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第44話 イアンが語るいきさつ 1
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イアンは二人きりになりたかったみたい。
「前と同じだ。変わっていない」
伯母の隠れ家は、元のままだった。
二人が過ごした伯母の隠れ家にもう一度来ることができて、イアンは嬉しそうだった。
貧乏騎士だった頃、彼の椅子だった椅子に、前と全く同じような格好で彼は座った。
違っているのは、二人とも貴族のなりだって点だけだ。
横目でイアンを見た。猟師の時もカッコよかったけど、豪華な貴族の服を着ていても服に負けないイアンはなんだかすごいと思った。
「婚約のいきさつは、父から聞いた。ロビア家の娘と結婚させたかったのではなく、君と結婚させたかった。君の家に伝わる魔力を王家に取り込みたかったらしい。ただ、肖像画をもらってはいたんだけど、君のことだって、わからなかった。だって、僕らの婚約は十年以上前。婚約話が持ち上がった頃、君はまだ五歳くらいだったじゃないかな。十八歳くらいになってから、平民のなりで出会ったら、全然わからない」
「一度も会ったことなかったですしね」
だが、イアンはカッと眼をむいた。
「あるよ。おしのびでロビア家に何回か行ったよ」
「え?」
マズイ。覚えていない。
イアンは豪華な貴族の服のまま、粗末な木の椅子にもたれかかった。
「だって、君は五歳年下なんだよ。覚えていないと思うよ」
そうなのか。
「まあ、話もほとんどしていないしね。かわいらしい女の子で、なかなか利発そうだと言う印象しかなかった。そのうち母が亡くなり、父も病気がちになってカサンドラ夫人の天下になった。僕は我慢できなくてマグリナへ留学してしまった。ほんとは残って、父の代わりにカサンドラ夫人と戦わなければならなかったのかもしれない。それは、ぼんやり思っていたけど、婚約者がいるのに、あの嫌なアレキサンドラ嬢を押し付けてくるのには我慢できなくて、飛び出してしまった」
なぜだろう。イアンが他の女性の悪口を言うと、なんだかすごくスッキリするわ。
「アレキサンドラ嬢となんか結婚したら、一生あのカサンドラ夫人が付いて回るじゃないか」
あ、そっちの方が特に嫌だったのか。
「留学とは言うものの、直ぐに騎士団に縁故入隊した。団長以外には身分は隠して入ったよ。楽しかった」
「楽しそうでしたわね」
イアンは強くうなずいた。
「なかなか騎士団には入隊できないそうで……ちゃんと入団試験があるらしい。身分が不明で、剣の腕前もわからない、その上最年少だった。入隊直後はよく先輩騎士に呼び出しを食らって、宿舎の裏側で決闘騒ぎになった」
「そんなこと許されるんですか? リンチじゃないんですか」
私は気色ばんだが、イアンは愉快そうだった。
「剣や拳で思い知らせようとしたんだろうな。確かに腕っぷしの強い奴もいて、何回か打ちのめされたこともあったけど、体が大きくなると大抵勝つようになったよ。それ以来、仲間になった」
「ずいぶんと力技な」
女子にはわからない世界かも。令嬢がつかみ合いのケンカして、その後、関係性がよくなったりする?
「だけど、郊外で小競り合いになった時、かなりのケガを負った」
私はうなずいた。かなりではない。ひどいケガだった。
「隊長はフリージアに帰れと言った。だけど、弱った体でフリージアに帰ろうものなら、カサンドラ夫人に何をされるかわからない。ちょうどその頃、僕の婚約者が結婚を辞退してきたと連絡が来た」
ちょっとイアンがイライラしたように見えた。
「本人が愚かで異常な人間性だから実家から辞退してきたと聞かされた。とっさに嘘だろうと思った。僕は生の本人を見ている。利発そうな子どもだった。人の顔は意外に忘れてしまうが、印象は忘れない。絶対に政治的な理由からの婚約破棄だ」
ありがとう。イアン。そんな風に思ってくれて。顔はさっぱり覚えてくれていなかったみたいだけど。
「私は両親が亡くなり、父の弟の未亡人バーバラ夫人と従姉妹のエミリに家を乗っ取ってしまったの。私は家に軟禁され、下女のような生活を送ることになってしまった。エミリが王太子妃に成り代わりたがったの。それでロビア家から私の婚約を辞退して、代わりにエミリと婚約を結びなおして欲しいと要望を出したのよ」
イアンは、エミリの話になると肩をすくめた。
「無理だよ。エミリには魔力のカケラもないじゃないか」
「ロビア家の血統を欲しがっていると勘違いしたみたいなの」
「王家が代々欲しがったのは、魔法力だ。ロビア家の血になんか興味はないよ」
バーバラ夫人にもエミリにも、それからカサンドラ夫人にもわかっていなかったらしいけど。
イアンが続けた。
「ケガくらい直ぐ治ると思っていた。ケガさえ治れば、また騎士団として活躍できる。剣の腕だけじゃなかった。騎士団で働いているうち、色々なことが見え始めた。もし、国王になったらもっと、いろんなことが出来ると思った」
少し悩ましげにイアンは言った。
国政を考えていたとは思っていなかったが、私にも彼が何か考えているらしいことはわかった。だからこそ、隠れ家に閉じ込めたくなかった。
「僕は無駄なプライドが高かったんだ。隊長に相談もしなければ、フリージアにいる知り合いにも頼らなかった。気がついた時は、体はもうボロボロだった。あんな軽いケガごときで」
イアンは悔しそうだった。
違うわ。あれは呪いだったのよ。
「イアン、陛下用の激マズの栄養剤だけど、あなたも飲んだの?」
私は聞いた。
「ああ。あれ、ウチの父が修行と呼んでいたやつね。役に立たない医師団が、毒見と称して頑張って飲んでいた。なんでもハゲが改善したらしい」
おのれ、医師団。国王ひとりのためには多すぎると思っていたわ。
「父はとても感謝していたよ。君の信者になっていた。飲む度になんだか引きつっていたけどね」
味の改善を図らなければ。至上命題が発生してしまった。
「とても体にいいから、俺にも飲めって言うんだ」
イアンが複雑な顔をした。
「病気の父が勧めるから、少しは飲んた。みんな、国王の命令だから、少しは飲んでいたね。ただ、中に一人だけ、効かないやつがいて」
私は、ニヤリとした。
見つけた。
毒を飲ませた人物には悪意がある。悪意って、呪いのようなもんだ。
私は呪ってなんかないのよ?
悪意は悪意のもとへ返す。同じ力で。
それだけ。
でも、イアンが飲んでいたとは予想外だった。
イアンに呪いをかけたのが誰だかわからないけど、国王用の激マズ栄養剤には、お返し魔法がちょっぴり混ぜてあったのよ。
だって、マグリナの掲示板に、呪い返しの依頼が載っていたんだもん。
そう言うのって、試してみたくならない?
「それで?」
私はニッコリ笑いながら尋ねた。
「結果はどうなったのかしら?」
「すごく体調がよくなったよ。でも、関係ないと思うけど、その効果がなかったヤツのことなんだけど、あまりのまずさに苦しみ悶え始めちゃって」
イアンは私が機嫌を損ねるとでも思ったらしい。
「そこまで不味くはないと思うんだけど。こんなまずいものを飲まされるくらいなら医師団止めますって」
「へええ」
私はニッコリした。
多分その人が犯人かもね。
「そいつは嫌われていたらしい。ちょっとだけ魔法が使える以外、無能だって、言われてた。カサンドラ夫人の紹介だったから、ずいぶん偉そうにしていた。誰も止めなかったらしいよ」
ふふふん。
多分、出所はカサンドラ夫人。
悪意は悪意へ回帰していく。
それは自然な流れ。毒も呪いもゆっくりと本人のところに帰っていくと思う。
「ケガをしたとき、ほかの誰かに助けてもらうわけにはいかなかったの?」
私は話を元に戻した。
「その姿で誰かに会いに行くことは、敗北を意味することだと勝手に思ってしまった」
いやもう、何言ってんだかわからない。頼ればいいでしょう?
「だって、独り立ち出来るとフリージアから出たのに。唯一、ジュース売りの少女だけは、甘えていい気がしたんだ。なぜだろう」
イアンがニコリと頬を崩して笑う。
「実際に助けてもらったし」
彼の指が私の手の先を捉える。
「夕べ、アレキサンドラには、二度と目の前に現れるなと言った」
そこまで言われるだなんて、ちょっとかわいそうな気がしてきた。アレキサンドラ自身がどんな人か知らないけど。
「その後、何人か後に、エミリと言う女が来た。話を長引かせるので、切り上げようとしたら、醜い姉の代わりの婚約者候補ですと言いだした。お姉さまの方がはるかに美しいのに、何を言っているんですか? 婚約者候補はこれから決めるのですよ、他のご令嬢方に失礼じゃありませんかと言ったら怒りで震え出したので、側近に言って会場から連れ出した。どこかに閉じ込めたと思う」
「それは夕べの話ですよね? 今はエミリは?」
イアンは肩をすくめた。王子様のする仕草じゃない。騎士時代に身に付けたんだな。
「知らない。だけど、リナへの逆恨みをされてはいけないので、側近の一人に手配させた。ホラ、君も知ってるあのマーク・ローだ」
「あ、ごめんなさい。誰かしら?」
申し訳ない。困ったわ。
そう言うとイアンは嬉しそうに手を取った。
「知らないよね。顔、覚えなくていいから。夕べ、君にしつこく話しかけて一緒に座っていた男だよ。あの広い会場で、君を見つけるのはとても難しかったから、マラテスタ侯爵夫人に頼んで、事前にマーゲート夫人のお茶会に行ってもらうように頼んだのさ。そして、側近たちに君の顔を覚えてもらった。マーク・ローは、マーゲート伯爵夫人の息子だ」
……え。
あのお茶会にはそんな意味があったの?
「待って! イアン! いつから私が、マラテスタ家にいることを知っていたの?」
イアンは、にっこりした。
「激マズの薬の時からさ」
「前と同じだ。変わっていない」
伯母の隠れ家は、元のままだった。
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貧乏騎士だった頃、彼の椅子だった椅子に、前と全く同じような格好で彼は座った。
違っているのは、二人とも貴族のなりだって点だけだ。
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だが、イアンはカッと眼をむいた。
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「え?」
マズイ。覚えていない。
イアンは豪華な貴族の服のまま、粗末な木の椅子にもたれかかった。
「だって、君は五歳年下なんだよ。覚えていないと思うよ」
そうなのか。
「まあ、話もほとんどしていないしね。かわいらしい女の子で、なかなか利発そうだと言う印象しかなかった。そのうち母が亡くなり、父も病気がちになってカサンドラ夫人の天下になった。僕は我慢できなくてマグリナへ留学してしまった。ほんとは残って、父の代わりにカサンドラ夫人と戦わなければならなかったのかもしれない。それは、ぼんやり思っていたけど、婚約者がいるのに、あの嫌なアレキサンドラ嬢を押し付けてくるのには我慢できなくて、飛び出してしまった」
なぜだろう。イアンが他の女性の悪口を言うと、なんだかすごくスッキリするわ。
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私はうなずいた。かなりではない。ひどいケガだった。
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「私は両親が亡くなり、父の弟の未亡人バーバラ夫人と従姉妹のエミリに家を乗っ取ってしまったの。私は家に軟禁され、下女のような生活を送ることになってしまった。エミリが王太子妃に成り代わりたがったの。それでロビア家から私の婚約を辞退して、代わりにエミリと婚約を結びなおして欲しいと要望を出したのよ」
イアンは、エミリの話になると肩をすくめた。
「無理だよ。エミリには魔力のカケラもないじゃないか」
「ロビア家の血統を欲しがっていると勘違いしたみたいなの」
「王家が代々欲しがったのは、魔法力だ。ロビア家の血になんか興味はないよ」
バーバラ夫人にもエミリにも、それからカサンドラ夫人にもわかっていなかったらしいけど。
イアンが続けた。
「ケガくらい直ぐ治ると思っていた。ケガさえ治れば、また騎士団として活躍できる。剣の腕だけじゃなかった。騎士団で働いているうち、色々なことが見え始めた。もし、国王になったらもっと、いろんなことが出来ると思った」
少し悩ましげにイアンは言った。
国政を考えていたとは思っていなかったが、私にも彼が何か考えているらしいことはわかった。だからこそ、隠れ家に閉じ込めたくなかった。
「僕は無駄なプライドが高かったんだ。隊長に相談もしなければ、フリージアにいる知り合いにも頼らなかった。気がついた時は、体はもうボロボロだった。あんな軽いケガごときで」
イアンは悔しそうだった。
違うわ。あれは呪いだったのよ。
「イアン、陛下用の激マズの栄養剤だけど、あなたも飲んだの?」
私は聞いた。
「ああ。あれ、ウチの父が修行と呼んでいたやつね。役に立たない医師団が、毒見と称して頑張って飲んでいた。なんでもハゲが改善したらしい」
おのれ、医師団。国王ひとりのためには多すぎると思っていたわ。
「父はとても感謝していたよ。君の信者になっていた。飲む度になんだか引きつっていたけどね」
味の改善を図らなければ。至上命題が発生してしまった。
「とても体にいいから、俺にも飲めって言うんだ」
イアンが複雑な顔をした。
「病気の父が勧めるから、少しは飲んた。みんな、国王の命令だから、少しは飲んでいたね。ただ、中に一人だけ、効かないやつがいて」
私は、ニヤリとした。
見つけた。
毒を飲ませた人物には悪意がある。悪意って、呪いのようなもんだ。
私は呪ってなんかないのよ?
悪意は悪意のもとへ返す。同じ力で。
それだけ。
でも、イアンが飲んでいたとは予想外だった。
イアンに呪いをかけたのが誰だかわからないけど、国王用の激マズ栄養剤には、お返し魔法がちょっぴり混ぜてあったのよ。
だって、マグリナの掲示板に、呪い返しの依頼が載っていたんだもん。
そう言うのって、試してみたくならない?
「それで?」
私はニッコリ笑いながら尋ねた。
「結果はどうなったのかしら?」
「すごく体調がよくなったよ。でも、関係ないと思うけど、その効果がなかったヤツのことなんだけど、あまりのまずさに苦しみ悶え始めちゃって」
イアンは私が機嫌を損ねるとでも思ったらしい。
「そこまで不味くはないと思うんだけど。こんなまずいものを飲まされるくらいなら医師団止めますって」
「へええ」
私はニッコリした。
多分その人が犯人かもね。
「そいつは嫌われていたらしい。ちょっとだけ魔法が使える以外、無能だって、言われてた。カサンドラ夫人の紹介だったから、ずいぶん偉そうにしていた。誰も止めなかったらしいよ」
ふふふん。
多分、出所はカサンドラ夫人。
悪意は悪意へ回帰していく。
それは自然な流れ。毒も呪いもゆっくりと本人のところに帰っていくと思う。
「ケガをしたとき、ほかの誰かに助けてもらうわけにはいかなかったの?」
私は話を元に戻した。
「その姿で誰かに会いに行くことは、敗北を意味することだと勝手に思ってしまった」
いやもう、何言ってんだかわからない。頼ればいいでしょう?
「だって、独り立ち出来るとフリージアから出たのに。唯一、ジュース売りの少女だけは、甘えていい気がしたんだ。なぜだろう」
イアンがニコリと頬を崩して笑う。
「実際に助けてもらったし」
彼の指が私の手の先を捉える。
「夕べ、アレキサンドラには、二度と目の前に現れるなと言った」
そこまで言われるだなんて、ちょっとかわいそうな気がしてきた。アレキサンドラ自身がどんな人か知らないけど。
「その後、何人か後に、エミリと言う女が来た。話を長引かせるので、切り上げようとしたら、醜い姉の代わりの婚約者候補ですと言いだした。お姉さまの方がはるかに美しいのに、何を言っているんですか? 婚約者候補はこれから決めるのですよ、他のご令嬢方に失礼じゃありませんかと言ったら怒りで震え出したので、側近に言って会場から連れ出した。どこかに閉じ込めたと思う」
「それは夕べの話ですよね? 今はエミリは?」
イアンは肩をすくめた。王子様のする仕草じゃない。騎士時代に身に付けたんだな。
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「あ、ごめんなさい。誰かしら?」
申し訳ない。困ったわ。
そう言うとイアンは嬉しそうに手を取った。
「知らないよね。顔、覚えなくていいから。夕べ、君にしつこく話しかけて一緒に座っていた男だよ。あの広い会場で、君を見つけるのはとても難しかったから、マラテスタ侯爵夫人に頼んで、事前にマーゲート夫人のお茶会に行ってもらうように頼んだのさ。そして、側近たちに君の顔を覚えてもらった。マーク・ローは、マーゲート伯爵夫人の息子だ」
……え。
あのお茶会にはそんな意味があったの?
「待って! イアン! いつから私が、マラテスタ家にいることを知っていたの?」
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