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第9話 頼もしい姉たち
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噂は千里を走ると言う。
私、スノードン侯爵夫人トマシンが夫の手で娼館に送り込まれた話は、大誤解をはらみつつ、至る所で大暴走した。
「みんな、あなたが娼館に売られて逃亡したって思い込んでるわ」
誰かのお茶会に出席して、自宅に帰ってきたシャーロット姉様が、ため息をつきながら言った。
侍女が手際よく姉からコートやバッグを受け取っていた。
「はあ?」
私は姉の家で姪や甥と遊んでいたが、変な声を出してしまった。
「私は娼館に男を買いに行かされたんですけど?」
「うん。でも、ふつう娼館と言う言葉は、男が女を買いに行く場所として認識されているでしょ?」
「そうね」
私も侯爵から説明を受けるまで、娼館なんか、よく知らなかったわ。
「スノードン侯爵の頭の中がどうなっているのかわからないけど、そもそも、普通の貴婦人は娼館と聞けば、全員、男性用を想像すると思う」
それはそうでしょう。その上、まともな娼館とか、まともじゃない娼館とか、娼館のレベルまで言われても、この世の中に、そんなに数があるとは思えない。
「その知識、男のスノードン侯爵が持っているとも思えないわ。どう考えてもルシンダの入れ知恵でしょう」
「はあ。そうね。とんだところからお里が知れたわね」
私はまだ見ぬルシンダを想像しながら、そう言った。娼館などにまで、造詣が深いなんて、ずいぶん世慣れた人である。私一人では、絶対に太刀打ちできない。
姉のところに逃げてきて正解だった。
姉たちは、結婚して子どももいて、そのつながりもあれば、社交界にも出入りしている。夫がいるから、婚家先の親族との付き合いもある。知識も豊富だ。伝手もある。
私は、同じように家に帰らない方がいいと助言してくれたリオンのことを思い出した。
馬車代を返さなきゃいけないのだが、あの娼館には二度と行きたくない。
「晩御飯のあとで、ジョージとも相談しましょうよ。きっとジョージもこの話をどこかで聞いていると思うわ」
夕食前には、レジータ姉様のチャールストン卿邸から、使いの者が来て、スノードン侯爵からレジータ姉様宛ての手紙をシャーロット姉様に渡した。
レジータ姉様も相当活躍しているらしい。あわてたスノードン侯爵が、弁解の手紙をチャールストン卿夫人宛に送って来たらしかった。
姉のところの使用人が持ってきたその手紙を読んで、弁護士の資格を持つジョージ義兄様がしかめつらをした。でも、よく見ると、そのしかめつらはニンマリしていた。
「ふふっ。バカな男だ。離縁と損害賠償金を要求しよう。あなたがゆっくり暮らせるだけの」
私はうなずいた。
お金は欲しい。
だって、いつまでも姉様のおうちにいるわけにはいかないからだ。
まだ赤ちゃんのジョージ二世はとてもかわいいし、姉のドラは三歳の割に口が達者で面白い。二人とも、とにかくかわいい。でも、だからと言って、いつまでもお邪魔する訳にはいかない。
しかし、ジョージ義兄さまは言った。
「しばらくはここにいなさい。その方が安心だ。スノードン侯爵は姉の家にいると聞いて、チャールストン卿の邸宅を想像しているらしい。ここへは絶対に来ないはずだ。それに、侯爵がチャールストン家に侵入しようものなら、それこそただでは済まないからね」
そう言ってクツクツ笑った。
チャールストン卿は、治安維持関係の仕事をしているらしい。自宅の警備は厳重を極めているそうだ。
「それよりも、この件で初めて私はチャールストン卿と話をしたよ」
ちょっと男爵は嬉しそうだった。
「なかなかお近づきになれない人だからね。だけど今回の件で、義兄弟だと認識してもらえてうれしかった。気難しい人だと言われているし、仕事上は関係ないので知り合いじゃなかったんだ。話してみたら、彼、チェスの名人で私もチェスならかなりの腕前だからね。話題が合ってよかったよ」
それからジョージ義兄さまは、ちょっと得意げにシャーロット姉様に言った。
「チャールストン卿は、隣国のお家騒動にも介入しているらしい。私に法的措置の相談をしてきたよ。ちょっといい風向きだと思うね」
私が世話になることで、ジョージ義兄様の助けになるなら、それは嬉しい。
「隣国の王太子が、真実の愛を得たと言う理由で突然王太子の座を降りて、第二王子が王太子になった話は知っているよね?」
「あら。それ、聞いたことがありますわ。一時話題になっていましたわ」
姉が熱心に言ったが、私も膝を乗り出した。
「でも、王太子の座争いに乗らなかった第三王子がいるのを知っている?」
「まあ、いいえ?」
「彼は誰が王太子になるのかわからなかった時、担ぎ出されそうになって失踪したんだ」
「ええー? そんなこと、あるのでしょうか?」
「第二王子は割と陰湿な性格らしい。邪魔者は容赦なく片付けてしまうとチャールストン卿は言っていた。第三王子は、王太子になる野心はなかったんだろう。今、この国に隠れ潜んでいると言う情報があるそうだ」
「そう言えば、そんな噂がありましたわね。でも、少し前ですわ。それきり何も話題になってませんわ」
「裏取引で、第三王子が母国へ帰らないよう仕向ければ、シンシア地方の帰属を我が国に認めると言う交換条件を出しているそうだ」
私たちは、へえと言った。
そんな難しい政治向けの話はよくわからない。
「きっと黙っておいた方がいいんでしょうね?」
姉が聞いた。
「もちろん! もちろんさ。だけど、政府内ではよく知られた話らしい。ただ肝心の王子が見つからないので、やきもきしてるんだそうだ」
「ジョージ、その件に関しては、私たち、役に立てそうもないわ」
「ごめんよ、シャーロット。ても、今のはチャールストン卿の愚痴さ。愚痴の相手になれるのは名誉なことだよ」
レジータ姉様の旦那様は、すごく偉い人だったんだ。
「トマシン、安心して。実は、チャールストン卿は警視総監を兼ねている。軍事に功労があったんだけど、今は平時だからね。治安維持の意味から、名誉職でやってるんだ。スノードン侯爵だって、チャールストン卿が絡むなら絶対に手が出せないよ」
私、スノードン侯爵夫人トマシンが夫の手で娼館に送り込まれた話は、大誤解をはらみつつ、至る所で大暴走した。
「みんな、あなたが娼館に売られて逃亡したって思い込んでるわ」
誰かのお茶会に出席して、自宅に帰ってきたシャーロット姉様が、ため息をつきながら言った。
侍女が手際よく姉からコートやバッグを受け取っていた。
「はあ?」
私は姉の家で姪や甥と遊んでいたが、変な声を出してしまった。
「私は娼館に男を買いに行かされたんですけど?」
「うん。でも、ふつう娼館と言う言葉は、男が女を買いに行く場所として認識されているでしょ?」
「そうね」
私も侯爵から説明を受けるまで、娼館なんか、よく知らなかったわ。
「スノードン侯爵の頭の中がどうなっているのかわからないけど、そもそも、普通の貴婦人は娼館と聞けば、全員、男性用を想像すると思う」
それはそうでしょう。その上、まともな娼館とか、まともじゃない娼館とか、娼館のレベルまで言われても、この世の中に、そんなに数があるとは思えない。
「その知識、男のスノードン侯爵が持っているとも思えないわ。どう考えてもルシンダの入れ知恵でしょう」
「はあ。そうね。とんだところからお里が知れたわね」
私はまだ見ぬルシンダを想像しながら、そう言った。娼館などにまで、造詣が深いなんて、ずいぶん世慣れた人である。私一人では、絶対に太刀打ちできない。
姉のところに逃げてきて正解だった。
姉たちは、結婚して子どももいて、そのつながりもあれば、社交界にも出入りしている。夫がいるから、婚家先の親族との付き合いもある。知識も豊富だ。伝手もある。
私は、同じように家に帰らない方がいいと助言してくれたリオンのことを思い出した。
馬車代を返さなきゃいけないのだが、あの娼館には二度と行きたくない。
「晩御飯のあとで、ジョージとも相談しましょうよ。きっとジョージもこの話をどこかで聞いていると思うわ」
夕食前には、レジータ姉様のチャールストン卿邸から、使いの者が来て、スノードン侯爵からレジータ姉様宛ての手紙をシャーロット姉様に渡した。
レジータ姉様も相当活躍しているらしい。あわてたスノードン侯爵が、弁解の手紙をチャールストン卿夫人宛に送って来たらしかった。
姉のところの使用人が持ってきたその手紙を読んで、弁護士の資格を持つジョージ義兄様がしかめつらをした。でも、よく見ると、そのしかめつらはニンマリしていた。
「ふふっ。バカな男だ。離縁と損害賠償金を要求しよう。あなたがゆっくり暮らせるだけの」
私はうなずいた。
お金は欲しい。
だって、いつまでも姉様のおうちにいるわけにはいかないからだ。
まだ赤ちゃんのジョージ二世はとてもかわいいし、姉のドラは三歳の割に口が達者で面白い。二人とも、とにかくかわいい。でも、だからと言って、いつまでもお邪魔する訳にはいかない。
しかし、ジョージ義兄さまは言った。
「しばらくはここにいなさい。その方が安心だ。スノードン侯爵は姉の家にいると聞いて、チャールストン卿の邸宅を想像しているらしい。ここへは絶対に来ないはずだ。それに、侯爵がチャールストン家に侵入しようものなら、それこそただでは済まないからね」
そう言ってクツクツ笑った。
チャールストン卿は、治安維持関係の仕事をしているらしい。自宅の警備は厳重を極めているそうだ。
「それよりも、この件で初めて私はチャールストン卿と話をしたよ」
ちょっと男爵は嬉しそうだった。
「なかなかお近づきになれない人だからね。だけど今回の件で、義兄弟だと認識してもらえてうれしかった。気難しい人だと言われているし、仕事上は関係ないので知り合いじゃなかったんだ。話してみたら、彼、チェスの名人で私もチェスならかなりの腕前だからね。話題が合ってよかったよ」
それからジョージ義兄さまは、ちょっと得意げにシャーロット姉様に言った。
「チャールストン卿は、隣国のお家騒動にも介入しているらしい。私に法的措置の相談をしてきたよ。ちょっといい風向きだと思うね」
私が世話になることで、ジョージ義兄様の助けになるなら、それは嬉しい。
「隣国の王太子が、真実の愛を得たと言う理由で突然王太子の座を降りて、第二王子が王太子になった話は知っているよね?」
「あら。それ、聞いたことがありますわ。一時話題になっていましたわ」
姉が熱心に言ったが、私も膝を乗り出した。
「でも、王太子の座争いに乗らなかった第三王子がいるのを知っている?」
「まあ、いいえ?」
「彼は誰が王太子になるのかわからなかった時、担ぎ出されそうになって失踪したんだ」
「ええー? そんなこと、あるのでしょうか?」
「第二王子は割と陰湿な性格らしい。邪魔者は容赦なく片付けてしまうとチャールストン卿は言っていた。第三王子は、王太子になる野心はなかったんだろう。今、この国に隠れ潜んでいると言う情報があるそうだ」
「そう言えば、そんな噂がありましたわね。でも、少し前ですわ。それきり何も話題になってませんわ」
「裏取引で、第三王子が母国へ帰らないよう仕向ければ、シンシア地方の帰属を我が国に認めると言う交換条件を出しているそうだ」
私たちは、へえと言った。
そんな難しい政治向けの話はよくわからない。
「きっと黙っておいた方がいいんでしょうね?」
姉が聞いた。
「もちろん! もちろんさ。だけど、政府内ではよく知られた話らしい。ただ肝心の王子が見つからないので、やきもきしてるんだそうだ」
「ジョージ、その件に関しては、私たち、役に立てそうもないわ」
「ごめんよ、シャーロット。ても、今のはチャールストン卿の愚痴さ。愚痴の相手になれるのは名誉なことだよ」
レジータ姉様の旦那様は、すごく偉い人だったんだ。
「トマシン、安心して。実は、チャールストン卿は警視総監を兼ねている。軍事に功労があったんだけど、今は平時だからね。治安維持の意味から、名誉職でやってるんだ。スノードン侯爵だって、チャールストン卿が絡むなら絶対に手が出せないよ」
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