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第14話 いろんな種類の危機
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「おや。もう寒いのに、ジュースかい?」
「いいえ」
私は、目ざとく私を見つけた隣の商店主に答えた。
「今度は暖かいものを持ってきたの」
「ほお?」
おじさんは興味津々だった。
「これなの」
試供品として、私はドングリの入った袋を商店主のおじさんに提供した。
「あったかい! へえ。こりゃ、いいね!」
だが、ドングリの袋はあっという間に奥さんに取り上げられてしまった。
「いいじゃない! これ! 持ち運べるしさ!」
「そう長くはもちませんけど。何しろ中身はドングリなんで」
「ドングリ?」
「ドングリが少しずつ低温で燃えていくんです。火傷しないくらいの温度で」
そう言いながら、私は、果たして売れるかなと首を傾げた。
だって、私が住んでいる森の中は、もう雪が降っていたけれど、この街は、雪どころか暖かいのだ。私には暑いくらいだ。
「いや、もう、今日は寒くてたまらん!」
おじさんが身震いした。寒いですか?
「二つ売ってくれんかね? 背中と腹に付けるんだ」
「え? どうぞ」
そして、翌日にはドングリカイロは大評判になっていた。
昨日一日、不思議そうに、お試しで買い求めていった人たちが、知り合いを大勢連れて押し寄せてきたのだ。
私は接客で大わらわになった。
「大小あります。大きい方が長持ちしますよ?」
「じゃあ、大きい方を! うちの店員全員分、合わせて十個!」
後ろに並んでいた人から、抗議の声が上がった。
「ちょっと! そんなに大量に買われたら、列の後ろの人間は買えないじゃないか!」
「大丈夫です! 数は用意しましたから。でも、おひとり様二十個まででお願いします」
「あ、じゃあ、二十個頼むわ」
うわああ。
ちょっとだけ黄色いシャツの男がなつかしくなった。まあ、要らんけど。
ホットレモネードとホットジンジャーの方は、商店主の奥さんの方が売り子になってくれた。
だって、手が回らないのだもの。
こっちの飲み物の方は、どこでも売っているそうで、ドングリの順番待ちの間に売れる程度だったが、ジュースの時と同じで、二日、三日と経つうちに飲み物だけの客が増えてきた。
「体にいい」
そう言って、遠くからわざわざ買い求めに来る客も出て来た。
一週間ほど続けていたら、ドングリよりも、飲み物の客の方が多くなってきていた。
その場で飲むのではなく、ビンを持参して、大量に買い付けていく。
「あの人たち、転売しているんじゃないの?」
商店主の奥さんが耳元で囁いた。
私も不安になってきていた。買いつけていく連中の顔付きが不安だった。
あまりいい人相の人たちではなかった。
その上、みな、私の顔を見ていく。まるで顔を覚えようとしているかのようだ。
儲かりはしたが、私は予定より早く店じまいせざるを得なかった。
隣の商店主のおじさんは、長いこと商売をしているせいか、やっぱりしっかりしていた。
私の飲み物に並ぶ客たちの様子をちゃんと見ていた。
「女の子一人での商売は、危ない面もある。あんたを守ってくれる男衆は誰もいないのかね。兄とか弟とか。父親とか。恋人でもいいが」
「……いません」
「だったら、王都で誰かいい人を探しなよ。良さそうな男の客もいるよね。私の知っている商店の息子も毎日来ていた。大きな店の息子で、あれはあんたに気があるんだと思う」
まさか、あの黄色いシャツの男のことだろうか?
「違うよ。最近、来ている栗色の髪のおとなしそうな若い男だよ。仕事をしているので、毎日ではないけどね。来れる時は来ているらしい。うちのかみさんがそう言ってたよ。あれは縁結びが好きでね」
別な意味での危機が近付いている気がする。
「どうだね。まあ、お金は要るだろうけど、そのためにも腰を落ち着けて商売をする基盤も必要だろう」
「あんた、無茶いいなさんな。好きな男でもいたら、かわいそうだろ?」
おかみさんが割り込んだ。私の代わりに言ってくれているようだ。
「あれ? お前もワトソンさんならいいって言ってたじゃないか。いい人だって」
おかみさんは口ごもった。
「そりゃ、男前だし、人間は悪くないって、うわさだからね」
「まあ、ワトソンさんから頼まれたって言うのもあるんだよ。あんたは田舎から来たそうだから、知らないかも知れないけど、ワトソン商会っていう大商人の息子なんだ」
「でも、私……」
「好きな人がいるのかな? それなら何とか断っておくよ」
おかみさんはそう言ってくれたけど、商店主の方はこんなことを言った。
「目つきの悪い連中が、最近は混ざってきていることに気がついていたろ? 今のところ、ワトソンさんが抑えてくれているんだ。ワトソン商会の息子ににらまれたら厄介だからね」
ああ、なんてことだろう。
知らなかった。私、自分で自分を守ることもできないのか。
私は、伯母の言葉を思い出した。
『黙っておきましょうね。あなたの力を悪用しようとする者が現れたら困るから』
私の力は、多分強力なのだ。
強力すぎて危険なのだ。
ジュースどころではない。もし、本当の力、治癒の能力がバレたら……それこそ王家が乗り出してくる。
私がなぜ王家の婚約者だったのか。
それが答えだ。
まだ、バレていない。誰も何も知らない。
あの隠れ家は完璧だ。あそこに隠れていさえすれば、誰も手出しできない。
「私、とりあえず、店の方は閉めます」
「いいえ」
私は、目ざとく私を見つけた隣の商店主に答えた。
「今度は暖かいものを持ってきたの」
「ほお?」
おじさんは興味津々だった。
「これなの」
試供品として、私はドングリの入った袋を商店主のおじさんに提供した。
「あったかい! へえ。こりゃ、いいね!」
だが、ドングリの袋はあっという間に奥さんに取り上げられてしまった。
「いいじゃない! これ! 持ち運べるしさ!」
「そう長くはもちませんけど。何しろ中身はドングリなんで」
「ドングリ?」
「ドングリが少しずつ低温で燃えていくんです。火傷しないくらいの温度で」
そう言いながら、私は、果たして売れるかなと首を傾げた。
だって、私が住んでいる森の中は、もう雪が降っていたけれど、この街は、雪どころか暖かいのだ。私には暑いくらいだ。
「いや、もう、今日は寒くてたまらん!」
おじさんが身震いした。寒いですか?
「二つ売ってくれんかね? 背中と腹に付けるんだ」
「え? どうぞ」
そして、翌日にはドングリカイロは大評判になっていた。
昨日一日、不思議そうに、お試しで買い求めていった人たちが、知り合いを大勢連れて押し寄せてきたのだ。
私は接客で大わらわになった。
「大小あります。大きい方が長持ちしますよ?」
「じゃあ、大きい方を! うちの店員全員分、合わせて十個!」
後ろに並んでいた人から、抗議の声が上がった。
「ちょっと! そんなに大量に買われたら、列の後ろの人間は買えないじゃないか!」
「大丈夫です! 数は用意しましたから。でも、おひとり様二十個まででお願いします」
「あ、じゃあ、二十個頼むわ」
うわああ。
ちょっとだけ黄色いシャツの男がなつかしくなった。まあ、要らんけど。
ホットレモネードとホットジンジャーの方は、商店主の奥さんの方が売り子になってくれた。
だって、手が回らないのだもの。
こっちの飲み物の方は、どこでも売っているそうで、ドングリの順番待ちの間に売れる程度だったが、ジュースの時と同じで、二日、三日と経つうちに飲み物だけの客が増えてきた。
「体にいい」
そう言って、遠くからわざわざ買い求めに来る客も出て来た。
一週間ほど続けていたら、ドングリよりも、飲み物の客の方が多くなってきていた。
その場で飲むのではなく、ビンを持参して、大量に買い付けていく。
「あの人たち、転売しているんじゃないの?」
商店主の奥さんが耳元で囁いた。
私も不安になってきていた。買いつけていく連中の顔付きが不安だった。
あまりいい人相の人たちではなかった。
その上、みな、私の顔を見ていく。まるで顔を覚えようとしているかのようだ。
儲かりはしたが、私は予定より早く店じまいせざるを得なかった。
隣の商店主のおじさんは、長いこと商売をしているせいか、やっぱりしっかりしていた。
私の飲み物に並ぶ客たちの様子をちゃんと見ていた。
「女の子一人での商売は、危ない面もある。あんたを守ってくれる男衆は誰もいないのかね。兄とか弟とか。父親とか。恋人でもいいが」
「……いません」
「だったら、王都で誰かいい人を探しなよ。良さそうな男の客もいるよね。私の知っている商店の息子も毎日来ていた。大きな店の息子で、あれはあんたに気があるんだと思う」
まさか、あの黄色いシャツの男のことだろうか?
「違うよ。最近、来ている栗色の髪のおとなしそうな若い男だよ。仕事をしているので、毎日ではないけどね。来れる時は来ているらしい。うちのかみさんがそう言ってたよ。あれは縁結びが好きでね」
別な意味での危機が近付いている気がする。
「どうだね。まあ、お金は要るだろうけど、そのためにも腰を落ち着けて商売をする基盤も必要だろう」
「あんた、無茶いいなさんな。好きな男でもいたら、かわいそうだろ?」
おかみさんが割り込んだ。私の代わりに言ってくれているようだ。
「あれ? お前もワトソンさんならいいって言ってたじゃないか。いい人だって」
おかみさんは口ごもった。
「そりゃ、男前だし、人間は悪くないって、うわさだからね」
「まあ、ワトソンさんから頼まれたって言うのもあるんだよ。あんたは田舎から来たそうだから、知らないかも知れないけど、ワトソン商会っていう大商人の息子なんだ」
「でも、私……」
「好きな人がいるのかな? それなら何とか断っておくよ」
おかみさんはそう言ってくれたけど、商店主の方はこんなことを言った。
「目つきの悪い連中が、最近は混ざってきていることに気がついていたろ? 今のところ、ワトソンさんが抑えてくれているんだ。ワトソン商会の息子ににらまれたら厄介だからね」
ああ、なんてことだろう。
知らなかった。私、自分で自分を守ることもできないのか。
私は、伯母の言葉を思い出した。
『黙っておきましょうね。あなたの力を悪用しようとする者が現れたら困るから』
私の力は、多分強力なのだ。
強力すぎて危険なのだ。
ジュースどころではない。もし、本当の力、治癒の能力がバレたら……それこそ王家が乗り出してくる。
私がなぜ王家の婚約者だったのか。
それが答えだ。
まだ、バレていない。誰も何も知らない。
あの隠れ家は完璧だ。あそこに隠れていさえすれば、誰も手出しできない。
「私、とりあえず、店の方は閉めます」
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