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第32話 ジェラルディン嬢の嫌われっぷりについて
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イズレイル先生の話は面白かった。
先生は家柄こそ一流だが、職業は教師なので、王家の中枢に通じているわけではない。だが、生徒の中には、高位の貴族の子弟が多く、王都住みなので友人、親戚、学校関係者など知人が多かった。
「王と王太子が、突然、二人とも亡くなったり行方不明だなんて、尋常じゃない。リール家が絡んでいると、みんな疑っている」
誰にとっても、突然の王太子行方不明、死亡説は、受け入れ難いものだったらしい。
しかし、エドウィン王太子の失踪と同時に、国王自身が亡くなってしまうと、他国につけいられる隙を見せてはならない、仮の王を立てよという意見は説得力が出てきた。
「今の王のセドリック殿は、王太子にするなら、おそらくもっとも妥当な人物だ。リール家とは何の関係もない。エドウィン王太子がダメなら、彼しかいないだろう。両親も政治に野心がなく、その点でも受け入れられやすかった」
ここでイズレイル先生は、ちょっと意地悪そうに私の顔を見た。
「エドウィン王太子が、ジェラルディン嬢を嫌がるからだ。もしジェラルディン嬢と結婚する意思を示せば、あんな悲劇は起きなかったかもしれない」
え? どう言うこと? そのお話、聞きたいわ!
「まあ、兄がエドウィン王太子殿下の側近をしている生徒が言うには、ジェラルディン嬢が訪問されると聞いた途端、王太子殿下は用事が出来るらしい」
そう言うと、イズレイル先生はいたずらっぽい顔をして、横のエドを見た。
エドが嫌そうな顔になった。そして言った。
「面倒臭いのだ。それに裏からリール公爵家の匂いがプンプンする」
エドウィン殿下は……今はただのエドだが、この時だけは王太子殿下の顔に戻って、気難しそうに言った。
「どうあしらったらいいか分からない。邪険にすると空涙を流すし、親切に応じるとしなだれかかる。婚約者がいるって言うのに」
「ジェラルディン嬢は、エドウィン王太子と幼馴染で、親しい……うっ、むぐっ……」
『なんでティナ様がそれ、知ってんのって話になりますんで』
ラビリアが、話の途中で私の口にデザートを突っ込んできた。
『先生の話を聞け!』
イズレイル先生は、エドのジェラルディン嬢大嫌いに、全く満足して微笑みながら言った。
「その通り! 全くリール家の娘にロクな女はいない。ジェラルディン嬢との結婚は、もしアルクマールの姫君との話がなくても、ありえなかったからな。リール家としては、エドウィン王太子を排除するしかなかった」
そんな理由で?
「だって、ジェラルディン嬢は、いかにも身分高い令嬢といった感じで、プライドばかりが高いんだよ。その上、男性に対しては態度が変わる。妙に親しげになる上に、お茶はいかがですか?とか聞かないと、猛烈に機嫌が悪くなる。俺は恋人でもなければ、下僕でもない。それに侍女に対する扱いが普通じゃない。リール家の者はみんなそうだ。平気で体罰を加える。見ていて気分が悪かった。その上、やんわりとでも注意しよう者なら、顔色が変わる。否定されたと思うんだろうな」
先生も顔色が曇った。
「リール公爵は、さすがに王家の者にお茶を入れろとは言わないが……他人の痛みを軽んじるところは同じだな」
先生の話は面白かったが、ただ、前段にどうしても一族の恨みつらみが入るのが面倒だった。
それさえ突破できれば、話は有用だった。おそらく彼の見方は正しいのだろう。
だが、今回は新顔の私とラビリアが加わったせいで、恨みつらみストーリーが二回公演になってしまった。
「先生、彼女たちは平民です」
たまりかねたエドが口を挟んだ。
『違います。王女です。あと、ウサギです』
ラビリアが、聞こえるはずがないと分かっていても、音声多重で突っ込んだ。言いたかったらしい。
「貴族の事情なんか、全然、わかりませんよ」
『わかりたくもありませんし』
ようやく、先生は重い腰をあげて、翌日リストを書き上げて少年の方のエド……名前はウィルと言うそうだ……に渡すと言って、エドと一緒に外に出ていった。
「俺はここに住んでるわけじゃない。ここは彼女の家なんです」
「いいな。彼女の家か。わしも一度言ってみたかったよ」
いい歳して変な憧れ、口に出すんじゃない。
「俺の絡みで彼女たちが襲撃されでもしたら、絶対に困ります。だから、この事は絶対に秘密にしてください」
先生は急に真剣になったらしかった。
「よし。惚れた女は守らなきゃな。エドウィン殿にも、人らしい感情があったってことだ。応援するよ」
ちょっと、どこかずれた解釈だと思うけど、エドは否定しなかったし、話としてはその方が理解しやすそう。
『それより、人らしい感情って、どゆこと? よっぽど朴念仁?』
ラビリア、私には聴こえているんだから。
「とにかく、エドのことは黙っててもらわないと……。これからも、あの先生は使いたいしね」
「ですけど、ティナ様、あの先生、確かに裏も表もなさそうだけど、口、軽そうですよお? 家柄よくても、宮廷暮らしは無理なタイプっぽいですよ」
二人が邸を離れた途端、ラビリアが言った。
「学校の先生も務まらないタイプじゃないかしら。思い込み強そうだし。学校は行ったことがないけど、生徒に思想を吹き込む家庭教師はどこの貴族の家でもすごく嫌われるわ。優秀でなくても、貴族の家出身の家庭教師が好まれる理由よね」
私たちは大急ぎで食堂を片付け、エドのベッドの支度をした。
一緒に寝るのはもう懲り懲りだ。巨漢にベッドを占拠されて、抱きかかえられていただなんて恐怖体験したくない。
やがて裏の扉が開く音がして、エドがこっそりと戻ってきた。
「この格好で外を出歩くのはヒヤヒヤするよ。夜中すぎて人がいなかったからいいようなものの……」
外はだいぶ冷え込んでいたらしかった。
「夏だったら、フードもマントもおかしすぎて着られないからね」
「イズレイル先生は役に立ちそうですか?」
「変装できなかったたら、接触がはばかられるくらいだよ」
エドは苦笑いした。
「秘密だよと言いながら、知り合い中に俺が生きていることを話して歩くだろう。無論リール公爵家派には言わないだろうが。だが、口の軽い連中って、大勢いるよね?」
「そんな噂が広まって、あなたは大丈夫なのですか?」
思わず私は聞いてしまった。
エドの目がゆっくり私を見つめた。
先生は家柄こそ一流だが、職業は教師なので、王家の中枢に通じているわけではない。だが、生徒の中には、高位の貴族の子弟が多く、王都住みなので友人、親戚、学校関係者など知人が多かった。
「王と王太子が、突然、二人とも亡くなったり行方不明だなんて、尋常じゃない。リール家が絡んでいると、みんな疑っている」
誰にとっても、突然の王太子行方不明、死亡説は、受け入れ難いものだったらしい。
しかし、エドウィン王太子の失踪と同時に、国王自身が亡くなってしまうと、他国につけいられる隙を見せてはならない、仮の王を立てよという意見は説得力が出てきた。
「今の王のセドリック殿は、王太子にするなら、おそらくもっとも妥当な人物だ。リール家とは何の関係もない。エドウィン王太子がダメなら、彼しかいないだろう。両親も政治に野心がなく、その点でも受け入れられやすかった」
ここでイズレイル先生は、ちょっと意地悪そうに私の顔を見た。
「エドウィン王太子が、ジェラルディン嬢を嫌がるからだ。もしジェラルディン嬢と結婚する意思を示せば、あんな悲劇は起きなかったかもしれない」
え? どう言うこと? そのお話、聞きたいわ!
「まあ、兄がエドウィン王太子殿下の側近をしている生徒が言うには、ジェラルディン嬢が訪問されると聞いた途端、王太子殿下は用事が出来るらしい」
そう言うと、イズレイル先生はいたずらっぽい顔をして、横のエドを見た。
エドが嫌そうな顔になった。そして言った。
「面倒臭いのだ。それに裏からリール公爵家の匂いがプンプンする」
エドウィン殿下は……今はただのエドだが、この時だけは王太子殿下の顔に戻って、気難しそうに言った。
「どうあしらったらいいか分からない。邪険にすると空涙を流すし、親切に応じるとしなだれかかる。婚約者がいるって言うのに」
「ジェラルディン嬢は、エドウィン王太子と幼馴染で、親しい……うっ、むぐっ……」
『なんでティナ様がそれ、知ってんのって話になりますんで』
ラビリアが、話の途中で私の口にデザートを突っ込んできた。
『先生の話を聞け!』
イズレイル先生は、エドのジェラルディン嬢大嫌いに、全く満足して微笑みながら言った。
「その通り! 全くリール家の娘にロクな女はいない。ジェラルディン嬢との結婚は、もしアルクマールの姫君との話がなくても、ありえなかったからな。リール家としては、エドウィン王太子を排除するしかなかった」
そんな理由で?
「だって、ジェラルディン嬢は、いかにも身分高い令嬢といった感じで、プライドばかりが高いんだよ。その上、男性に対しては態度が変わる。妙に親しげになる上に、お茶はいかがですか?とか聞かないと、猛烈に機嫌が悪くなる。俺は恋人でもなければ、下僕でもない。それに侍女に対する扱いが普通じゃない。リール家の者はみんなそうだ。平気で体罰を加える。見ていて気分が悪かった。その上、やんわりとでも注意しよう者なら、顔色が変わる。否定されたと思うんだろうな」
先生も顔色が曇った。
「リール公爵は、さすがに王家の者にお茶を入れろとは言わないが……他人の痛みを軽んじるところは同じだな」
先生の話は面白かったが、ただ、前段にどうしても一族の恨みつらみが入るのが面倒だった。
それさえ突破できれば、話は有用だった。おそらく彼の見方は正しいのだろう。
だが、今回は新顔の私とラビリアが加わったせいで、恨みつらみストーリーが二回公演になってしまった。
「先生、彼女たちは平民です」
たまりかねたエドが口を挟んだ。
『違います。王女です。あと、ウサギです』
ラビリアが、聞こえるはずがないと分かっていても、音声多重で突っ込んだ。言いたかったらしい。
「貴族の事情なんか、全然、わかりませんよ」
『わかりたくもありませんし』
ようやく、先生は重い腰をあげて、翌日リストを書き上げて少年の方のエド……名前はウィルと言うそうだ……に渡すと言って、エドと一緒に外に出ていった。
「俺はここに住んでるわけじゃない。ここは彼女の家なんです」
「いいな。彼女の家か。わしも一度言ってみたかったよ」
いい歳して変な憧れ、口に出すんじゃない。
「俺の絡みで彼女たちが襲撃されでもしたら、絶対に困ります。だから、この事は絶対に秘密にしてください」
先生は急に真剣になったらしかった。
「よし。惚れた女は守らなきゃな。エドウィン殿にも、人らしい感情があったってことだ。応援するよ」
ちょっと、どこかずれた解釈だと思うけど、エドは否定しなかったし、話としてはその方が理解しやすそう。
『それより、人らしい感情って、どゆこと? よっぽど朴念仁?』
ラビリア、私には聴こえているんだから。
「とにかく、エドのことは黙っててもらわないと……。これからも、あの先生は使いたいしね」
「ですけど、ティナ様、あの先生、確かに裏も表もなさそうだけど、口、軽そうですよお? 家柄よくても、宮廷暮らしは無理なタイプっぽいですよ」
二人が邸を離れた途端、ラビリアが言った。
「学校の先生も務まらないタイプじゃないかしら。思い込み強そうだし。学校は行ったことがないけど、生徒に思想を吹き込む家庭教師はどこの貴族の家でもすごく嫌われるわ。優秀でなくても、貴族の家出身の家庭教師が好まれる理由よね」
私たちは大急ぎで食堂を片付け、エドのベッドの支度をした。
一緒に寝るのはもう懲り懲りだ。巨漢にベッドを占拠されて、抱きかかえられていただなんて恐怖体験したくない。
やがて裏の扉が開く音がして、エドがこっそりと戻ってきた。
「この格好で外を出歩くのはヒヤヒヤするよ。夜中すぎて人がいなかったからいいようなものの……」
外はだいぶ冷え込んでいたらしかった。
「夏だったら、フードもマントもおかしすぎて着られないからね」
「イズレイル先生は役に立ちそうですか?」
「変装できなかったたら、接触がはばかられるくらいだよ」
エドは苦笑いした。
「秘密だよと言いながら、知り合い中に俺が生きていることを話して歩くだろう。無論リール公爵家派には言わないだろうが。だが、口の軽い連中って、大勢いるよね?」
「そんな噂が広まって、あなたは大丈夫なのですか?」
思わず私は聞いてしまった。
エドの目がゆっくり私を見つめた。
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