ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第2部 青春の続き篇

 第4話 図書館の住人【3】

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「神坂さん……俺、本が何処にあったとか憶えてないんですけど……」

 確かに不自然に本と本の合間に隙間がある所がいくつかあったが、しかし俺が持ち出した本がそこにあったとも限らないし、かと言って、こういうものって適当に並べてしまっては、図書館側に迷惑が掛かるのではないかという危惧から、ビギナーの俺としては、本の元あった場所の記憶を呼び起こすというだけでも、途方に暮れそうなものだった。

 しかし、エキスパートは違った。

「岡崎君、別に本があった場所なんて思い出さなくてもいいんだよ。本の背表紙を見てみて」

 俺は神坂さんに言われるがまま、背表紙を見る。そこには本のタイトルと……下に数字と片仮名が記されたシールのような物が貼られていた。

「背表紙の下にあるシールが背ラベルっていって、その本のあった位置を示してるんだ。ちなみに上の数字が分類番号、下の片仮名が図書記号っていうんだよ?」

「へえ……」

 こんなラベルがある事すら知らなかった俺なのだが、しかし、このラベルを見たところで俺にはチンプンカンプン、まるで暗号のようにしか見えなかった。

「それで背ラベルの読み方なんだけど、分類番号は全部440ってなってると思うけど、これは日本十進分類法で天文学を表している数字だから、今はもうそのコーナーに居るから気にしなくていいかな。次に図書番号なんだけど、これは作者さんの頭文字をとっているの」

「作者の頭文字?」

「そう、例えば山田さんだったら『ヤ』っていう風にね。山田さんの他にも山中さんってあったら、山田さんには『ヤマダ』山中さんには『ヤマナカ』っていう風に記されているの」

「なるほど!つまり作者の名前を探せば、本の場所が分かるって事ですね!」

「そう、その通り!」

 神坂さんの説明は目から鱗が落ちる。俺のようなド素人でも理解出来る、そんな丁寧で分かりやすい説明だった。

 本当に心の底から、この図書館で神坂さんに巡り合えた嬉しさ、喜びを、俺は今噛み締めつつ、七冊の肉厚な本達を書架へ戻していく。

 神坂さんもその作業を手伝ってくれたおかげで、俺一人だったらおそらく一時間くらい掛かっていたであろう返本作業が、ものの五分程で全てを終える事が出来た。

 本当に、神様、仏様、神坂様である。感謝してもしきれないほどの恩義であった。

「ありがとうございます神坂さん……神坂さんが居なかったら多分俺、今頃呆然と本棚の前で突っ立って、路頭に迷っているとこでしたよ」

 俺は神坂さんに礼を言い、頭を軽く下げる。

「いえいえそんな。それに最悪、司書さんに頼めば本は引き取ってもらえましたし、むしろ遠回りをさせちゃったみたいであたしこそごめんなさい」

 対する神坂さんは、俺よりも深く礼をし、更に謝罪までしてくる。

「ちょっ!謝らないでくださいっ!神坂さんは何も悪くないんですから!」

「いえいえ!あたしがもうちょっと融通が利いていれば……」

 そして、いざこざと、俺と神坂さんの謝罪合戦が繰り広げられ、結局俺が図書館の地べたに頭をくっつけたところで、ひとまず事態を収集する事が出来たのだった。

 フッ……神坂さんの前でならこの程度の軽い頭、何度だって土に着ける事など容易い事さ!

 …………あれ?俺ってそういう、すぐ土下座して事を収めようとするような、そんな惨めなキャラだったっけ?

 兎にも角にも、神坂さんの威厳が保たれたところで、本題へと戻る。

「じゃあ岡崎君、ここにはあたしのおすすめの本は無いから移動しよっか」

「えっ!?天文学の本じゃないんですか?」

「う~ん……広いニュアンスで言うと天文学の本でいいんだけど、でもここには置いてないんだ」

「はあ……」

 天文学の本なのに、天文学の棚には無いとはこれいかに。

 神坂さんに着いて来てと言われ、俺は再び神坂さんの背後を追って行く。

 しかしこうして背中から見ると、本当にこの人背が小さいな。最近の小学生にはやたらと背が高い子がいたりするのだが、そんな小学生よりも小さいので、並んで歩いていたりなんかしたら、小学生の妹と歩いているんじゃないかと勘違いされそうだ。

 もっとも、最近小生意気になってきた弟よりかは、純粋無垢な神坂さんのような妹が欲しかったと、落胆してしまいそうだが。

 そんなこんな、無益な想像を頭の中で膨らませていると、神坂さんの足が止まった。目的地に着いたのだろうか?

「岡崎君ここ、ここにあたしのおすすめの本があるんだ!」

 確かに、確かに俺は神坂さんを小学生の妹だったらな、なんて、あらぬ妄想をしてしまったのは事実だ。

 確かに、俺は図書館に関しても、ましてや本に関してもビギナーであり、無知である事も事実だ。

 しかし、よりにもよってここに連れて来られるとは。これはさすがに想定外というか、面を食らわずにはいられなかった。

 コーナーの名前がプラスチックの表示板に示されている。そこに記されていたのは、児童書コーナーの文字。

 高校生である俺は、神坂さんに平然と、なんの断りも入れられず、児童書の陳列されている書架へと案内されたのである。

「神坂さん……ここって児童書のコーナーですよね?」

「うん、そうだけど?」

 何食わぬ顔で、平然に、当然に神坂さんは答える。いや、むしろ俺が怪訝そうにしているのを不思議に思ったのだろう、彼女は首を傾げていた。

 天地のように、悪意全開で俺の浅学さをあざけおとしめるような、そんな邪悪なものは一切無く、純粋に、ただ本を紹介する為に彼女はここに俺を連れて来たのであろう。

 しかし子供達が本棚の周りでたむろしている中に、高校生二人が入って、しかも児童書を手に取るというのは、少し心が引けた。

「あの……俺にオススメの本っていうのは?」

「えっとね……確か百科が並んでいるところにあったと思うんだよね」

 神坂さんはそんな躊躇している俺とは異なり、子供達が本をあれやこれやチラ見しては戻しを繰り返している中を、堂々と、先陣を切って入っていく。

 しかしなんというか、そんな子供の中に混じっても違和感が無いというか、むしろ、ここにいる子供達の保母さんといった感じすらしてくるほど、その光景にマッチしている神坂さん。

 体全体から優しさのオーラが出てるんだよなぁ……。

 児童書の並ぶコーナーに連れて来られただけで二の足を踏むような俺が、どれだけ醜く、薄汚れているのかが分かってしまう程に。

「あっ!あったあった岡崎君、これこれ!」

 満面の笑みを浮かべて神坂さんが持ってきたのは、俺が先程この手で抱えていた専門書よりも分厚い一冊の本だった。

 表紙には『子供図鑑、星座』とある。

「子供図鑑ですか」

「あっもしかして岡崎君、児童書だからって馬鹿にしてるんでしょ?」

「いや……馬鹿にはしてませんけど、なんていうか、子供の読み物だって勝手に割り切っちゃって、俺的にはその……読むのははばかられるっていうか」

「ふうん……ようは自分は大人だから、子供の本は読むのはオカシイっていう事だね?」

 いつもの感じとは打って変わり、的のど真ん中を正確に、確実に的中させてくる発言。

 これはもしや、禁忌というものに触れてしまったか。

「じゃあ岡崎君は、お子様ランチを食べている大人がいたら、それはオカシイって指摘出来る?」

「えっ……いや、指摘までは出来ないかなぁ……人の好みだし」

「うんうん、それと同じだよ。児童書を大人が読んだって、それは誰からも咎められないし、むしろそんな口出しをしてくる方がおかしいんだから、そういう事は気にしちゃいけないんだよ?」

 怒るというよりかは、諭すという方が正しいのだろう。

 神坂さんは直接俺を否定してくるような文言もんごんは使わず、遠回りをしながらも『気づかせる』というよりかは『気づいてもらう』というスタンスで俺に説教をする。

 だからなのだろうか、歯向かいたくなるような、逆上するような感情は現れず、一方的に怒られているよりかは遥かに心にくるものが、俺にはあった。

 なので俺は。

「ごめんなさい……」

 捻くれもせず、建前でもなく、心の底から、素直に謝った。

 本当に申し訳ない気持ちになったから。

「ふふっ……分かって貰えて良かった。それに、この図鑑系の児童書はあくまでも『子供でも解釈が出来るように』というスタンスで作られているから、むしろあたし達には読みやすく、楽に知識を得る事が出来る本でもあるんだよ?それに、子供向けだから文字よりも写真が多いっていうのも魅力的かなぁ」

「なるほど!それだったら、俺みたいに活字が苦手な人間にはうってつけかもしれないですね!!」

「そうだね。それに、星について今から学ぼうとしている人が、文字だけを読んでその天体を連想するなんて不可能だからね。こうやって図や写真が載っている図鑑は、入門としては最適なんだよ」

 つまり俺は、レベル一の状態で専門書というステージボスに、知識という装備無しの素っ裸状態で挑もうとしていたというわけか。

 我が事ではあるが、なんと無謀な……せめてこん棒と旅人の服くらい装備してから冒険に出ろよ。最初に王様から貰えるはずだろ?
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