英雄のいない世界で

赤坂皐月

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THE GROUND ZERO Chapter2

第8章 血を喰らう怪物【6】

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「でもあの規模の爆発は、わたしでもなかなか起こすことができないわ……なんかアンタに先越されたのが悔しいわね」

「なに勝手に競ってるんだよ……それにこれは僕の力じゃなくて、このガントレットの力なんだ。コイツは魔石の欠片の力を抽出できるから、その無尽蔵な魔力を込めて発射したから、あんなことになっただけだよ」

「へえ……兵団じゃもうそんな物まで常用装備になってたのねぇ。まあ戦力差は以前から見えてたけど、レジスタンスももう、そう長くはないかもしれないわね……」

「まあ、統制のとれた正規軍と、烏合の衆の差ってやつだよね。仕方ないよ」

 そんなことを二人、しんみり話し合っていると、前を走っていたマジスターが僕達のバイクの隣に速度を合わせてきた。

「カッカッカッカッ!! よくやったコヨミ! ほれ見てみろ、ブラースティが引いていくぞ!」

 絶賛最高潮なマジスターに言われた通り、後ろを振り返ってみると、炎で道を完全に塞がれてしまったブラースティは、これ以上追いかけることを放棄し、天井から地面に降りて、のそのそと洞窟の奥に戻って行く姿が見て取れた。

「なんかああ見ると、ただのでっかい毛深い芋虫にしか見えないんだけどな」

「カッカッ、アイツは巣穴からほぼ出ることが無いから、元々直接人間を襲うことなど滅多に無い。洞窟だと思って、間違えて巣穴に入ってきた人間を襲うくらいなものだからな」

「なるほどね……あんな見た目だけど、そんなに悪い奴じゃないのかもな」

「魔物は元々そんなやつらばかりだ。人間が魔物の領域に踏み入るから、奴らも襲ってくる。今までの勇者と呼ばれた者達は、いわゆる魔物の領域を占領するための先導部隊に過ぎん。まあ、ライフゼロだけは魔物の中でも、唯一故意的に世界を征服しようとしたから、例外ではあるがな」

「そっか……まあ現実なんて、そんなもんだよな…………」

 将来の夢を抱いていた子供が、いざ大人になりその職業に就いて、夢と現実が相違していたことに落胆するような、そんな気持ち。

 もう勇者になる道なんてとっくに諦めていたのだが、しかし心の底の隅っこには僅かに燻ぶっており、それが今、跡形も無く粉々にされたような、そんな気がした。

 勇者とは、人間の生活領域を拡大するための道具であり、人間からのみ持て囃される存在である……と。

 次世代の勇者候補と呼ばれ、それが衰退した頃から徐々に気づいていたのだが、しかし自分の理想像を捨てるというのは、なかなか容易なことではなく、今の今まで引きずっていた。

 しかしこの三日間で起きた騒動を思い返すと、それを認めざるを得ない。

 人間は、自分の存在価値を上げるためなら、例えそれまで主従関係だった者も簡単に殺めてしまうことができる。

 人間は、組織の品位を保つために、平気で一人の罪無き人間に大罪を被せることができる。

 人間は、自分のミスを隠蔽するために、仲間を罪人に仕立て上げ、死刑にすることだってできる。

 僕だって……かつて勇者と呼ばれた奴らだって……みんなみんな同じ、歪んで、薄汚れた人間なのだ。

 この世界に、世界の全てを救える人間なんて存在しない。

 この世界に、完全なる英雄は存在しない。

 英雄のいない世界で……僕はただ、英雄と呼ばれたかっただけだったのだ。

 しかしそれは本物の英雄では無くて、ただの称号でしかない。何故ならこの世界には、そんな存在は端から存在しないのだから。

 そんな当たり前のことに、僕は三度死にかけてようやく気づくことができたのだ。

 こんなことなら、こんなに絶望するのであれば、気づいてしまう前に死んでしまった方がマシだったのかもしれないな……。

「おいコヨミ、大丈夫か?」

 考えに更けていた僕だったが、マジスターの声掛けで我に返った。

 瞬間的だと思っていたのだが、どうやら心配されるところから、結構な間黙り込んでいたらしい。 

「ああ、ゴメン……三日間まともに休めてなかったから、少し眠くなっちゃってた」

「カッカッ……まあ仕方ないな。ここ三日、まともに休んどらんからなわしらは。さすがのわしも、体が堪えてきとるわ」

「あんたのは歳の可能性もあるんじゃないか?」

「むう……それは否定できんな。まったく、歳は取りたくないものだな! カッカッ! ……はぁ」

 いつもは元気が良いマジスターだが、やはりこのレベルの疲れを誤魔化すことはできないようで、表情に疲労の色が見えていた。

 それもそのはず、マジスターはマグナブラからバギーで逃走する時も、ずっと運転していたからな。

 僕はその間、ずっと睡眠をとれたので楽だったが、マジスターは仮眠程度しかとっていない。僕よりも疲労困憊なのは、明白だった。

「二人とも、もう少しの辛抱よ。荒野にわたしの知り合いが営業してる宿屋があるから、そこに着いたら好きなだけ寝られるから」

「へえ……宿屋か。やっとベッドで寝れるのか……」

「ただ、ここから二十キロは離れてるから、しばらくかかるけどね」

「うへぇ……ベッドまでの道のりが長い……」

「カッカッ……まあコヨミ、これまで通って来た道のりの方が遥かに長いと思えば、二十キロなんざ大したこと無い!もうひと踏ん張りだっ!」

「そうよ! それに、これから先の旅路の長さを考えたとしても、二十キロなんて大したこと無いわ!」

「だから……なんで二人ともそんなに元気が有り余ってるんだよ……」

 と言いつつも、二人がカラ元気でそんな強気なことを言っているのは、僕にだって分かっている。

 僕はこうやってずっと後部座席に座っていたのだが、ルーナはその間ずっとバイクの運転をしている。多分、今までにやったことの無いようなギリギリの運転の末、彼女もかなり疲労を負っているだろう。

 みんな疲れてるんだ……だけどそれを見せない強さを、二人は持っている。

 僕は……それすらも持っていない、未熟で弱いやつだ。

 そんな奴が本当に、この世界を変える新たな勢力を作ろうなんて、そんなおこがましいことを考えてもいいのだろうか?

 僕はこの二人に、着いて行ってもいいのだろうか?

 そんな葛藤を自らの内で重ねているうちに、バイクは洞窟を抜け出し、月光に照らされる夜の荒野が姿を現した。

 また外の光を見ることができたのか……僕がこの先追うべき光は、まだ見えないままだが。

 とにもかくにも、どうやらまた、僕は死地から脱し、生き残ることができたらしい。

 さっきから弱音ばかり吐いてしまっている気もするが、多分これも僕が疲弊してしまっているからだろう。

 体が疲れれば、それに乗じて心も疲れて弱くなってしまう。

 今はとりあえず、休むことが先決だ。鉄格子も無い、見張りもいない、安全で暖かい布団の中で、ゆっくりと、すやすやと。

 後ろを振り返れば、先程まで駆け抜けていた洞窟がみるみる小さくなっていき、代わりにエトワール・ロックのその巨大な全貌が見え始める。

 あんな巨大な岩の中を、僕達は魔物に食われそうになりながらも逃げていたのか……なんだか感慨深くなっちゃうな。

 宿屋までは、推定約二十キロ。 

 安息の地までは、あともう少しだ。
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