ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第2部 青春の続き篇

 第4話 図書館の住人【2】

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 目の前が真っ暗であるのに、肩の方から何か感触がする。トントンと数回程、肩を叩かれるというよりかは、肩に手を置かれるような、そんな優しい感触が。

 俺はその感触を機に、目を覚ます。

 目の前には、先程まで意地でも解読してやろうとし、見事なまでに完敗、完膚なきまでに叩き潰された、大量の呪文が記されている天文学の専門書が、俺の手によって開かれたままになっている。

 そこでようやく自覚する、俺は今まで眠っていたのだと。

 俺のような、知が無く、活字から離別したような人間では到底読破など出来ようもない、その専門書を手放し、眠い目を擦る。

 誰だ、俺の安眠を妨げたやつは……と、傲慢甚だしい、責任転嫁も大概であるような、そんな寝起きの俺が背後を振り返ると、その邪悪とも言える発想は一気に水泡の如く、割れて消え去った。

 そこに立っていたのは、本を二冊左腕で抱え込み、俺の肩に手を伸ばしている私服姿の神坂さんだった。

 白い半袖ブラウスに藍色のバミューダパンツ、白いくるぶしまでの靴下に薄水色のスニーカーを履いており、まさにこの夏に相応しい、清涼感溢れる、見ているこちらまで涼しくなるような、ある意味幸福になるような、そんな恰好をしていた。

「こ……こうさ……っ!」

「しーっ!岡崎君、ここは図書館だから静かにしなくちゃ!」

 神坂さんは右手の人差し指を立てて、俺に注意を促す。

 そうだった……寝ていたので一瞬忘れてしまっていたが、ここは図書館の中だった。

 幸い、神坂が素早く俺を制止してくれた事によって、一瞬周りから目線を向けられ、注目されてしまったものの、すぐにそれらの視線は本の方へと向き直っていた。

 危機一髪。

「はぁ……ありがとうございます神坂さん、危うく締め出しを食らうところでした」

「いえいえ、背後からいきなり触れられたらみんな声を出しちゃいますよ。わたしも正面から触れるべきでしたね」

 神坂さんは太陽のような明るい微笑をする。

 正直な事を言うと、正面からいきなり神坂さんの顔が現れた方が、俺はもっと大声を出してしまっていたかもしれない。

「岡崎君、隣座っていい?」

「あっ、どうぞどうぞ!」

 そう言って、神坂さんは俺の隣の椅子に腰を下ろす。

 そういえば、初めてだった、神坂さんとこうやって二人で居るというのは。いつも徳永がセットで着いて来ていたからな。

「岡崎君何を読んでいるの?何だかどの本も分厚いけど……」

 俺の持ってきた、読めもしない七冊の厚手の本の束を見て、神坂さんは首を捻る。

「まあ……一応天文学の本を」

「へえ!岡崎君って星が好きなんだ。しかもそんな専門書を読んでいるなんて、かなりの通なんだね」

 どうやら神坂さんは、俺が天文学について有識というか、博識である人物だと勘違いしているようだ。

 確かに先程、俺はこれらの本をこの机の上に積んだ時、それらしく思ってくれる人がいるだろうなと、少しばかり期待で胸を躍らせてはいたのだが、まさか神坂さん、あなたがその一人目となるとは。

 いや……この人は何でも信じようとするからな。むしろ、この人以外有り得ないといったところだったのか。

 このまま勘違いさせておくというのも、ある種俺からすると得をするというか、神坂さんから博学だと思われるのも悪くないと思ったのだが、それ以上に今後、欺いているという罪の意識に苛まれそうな気がしたので、正直に事実を吐露する事にした。

「いや……その……実は星についての知識なんてからっきしで、それで調べようと思ったんだけど、どれを読めばいいのか分からなくて、選んでたらこんな分厚いのばかりを選んじゃったというか……まあそんな感じなんです」

 非常に曖昧というか、俺自身が重点だと思っている部分を無理やりくっつけて、取っ付けたような、そんな弁解みたいな返答となってしまっていた。

 無理に取り繕っていると言ってもいい……かっこ悪いなぁ、俺。

「へえ~……まあ本の選び方なんて、最初から熟知している人なんてそうそういないよ。むしろ本を選んだだけでも、岡崎君は良い方なんだよ。あの無数に本が並べられている棚を見て、そこで知識を得る事を諦めちゃう人だっているんだからね」

 神坂さんのお言葉に、俺の心は洗われる。

 そういえばここ数日、天地の罵倒、暴言を聞き慣れていたせいで感覚が麻痺していたのだが、こんなにも人から励まされる事とは心地の良いものだったのかと、俺の心は完全に浄化されつつあった。

 いやもう本当に、天にも召されそうな勢いで。

「でもそうだね……確かに岡崎君が選んだ本は、初心者向けじゃないかも。よかったらあたしがオススメする本があるんだけど、岡崎君読んでみる?」

「神坂さんの……ええ、是非っ!」

 神坂さんの紹介してくださる本ならば、例え洋書であろうとも一見せねばならんだろう。

 勿論、洋書など読んだところで、英語力の無い俺が内容を理解する事など皆無であるが。

 それから俺は一度、浅学な故に選んでしまった、無知なる者には理解不能な専門書の数々を本棚に戻すため、本を抱きかかえる。

 しかしそんな分厚い本が七冊ともなると、なかなか持つことが出来ず、神坂さんに積み重ねるのを手伝ってもらい、ようやく俺の腕の中に納まった。

 最初持って来た時に、何故自力だけで持てたのかが、正直未だに分からない。

 その後、どうやら神坂さんはこの図書館のヘビーユーザーらしく、まるで我が庭のように本棚の列を歩いていき、俺はその背後を、まるで助手かお手伝いさんのように本を担ぎながら案内され、再び天文学の本の並ぶ棚まで戻って来たのだった。

 俺はとりあえず腕に重くのしかかる本達を、その場の床に置き、額の汗を拭った。

 重労働を終えた後のような、そんな何かを達成した満足感があったのだが、更にここから本を元の場所に戻すという、途方も無いような作業が待ち受けていたのである。
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