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第五十二話 ベストカップルではないのだが

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 バイトまでの空いた時間を使って図書室で勉強をしていた。あまり人も多くないこの静かな環境は勉強をするにはうってつけなのだが、俺と同じことを考えている人がもう一人いたのだ。
 俺はそいつに向かって一応会釈をしてみたのだけれど、本当に気付いていないのかわからないが俺に視線を向けてはこなかった。まあ、誰かに見られているというわけでもないし少し離れて気まずさを紛らわせてみることにしたのだ。俺も勉強をしに来たのだという自覚をもって本来の目的を達成するために必要な資料を集めてこようと思っていたところ、突然誰かに肩を叩かれて驚いてしまって思いっきり振り返ってしまった。
「お前がこんなところにいるのも珍しいけど、柊政虎が一緒じゃないってのはより珍しいな。今日は二人じゃないのか?」
「ああ、政虎は唯のいとこの千雪に連れられて買い物に行ってるよ。本当は俺が一緒に行く予定だったんだけど、今日も学生課に呼び出されてしまったんで急遽変わってもらったんだ。二人から思いっきり文句を言われてしまったんだけど、俺が悪いわけじゃないからそんなことを言われても仕方ないんだよな」
「そうだったのか。その買い物って今日じゃなきゃダメなやつなのか?」
「そういう事も無いと思うんだけど、千雪は俺達よりも全然忙しいみたいで今日を逃すと夏休みまでまとまった時間がとれないそうなんだよ。学校の事もあるんだろうけど、なんか家の事情で一週間くらい四国に行くとか言ってたよ。唯も一緒に行くみたいなんだけどさ、愛華は何か聞いてないのか?」
「私も唯ちゃんからは四国に親戚一同で行ってくるという事しか聞いてないんだよな。何しに行くのかまでは聞いてないんだけど、色々と面倒なことがあるみたいで気が重いって言ってたな」
「みんな色々と大変なんだな。大変じゃないのって政虎くらいしかいないのかもな」
「それは言えてるな。私もお前もなんだかんだ言って学生課に呼び出されたりしてるもんな。何も悪いことなんてしてないのにさ、呼び出されるとちょっとドキッとしちゃうんだよな」
「それはわかるかも。そうだ、この後時間があるんだったら四階のカフェに行って少し話さないか。政虎と唯の事で確認したいことがあるんだが」
「奇遇だな。私もお前に会った時に聞いておきたいことがあったんだよ。唯ちゃんと柊政虎には聞かれたくない話なんでなかなか聞けなかったんだよな」
 俺と愛華は横に並んで四階へと向かっているのだが、その途中ですれ違った学生にやたらと見られていた。去年の学祭でどこかのサークルがとったアンケートにこの学校のベストカップルは誰だという質問があったのだが、その結果は俺と愛華が一番になってしまったのだ。当然俺達以外のカップルを答えている人もいたみたいなのだが、全体の七割近い人が俺と愛華に票を入れていたことになってしまった。
 残念なのか当然なのかはわからないが、政虎はそのアンケートの結果を見てもどこにも名前が載っていなかった。唯も載っていなかったのでちょっとだけ四人の中に気まずい空気が流れそうになっていたのだけれど、なぜかその空気をガラッと変えたのは政虎だったのだ。空気を読まない男が不穏な空気を変えたかったのか、単純に空気が読めなかっただけなのかはわからないが、急に変なことを言いだした政虎を見て唯もアンケートの事なんて忘れたかのようにいつものような感じに戻っていたのだった。
 そんなことがあって俺と愛華は一度も付き合っていたことが無いにもかかわらず、この大学におけるベストカップルとして認定されてしまい、その結果俺と愛華が一緒にいる場面を見た学生たちはまるで芸能人カップルでも見たかのように一瞬立ち止まってじっと見てくるという事が多くなっていた。何の目的で作成されたアンケートなのかわからないけれど、俺と愛華にとってはいい迷惑でしかないものになっていたのだ。

 四階のカフェは最初に三百円を払うとコーヒーと紅茶が飲み放題になるのだ。当然両方ともインスタントではあるのだけれど、俺はそんな事に拘ったりしないので文句も無くいつも美味しくいただいているのだ。愛華は家だと紅茶に拘っているようなのだが、ここで飲むインスタントの紅茶も美味しいと感じているのか文句を聞いたことが無かった。
「それで、鬼仏院右近、お前が確認したいことってのはどういう事だ?」
「それなんだけどな、唯が政虎の部屋の掃除を定期的にやりだして結構経つと思うんだが、何か唯の目的は達成できたと思うか?」
「唯ちゃんの目的と言われてもな。私は何も聞いてないんでわからないのだけれど、千雪がいてもいつもの唯ちゃんと変わっていたりしないとは思うぞ。ただ、唯ちゃんが作っていたぬいぐるみが増えてそれを千雪ちゃんにあげたとか言ってたな。唯の事が好きな千雪でもそれを受け取るのは多少覚悟が必要だったって言ってたくらいだぞ」
「多少の覚悟ってなんだろう。それって結構きつい感じのぬいぐるみなのか?」
「まあ、受け取ったのが私だったとしてもキツイと感じているかもしれないな。唯やお前だったら気にしたりなんてしないんだろうけど、さすがに柊政虎を模したぬいぐるみなんて渡されても困るだけだと思うんだよな。言っとくけど、そのぬいぐるみが柊政虎ではなくお前だったとしても私はキツイなって思ってると思うよ。そもそも、私はぬいぐるみとか似合う感じじゃないと思うからな」
「そんな事ないと思うけどな。愛華も可愛らしい一面があるんだからぬいぐるみとかも似合うと思うぞ。でも、人の形よりも動物とかの方が似合いそうだよな」
「そんなことを言うもんじゃないよ。私は自分でもそういうのが似合わないというのは自覚してるさ。唯ちゃんみたいに可愛らしければ似合うと思うけどな。私みたいに気が強そうな女はぬいぐるみなんて似合わないさ」
「気が強そうというか、確実に強いと思うけどな」
 俺は愛華に気付かれないように小さな声でツッコミを入れてみたのだけれど、俺の言葉はなぜか雑音にかき消されることも無く無事に愛華の耳元へと届いてしまっていたのだ。
 俺をじっと睨んできた愛華ではあったが、その眼差しは政虎に向かって睨んでいる時よりも優しさが含まれているような気がしていた。ただ、それは俺が勝手にそう思い込んでいるだけだとは思う。
「お前は今日もバイトがあるんだろ。そのバイトが終わった後で良いんでちょっと聞いてもらいたいことがあるんだ。他の人には聞かれたくない話なんだが、お前の部屋……は無理だと思うので、私の部屋に来てもらってもいいか。桜を送った後でかまわないんで少しだけ時間を貰えると嬉しいな」
 いつもは唯にしか笑顔を見せない愛華が俺に笑顔を向けてきたのだ。その笑顔を見て断れる男なんてこの大学にいるのだろうか。いや、大学に限らずこの地域に範囲を広げても断る男なんて政虎くらいしかいないだろう。
 政虎に限って言えばだが、あいつは基本的に他人の頼みなんて聞きはしない。頼みごとを唯一効くのは桜唯菜に対してだけなのだが、政虎の事を嫌っている唯菜は当然政虎に頼み事なんてするはずもない。それをわかっていて政虎は唯菜が困っている状況になる直前に助けに入ったりしているのだ。以前あったカフェの常連がストーカーになっていた件も唯菜に気付かれる前に全て解決させようとはしていたようだ。ただ、タイミングがずれてしまって唯菜にバレてしまったのだけれど、それ以外の事に関しては唯菜は何かが災いとして自分にふりかかろうとしていたという事にも気付かないままだったりするのだ。
 俺はもう少し待って唯菜が気付くタイミングで手を差し伸べればいいのになんて思っていたのだけれど、以前のストーカーに連れ去られそうになっていたところを見てしまうと、何かが起こってからでは遅いこともあるんだなという事を思ってしまっていた。
「じゃあ、バイトが終わったらよろしくな。私は紅茶のおかわりを持ってくるけど、ついでにお前のコーヒーも淹れてきてやろうか?」
 俺は愛華に向かって小さく頷いたのだけれど、愛華がしてきた頼みごとに対してなのかコーヒーを淹れてきてくれることに関しての感謝なのかわからない。
 いつの間にかカフェの客が増えていたのだけれど、俺を含めて全員の視線が愛華に向かっているという事に気付いた時には思わず声が出てしまいそうになってしまった。さっきまでほとんど人がいなかったカフェではあったのに、いつの間にか人が増えていたという事は何度も会ったのだ。それでも、全員の視線が一点に集中しているというのは今思い出しても少しだけ怖いと思っていたりもしたのだった。
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