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第13話 きれいな男

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その時、姉は留守をしていた。

私は、子どもたちを乳母たちに引き渡すと、ボロボロの服を着たリオンを見た。

「それで、店がつぶれかけたので、クビになったと言う訳なの?」

リオンは苦笑した。

「首になったわけじゃない。逃げて来たんだよ」

「ねえ、どういうこと?」

「俺は元々外国語担当だったんだよ。外国人客も多いからね。あとチェスの担当って、俺のことだよ。カードやカード占いも出来る。そっちの方がむしろ人気かな?」

なるほど。それで、あの時唐突にチェスを勧めて来たのか。

「チェスなんか呑気にしている場合ではなくなってきたんだ。伯爵夫人が娘に出てこいって毎日怒鳴りに来るし」

思い込みの激しい母の性格を熟知している私は、ため息をついた。

どうせ何か勘違いしている。

「あの手合いと接触したくない。いずれ最後に会ったのが俺だってことはバレる。時間の問題だ。そしたら、絶対離してくれないよ、伯爵夫人。めんどくさい」

あ。良くお分かりで。
母がご迷惑をお掛けしております……

「あんな真似して、あそこを利用していた女性たちにとっては、本当に迷惑だと思う。俺だったら刺客を放ちたくなるレベルだ」

ついクスッと笑ってしまった。どんな格好をしていても、リオンはリオンだ。たった半日しか一緒じゃなかったけど、私は彼を昔から知っているような気になった。

「俺があんたの所にいるってわかったら、余計な憶測を産むことはわかっているんだ。だから、本当は来ちゃいけなかったんだけど」

あのスノードン侯爵とルシンダが主張している、私が娼館に通い詰めだって説が本当らしくなりますものね。

「娼館なんて、あんた、初めて来たんだろ? その説は成立しないよ。スノードン侯爵自身も、あんたが白薔薇館に行ったのは初めてだと言っているんだから」

リオンが私の顔色を読んで、あっさり否定してきた。

「どっちみち、娼館の男と一緒のところなんて見られない方がいいのは確かだから、来ない方がいいんだろうけど」

じゃあ、なぜここに来たのよ。

リオンはこの質問は無視した。結構、重要ポイントだと思うんだけど。

「でね、あんたのところの伯爵夫人が怒鳴り込みに来ているってことは、娼館の方はだんまりを続けているってことなんだよ」

「なぜ?」

うちの母のような面倒くさい客は、さっさとお引き取り願った方がいい。誰だって、そう思うだろう。
たとえ、嘘でも、何か教えてやれば、直ぐそっちに飛びつくだろう。どうして、何も教えてやらないんだろう。

「信用問題だろうな。とにかくうちは顧客情報は漏らしませんと言うパフォーマンスだと思う。でないと、この問題が片付いた後、誰も利用しなくなる」

「そう言うものなのですか」

「そう言うものなんだよ」

難しいな。リオンはイライラした様子で続けた。

「いい加減、あんたのところの親も学習して良さそうなものだ。スノードン侯爵も来てる」

「え? 何の為に?」

「もちろん、あんたを探すためだ。スノードン侯爵は金を払った。つまり客だ。ギャーギャー抗議するだけの伯爵夫人とは違う。だから、相手をしてもらえているけど、あんたの行方を知らないから、教えようがない。スノードン侯爵は、どうして店から逃したんだって騒いでいるが、店側は店から出してはいけないだなんて聞いていないので、困っている。遊び場なんだ。お金が続く限り喜んで滞在するものだ。監禁の場所じゃないと答えている。現に侍女のカザリンは、男をとっかえひっかえ一週間たっぷり遊んで帰ったんだもの」

私はびっくりした。カザリンのことは忘れていた。

「カザリンが?」

男を取っ替え引っ替え遊ぶだなんて、相当な上級者だ。

リオンは肩をすくめた。

「ひどいワガママな客で、みんな嫌がっていたよ。面白がって、汚物を入れた酒を飲ませたり、足で男を蹴ってみたり。気に入りの男を大事にして貢ぐ女が多いんだが。それで成り立っているわけだし」

カザリンは、スノードン侯爵によって、私が娼館遊びをしていた証人になるために、付き添いになった。
なのに、私のことなどそっちのけで、店に勧められるまま、私の分までお金を使い果たして遊んで、私は店から逃げてしまった。
侯爵は、カンカンに怒って店に文句を言ったそうだ。

「本来、夫は、妻の醜聞は隠すはずなのに、離婚の理由として使おうとした。正直、どう店を使ってもらっても、お金を払ってくれさえすれば、店は気にしない。ただ、ああやって世間に何の店なのか公表されると、他の客に迷惑が掛かる。騒ぎを起こして店の信用を落とすような使い方をするのは、タブーだ。その理屈がどれくらいあの男に通じるのかわからないけど、店とはもめている」

「よく知ってるわねえ」

「自分がいた店だもの」

リオンは言った。

「どうしてここがわかったの?」

「偶然だよ」

リオンは照れたようだった。

「俺はあそこにいると、伯爵夫人はとにかくスノードン侯爵に尋問を受けたら嫌だなって思ったんだ。行方を知っているだろうと聞かれたら、困るでしょ?」

「そんなことのために? 話したってあなたに不利益はないでしょ?」

リオンは笑った。かなり照れたように。でも、嬉しそうに。

「君に会いたかったんだよ。君の行方をしゃべったら君に嫌われる。君を探してた」

「嘘」


だけど、この男を家にいれたのは正解だったかも知れないわ。

だって、知り過ぎている。私は名前を言わなかったけど、後先考えない私の母が、娘を返せと喚いているそうだから、どこの家の娘か、今やあそこの従業員、全員が知っているだろう。

私に姉の家に逃げるように勧めたのはリオンだ。
だから、リオンだけが私の居場所を知っている。

あちこちでしゃべられては困る。少なくとも今のところは。

「店主は知らないよ。お姉さまの家に逃げるように勧めたなんてこと」

リオンは私のしかめつらの理由の先を読んで言った。

「言ったじゃない。君には嫌われたくないって」

娼館の男の言うことなんか信じられない。絶対に信じてはいけない。

だけど、私はうっかり信じそうになった。

「探したんだ。君のこと」

アイスブルーの不思議な光るような目が私を見つめた。

「きれいな人だと思った。また、会いたかった。君を探した」

リオンが言った。

「えっ。違うわ。きれいな人はあなたの方よ……」

「そんなことない。一度見たら忘れられない……」




「そこまでだ!」

突然ガチャンとドアが開いて、シャーロット姉様が登場した。

「トマシン! 誰なの? このっ……このきれいな男は?」



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