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第1部 青春の始まり篇

エピローグ【1】

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 その後の事を、少しだけ話そうか。

 五月の第二週。登校している学生の誰もが、鬱々しさ全開の灰色の表情を浮かべる今日は、ゴールデンウィーク明け初日の登校日であった。

 今年の五月は春だというのに、夏日だと呼べる程に暑く、日差しの強い日が続いており、ただでさえ長袖長ズボンであるが故に蒸し暑い学ランなのだが、更に黒い色をしているため、強い日差しまでも吸収し、それ単体でサウナスーツだと言えるような代物と化していた。

 しかし、こんな状況でありながら、夏服への移行期間は来週からだという事は、既に職員会議にて決定されているらしく、頭が薄くてこの時期は涼しくて快適そうな校長を始め、学校職員共々に対して、俺は憎悪の念を抱いていた。

 唯一の助けといえば、この通学路が平坦であった事だ。もしこの通学路がハイキングコース並みの上り坂となっていたならば、多分、俺は転校するという選択肢も検討していたかもしれない。

 そんな優遇されている今の自分の境涯に感謝しつつ、それでもやっぱり暑いものは暑いと憂いつつ、若干情緒不安定になりながらも、俺は一歩二歩と足を踏み出していると、定例、というよりそれが慣習であるかのように、徳永とくながが俺の背中を軽くポンと叩いてきた。

「やあチハ」

「おはようございます、岡崎おかざき君」

 徳永の隣にはいつも通り、現世に現れたエンジェルこと、神坂こうさかさんの姿もあった。う~ん、今日も今日とてベリーキュートでございます。

「ところでチハ、ゴールデンウィークはどうだったんだい?」

「えっ?う~ん……家でゴロゴロ、はじめとゲームしてあとは……」

「いやいやそうじゃなくてさ、初日の事だよ。天地さんを追いかけたんでしょ?」

 徳永は朗らかに笑いながら、それでも好奇心剥きだしで俺に訊いてくる。どうせその事だろうとは予期していたが、やはり知ってやがったか。

 おそらく、神坂さんからせしめた情報だろう。神坂さんが俺に苦笑いを送っているから間違いない。まったく……情報屋というのは利用するには便利が良いが、いざ問い質される側になった時はタチが悪い。それが友人であると尚更な。

「まあそうだな、追いかけた」

「それでどうだったの?」

「どうって何がだ」

天地あまちさんだよ。引き留める事ができたの?」

 一度食いついたら離さない、まるですっぽんみたいな奴だな。すっぽんが雷が鳴るまで噛み付くのを離さないように、一部始終話さねば徳永も俺を解放してはくれまい。厄介な野郎だ。

「まあ一応な、だが本当に引き止められたかどうかは教室に行ってみなければ俺だって分からん。アイツと連絡をとったわけじゃないんだからな」

 実際、あの場を逃れるために放った口八丁とも限らないしな。でも……俺自身はあの言葉が本当のものだったと信じたい。

「ふうんそっか、でもまあ、そんなものだよね」

「何がだ」

「いや、フィクションだったらそういう時ってさ、愛の告白なんかして相手が何処かへ行ってしまうのを強引に引き止めようって感じの話になるじゃない?でも現実だとやっぱりそんな非現実的というか、ラブコメディ的な流れにはやっぱりならないんだなって思ってさ」

「……そんなもんさ現実なんて」

 俺は平然を装い、誤魔化すので精一杯だった。まさかそういう展開になって天地を引き止めたなんて、そんな事コイツに知られたりなんかしたら、今後俺はどんな顔をして生きて行けばいいか分からん。

 まあ……空港の入口であんな大胆な事をしておいて、今更何を言ってるんだかと、当時あの状況を見ていた人間が聞いてたら、思わず後ろ指を指されそうなもんだがな。

「あたしは岡崎君の気持ち、きっと天地さんに届いてると思うよ?だって、そこまで一人の人を追いかける事って簡単そうで意外と出来ない事だと思うし……」

 天に輝くお天道様と見まごうが如く、眩しい笑顔を俺に見せてくれる神坂さん。その言葉だけで勇気百倍でございます。

「ふふっ……でも天地さんに憧れちゃうな~……そういう人が居てくれて」

「やっぱりそういうのって憧れるもんなんですかね?」

「それはモチロン!……あれ?岡崎君ってそれを分かっててやってたんじゃないんですか?」

「いや、全然。この沙汰、そういう事に関しては知識どころか興味すら皆無だったので」

「へえ……」

 すると神坂さんは俺の顔を五秒ほど見つめると、くすりと笑った。

「天地さん、苦労する事になるかもしれないね?」

「えっ?」

 あまりにも意味深な台詞であったが、その真相を神坂さんは教えてくれる事も無く、俺達は校門を通過していた。
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