかった」



もちろんそれは知っています。何回もおっしゃっていた。

でも、おかげであなたは私から自由になれた。



「私は王位継承権まである公爵家の娘で、気位が高そうで、しかもちっともきれいじゃなくて……」



だんだん声が小さくなっていく。



「仕方がないことよ。あなたが真実の愛を求める気持ちは理解しているわ。うちは母が婚約者を決めるの。私が無理に婚約をお願いしたわけではないので、私をうらまないでちょうだい」



ケネスはますます怒った様子になった。



私はどうしたらいいかわからなかった。



あの二人の令嬢がお気に召さなかったのは、申し訳ない。



「確かに余計なことを……差し出た真似を。ごめんなさい」



メガネブスのことは許す気になれないかもしれないけど。

男性は、ブスは何をしても許せないって言うもの。



「何か誤解があるみたいだけど。まず、婚約破棄については、あの女に脅されたんだ。君が不倫しているって。俺は信じなかったけど」



「そ、それはありがとう」



こんな奇妙なメガネっ子では、不倫する相手が尻込みしそうだもんね。



「婚約破棄しなければ、シュザンナ嬢の不倫の証拠を公表するって脅されたんだ」



「…………ええ」



「二者択一だ。アマンダ王女は俺を欲しがった」



欲しがった…………

何か、頭に星が散ったような気がした。



欲しがられたのか、ケネス!



訳の分からない衝撃に襲い掛かられた。



ダメよ、それはダメ! あー、違う、何を考えているんだろう、私。今、何を思った?



「君を守るためには、不倫の証拠をばらまかれるより、婚約破棄の方がましだった」



ましって……そうか、ましなのか? 婚約破棄が?



「不倫を例の騎士が証言したら、反証を上げなくてはならなくなる。なかったことを証明するのは大変なのだ」



「そう、そうなのですか?」



「悪魔の証明と言われるくらいだ。そんなことをされたら、君の評判に傷がつく。だけど、王女の要求は婚約破棄それだけだった。その先は要求されていなかった」



話が大変過ぎてついて行けないけど、要するに婚約破棄をすれば、不倫は発表しないと、アマンダ王女は言ったのね?



「そう。その後、俺がアマンダ王女に結婚を申し込む必要はなかったのだ」



「ね、ねえ、アマンダ王女の本当の願いは、あなたから求婚されることじゃなかったの?」



ケネスはうなずいた。



「じゃあ、どうして、婚約破棄だけで許してもらえたの?」



「惚れてるふりをした」



なんと! 直情怪行、酔っ払いを何のためらいもなく殴り倒す男が、ふりをしたと!?



「公衆の面前での婚約破棄を強要したのは、アマンダ王女だ。取り返しがつかないところまで持って行って、速く婚約したかったんだろう。それに、モンフォール公爵家を黙らせる必要があった。公然と破棄されれば、もう後戻りできない。なかったことにはできない」



もはや、私は、あっけに取られてケネスの話を聞いていた。



大体は、わかっていた話だった。だが、本人の口から聞くのは少し違う。



私たちが、こそこそケネスの行いを陰から非難していた時、ケネスは必死で計算していたのだ。その必死ぶりが伝わってくる。



「だが、その後、アマンダ王女と婚約を発表する前に、祝辞を述べて壇から降りた。もう、俺をもう一度壇に登らせることはできない。同じく、公衆の面前で、降りてしまったから取り返しがつかない」



「それは……」



アマンダ王女にしてみれば、裏切りなのでは?

王女は婚約破棄と、それに続くケネスからの求婚を信じていたのでは?



王女の国からしてみれば、王女を騙したみたいで国際問題に発展するのでは?



「そんなことはないだろう。悪いのは王女だ。モンフォール公爵家を恐喝したことは、大勢の証人がいる。どうして食堂なんかで君を脅したのだろう。悪役王女だ」



そんな言葉は聞いたこともないけれど、ケネスは突然私の手を取った。



「婚約破棄なんかしたくなかった」



私は、ケネスが喜んで婚約破棄をしたのだと思い込んでいた。

違うの?



「君を守るために」



え?



話、違いますよ?



あなたが守るのは真実の愛ですよ? 私じゃない。



彼は真剣に私の目を見つめた。



「婚約破棄をすれば、俺の名誉に傷がつく。でも、不倫を証言されると君の将来に傷がつく。どちらを選ぶかと問われれば……」



彼は私の指先にキスした。



「君の名誉を守る」







もうすっかり夜で、周りではカドリーユの音楽が繰り返し繰り返し流れていた。



大勢が楽しそうにざわめき、歓声が聞こえてくる。



でも、私たちは、私たちの周りの喧騒と切り離されたような二人きりの世界で話していた。



「ケネス……」



ケネスは私の目を見つめていた。



「ケネス、真実の愛はどうしたの? 探しに行くのでしょう?」



私は必死になって言った。



「ずっと前から見つけていたよ。探すまでもない。だけど、人に言うわけにはいかなかった。当たり前だろ? アマンダ王女がいる頃は、そんなこと言おうものなら、君がどんな目にあわされるかわからない」



事情はわかりました。真実の愛の実名報道は出来なかったわけですね。しかし……





ケネスの言葉はショックだった。



アマンダ王女が嫌いで、王女との婚約から逃げるために真実の愛と言う言葉を使った。

それはこの前のお茶会で聞いていた。



私との結婚が気に入らないので、婚約破棄には喜んで同意した……わけではなかった。



そして、そして……



「シュザンナ、君は勘違いしているよ」



いつものケネスのキツイ口のきき方ではなかった。



ずっと柔らかく、やさしくてためらいがちな話し方だった。



「婚約破棄は究極の選択だ。僕の名誉をズタボロにしても、たった一人の人を守れればそれでいい……そして、出来ることなら対価が欲しい」



暗闇で、彼の目が光ったような気がした。対価? 対価って何?



「婚約を戻して欲しい。君が好きだから。君が欲しい」



何とも答えられなかった。もう一度、彼は私の手を取った。目を見つめたまま、指先を口元に持って行って口づけた。そしてそのまま口に含んだ。柔らかな彼の唇と舌の先が指に触れた。



「君はおいしい」



なぜか、全身の毛が逆立った。



「串肉の味がする」



ああ……ケネスったら……なんか違うよ。指は食べ物じゃないよ?
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