恨みっていうモノは案外些細な事で無くなるものらしい

釧路太郎

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鵜崎真冬の章

最終話

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 寝てもいいよと言われてはいたのだけれど、鵜崎さんが美春さんに触れられるたびに叫び声をあげているので寝ることなんて出来なかった。
 一応布団は用意されていて、部屋の明かりも二人の側にある蝋燭だけなので暗いのだが、鵜崎さんの叫び声が不定期にこだまする部屋の中で寝ることなんて不可能に思われた。
 少し離れた位置でとてもつらそうな様子の鵜崎さんを見るのは心が苦しくなていたが、鵜崎さんから目を逸らしたとしても聞こえてくる叫び声は僕の耳から離れることは無かった。
 窓もないこの部屋の中では今が何時なのか判断することも出来ないのだが、ぐったりした鵜崎さんとそれを楽しそうに見つめている美春さんの姿が対照的であった。僕はそれを見てやっと眠れると思っていたのだけれど、美春さんは僕の手を引いて部屋を出て隣の部屋へと入っていった。

「ありがとうございます。これで真冬は大丈夫だと思います。小野さんのお陰で問題も無事解決することが出来そうです。ちなみになんですが、眠ることは出来ましたか?」
「いや、全然眠れませんでした。何をしていたのかは暗かったのでわからなかったのですが、時々聞こえてくる真冬さんの声が気になってしまいまして。それもあって眠ることは出来なかったんです」
「それは申し訳ありませんでした。ですが、今をもちまして全て丸く収めることが出来ましたので一安心です。もう少し時間がかかってしまうかと思ってたのですが、思っていたよりも小野さんの影響力が強くて助かりました。今度改めてお礼に伺いたいのですが、ご自宅にお邪魔させていただいてもかまいませんか?」
「大丈夫ですけど、家に来ても何もお構いできないと思いますよ。それに、ウチのお寺はこちらとは色々と違うところもあるのでお互いに良くないんじゃないかと思いますが」
「やはり気付いていましたか。ですが、私もこことは関係なしに個人として伺わせていただくので、小野さんの方で不都合が無ければお願いしたいのですが」
「僕の所は義理の父が良いと言ってくれれば問題無いですよ。ですが、その義父がどう思うかは僕にはわからないんです。もしダメだったとしたら諦めてくれますか?」
「そうですね。無理だと言われたら私は諦めますよ。ですが、お礼だけはさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらの方がお礼を言う立場のように感じていますよ。こっちに来てからの生活費に遊興費にと何から何までいただきっぱなしで申し訳ないです」
「それは小野さんのご家族様に楽しんでいただきたいから行っただけですし、今も楽しんでいただいているとこちらとしてもありがたいんですよ」
「どうしてそんな風にしてくれるんですか?」
「その質問に答える前に一つこちらから質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
「小野さんの娘さんは絵を描くのが好きと伺っておりますが、こちらに来てから何か描かれたものはあるでしょうか?」
「僕が知っている限りではありますが、地元を発ってからこちらに来て一枚も絵を描いていないと思いますよ。おそらくですが、毎日が楽しくて絵を描く暇も無いんだと思いますよ。いつもは夜中に目を覚ますこともあるのですが、こちらに来てからは毎日ぐっすりと寝ているので夜中に起こされる心配も無くなりました。でも、飛行機の中では絵を描いているかもしれないですね。東京から沖縄ってどれくらいで着くのかわかりませんが、沙弥はきっと退屈になって何か描き始めるんじゃないかと思います」
「まあ、飛行機の中でしたら問題ないので大丈夫ですよ。小野さんの質問にも答えますが、私は小野さんの力を借りてやるべきことをやろうとしているので、その対価としてこちらにいる間の金銭を負担させていただこうと思っただけです。ですが、小野さんたちは思いのほかお金を使おうとしなかったので、当初から予定していた予算を大幅に残すということになってしまいました。沖縄の滞在費や交通費を考えても予算を使い切るのは難しいと思います」

 僕は美春さんが解いた呪いがどうなったのか気になっていた。気にはなったいたのだけれど、それを聞いても良いモノなのか考えてしまった。このまま何も聞かずに家族のもとに向かった方がいいような気もするのだが、僕はどうしても鵜崎さんがこれからどうなるのか聞いておきたかった。

「あの、真冬さんはこれからどうなるんですか?」
「真冬の事なら心配いらないよ。小野さんのお陰で全部綺麗におさまったからね。多少は反撃も予想していたのだけれど、向こうから何かをしてくると言ったことは無かったみたいだよ。それがあればもう少し真冬にも負担がかかってたと思うんだけど、向こうは早々に諦めて受け入れたようだね。私の力を小野さんの力で何倍にもしてしまったから仕方ないと言えば仕方ないのだけれどね」
「向こうって、水瀬さんと大西さんの所ですか?」
「えっと、大西さんはもう関係ないので水瀬さんの所だね。向こうは自称霊能力者が多いみたいで数だけは揃ってたんだけど、使っている道具のほとんどが私の設計したものだったってのがあって、それほど苦労せずに終えることも出来ましたよ」
「そうだったんですね。それは良かったです」
「ええ、なるべくなら無傷で手に入れたいと思ってましたからね」
「無傷で手に入れる?」
「水瀬さんの所には年頃の娘さんがいると思うのですが、その娘さんの体を借りて私は新たにこの世界にとどまろうと思ってるんです。出来ることなら若くて健康的な体の方がいですからね」
「もしかして、生贄とかじゃないですよね?」
「生贄だなんてとんでもない。私はただ、娘さんの体に乗り移ってこの世を謳歌しようと思っているだけですよ。もちろん、娘さんの意思は十分に尊重いたしますが、この体の主のようにその身を全て私に捧げてくれるような方もいますからね」
「それって、水瀬さんの娘さんが目的だったってことは無いですよね?」
「それは無いですね。私も真冬も水瀬さんに年頃の娘さんがいるというのは知りませんでしたから。知っていたとしても私にはどうすることも出来ませんけどね。そうそう、水瀬さんの娘さんに会いに行くときは小野さんも一緒について来てもらえるとありがたいですね。昨晩同様そこにいてくれるだけで大丈夫ですので」
「乗り移ろうとしている人を連れて行くのはちょっと。僕も犯罪にはかかわりたく無いと思ってますので、それに手を貸すことは出来ないです」
「乗っ取るというのは言葉のアヤでして、実際は娘さんから提供していただくということになると思いますよ。若い娘さんが良いとはいえ、さすがに小野さんの娘さんと言うわけにはいきませんからね。ですが、小野さんの娘さんが自ら私にその身をゆだねてくれることになってしまいましたら、私はそれを断れないとは思いますがね」
「その言い方はズルいと思います。協力するしかないじゃないですか」
「まあ、私もその方が良いと思いますからね。小野さんの娘さんの方が能力的には申し分ないのですが、強すぎる力を持っているようなので私自身がとりこまれる危険性もあったりするんですよね」
「沙弥はそんなに強い力を持ってるとは思えないんですが、そうじゃないんですか?」
「そうですよ。小野さんの娘さんは私の存在に気付いていたようですからね。真冬から言われて知ったのですが、その場にはいない私の姿を描いてくれていたそうですからね。おそらく、私と一緒に居た真冬に私の力の一部が残っていたんだと思いますよ。それを真冬から聞いた時は凄いなって思いましたよ」
「確かに、沙弥の描いた絵には誰も知らない女の子が描かれていました。でも、美春さんとは全然似ていないように思えたんですが」
「おそらくなんだけど、今の私みたいに誰かと一緒になる前の姿ではなく、死ぬ前の私の姿を見てたんだと思うよ。それがどういう理屈なのかはわからないけど、きっと神聖な力が働いているんじゃないかしらね。そんな神聖な力も取り入れたいという気持ちはあるんだけどね、私がそれに近付いてしまったら消滅してしまうと思います」

 沙弥が描いていた女の子は美春さんだった。そう考えると、沙弥に合わせて見ても平気なのではないかと思えた。でも、それは沙弥にとっても僕にとっても良いことには思えなかった。
 きっと今頃沙弥は沖縄を満喫しているんだろうな。そんな事を考えていると、急に睡魔が僕に牙をむいてきたのだ。僕はいつもとは違って抵抗をしていたのだが、抵抗もむなしく僕は深い眠りに落ちてしまっていた。

 目が覚めると、僕は何もない部屋の中にいたようだ。体が自由に動いているので問題はないのだが、最初の部屋よりも狭く窓もないので時間の感覚がわからないのだけれど、きっとそんな事はどうでもいいことであって、僕は今となっては秒針が進むだけで楽しかったりするのだ。
 これから僕も沖縄に行くのだし、何をして過ごそうか考えていた。僕はこういう時に何も決断できないのだが、今回ばかりは僕の意見も聞いてもらおうと思ってみたりもした。

「沙弥ちゃんの絵に描かれている美春を消せばいいんだけど、きっともう手遅れだと思うな」

 僕の頭の中に鵜崎さんの声が聞こえてきたような気がするのだが、その言葉の意味を僕は理解することが出来なかった。
 そして、僕は一人家族のもとへ飛び立ったのだが、その時には鵜崎さんの言葉をすっかり忘れてしまっていたのだった。

 空港で出迎えてくれた沙弥の手には僕たち家族と一人の少女の絵がしっかりと握られていたのだった。
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