50 / 103
第2部 青春の続き篇
第4話 図書館の住人【2】
しおりを挟む
目の前が真っ暗であるのに、肩の方から何か感触がする。トントンと数回程、肩を叩かれるというよりかは、肩に手を置かれるような、そんな優しい感触が。
俺はその感触を機に、目を覚ます。
目の前には、先程まで意地でも解読してやろうとし、見事なまでに完敗、完膚なきまでに叩き潰された、大量の呪文が記されている天文学の専門書が、俺の手によって開かれたままになっている。
そこでようやく自覚する、俺は今まで眠っていたのだと。
俺のような、知が無く、活字から離別したような人間では到底読破など出来ようもない、その専門書を手放し、眠い目を擦る。
誰だ、俺の安眠を妨げたやつは……と、傲慢甚だしい、責任転嫁も大概であるような、そんな寝起きの俺が背後を振り返ると、その邪悪とも言える発想は一気に水泡の如く、割れて消え去った。
そこに立っていたのは、本を二冊左腕で抱え込み、俺の肩に手を伸ばしている私服姿の神坂さんだった。
白い半袖ブラウスに藍色のバミューダパンツ、白いくるぶしまでの靴下に薄水色のスニーカーを履いており、まさにこの夏に相応しい、清涼感溢れる、見ているこちらまで涼しくなるような、ある意味幸福になるような、そんな恰好をしていた。
「こ……こうさ……っ!」
「しーっ!岡崎君、ここは図書館だから静かにしなくちゃ!」
神坂さんは右手の人差し指を立てて、俺に注意を促す。
そうだった……寝ていたので一瞬忘れてしまっていたが、ここは図書館の中だった。
幸い、神坂が素早く俺を制止してくれた事によって、一瞬周りから目線を向けられ、注目されてしまったものの、すぐにそれらの視線は本の方へと向き直っていた。
危機一髪。
「はぁ……ありがとうございます神坂さん、危うく締め出しを食らうところでした」
「いえいえ、背後からいきなり触れられたらみんな声を出しちゃいますよ。わたしも正面から触れるべきでしたね」
神坂さんは太陽のような明るい微笑をする。
正直な事を言うと、正面からいきなり神坂さんの顔が現れた方が、俺はもっと大声を出してしまっていたかもしれない。
「岡崎君、隣座っていい?」
「あっ、どうぞどうぞ!」
そう言って、神坂さんは俺の隣の椅子に腰を下ろす。
そういえば、初めてだった、神坂さんとこうやって二人で居るというのは。いつも徳永がセットで着いて来ていたからな。
「岡崎君何を読んでいるの?何だかどの本も分厚いけど……」
俺の持ってきた、読めもしない七冊の厚手の本の束を見て、神坂さんは首を捻る。
「まあ……一応天文学の本を」
「へえ!岡崎君って星が好きなんだ。しかもそんな専門書を読んでいるなんて、かなりの通なんだね」
どうやら神坂さんは、俺が天文学について有識というか、博識である人物だと勘違いしているようだ。
確かに先程、俺はこれらの本をこの机の上に積んだ時、それらしく思ってくれる人がいるだろうなと、少しばかり期待で胸を躍らせてはいたのだが、まさか神坂さん、あなたがその一人目となるとは。
いや……この人は何でも信じようとするからな。むしろ、この人以外有り得ないといったところだったのか。
このまま勘違いさせておくというのも、ある種俺からすると得をするというか、神坂さんから博学だと思われるのも悪くないと思ったのだが、それ以上に今後、欺いているという罪の意識に苛まれそうな気がしたので、正直に事実を吐露する事にした。
「いや……その……実は星についての知識なんてからっきしで、それで調べようと思ったんだけど、どれを読めばいいのか分からなくて、選んでたらこんな分厚いのばかりを選んじゃったというか……まあそんな感じなんです」
非常に曖昧というか、俺自身が重点だと思っている部分を無理やりくっつけて、取っ付けたような、そんな弁解みたいな返答となってしまっていた。
無理に取り繕っていると言ってもいい……かっこ悪いなぁ、俺。
「へえ~……まあ本の選び方なんて、最初から熟知している人なんてそうそういないよ。むしろ本を選んだだけでも、岡崎君は良い方なんだよ。あの無数に本が並べられている棚を見て、そこで知識を得る事を諦めちゃう人だっているんだからね」
神坂さんのお言葉に、俺の心は洗われる。
そういえばここ数日、天地の罵倒、暴言を聞き慣れていたせいで感覚が麻痺していたのだが、こんなにも人から励まされる事とは心地の良いものだったのかと、俺の心は完全に浄化されつつあった。
いやもう本当に、天にも召されそうな勢いで。
「でもそうだね……確かに岡崎君が選んだ本は、初心者向けじゃないかも。よかったらあたしがオススメする本があるんだけど、岡崎君読んでみる?」
「神坂さんの……ええ、是非っ!」
神坂さんの紹介してくださる本ならば、例え洋書であろうとも一見せねばならんだろう。
勿論、洋書など読んだところで、英語力の無い俺が内容を理解する事など皆無であるが。
それから俺は一度、浅学な故に選んでしまった、無知なる者には理解不能な専門書の数々を本棚に戻すため、本を抱きかかえる。
しかしそんな分厚い本が七冊ともなると、なかなか持つことが出来ず、神坂さんに積み重ねるのを手伝ってもらい、ようやく俺の腕の中に納まった。
最初持って来た時に、何故自力だけで持てたのかが、正直未だに分からない。
その後、どうやら神坂さんはこの図書館のヘビーユーザーらしく、まるで我が庭のように本棚の列を歩いていき、俺はその背後を、まるで助手かお手伝いさんのように本を担ぎながら案内され、再び天文学の本の並ぶ棚まで戻って来たのだった。
俺はとりあえず腕に重くのしかかる本達を、その場の床に置き、額の汗を拭った。
重労働を終えた後のような、そんな何かを達成した満足感があったのだが、更にここから本を元の場所に戻すという、途方も無いような作業が待ち受けていたのである。
俺はその感触を機に、目を覚ます。
目の前には、先程まで意地でも解読してやろうとし、見事なまでに完敗、完膚なきまでに叩き潰された、大量の呪文が記されている天文学の専門書が、俺の手によって開かれたままになっている。
そこでようやく自覚する、俺は今まで眠っていたのだと。
俺のような、知が無く、活字から離別したような人間では到底読破など出来ようもない、その専門書を手放し、眠い目を擦る。
誰だ、俺の安眠を妨げたやつは……と、傲慢甚だしい、責任転嫁も大概であるような、そんな寝起きの俺が背後を振り返ると、その邪悪とも言える発想は一気に水泡の如く、割れて消え去った。
そこに立っていたのは、本を二冊左腕で抱え込み、俺の肩に手を伸ばしている私服姿の神坂さんだった。
白い半袖ブラウスに藍色のバミューダパンツ、白いくるぶしまでの靴下に薄水色のスニーカーを履いており、まさにこの夏に相応しい、清涼感溢れる、見ているこちらまで涼しくなるような、ある意味幸福になるような、そんな恰好をしていた。
「こ……こうさ……っ!」
「しーっ!岡崎君、ここは図書館だから静かにしなくちゃ!」
神坂さんは右手の人差し指を立てて、俺に注意を促す。
そうだった……寝ていたので一瞬忘れてしまっていたが、ここは図書館の中だった。
幸い、神坂が素早く俺を制止してくれた事によって、一瞬周りから目線を向けられ、注目されてしまったものの、すぐにそれらの視線は本の方へと向き直っていた。
危機一髪。
「はぁ……ありがとうございます神坂さん、危うく締め出しを食らうところでした」
「いえいえ、背後からいきなり触れられたらみんな声を出しちゃいますよ。わたしも正面から触れるべきでしたね」
神坂さんは太陽のような明るい微笑をする。
正直な事を言うと、正面からいきなり神坂さんの顔が現れた方が、俺はもっと大声を出してしまっていたかもしれない。
「岡崎君、隣座っていい?」
「あっ、どうぞどうぞ!」
そう言って、神坂さんは俺の隣の椅子に腰を下ろす。
そういえば、初めてだった、神坂さんとこうやって二人で居るというのは。いつも徳永がセットで着いて来ていたからな。
「岡崎君何を読んでいるの?何だかどの本も分厚いけど……」
俺の持ってきた、読めもしない七冊の厚手の本の束を見て、神坂さんは首を捻る。
「まあ……一応天文学の本を」
「へえ!岡崎君って星が好きなんだ。しかもそんな専門書を読んでいるなんて、かなりの通なんだね」
どうやら神坂さんは、俺が天文学について有識というか、博識である人物だと勘違いしているようだ。
確かに先程、俺はこれらの本をこの机の上に積んだ時、それらしく思ってくれる人がいるだろうなと、少しばかり期待で胸を躍らせてはいたのだが、まさか神坂さん、あなたがその一人目となるとは。
いや……この人は何でも信じようとするからな。むしろ、この人以外有り得ないといったところだったのか。
このまま勘違いさせておくというのも、ある種俺からすると得をするというか、神坂さんから博学だと思われるのも悪くないと思ったのだが、それ以上に今後、欺いているという罪の意識に苛まれそうな気がしたので、正直に事実を吐露する事にした。
「いや……その……実は星についての知識なんてからっきしで、それで調べようと思ったんだけど、どれを読めばいいのか分からなくて、選んでたらこんな分厚いのばかりを選んじゃったというか……まあそんな感じなんです」
非常に曖昧というか、俺自身が重点だと思っている部分を無理やりくっつけて、取っ付けたような、そんな弁解みたいな返答となってしまっていた。
無理に取り繕っていると言ってもいい……かっこ悪いなぁ、俺。
「へえ~……まあ本の選び方なんて、最初から熟知している人なんてそうそういないよ。むしろ本を選んだだけでも、岡崎君は良い方なんだよ。あの無数に本が並べられている棚を見て、そこで知識を得る事を諦めちゃう人だっているんだからね」
神坂さんのお言葉に、俺の心は洗われる。
そういえばここ数日、天地の罵倒、暴言を聞き慣れていたせいで感覚が麻痺していたのだが、こんなにも人から励まされる事とは心地の良いものだったのかと、俺の心は完全に浄化されつつあった。
いやもう本当に、天にも召されそうな勢いで。
「でもそうだね……確かに岡崎君が選んだ本は、初心者向けじゃないかも。よかったらあたしがオススメする本があるんだけど、岡崎君読んでみる?」
「神坂さんの……ええ、是非っ!」
神坂さんの紹介してくださる本ならば、例え洋書であろうとも一見せねばならんだろう。
勿論、洋書など読んだところで、英語力の無い俺が内容を理解する事など皆無であるが。
それから俺は一度、浅学な故に選んでしまった、無知なる者には理解不能な専門書の数々を本棚に戻すため、本を抱きかかえる。
しかしそんな分厚い本が七冊ともなると、なかなか持つことが出来ず、神坂さんに積み重ねるのを手伝ってもらい、ようやく俺の腕の中に納まった。
最初持って来た時に、何故自力だけで持てたのかが、正直未だに分からない。
その後、どうやら神坂さんはこの図書館のヘビーユーザーらしく、まるで我が庭のように本棚の列を歩いていき、俺はその背後を、まるで助手かお手伝いさんのように本を担ぎながら案内され、再び天文学の本の並ぶ棚まで戻って来たのだった。
俺はとりあえず腕に重くのしかかる本達を、その場の床に置き、額の汗を拭った。
重労働を終えた後のような、そんな何かを達成した満足感があったのだが、更にここから本を元の場所に戻すという、途方も無いような作業が待ち受けていたのである。
0
あなたにおすすめの小説
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する
藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。
彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。
そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。
フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。
だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。
柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。
三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜
香月みまり
恋愛
20も離れたおっさん侯爵との結婚が嫌で家出したリリ〜シャ・ルーセンスは、新たな希望を胸に新世界を目指す。
新世界でパン屋さんを開く!!
それなのに乗り込んだ船が海賊の襲撃にあって、ピンチです。
このままじゃぁ船が港に戻ってしまう!
そうだ!麦の袋に隠れよう。
そうして麦にまみれて知ってしまった海賊の頭の衝撃的な真実。
さよなら私の新大陸、パン屋さんライフ〜
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる