恨みっていうモノは案外些細な事で無くなるものらしい

釧路太郎

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大西楓の章

第一話

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 桑原さんが遊びに来る頻度は減ってしまったことによって詩乃ちゃんと遊べる機会の減ってしまった沙弥は少し寂しそうにしているのだけれど、詩乃ちゃんと友達に慣れたことで家族以外の人とも仲良くすることが出来るようになった沙弥には新しい友達も出来ていた。新しい友達は何人も出来てはいたのだけれど、一番最初に名前が出るのは詩乃ちゃんなのであった。
 よほど気が合うのだろうと思って遊んでいるところを見ているのだけれど、以前と変わらずお互いに相手の事を気にせずに好きな事をしているのが意外だった。気を遣わない関係が一番いいとは言うけれど、ここまで相手に気を遣わずにお互いが好きな事をやっているだけなのに一番好きな友達というのは僕には理解出来なかった。それには妻も同意してくれているのだが、子供には子供なりの想いというものがあるのだろう。ちなみに、詩乃ちゃんもそんな風に沙弥と遊ぶのが楽しいらしく、遊んだ日の帰り道から数日間は沙弥と遊んだことが話題の中心になっているそうだ。
 大人になってしまえば相手に合わせて自分のやりたいことを抑えるものだと思うのだ。実際に僕もやりたいことはそれなりにあるのだけれど、相手の気持ちも考えてそれは控えめにしていることが多い。妻に対してもそれは一緒なのだが、なぜか僕は大塚君と一緒に居る時はお互いに気を遣わずに過ごしていることが多い。
 相手に気を遣っていないわけではないのだけれど、昔からお互いにマイペースなところを出し合える貴重な相手という事で気楽に付き合っていた。最近でも大塚君は仕事の空き時間に僕の所に暇を潰しに来たりしているのだが、僕がそれに付き合う事はほとんどないのだ。大塚君の暇な時間は僕が忙しいことが多く、僕の暇な時間は大塚君が仕事に追われている時なのだ。
 休みの日にわざわざ来ることはほとんどなく、連絡も無しに来ることがしょっちゅうなので時間が合う事はめったにないのだけれど、ここ数日は奇跡的に僕の開いている時間に大塚君がやってきたのだ。

「お前んとこの娘は本当に絵を描くのが好きだよな。この前来た時はなぜか一緒に絵を描くことになってしまったんだけど、俺の絵を見て笑われちゃったよ。俺とお前の娘の絵ってそんなに変わらないと思うんだけどな」
「大人なのに自分と似たような絵を描いたら子供なら笑っちゃうでしょ。大塚君は昔から美術と音楽は苦手だったもんね」
「そうなんだよな。どうしても昔から芸術系の科目が苦手でな。ウチの奥さんはイラストとか描くのが好きだからってのもあるんだけど、ウチのチビ達も絵を描くのが得意になってて俺だけ仲間外れなんだよ。まあ、絵を描いているのを見るのは好きだからそれは良いんだけど、一人だけその輪に入れてないってのは疎外感を感じているんだよな」
「うちの場合は誰も絵を描くのが好きではないんだけど、娘はハイハイしているような時から何か描こうとしてたよ。それが何を描いているのかってのはわからないんだけど、気付いた時にはクレヨンを持ってたな。たぶん、檀家さんの誰かがくれたんだと思うけど、一体誰が最初にくれたんだろうっていまだに話し合ってるよ」
「へえ、そう言う事ってあるんだな。でも、それが誘拐犯とかじゃなくて良かったよな。家族に何かあったら大変だもんな」
「誘拐犯か。そんなこと考えても見なかったよ。うちの娘に何かあったとしても僕らが誰も見てなかったとしても檀家さんが見ててくれたりするし、大塚君みたいに友達がいたりするからね。誘拐されるとは思わないけど、もう少し危機感を持っていた方がいいよね」
「まあ、常に誰かが見てるんだからそんなに心配はいらないかもしれないけどさ、もう少し他人を疑うって事も必要かもな。でも、人を疑わないってのもお前の魅力の一つでもあるんだよな。それがお前の良いところでもあり悪いところでもあるんだよ」
「それは妻にも言われるよ。でもさ、あんまり人を疑うのって好きじゃないんだよね」
「俺も誰かを疑いたいとは思ってないけどさ、そう思われても仕方がないって人はいるんだよ。身近で言えば、大西とかそんな感じだからな」
「大西さんが?」
「ああ、あいつってさ、何年か前に離婚してるんだけど、その原因ってあいつの不倫らしいんだよ。それも結構な修羅場だったみたいで、息子の親権を取られたんだってさ。母親から親権を簡単にとるってのはよほどの事らしいんだけど、今では子供の方も大西に会いたくないって面会を拒むこともあるらしいぜ。何をしたらそんな風になるんだろうな」
「不倫か。考えたことも無いな」
「マジか。まあ、お前ならそうだろうな。昔から好きな人一人だけだもんな」
「普通は一人なんじゃないの?」
「そうだけどさ、好きにも色々あるし度合いってのもあるだろ。でもよ、お前のとこはみんな仲が良くていいよな」
「大塚君の所はそうじゃないの?」
「いや、お互いに愛情はあるんだろうけど、それが前までの気持ちと一緒なのかは正直わからないよ。奥さんの事は好きだしチビ達の事も好きだけど、向こうもそう思ってくれているかはわからんな」
「それが気になるなら聞いてみたらいいんじゃない?」
「バカか。それを聞けたらこんなに苦労してないっての。でもさ、世の中は俺みたいなやつの方が多いだろうな。大西みたいに自分の欲望のままに生きているのってさ、逆に辛いんじゃないかって思うもんな」
「大西さんがどんな風に考えているのかはわからないけど、あんまり褒められる生き方ではないのかもね」
「そうそう、褒められると言えば、鵜崎だよ。鵜崎。あいつって凄いんだな」
「鵜崎さんがどうかしたの?」
「俺も直接見たわけじゃないんで聞いた話なんだけどさ、俺の知り合いがちょっと困ってて、どうしようもなくなった時に紹介されたのが鵜崎だったらしいんだけど、その知り合いの悩みってやつを鵜崎がスパっと解決してくれたんだよ。俺が聞いたのは解決した後だったんだけど、もっと早く相談をしてくれていたらお前に相談してたと思うんだよな」
「僕に?」
「ああ、そいつの悩みってのが、毎晩幽霊が現れて困ってるってやつだったんだよ。お前に相談すれば何とかなりそうだもんな」
「まあ、ここはお寺だからね。でも、僕にはそんな力が無いんだよ。協力しても妻か義父だろうけどね」
「そうだよな。お前って昔から霊感ないもんな。俺もないけどさ、俺以上にお前は霊感無いんだもんな。お寺にいるからって幽霊が見えるようになったりってしないわけ?」
「僕は全然だよ。見えても見えなくてもどっちでもいいかな。みんなの行動を見てるといるんだろうなってのは感じるけど、それが僕に見えないだけの話だしね」
「なんかよくわかんないけどさ、お前も大変なんだな。そうそう、鵜崎なんだけどさ、知り合いの話では謝礼も受け取らなかったみたいだよ。俺ってそう言う心霊系の相談って法外な値段を請求されるもんだと思ってたからビックリしたよ。お前んとこだってそう言うの解決したらお礼くらいは貰うんだろ?」
「まあ、それは多少はいただくよ。でも、大塚君が思ってるような金額ではないと思うよ。それに、そんなに本格的なお祓いとかはよそでやった方が良いと思うしね」
「よくわからないけど、鵜崎って高校の時はどんなやつか全然わからなかったけど、そんな話を聞いているといいやつなのかなって思うよな。無償でやってくれるなんてさ、他で何か悪いことでもして儲けてたりしてな」
「それも無いと思うけどね。鵜崎さんが何を考えているのかはわからないけど、信者以外の人からは物を受け取らないって言ってたから、そう言う仕組みがあるんだと思うよ」
「へえ、そう言うので成り立つこともあるんだな。おっと、もう少しで終業時刻だから帰ることにするわ。じゃあ、また時間があったら暇つぶしに来るよ」

 大塚君は社用車に乗って帰っていった。お寺に出入りするような業者ではないので不審に思う人が最初はいたかもしれないが、僕の同級生だという事が知れ渡ると誰も気にも留めなくなっていた。
 大塚君が悪い人だとしたら、そんな隙をついて誘拐なり窃盗なりをしてしまうのかもしれない。でも、やってくる人全員に対してそんな風に不信感を抱くのは僕には出来そうにもなかった。
 ただ、大塚君が言っていた大西さんの不倫の話というのは少し興味があったりもした。僕が不倫をしたいとかそういう話ではなく、単純にどうして家族がいるのにそう言う思考になったのかという事が気になったのだ。
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