英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter3

第21章 大海賊の娘【5】

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「だが、ただ無作為に船員を集めればいいわけじゃない。そうだな今だと……航海士が一人、機関長が一人、機関士が三人、甲板部員が四人、機関部員が五人といった割合で集めてもらわねばならないだろうな……これがアタシが、アンタらの船渡しを請け負う上での最低条件だ」

 そんな僕の頭の痛みなど知りもせず、更にテティは細かい条件を僕に言い渡してくる。

 というか……ちょっと待てよ? 今のこの条件を彼女は、最低条件と言ったな?

 ということは、まだ条件があるのか?

「そして次の条件はクルーの指定なのだが、これはアタシのあくまでも要望であり、この二名をクルーにすることによって、もしかしたらアンタらの助けにもなるかもしれないという、一つの提案だ」

「助けになる? 僕達の?」

「そうだ。その両名はアタシとロベルトと同じ、親父の船の元クルーだ。この二人が乗り込むとなると、それに着いて来ようとする船乗りは数多くいるだろうからな」

「テティさん、まさかあの二人を? しかしあの二人は今……」

 するとこれまで沈黙を貫いてきたロベルトが、今の彼女の言葉を聞いて、顔色を曇らせた。

「フッ……この坊やはアタシに向かって言い切っただろう? 世界を敵に回す覚悟があると。だったらこれくらい、やって貰おうじゃないの」

「…………」

 テティはそう言ってニヤリと笑みを浮かべると、ロベルトはそれに対して、何も言葉を返すことも無く、またさっきまでのように黙り込んでしまった。

 おいおいこの女海賊……これ以上僕達に、どんな難問を押し付けようとしてやがるんだ?

「指定の二名の配置は、一人は航海士で、一人が機関長だ。まず航海士のクルーの名は……スティード・トルカロスだ」

「スティード・トルカロス……?」

 なんだかごく最近、その名をどこかで聞いた覚えがあるのだが……とハッキリ思い出せない僕に対して……。

「スティード・トルカロスだとっ!? そんな無茶なっ!!」

 マジスターは声を張り上げて反応し、苦悶の表情を浮かべていた。

「フッ……だがトルカロスはまだ楽な方だろう。なんせもう、自治区長でもなんでもない、ただの一般人だからな。二日前にやつはここに、自分がアクトポートの自治区長でなくなったこと、そして州知事とかいうものを辞退したことをアタシに報告しに来たよ。だいぶ顔がやつれてたから、よっぽど大変な目に遭わされたんだろうね……アクトポートを守るためとはいえ、トルカロスには苦労をかけさせてしまった……」

 その彼女の言葉で、僕は完全に思い出した。

 確かそう、セブルスの演説の中で出てきたはずだ……アクトポートの騒乱を引き起こした責任として、州知事を辞退したと。

 しかし……そうか……この街の創始者が大海賊なら、その後のリーダーを引き継ぐのが海賊でも、オカシイ話では無いか。

 しかも創始者の船の元船員なら、尚更か。

「し……しかし自治区長を辞めたからといって、そうも易々とコンタクトをとれるような相手ではあるまい……」

 マジスターは弱々しい面持ちでテティに言うが、しかし彼女は涼しい顔をしていた。

「そんなこと知ったこっちゃない。最初に言ったろう? これは絶対条件ではなく、あくまでも要望だと。しかし元自治区長であっただけに、顔も広いだろうし、それに航海士としてのスキルも十分にある。だからクルーにしておいて損は無いと思っただけだ」

「う……むむむむむむ……!」

 完全にマジスターはテティに言いくるめられ、腕を組んで一人唸り始める。

 相手に有無も言わせない、一番心を掻き乱されるタイプの煽りをテティはしてくるが、しかし彼女の言う通り、トルカロスを引き入れれば、彼は僕達なんかよりもこの街で影響力のある人間なのだから、クルーを集める上では断然、優位になるだろう。

 リスクも高いが、その分見返りも大きい。

「そしてもう一人、機関長の指定クルーは……チャールズ・レイカーだ」

「チャールズ・レイカーって……レイカー・トレードの会長じゃ!?」

 その名前は、すぐに思い出せた。セブルスの演説の際、その名が出たことにより、周囲が一気にざわついたのを憶えている。

「そうだ。アクトポートの産業の根底を作り出したあの男だが、親父の船では機関長として乗船していた。船をずっといじっていたあの男に、まさか貿易の商才があるとは思ってもいなかったけど……」

「でもその人って……」

「トルカロスから聞いた……マグナブラの連中に逮捕されているんだろ? まったく……無茶をする奴だ」

 テティはそう言って、溜息を吐いてみせる。

 そう、チャールズ・レイカーは今、過激派のデモ部隊に補助金を渡した疑いをかけられ、マグナブラ兵団によって逮捕されている。

 確か今日の朝、テレビで見た情報だと、裁判はアクトポートの裁判所で、六日後に行われるとか報道されていた気がする……テティがクルー集めの期限を五日後にしたのは、それを知ってか、それともただのまぐれなのだろうか……。

 だけど、それよりも問題なのは、その逮捕されていると知っているレイカーを、テティは指定のクルーとしてわざわざ入れてきたということだ。

 世界を敵に回す覚悟を試す……そういうことか。

「僕達に、レイカーさんの脱走の手助けをしろ……ということか」

 僕が呟くように言うと、彼女は鼻で笑って返事をしてみせた。

「フン……アンタ達はこれから、世界を相手取るつもりなんだろ? だったら一国の兵団に喧嘩を売るくらい、大した問題じゃないだろ?」

「そ……それは……」

「アンタらがここまで来るのに、どれほどの事をしてきたかなんて知ったこっちゃないけど、でもこの程度のことで気が引けるってことは、大したことはしてないんでしょうね」

「…………」

 僕はテティに対して、何も返す言葉が無かった。

 何故なら彼女の言う通り、僕達は本当に、これまで何もしていなかったからだ。

「アンタ達の手は、まだ綺麗過ぎる。本当に何かを動かしたい、何かを変えたいつもりなら、自分の手を汚す覚悟で臨みな。それができないのなら、アンタらはそこまでの奴らだってことさ」

 テティは嘲笑うことも無く、怒ることも無く、ただ呆れるようにそう言って、踵を返し、照明台の下にまで戻って、そこに座り込んでしまった。

「以上がこっちの提示する条件だ。最低条件だけでも達成したら、アンタらをミネルウェールスまで船で乗せてってあげるよ。ただ、追加の条件も満たしたらその時は……アンタらのその覚悟を認めて、アタシも一緒に戦ってやるよ」

「一緒に戦う……仲間になってくれるということか?」

 僕がそう尋ねると、彼女は鼻で笑ってみせた。

「フッ……まあ、そうなるかもね。だけどそれは、アンタらが本当の覚悟を決めたら……の話だけど」

「本当の覚悟……か……」

 今までは、王の暗殺の罪を被らされた、冤罪の被害者という立場に自分を置いていたわけだが、しかしもし、兵団に逮捕されているチャールズ・レイカーを奪取したとなると、まあ……王の暗殺よりかは罪は軽いかもしれないが、しかし僕は正真正銘、本物の犯罪者となるわけだ。

 その覚悟が……僕にはあるのか?

「フッ……」

 それ以上何も言葉を返せない僕を、テティは嘲笑したのだろうか……こちらに振り返ることも無く、彼女は僕達の贈ったドライシガーを箱から一本取り出し、オイルライターで火を着け、漆黒の海を見つめながら一服し、そして最後にこう呟いた。

「やっぱり……この海は嫌いだ」
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