ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第1部 青春の始まり篇

 第4章 一人ぼっちの女の子【2】

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 それから俺の高校生活のレギュレーションとなりつつある、徳永と神坂さんの見送りを終えた後、その重い足のまま廊下で団欒している生徒達を横目で見つつ、俺は五組の教室の前へ立ったその時だった。

「えっ……お……お前っ!?」

 驚天動地。俺は思わず、一歩その場から後退あとずさる。

 最終日、ここ数日間空疎だったはずの俺の隣の座席が、この日は埋まっていた。

 そう……天地魔白あまちましろが学校に登校して来ていたのだ。

 天地はそれまで窓から外の風景を見ていたが、俺の声が聞こえたのだろうか、すぐさまその視線を教室の扉の前で固まっている俺の方へと向けて来た。

「久々ね岡崎君、朝から間抜け顔に磨きがかかってるわよ」

 天地の毒気を思いっきり効かせているその口ぶりは相変わらずだった。しかし間抜け顔に磨きがかかってるって……俺は以前からそんな顔をしてたっていうのか?

「そんな扉の前で人の顔を見て固まってたら通行人の邪魔になるわよ。さっさと座席に着きなさい」

 天地に言われ横を見ると、クラスメイトの二人が並んで、苦笑いをして俺の方を見ていた。

「あっ!ご……ごめん!!」

 俺は待たせてしまったクラスメイト二人に軽く頭を二度下げ、天地に言われるがまま、自分の座席へと向かい椅子に座った。

 そんなこんなの焦りや動揺、そして何よりも、俺には今、天地に訊きたい事が山程ある。だからまず、その話をする機会を作らねばならないと、俺の気持ちは逸っていた。

 そんなこんなで目がくらんでおり、更に数日のブランクもあってか、俺は天地を目の前にして警戒をするという事を、あろうことか完全に怠っていたのだ。

 座席に座った瞬間、何かがおかしい様な気がした。別に異常な感覚がするというわけでは無いのだが、何故か少し煙たい。

 しかしそれは、火から出ているあの煙とは異なる煙たさのもの……そうだ、日直の時、黒板の文字を消す黒板消しを扱っている際によくにおうあれだ。あれと同じニオイがする。

「…………まさかっ!!」

 その時ようやく俺の眠っていた危険探知能力が復帰し、嫌な予感がよぎって俺は椅子から即座に立ち上がった。だが、時既に遅し。俺の黒い制服のズボンの臀部が一面、淡い白色に染められていたのだ。

 そう、天地は椅子の座面一面にチョークの粉を敷いていやがったのだ。俺が座ると同時に、その白い粉が俺の臀部に付着。更にそこから漏れた粉が宙に舞い上がった事により、先程の煙たさを感じたのだ。

 クソッタレ……完全に油断していた。

「学校のチョークを使うわけにはいかないから、わざわざ新しいチョークを自分で買って、粉にする為にすり潰したのよ?しかも目立つように白だけを厳選したんだから」

「そんな配慮はいらんっ!それよりどうすんだよこれ……チョークの粉ってのは意外に落ちにくいし、こんなものお袋に手渡した時には、どやされるってどころの話じゃないぞこれ」

「大丈夫よ、明日からゴールデンウィークでしょ?クリーニングに出せば次の登校日までには間に合うわ」

 イタズラがまんまと成功し、ニヤリと満足そうな笑みを浮かべる天地。クリーニングに出すのは当たり前の事だとして、だったら俺は今日一日このまま過ごせってのかコイツは。

「でもそうね……再びそのズボンのお尻が黒に戻る姿を、わたしは見る事が出来ないかもしれないわね」

「…………」

 その言葉の意味を俺は瞬時に理解した。海外への引っ越し……今日をもって、天地はこの学校からいなくなってしまう。いや、それどころかこの国からいなくなってしまう。おそらくその事を天地は暗に言っているのだろう。しかしまさか、俺の尻を見てそんな重大な事を連想されるとは思いもしなかったが。

「岡崎君どうだったかしら今日のイタズラは?さすがに怒ったでしょ?」

 そしていつも通り、天地は俺に感想を求める。このやり取りも久々だな。

「……怒ってはない。ただ、面倒事が増えて倦怠感は増した」

 だから俺もいつも通り、怒り以外の感情表現を答える。というより、これが本音だしな。汚された怒りよりも、むしろその後処理を考える面倒くささの方が勝っている。

 それに今の俺には、こんなクリーニングを出す事よりも遥かに面倒な事が待ち受けている。そんな状態でいちいち怒りにエネルギーを費やしている余裕など毛頭無いのだ。

「そう……結局あなたの本気の怒りを見る事は出来なかったってわけね。まあ当初は三年間での計画だったから、こんな短期間じゃ攻略は不可能よね。残念だわ」

 やっぱりかと言うように、天地は落胆の溜息を吐く。そりゃあ三年間で果たす事を、三週間足らずで達成するのは困難だろうさ。それにもしやり遂げたとしても、そこに達成感は無いだろうし、むしろその呆気なさに虚無感すらも感じるだろうしな。

「岡崎君、わたしの我がままに付き合ってくれてありがとうございました」

「なんだよ急にあらたまって……」

「おそらくだけど、わたしのせいであなたの高校デビューは最悪の形になったと思っているの。その迷惑に対する謝礼のつもりよ」

 コイツ、俺に迷惑をかけている自覚はあったのか……それが一番意外だったな。しかしなんだろう……ストレートに謝られたというのに、張り合いが無くなるというか、毒気を抜かれた様なこの気持ちは。

 らしくない事をされた時って、こんな複雑な気持ちになるんだな。

「岡崎君ももう山崎やまざき先生から聞いてると思うけど、わたし今日をもって引っ越す事になったの。しかも海外へ」

「あぁ、知ってる」

「今のところはニューヨークらしいけど、どうやら世界を転々とする事になりそうなの」

 それも知ってる。ただし、徳永からの情報でな。

「わたし英語しか喋れないから心配だわ」

「英語は万国共通語だから、それで十分だろ」

「それもそうね……英語すらも喋れない岡崎君が言うんだからきっとそうなんだわ」

「……それ暗に俺の事はあてにならんって言ってる様なもんだぞ?」

「あてになってないし、してもないもの」

「直球かよっ!」

 全力のど真ん中直球デッドボールの球に衝突した様な気分だ。だが、さっきの謝っている天地よりかはこっちの方が俺からするとらしく見えた。

 あっ、先に言っておくが俺はそういう言葉で責められて興奮するという趣向は持ち合わせていないので、そう言う意味で言ったわけでは無いという事は理解していただきたい。
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