真実の愛を貫き通すと、意外と悲惨だったという話(相手が)~婚約破棄から始まる強引過ぎる白い結婚と、非常識すぎるネチ愛のいきさつ

buchi

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第44話 継承権辞退

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 夜半過ぎ、私の寝室のドアが開いたらしい。静かな衣擦れの音がして、ほのかに香水と人の匂いが混ざり合って、まじかに迫った。知っている匂いだ。ちょっとドキドキする、でも不快ではない。いい匂い?

 だが、私はベッドがきしんだ瞬間、目が覚めた。

「誰ッ?」

 誰かが優しく頬をでた。

「夫が妻の寝室に入ってきても、問題は何もない」

 私は仰天して抗議したが、彼は意に介さなかった。

「ど、泥棒か盗賊だと思いました。心臓に悪いです」

 私は早口で言った。

 それはそうかとラルフは言った。彼は、灯りをともした。外出着のままだった。

 私はぼんやり彼を見た。ちょっと寝ぼけていたらしい。
 ラルフはそれを見て、やさしく笑った。それを見ると、すごくドキドキして、めちゃくちゃ動揺してしまった。こっちは薄い夜着一枚だ。

「それよりっ、そんなことより、どうしてこれまでお帰りにならなかったのですか? それに、今晩はこんなに遅く戻って来られるだなんて、何かあったのですか?」

「教えてほしい?」

 ラルフは意地悪だった。

「王位継承を辞退してきたのさ」

 私はびっくりして、ラルフの顔を見た。彼は穏やかに笑っていた。

「妻が大事だ。私はまだ妻を抱いていない」

「は?」

「平凡な幸せが欲しい、今の幸せを取り上げないで欲しい……王にはそう言った」

「あのう、幸せってなんなのですか?」

 あなたは野心家のはず。権力や財力に執着している人なのよ? 妻なんかどうでもいいでしょう?

「あなただよ。だって、あなたは私の帰りを待っていていくれた。心配してくれた」

 それは否定しないが……

「私はあなたのことがずっとずっと好きだった。だが、どうしても手に入らない。王太子殿下が邪魔だった。せっかく婚約破棄まで進んだのに、あなたへの気持ちに気付いて戻って来てしまった」

「王太子殿下は浮気性ですから……」

 私は小さな声で言った。

「違うよ」

 ラルフは私を抱きしめて言った。

「あれは……あの男は本気だった。本当に愛していた。バカのくせに」

 私はラルフの腕の中から逃げられなかった。

「ちゃんと夫婦かどうか、親しい者にはばれてしまう……」

 ラルフは言った。

「王太子はいない。どんな対抗馬もいない」

「止めて、ラルフ。王太子殿下が亡くなった今、無理をして夫婦の真似事をする必要はないのよ?」

「夫婦の真似事?」

 ラルフの腕が締め付けた。

「痛いわ」

「私は好きだ。あなたが欲しい」

 ラルフの顔を見た。

 これは怖い。
 本当に怖い。

 私はラルフの腕を何とか外そうとした。

「愛しているんだ。あなたなしで生きていくことができない」

 三度目のキスもラルフが巻き上げていった。

「乙女の夢が!」

「乙女の夢は、死ぬほど愛してくれる男のものになる事なんだ」

 あなたは乙女じゃないでしょ?!
 乙女の気持ちは分からないでしょ?!

「二人で暮らそう。王都に住むのが嫌なら、田舎に行こう」

 彼は外出着のまま、私を腕の中に閉じ込めて、ベッドに落とし込むと耳元で話した。

「継承権を辞した私に残っているのは、あなただけだ」

 それから付け加えた。

「明日からはあなたといるよ。懐かしの海辺の別邸……。政治を忘れて、ゆっくりしたい。一緒に行こう」

 何を言ってるんだろう。
 懐かしのって、懐かしい思い出なんかないはずだが?

「王太子殿下と出会ったろう? あの時にはすでに歯車は回り出してたんだ」

「……訳がわからないわ」

 ラルフは微笑んだ。

「愛してる」

 彼は私を抱きしめた。

「一日に少しずつ、抱きしめる時間を増やしていく」

 それは……なんだか困る…ような気がする。

「大好きだと何回でも言うよ」

 それも、なんだか困るような気がする。

「お返しが欲しい。僕を好きだと言って」



 だが、突然、南館と本館の間のドアの取っ手をガチャガチャ言わせる音がして、血相を変えた父が乱入してきた。

「ラルフ!」

 後ろからは、不安そうな顔をしたゲイリーと、手に鍵を持ったセバス、顔がこわばっているマリーナ夫人がのぞき込んでいた。

「王妃様とベロス公爵に宣言したそうだな? 王位継承権は放棄すると?」

 ラルフは私を抱きしめて、うっすらと微笑みを浮かべたまま、父に答えた。

「はい」

 父は不安の顔から絶望の顔に変わった。

「ラルフ! なんてことを」

「ラルフ様! なぜでございますか?」

「だって仕方ないではありませんか。私はこの人を守りたいのです」

「オーガスタ様をですか?」

 キンキン声で反応したのはマリーナ夫人だった。

 私はラルフの後ろに隠れた。だって、夜着のままラルフに抱かれているだなんて恥ずかしすぎる。でも、全員、この件に関してはどうでもよさそうだった。目もくれなかった。

「王位継承者のリストに上がろうものなら、どんなことが待ち受けていることやら。よくおわかりではありませんか? リッチモンド公?」

 父はしぶい顔をしていた。

「ラルフ……。言っていることはわかる。だが、お前ほど優秀な者はいないのだ。最も王位にふさわしい……」

「だからこそですよ。だからこそ、危険なのです」

「危険……暗殺などを心配されているのですか? あなたほどの手練てだれが何をおっしゃっているのですか」

 ゲイリーが叫んだ。

「暗殺者と言うものはね、ゲイリー、目的を達成すればいいのだ。きれいな殺し方、正々堂々としたやり口なんか考えてくれるわけではないのだ」

「むろん、こちらもそのつもりで迎え討つわけです。どんなやり口だろうと、容赦なく対抗いたします。命をけてお守りします」

 ラルフは首を振った。

「勿体ない、ゲイリー。そんなものに命をかけるなんて、つまらない」

「違う! ラルフ! お前がどんなに自分からリストから外れると言っても、向こうはそうは考えてくれないんだ。背中を向けるってことは、敗北だ。その間に、ベロス公爵はどんどん力を付けていくんだぞ? いつか本当に殺されてしまう」

 父が怒鳴った。

 ラルフはにっこりと微笑んだ。

「ベロス公爵には固く約束しました。絶対に裏切らないと。それに国王ご夫妻にも約束しました。安心して、王太子殿下の婚約者であるベロス嬢のお子様のご誕生を待ちましょうと。それこそ、今は亡き王太子殿下へのはなむけであると」

 父もゲイリーもセバスもマリーナ夫人も、それから実は私も、ラルフの顔を疑い深く眺めた。

 絶対、嘘だ。何考えてるんだろう。

「ラルフ様。本気でございますか?」

 沈黙を破って、マリーナ夫人の声が最終通告のように響いた。

「もちろんだとも。王家への忠誠を証拠立てるために、私はオーガスタ様と明日、海辺の別邸に行くつもりだ」

「え?」

 父がたまげたらしく、大声で聞き返した。

「この大事な時期に?」

「そう。この大事な時期に」

 ラルフはうなずいた。

「せっかく結婚したのに、これまで大切な妻をあまりにもかまってやれなかった。寂しい思いをしていたのではないかと心配なのです。ですから、新婚のこの大事な時間を一生の思い出になる時間にしたいのです」

「「「「「本気ですか?」」」」」

 私と父とゲイリーとマリーナ夫人と、それからセバスまで声をそろえた。



 翌朝、私は本当に馬車に詰め込まれて、海辺の別邸まで行くことになった。

「服や身の回りの品は……」

「ソフィアがあとで届けてくれるさ」

 ラルフはケロリとしていた。

「マリーナ夫人は……」

「ダメだ。邪魔だ。南翼に留まるように命じた。二人きりだ」




 出立前に父に聞いたのだけれど、あの晩、王宮には、マリーナ夫人が列挙していた王家の人々全員が集まっていたそうだ。

「その中にラルフ程、似つかわしい人物はいなかった。年回りといい、これまでの功績といい、どう見ても一番だった。今回の遠征にしてもそうだ。彼はアウサの連中を一蹴いっしゅうし、見事王太子のかたきを取った。ババリア元帥の出番がないくらいだった。その前から王宮内では有能だと言われてきた」

 もちろん知ってますけど。

「それから、押し出しだ。オーガスタは気が付いていないみたいだけれど、彼は美男子として有名なのだ」

 私は首をひねった。美男子?

「身近過ぎて気が付かなかったのかもしれないが……なんでわからんのだ?」

 父は妙な解説をしてから、付け加えた。

「国王陛下は、屈辱的な表情だった。自分の息子が死んで、その後継者を決めなくちゃいけないだなんて、さぞ嫌だろうと思う。ラルフが逃げだしたのも無理はない。恨まれたくはないだろう」

 それで、私を連れて目の届かないところに行こうとしているのか。

「私は、千載一遇のチャンスだと思った。あの場で、全王族が集まった場で、後継者として認められれば、次期の王座はラルフのものになる。それをラルフは……」

「わかりません。全貴族からの反感を買うだけかもしれません」

「お前はリッチモンド一族の力をなめている」

 父は悔しそうだった。その時、ラルフが父と話している私を見つけて、急ぎ足でいかにも嬉しそうにやって来た。

「おお、オーガスタ様、ここでしたか」

 ラルフは父の前だけは私に向かって敬語を使う。

「もう用意は万端です。さあ行きましょう。遅まきながら新婚旅行です」

 それから手を握りしめた。

「遠征から無事に帰ってくることを待っていてくれるとおっしゃってましたね。行ってまいります、義父上」

 ラルフは私の腰を抱くと、持ち上げる勢いで馬車の中へ連行した。
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