マーちゃんの深憂

釧路太郎

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ハゲワシ兵長とマーちゃん中尉

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 七番勝負もいよいよ最終戦を迎えたわけだが、マーちゃん中尉は試合が始まる前から心ここにあらずと言った様子で何か別の事に意識が向いているようだった。その様子を見た妖精マリモ子はもうマーちゃん中尉の勝ちはないだろうと諦めてしまい、どうやって栗鳥院松之助とかわした約束を無かったことにするか考えているだけだった。もちろん、栗鳥院松之助は約束を反故にするつもりなど毛頭ないので妖精マリモ子の逃げ道などないのだが、今のマーちゃん中尉の状態を考えるとどうにかして逃げるという事が妖精マリモ子の余生を汚れなく過ごすために必要なこととなってしまうのだ。

 会場入りしたマーちゃん中尉と先に来て待っていたハゲワシ兵長は試合前ではあるが近付いて何か話しているようだった。
「ハゲワシ兵長は何やらマーちゃん中尉に話しかけているようですが、アレはいったい何を話しているのでしょう?」
 水城アナウンサーの疑問に答える形で栗鳥院松之助はマイクに向かっていつもの調子で話し始めていた。
「おそらくなんですが、マーちゃん中尉に対して激励と労いの言葉をかけているのではないでしょうか。階級としてはハゲワシ兵長の方が下なのでちょっと変な言い方になってしまうとは思うんですが、戦闘能力という点に関してはハゲワシ兵長の方が上だという事は誰もが認める事実でしょう。なにせ、彼は一番隊から四番隊の隊員の中で三本の指に入るほどの実力者ですからね。マリモ子さんもそれはご理解なさっていますよね?」
 こいつはイヤらしいものの言い方しかできないのかと思いながらも笑顔を浮かべていた妖精マリモ子は何も知らないという事を強調していた。まるで賭け事などしていませんよとアピールするかのように振舞ってはいるのだけれど、そのようなことは栗鳥院松之助には通用しないのであった。
「マリモ子さんはこれだけの力の差がありながらもお仲間であるマーちゃん中尉の勝利を信じて疑わないそうですね。そこまで信じるのは素晴らしいことだと思いますが、さすがに二人の力の差を考えると少しだけ気の毒になってしまいますね」
 気の毒という言葉で何かが吹っ切れてしまった妖精マリモ子は勢いよく立ち上がるとカメラに向かって高らかに宣言した。その瞳は疑うことを知らない少女のように純粋な目をしていた。
「マーちゃんがあんな奴に負けるはずなんかないです。ハゲワシがどれくらい強いのかなんて私は知らないけど、本当はすっごく強いマーちゃんがあんな奴をボコボコのギッタンギッタンにしてくれるしてくれるって知ってます。これは願望とか予想じゃなくて、予言ですから。これを見ている世界中の人がマーちゃんの強さに触れる最初の機会になるって私は知ってるんだから」

「俺とあんたがまともにやりあって何のメリットがあるんだろうな。俺としては階級が上のあんたとやりあうことは本来ならばとても名誉なことだと思うんだけど、あんたの今までの情けない戦いを見ているとそういう感情もわいてこないんだよな。俺が強いってのもあるんだけど、あんたみたいに戦うために魔法を覚えるんじゃなくて目的もなく魔法を覚えたいってだけの人に対してどうやって尊敬すればいいのかわからないんだ。俺が尊敬する松之助さんとあんたって何もかもが違い過ぎるんだよな」
 あまりにもマーちゃん中尉を軽く見ているその言動は映像を見ている多くの人に苛立ちを覚えさせたが、一部の界隈からはその言動を込みでハゲワシ兵長を称賛していた。
 マーちゃん中尉は相変わらず心ここにあらずと言った感じなのだが、無情にも試合開始を告げる合図が阿寒湖温泉中に響き渡っていた。
 それでも、マーちゃん中尉はハゲワシ兵長に興味がないかのように全く視界に入れずに阿寒湖をじっと見つめていた。そこに何があるのかはわからないけれど、マーちゃん中尉の視界には阿寒湖しか入っていないように見えていた。
「負けるのがわかっているからって現実逃避をするのは良くないぜ。あんたが苦しまないように俺の必殺技で葬ってやるよ」
 両手の指先を全て重ねるようにしてできた空間にハゲワシ兵長は魔力を集中させているのだ。『うまな式魔法術』を使用せずに魔力を貯めているので直撃してしまえばマーちゃん中尉の命は無いものだと思われるのだが、それでも満足しないハゲワシ兵長はさらに集中して魔力を限界まで込めていた。
「この極限まで高めた魔力は『うまな式魔法術』に頼っていなので無効化することは出来ないぞ。さあ、この魔法が放たれたと同時にあんたの負けが確定することになるんだが、その前に泣いて土下座をするのならここで終わらせてやってもいいんだぞ」
 それまで全くと言っていいほどハゲワシ兵長に興味を示していなかったマーちゃん中尉だったが、何かを思い出したかのように肩越しに視線を向けると呆れたような感じで返事を返していた。
「なんで俺がお前ごときに負けを認めないといけないんだよ。その程度の魔法で俺をどうにか出来ると思っているんだったら試してみたらいいだろ。お前がどれだけ強くて将来を期待されているのかなんて知らないけど、それでお前が俺よりも強いなんて思ってるのはただの思い違いだぞ。ほら、早くやってみろよ。弱いくせにいきがってるんじゃねえぞ」
 いつもと様子の違うマーちゃん中尉に戸惑っているのは目の前で直接見ていたハゲワシ兵長だけではない。イザー二等兵も画面に映し出されているのが本当にマーちゃん中尉なのか考えてしまっていた。ただ、見た目も声も立ち姿も何もかもがいつもと変わらないマーちゃん中尉に見えるのだけれど、どことなく別人のような気もしていたのだ。
「そんなに死にたいんだったら俺のこの“双軸転換魔法”で殺してやるよ。今更後悔しても無駄だからな」
 マーちゃん中尉に向かって放たれた魔法は初めのうちはゆっくりと進んでいったのだが、マーちゃん中尉を認識した瞬間にどんどんと加速していった。そのまま魔力の塊はマーちゃん中尉の周りをグルグルと周回し、その距離を少しずつマーちゃん中尉に近付けていっていたのだ。
 そして、回転速度が限界に達し肉眼で追うのは不可能なレベルまで加速していったところで轟音と共に衝撃波が辺り一面に広がっていった。
 あまりの衝撃にしばらくの間耳が聞こえにくい状況になっているものが多かったようだが、ほとんどの観客は何が起こったのか理解すら出来ていなかったのだ。
 そんな中、妖精マリモ子はそっと実況解説席から逃亡しようとしていたのだが、解説の宇藤さんに捕まって逃げ出すことは出来なかったようだった。
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