英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter4

第23章 フォースネットワーク【5】

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『キッキッ……古巣が恋しくなったか?』

 すると意識の内から、ライフ・ゼロがいつもの笑い声を出して、僕に尋ねてくる。

(いや……もうあっちに、僕の居場所は無いから。ただ……)

『ただ?』

(互いの身を削り合うような羽目にならなくて良かった……そう思ってるだけさ)

『フッ……そうか』

 それ以上、ライフ・ゼロは深入りしてくることは無かった。

 コイツだってこの前、ブラースティと戦った時に、多分今の僕と同じ思いをしたはずだ。

 あの時は結局、止むを得ず戦うことになったのだが、しかしライフ・ゼロは、ブラースティを殺すことは無く、あえて奴の魔力を吸い取って、落ち着かせるという方法を僕達に提案してきた。

 ライフ・ゼロの力をもってすればおそらく、ブラースティを殺すこともできたであろう……しかし奴は、そうはしなかった。

 それはライフ・ゼロにとって、魔物はかつての仲間であり、同類であるからだ。

 そんな相手を手に掛けるのは、やっぱり魔物同士であれ、抵抗があったのだろう……僕もそれと同じだ。

 いずれにせよ、あの二人を殺すことは無かったかもしれないが、しかしかつて居た場所の、しかも何の罪も無い人間に武器を向けるのは、あまり気持ちの良いものではない。

 とはいえ、いつかは衝突せざる日が訪れるかもしれないが、しかし今はその時ではない……避けれる戦いは、避けておきたい。

 だから僕は彼らに振り返ること無く、ただひたすら前に進み、逃げる。

 これは臆病風に吹かれた逃走ではない。無駄な血を流さないための、賢明な逃走だ。

 そんなことを考えながら、ただひたすら真っ直ぐ歩いていると、パラボラアンテナのある施設からはかなり遠退き、振り返ってみると、先程話していた兵士達の人相が分からなくなるほど、小さくなっていた。

 よし……これだけ離れれば、もう安全圏だな。さて、マンハットは上手く逃げることができたのだろうか……?

 僕は周囲をキョロキョロと見渡し、マンハットを探しながらも、トップハーバーのサブウェイの駅へ向かって足を進める。

 というのも、昨日の作戦会議にて、もし非常事態に陥り、バラバラになってしまった時は、サブウェイの駅で落ち合おうという取り決めを、前もって交わしていたからだ。

 港では、忙しそうに出港準備をしている水夫の姿はあれど、マンハットの姿は無い。

 僕としては、十分に兵士の気を引きつけることができたと思っているので、多分逃げ切れているとは思うのだが……何分、僅か数百メートルの距離を走っただけで、顔を真っ青にしていたほどの運動能力だったからな。

 どこかで力尽きてなけりゃあいいんだけど……。

『おい、うぬ』

 すると今まで沈黙していたライフ・ゼロが、僕の意識の内から語り掛けてきた。

(なんだライフ・ゼロ)

『そろそろ外に出してくれぬか。我慢の限界だ』

(おいおい、今まで数百年その中で我慢できたのに、今となってはもう、たった数分でギブアップかよ……留置場に潜入する時はそれこそ、もっと長時間剣の中に居てもらうことになると思うが……大丈夫なのか?)

『フンッ! うぬに心配されんでも、我慢しようと思えばどれだけでもできるわ! ただ、今はもう無駄に我慢をする必要も無かろうと言っておるのだ』

(まあ……そうか。じゃあちょっと待ってくれ)

 僕はどこか、身を隠せそうな物陰を探す。さすがにこんな、人通りの多いところでライフ・ゼロを召喚してしまうと、目立ってしまうからな。

 ただでさえ、今は兵士の目を欺いて逃げている最中なので、あまり人目に着いてしまうような行動は控えたいところだ。

「あっ、あそこならいけるかも」

 僕が見つけた場所は、船に乗せる荷物を保管しておくための、巨大な倉庫の裏側だった。

 ちょっと駅に向かう道から外れているので、回り道にはなってしまうが、しかしあそこなら人も居ないだろうし、あの無駄に派手な召喚を見られる心配も無いだろう。

『誰が無駄に派手だ!』

 そんなライフ・ゼロのツッコミはさておき、僕は急ぎ足で倉庫の物陰へと移動し、そして鞘に剣を刺し込んだまま、僕は満月の剣を地面に向かって打ちつける。

 するとさっき、ライフ・ゼロが剣の中に戻った時のように、周囲が紫色の煌めきに包まれ、そして再びこの世界に、ライフ・ゼロが姿を現した。

「んん~……! やはりシャバはいいものだな!」

 満面の笑みでライフ・ゼロは両腕を挙げて、背伸びをしてみせる。

 まるで数年振りに外に出たような、そんな反応をしているが、実質僅か数分しか経ってないんだけどな。

「フン! うぬはこの中がどれほど狭いか知らんから、そんなことが平気で言えるのだ! 本当に本当に、せまっ苦しいのだからな!」

「はいはい、それじゃあさっさと駅に向かうぞ」

 ライフ・ゼロの小言はいいとして、僕は踵を返して、再び駅に向かって歩き始める。

「おい! 人の話はちゃんと聞かんか! 我を置いて行くなああああああっ!!」

 そうやって、僕の背後でギャンギャンと大声で文句を言っていたライフ・ゼロだったが、しかし本当に置いてけぼりにされると思ったのか、その後、早歩きをして僕を追いかけて来た。

 それからしばらく、二人で並んで歩き、その間ライフ・ゼロがブツブツと、何かを言っていたような気がしなくも無かったが、それら全てを右の耳から左の耳に流していると、トップハーバーの駅が見えてきた。

 駅の広場には数基ベンチが設置されており、その一基に、眼鏡を掛け、すっかり見慣れてしまった白衣に似た白いコートを着た男が、疲れ切っているのか、ベンチの背もたれにだらりともたれかかっている姿が、目に映った。

 間違いない、あの姿はマンハットだ。

「お~い、マンハット!」

 僕が手を振って声を掛けると、それまでだらりとベンチにもたれ掛かっていたマンハットが、急に背筋を伸ばして周囲を見渡し、僕達を見つけると、手を振り返してきた。

 それから僕達はマンハットの元へと駆けつけ、無事合流することに成功した。

「いやぁ……今日一日で一生分走ったよ……」

 マンハットは苦笑しながらも、疲れているのだろう、いつもよりも少しトーンを落とした声で、そう言った。

「お疲れさん。でも無事脱出できて良かったよ」

「そうだね……これで一応、相手側の情報を掴むことはできたね。あとはこの情報を駆使して、本番に生かすだけだ」

「ああ、そうだな。これからが本番だよな……」

 そう、今回の潜入はあくまで前段階であり、まだ本番が控えている。

 しかも本番は、このアクトポートでのマグナブラ兵団の本拠地である、駐屯地の中だ。

 見張りだって今回のように、当然二人だけじゃないだろうし、それになにより、今はあの場所には、マグナブラから来た兵士が居るというのが、僕としては悩みの種となっている。

 今回のように、見つかったのがアクトポート側の駐在兵ならば、僕の顔をまだ知られてないという可能性があるかもしれないが、しかしマグナブラの連中は全員、間違いなく僕の顔を知っている。

 なんせ僕はあの国で、王の暗殺を企て実行したという、最低最悪の指名手配犯となっているからだ。
 
 マグナブラの兵士に、もし見つかったとなれば、生かして捕らえるということはせず、その場で射殺されるということも十分にあり得る……まさに、サーチ・アンド・デストロイということだな。

 しかし王族の殺害とは、それほど罪が重いことなのだ。それこそ、一般人を殺した罪よりも、遥かに重い。

 捕まって裁判を受けたとしても、即刻死刑となる。それならばもういっそのこと、その場で殺してしまった方が、無駄な手続きをせずに済むということだ。

 奴らは僕のことを、自分達の君主を殺した獣としか思っておらず、あながち奴らは、そんな獣を狩る狩人ということだ。

 そんな獣が今回、単身で狩人たちの住処に潜入する……僕にとってこの作戦は、普段は遠くにある死というものが、随時隣り合わせにあるという、そんなリスキーなミッションなのだ。

 しかし、かようなミッションを前に、今回兵士に見つかってしまうという失態をしてしまったのは、正直僕の中で、不安要素となっていた。
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