ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第1部 青春の始まり篇

 第4章 一人ぼっちの女の子【1】

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 希望とは必ずしも叶うものではない。俺はここ数日でそれをはっきりと思い知らされた。

 神坂こうさかさんの、今思い出しただけでも神々しい笑顔を見て、ついでに徳永とくながから天地あまちの素性を明かされたあの日から数日が経過した。

 あの日以降も、俺は一度も天地と遭遇していない。俺の隣の座席は、座席の主がそこに座っていた時間よりも、空になっている時間の方が勝ってきていた。

 アイツが居ないお蔭で朝は疲れなくなったし、天地の座席が空なので、その先に外に面した窓があり、そこからよく俺の元まで日差しが入る様になった。

 だが、それだけ。良い事だと敢えて言えるだろう事はそれだけ。

 昨日もそうだったが、俺は教室に来てから自分の座席に座ると、机に突っ伏している事が多くなった。あまりに俺が突っ伏してるもんだから、最近はクラス委員長の早良さわらがやって来て、他愛も無い挨拶を交わし、俺はそれに「うん」とか「おう」とかそんな曖昧な返事を返していた。

 つまらない、学校が。あまりにもつまらなさ過ぎる。

 別に学校嫌いとかそんなものではなく、単純に毎日がツマラナイのだ。しかし高校に入る以前は、これが毎日の日常であり、俺はそれでも満足してスクールライフを送っていたわけだ。

 いつからこうなったか…………いや、考える必要もあるまい。あの入学式以降、俺の日常は破壊されハチャメチャにされ……そして。

 俺はそんな日々に、心から満足していた。

 目の前にある内は、そのものの本当の大切さなど理解出来ない。失ってから初めて気づくもの。なんてよく言うが、まさに俺も例外にはなれず、絶賛その喪失感を味わっているところだった。

 月は変わり五月初週。明日からは大型連休、巷で言うゴールデンウィークが始まろうとしていた。

 通学路を歩いていた俺なのだが、周囲は明日からの予定を友達と話し合う学生達で盛り上がっており、全員が全員浮足立っていた。

 そんな中、俺だけは足が浮くどころか、地面にめり込む様な思いでアスファルトの道を歩いていたのだ。俺にとってこの日はゴールデンの始まりじゃない。灰色の日々が始まるかどうかの最後のチャンスの日だったのだから。

 時報が毎日その時を知らせてくれる様に、今日も今日とて徳永と神坂さんは俺の背後から現れた。

 しかしいつもと異なるところがあり、徳永はいつもの様に薄い笑いはしておらず、神坂さんも花の様な可憐な笑顔もしておらず、二人とも苦々しく重々しい表情を浮かべていた。

「チハ……多分今日が最終日だよね」

 話を最初に切り出したのは徳永だった。そんな事言われずとも分かってら。

 さて、何故俺達が朝からこんなグルーミーな状態なのかというと、時は遡り、食堂で天地の素性を知ったあの日。これは徳永が天地電産の公式サイトから見つけ出した情報らしいが、ゴールデンウィーク以降、天地電産の海外への進出が決定していたらしい。

 しかしその時点ではまだ、俺はそれほどガッカリはしていなかった。何故ならその情報自体、徳永が調べたものだったので、俺は半信半疑程度にしか信用していなかったからな。

 だがそれが確信になったのが三日前の朝のホームルーム。その日も天地自身はいなかったのだが、山崎やまざき教諭から告げられたのは「天地が家庭の事情で海外へ引っ越す事になった」という報告だった。

 天地電産のホームページに記述されていた海外進出と、天地の突然の海外への引っ越し。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。疑う余地は無くなった。

 天地はゴールデンウィーク以降、つまり今日を境に海外へと出発してしまう。そうなってしまえば、もう二度と会う事は無いだろう。

 だからこそ今日が最後。天地に会える可能性のある、最後の日だったのだ。

「どう?調子は?」

「普通だ」

「うん……悪そうだね」

「何故そう言い切る」

「いつものチハなら、こんな時に何でそんな質問するんだって毒気の入った突っ込みをしてきそうなのに、今日は普通に返答してきたからさ」

 俺はそんな言われるほど毒舌キャラじゃないぞ。まあもっとも、その毒気すらも今日のこの脱力感で湧いてすらこないけどな。

「けどさすがにクラスメイトに一言も無く、いなくなるって事は無いんじゃないかな?」

 徳永は手を顎にあてて、考える様な仕草をとる。

「さあどうだろうな。あいつは意外性の塊だからな」

 入学式の時の挨拶も、社長令嬢だという話も含め、全てが俺の想定しているスケールの外を突っ走っていく女だから、もしかしたら誰にも何も言わずに海外へ高飛びする事もやってのけるかもしれん。

 全ての選択肢はテーブルの上には無く、全ての選択肢は天地の掌の上にあるってわけさ。

「ははは……どこかの大統領も驚きそうな独断力だね。まあでも、彼女の選択によって事が決まるのは事実だし、それに関して、僕達の干渉する隙が無いのもまた事実だしね」

「そういう事だ。つまり俺達は上からの指示が無い限り、動く事の出来ないお役人さんみたいなものなのさ。行政に携わっても、決してその仕組みを変える力は無い」

「相変わらず辛辣な言い方をするねチハは。まあ僕に矛先が向いてないだけ気が楽でいいけど」

 そう言って苦笑する徳永。気が楽なら正直に笑えばいいのに。それに俺のは辛辣と言えど、ぼやきみたいなもんだ。罵倒に比べたら健全なもんだろ。

「岡崎君……こんな事言っても気休めにしかならないと思うけど、きっと天地さんは来ると思います!……確信は無いけど、そんな気がします!」

 両手の拳を力強く握り締め、訴えかけてくる様に神坂さんが目下から俺を見つめてくる。うむ、こういうシチュエーションもなかなかいいもんだ。これで「今日も頑張ってくださいね!」とか言われたらクラッときてしまいそうだ。

「ありがとうございます神坂さん、その気持ち受け取っておきます」

 いつもならそのお気持ちだけで俺の心のパラメーターもマックス満タンを振り切りそうなものなのだが、どうにも今日はそれ以前のマイナス分が多いせいでそうもいかないらしい。

 それでも少し、心の余裕は持てたかな。神坂さんと、微量ながらだが、徳永のお蔭で。

「そうだ、そういえば気になってたんですけど……」

 するとそのままの態勢で、神坂さんは俺に尋ねてくる。何だろうか?

「秘密兵器って何をやればいいんでしょうか?」

 あぁ……まだ憶えてらっしゃったんですねあの事……そうだな……。

「神坂さん秘密兵器っていうのは何で秘密兵器っていうのか知ってますか?」

「えっ!?秘密兵器……秘密兵器……すいません思いつきません」

「秘密だから秘密兵器なんです」

「えっ?」

 まるで度肝を抜かれた様な、未知なる遭遇を果たしたかのような表情をする神坂さん。

 秘密兵器ってもんは秘密にしておくからこそ効力があるんだ。使っちまったらそれは秘密じゃなくなってしまう。つまり何もしなくていいですよって事を、俺は神坂さんに暗に伝えただけだったのだが、どうやら余計に神坂さんを困惑させるトートロジーにしかならなかったらしい。

 まあいいか……そんな困惑している神坂さんを見るのも、なかなか乙なもんだったからな。
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