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第53話 大聖堂での断罪

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 私たちはシャーロットを目立たないように、地味な馬車で宮廷まで送り返した。

「もう、おいとましなくてはなりません。ちょっと出入りの布地商人のところに行ってくると、少しだけ下がらせていただいたのです」


 その晩には、私にも召喚状しょうかんじょうが来た。
 翌日の公開の聴聞会ちょうもんかいに出席しろと言うものだった。

「どうしたものでございましょう?」

 さすがにマリーナ夫人が唇を青くした。

 応じたものかどうか判断がつかなかった。

 父やラルフかゲイリーの判断を仰ぎたいところだが、全員王宮に詰めていて、家には誰もいなかった。

「出ないと王妃様の疑いとお怒りを買うでしょうが、下手に出席して何かの罪に問われても……」

 私は考えた。

「多分、私は無事よ。それより心配なのはラルフだわ」

 王妃様は私のことをよく知っている。
 殿下を挟むと、嫁姑のように王妃様の感情は悪意的で厳しいものになったが、今その原因になる人物はいない。

 王妃様にとって私は、息子が大事にしていた人物だ。それを殺したりしないだろう。そんなことは息子が望まないとはっきりしているからだ。

 だが、王妃様はラルフには愛情のカケラも抱いていない。

 ベロス公爵にとって、この騒ぎは、わずかに残ったラルフの王位継承の可能性をつぶすチャンスだろう。

 ラルフは王位継承権を辞退したが、国内にラルフをす勢力はくすぶっている。
 アレキア軍を壊滅かいめつせしめてからは特にそうだ。
 自分の孫の地位を確実にするために、若くて目立つラルフを、王位継承権を狙って王太子の死を招いた悪辣あくらつな人物として断罪して、二度と表舞台に出られないように|完膚「かんぷ》なきまでに叩きのめす。

「ベロス公爵ならとにかく、王妃様がそんなことを考えるでしょうか?」

「わからない。わからないわ」


 私は地味なドレスを用意して、お付きも連れずに王宮に出向いた。どうせお付きは中までは入れないのだ。
 王宮でもっとも大勢が入れる場所は、大聖堂だった。大勢の人々が集められていて、今や遅しと何が起きるのか、待ち構えているようだった。
 私は目で父とラルフを探した。

 二人は距離を置いて、席を与えられていた。

 父は焦燥して疲れているようだったが、ラルフは不安そうに見えた。

 そのことに私はショックを受けた。
 あのラルフがおびえている?

 しかし、私はそんなことより、せかせかと入ってきた王と王妃の姿にすぐ神経を持っていかれてしまった。

 二人とも、心ここにあらずと言った様子をしていた。

「マーチン!」

 王妃が側近の名を高い声で呼んだ。

「細かい経緯はもういい。証人を連れておいで!」

 全員の頭がぐるりと回り、側近が合図すると、身なりは豪奢ごうしゃだが、背の低いせた貧相な男が入ってきた。

「お前は、ラルフと言う人物から手紙を出す方法があると、殿下宛てに伝言を預かったのだね?」

 王妃がせっかちに苛立いらだって、アレキア人に向かって聞いた。

「そう聞いております。奥様」

「奥様ではない王妃様だ」

 国王が珍しく感情的に怒鳴った。

「そして、証拠に手紙を預かったと」

 アレキア人はニヤリと笑った。

 私はゾッとした。
 このアレキア人はルフランの国王が怖くないのか。これだけ多数の貴族を目の前にして、何も感じないのか。

「証拠の手紙とやらは存じません」

「なんだと?」

 ほうっといったような声が、大聖堂の空気を満たした。

「私は手紙など持っておりません」

「そんなはずはないわ! 私のところに送られてきた告発文には、証拠として、オーガスタの署名のある手紙を引き裂いたものが入っていた! 間違いない。何度も見て知っている筆跡なんだから」

 何人もの目線が私の方にこっそり向けられ、私は本当にここに来てよかったのかヒヤリとした。王妃様は、思ったよりずっと正気を失っている。

 アレキア人はまた笑った。正確には口の端を吊り上げただけだったが。

「その告発文とやらはわたくしは存じません」

「嘘っ。ラルフと言う人物から伝言を預かったと、今、言ったではありませんか!」

「奥様、王太子の手元に手紙が届くよう、誰かが手配したことは聞いて知っています。その人物の名前がラルフだと聞きました」

 王妃の本気の憎しみが、ラルフに向けられた。彼女はアレキア人に確認した。

「間違いないわね?」

「そう聞きました。それに間違いはありません」

 王妃はラルフを連れて行けと騎士たちに合図した。

「証言が得られたわ」

 誰も一言も発しなかったので、その声は隅々すみずみまで通った。

「殺人罪と国家反逆罪よ。オールバンス男爵には死刑を」

「しかし、怖れながら陛下」

 リッチモンド公爵だった。

「別なラルフかもしれません。それに、この者の話は伝聞に過ぎません。手紙でおびきだされた件は、真偽のほども不明でございます。証拠がございません」

 父の声は震えていた。

「手紙の件で出て行ったと騎士たちから聞いている。殿下をおびき出して、誰に利益があったのかが問題なのよ」

 王妃様は怒鳴った。

 そして、ラルフを指して叫んだ。

「その名前の男は、第二位の王位継承権を持つ。おごり高ぶり、邪魔者を消そうとした。人を殺す十分な理由があったのです。つれておいき」

 騎士たちがラルフの肩を手荒に押して聖堂から出て行かせようとした。ラルフは動かなかった。

「王妃様、あなたは無実の者を捕らえたのです」

 ラルフの落ち着いた声が大聖堂にひろがった。

「私は手紙など出していません。私は……」

「すぐに連れて行きなさい!」

 王妃様の声が響き、騎士数名がラルフを取り囲み押し出すようにして、大聖堂から連れだした。

 誰も何も言わなかった。
 父も私も動けなかった。

 誰かが叫ぶことを期待しただろうか。


 だが、その時、割って入った声があった。

「もし、奥様」

 全員が、声の主の方を振り向いた。

「お間違いがございますよ?」

 軽く、まるでからかっているかのような声の調子だった。

 王も王妃も、リッチモンド公爵もそのほかの貴族全員も、騎士たちも、みんなが小柄なアレキア人に集中した。
 誰も、奥様呼ばわりをやめろとすら言わなかった。

「なんなのッ……」

「ラルフが誰だか知りませんが、今のお話ですと、その人物の王位継承権は第一位だと思いますね」

 全員がアレキア人を見つめ、そして、言葉の意味を考えた。

 そして、王妃様も、私も、公爵も、その場にいた全員がアレキア人の次の言葉を待った。

「私は生きてアレキアに帰りたいので……」

 王妃が言葉に詰まりながら答えた。

「お前が嘘を言うなら、生きて帰すわけがないでしょう!」

「嘘など一言も言っておりません。ベロス公爵に捕らえられて証言を強制された時、私は生きて帰るための保証を用意したのです。私はベロス公爵の孫があなたの孫ではない証拠を持っています」

「え?……」

「真実を知りたくないですか?」
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