恋の魔法はAAA

波奈海月

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「よおし、朝だ! 元気だ! 今日もガンバるぞ!!」
 カーテンを引き忘れた窓からは眩しい朝の光りが差し込んでいた。
「え、リリ?」
 目を擦りながらベッドから身を起こせば、パタパタと翅を出して当たりをリリが飛び回っている。
「まだ早いだろ。何でお前そんなに元気なんだよ」
 今日は休みだ。起き出すには時間が早い。
「だって朝だぞ。一日の始まりだぞ。元気なくてどうすんだ。ならお前は寝てていいぞ」
 鼻息も荒く「ふん」と威張って言うが、それほど覇気はない。疲れているのに、無理やり元気に振舞っているのが丸分かりだった。まったく誤魔化すのが下手だ。
「な、リリ……昨日は……俺……」
「おっと、こうしてはいられない。オレはちょっと出かけてくるぞ。お前の願いを叶えるにはまず相手を探さないとな。それからビール! もうないぞ、買っておいてくれっ!!」
 言いかけた純玲を遮ったリリは、器用に窓を開けて外へ飛んでいってしまった。
「おいっ!? リリッ!? バカリリ――。リリアンメイヨール・コンティラッスル・ファイファテール。長すぎだろ、名前」


 リリの言うとおり、ビールのストックがなくなっていた。買いに出かけた純玲は、途中にある公園に差しかかったとき、入り口に立っていた人影に気づく。
「うわっ! ふ、不破!?」
 不破だった。リリが自分の兄だと言っていたが、言われてみればどこか似ている、と思いかけたがまったく似ていない。
「少し、話いいか?」
「ああ」
 休みの日の昼近い時間、スーツ姿の不破はまったくそぐわなかったが、公園に入ると並んでベンチに腰かけた。リリと初めて会ったあの場所だ。
「こっちも仕事でしたことだが、一応謝罪しておく。昨日は悪かったな」
「いや、あんたもそういう契約だったんだろ、梅木戸と」
 不破が妖精で、まさか梅木戸と契約しているなど思いもしなかったが、契約者の願いを叶えるために、その手助けをするというなら、当然のことをしただけだ。梅木戸と自分との仲を取り持つため、千種のことを邪魔していたのも。
「それで、昨夜はしたのか? AA、いやAAAか」
「はい――?」
 なぜ知っている。澄ました顔で不破はいきなり直球でとんでもないことを口にした。確かに昨夜はリリと、童貞者には刺激が強すぎる行為をあれこれしてしまった。
 純玲の態度で察したのか、不破は少しバツの悪い顔を見せ、頭を掻く。その仕草は昨日のリリに似ていたが、純玲はそれどころではない。
「そんなに驚くな。あのオプションつきの恋乳は『シリーズ2』の効果をもたらすのだ。それを無力化にするには、AAレベルを報酬とする魔法力が必要になってくるのは妖精では周知のことだ」
「――AAです。リリが俺にしてくれたのは」
 そういうことなら誤魔化しても無駄。純玲は不破に告げる。本当はAAAを必要としなければならないほどの症状が出ていたことは伏せた。
「そうか。てっきり我慢できずにドサクサでAAAまでやってしまったのかと思ったが、あれもようやく忍耐を覚えたようだな」
「え、我慢? 忍耐?」
 確かにリリは何かに耐えているように見えた。自分のことで手いっぱいでよく覚えていないが。
「お前の匂いだ。お前は我々妖精にとって、まるで猫にマタタビのような匂いを持っている。そんなお前とあれは肌を重ねたのだ。よくAAAまでいかずにAAで我慢したものだ」
「俺が、マタタビ」
 不破の説明で、やっと匂いについて理解できた。そんな自分とリリはあんなことを。初めては未来の恋人に、とまで言ってAAで済むように力を使ってくれた。そのせいで電池切れ、小さくなって……。
「お前、あれが、メイヨールが好きなのだろ?」
「っ! 俺がリリを!?」
 またも直球。あうあうと口を開くが、返す言葉は見つからず、そんな慌てふためく純玲に、不破がやれやれと口を開いた。
「お前は三ノ宮千種をターゲットとしていたようだが、その気があるなら私が邪魔したぐらいであれほどもたつきはしないぞ。それに昨日を思い出してみろ。梅に恋乳を嘗めさせられてどうした?」
 恋乳によって発動した魔法効力で、目の前にいる人に恋心を覚えるはずだったのを拒絶した。それから? リリが来てくれて俺は?
 どきりっと胸が鳴った。リリとキスができたのも、昨夜、体を任せられたのも、無意識でもリリに気持ちがあったから――?
「分かったか。それで、お前はメイヨールへの恋心をどうしたい?」
「どうしたいって言われても、リリは、俺の願いを叶えるって言って相手を探しに出かけて行ったし」
 今さら取り繕う気力も失せた純玲は、今朝の様子を不破に話す。
「な――? あれはやっぱりバカだ。相手を見つけたって藤代の願いが叶うはずないのに。どうしてそれが分からんのだ」
「あ、そっか。そういうことになるんだ」
 恋する気持ちに気づいた途端、大きな壁が立ちはだかる。その壁とは願いを叶えてくれるはずの妖精に他ならない。自分の気持ちがリリにある以上、リリ本人が応えない限り、誰も代わりになれないのだから。
「俺って、何でこうも恋愛に縁がないんだろ」
「まったくどうしようもないな。仕方がない、お前を手助けしてやろう。目の前に恋に悩める乙女がいれば助けたくなるのが恋の妖精だ。先に言っておくが無印だぞ。契約書もなしだ」
「……乙女って誰ですか」
「お前だ」
 不破がかけていた眼鏡に手をやり、すっと外す。一瞬にして「ぽんっ」とその姿は白い煙に包まれ、空間が歪んだように見えた。
「不破…!? と、ティスモ――…」
 わずか缶ビールほどの大きさ。透明な薄い翅を背中のランドセル型の箱から出してはためかせ、リリの兄、妖精国ファイファイルーンの王子ヨーヨーティスモが本来の姿を見せた。長い金の髪を水色の石がついた飾りでまとめ、アイスブルーの瞳、白い肌はリリとかなり違う容姿だ。
 純玲が掌を差し出せばふわりとその上に降り立つ。
「これを使うがいい」
 純玲の手の上でティスモが背負っていた箱から両端を捻じった包みを取り出した。毎度のことながら物体のサイズをまったく無視したものが出てくる四次元ボックスなのは同じようだ。
「え、これって恋乳キャンディ? でも妖精には効果ないんじゃ……」
 リリが持っていた恋乳より大きかった。形も少し違う。
「これは特濃恋乳キャンディの抹茶ミルク味だ。1や2と違って、妖精にも効力を発揮する最強シリーズだ」
 ごくりと生唾を飲んで、ティスモからキャンディを受け取った純玲はくすんだ緑色のハートが描かれた包みを見つめる。
「これをメイヨールに食べさせろ。そうすれば、お前の恋は叶う」
「でも、リリの気持ちはどうなるんだ?」
 心を無視して気持ちを無理やり望んではいけないと、この身を持って体験した。
「はあ――、お前も相当鈍いな、三十にもなって」
 ティスモが呆れたように溜め息をついた。
「鈍いって何だよ。俺はまだ二十代だっ」
 どうも妖精たちと話をしていると、思ったことまま口にしてしまう。
「恋する気持ちは何物にも変え難く強くもなれるが、臆病にもなるとはよく言ったものだ。周囲には見えているものが、当事者の目には映らない」
「言っている意味がよく分からないんだけど?」
「私は勝算のない勝負はしない主義だ。たまに見込み違いをしてしまうが、早い話、そんなもん気にするな、と言っているのだ。セックス手前までやっておいて、今さら処女ぶってどうする」
「しょ…っ、セ、セ、ックスって!」
 勿体つけた話し方をしていたティスモがさらりと口にした言葉は、これまでのイメージと大きなギャップを生んだ。
「そこに反応するな、藤代。中学生か、お前は」
「ああ、もう。簡単にできるならこんなに悩まないよ。なあ、そうやって煽るけど妖精って俺たちと同じように誰かを好きになったりするのか?」
「失礼だな。我々だって恋ぐらいするぞ」
 目を細め、気分を害したと言わんばかりの表情で鼻を鳴らす。
「ごめん。けどティスモ。何で俺にここまでしてくれるんだ?」
「お前の恋が上手くいえば、メイヨールをからかえるネタが増えるからに決まっている。あれは私のいいおもちゃだ」
 何にしても上から目線の偉そうな態度は、妖精国王子のデフォルトのようだ。兄弟といえども容赦がない。しかし言葉の意味ほどきつく聞こえないのは、口では嫌そうに言っていても、結局仲がいいのだろう。
「分かったらその恋乳持ってさっさと帰れ」
「……ありがとう、ティスモ」
 純玲は、受け取った特濃恋乳をポケットに入れた。
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