ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第2部 青春の続き篇

 第4話 図書館の住人【4】

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 目的の本を手にした俺と神坂さんは、児童書の本棚が並ぶ場所を出て、先程座っていた読書スペースまで戻って来た。

 神坂さんは俺の隣で、二冊持っていた本の内の一冊を読んでいた。表紙から見るに小説か何かだろうか?

 一方の俺は、神坂さんに勧められた星座の図鑑を読んでいた。

 しかし本当に、俺は児童書を見くびっていたようだ。まさかこれだけ星座について事細かく、理解し易く纏められているとは……なんというか自分が恥ずかしい。

 児童書の事を知らなかったとはいえ、無知だから許されるわけじゃない。無知というのは時に、それだけで罪になるのだから。

 それこそ、あのまま読めもしない専門書にこだわり、ロクな知識も得れず七月七日を迎えていたならば、きっと俺は天地によって罰せられていたであろう。制裁内容など、考えるだけでも恐ろしい。

 そう考えると、この本に行き合わせてくれた神坂さんは命の恩人かもしれない。ありがたや、ありがたや。

 しかし、この本に行き合わせてもらった故に、そういえばと思う部分が一つあった。
 
「……神坂さん、何でこの本知ってたんですか?」

「えっ?というと?」

「いや……俺達くらいの年齢になると、そもそも児童書に目をつけるのって稀じゃないですか?だから何で知ってたのかなっていう素朴な疑問です」

「ああ……えっと、そうだね……」

 すると神坂さんは読んでいた本に栞を挟み、一旦閉じる。

 思い付きで訊いただけであったが、まさかあまり良い話題ではなかったか?以前にもこんな事があったので、不安が掻き立てられる。

「その図鑑シリーズは幼少の頃よく読んでて……あたしこの図書館に小さい頃から来てるんです。だから知っていたというのもあるんですけど、なんせあたし、休刊日以外はほぼこの図書館に居ますからね。多分、一年のほとんどはここに来ています」

「い……一年のほとんどですか……」

 常に通っているとか、ヘビーユーザーとか、エキスパートとかとは次元が違った。
 
 もうそれは、住人と言ってもいいのではないだろうか。

 図書館の住人。

「そんなに本が好きなんですか?でもそれだったら買えばいいんじゃ?」

「本は好きだけど、そうじゃなくて図書館が好きなの。図書館に居る時が一番楽というか、一番素で居られるんだ」

「素……ですか」

 なんだろう、その発言には少し疑問を持った。

 普通、最も人が素で居られる場所というと自宅であると思うのだが、彼女は図書館だと答えた。

 私的な場よりも、公の場。

 それはつまり、家に居たくない何かしらの事情があるとか……いやいや……価値観は誰にでも相違があるものだし、そういう事では無いかもしれないので、そこまで折り入った事情を訊くのはデリカシーが無い奴だと思われ兼ねない。

 今の世の中あんまり人の込み入ったところまで突き詰めて訊くもんじゃない。もっとも、天地のように相手から話してきたのならまだしも、一方的に決めつけて、それを相手に投げつけるというのはどうかと思う。

 押しつけがましいというか、世話焼きっていうのは今の世の中、あまり好まれない傾向があったりするからな。

 個人の事は、個人で解決する。そういう世の中。

 実に捻くれた考え方だな。

「じゃあそれだけ来てるって事は、もしかしてこの図書館の本を全て網羅しているとか?」

「網羅はまだ出来てないかな。どちらかと言えばおおよそくらいかも。でも一ヶ月に一回くらい新書が入ったりしてるから、正直網羅は一生かかっても無理かもしれないしね。しかもただでさえも量が多いし」

「確かに」

 正直俺なら、一つの本棚を制覇するのにも一生かかってしまいそうだが、しかしおそらく、神坂さんはここに在る本棚の幾つかをもう既に打破しているのかもしれない。

 もしかしたらここで働いている司書よりも、ここについては詳しいのかもしれない。

 底知れぬ本好き……いや、図書館好きか。圧巻だな。

「もしかして司書を目指しているとかは?」

「あぁ……でもこうして図書館で本を読むのはいいかもしれませんが、本を管理するとなるとどうなんだろう……」

「まあ、使う側から使われる側になっちゃうって事ですからね」

「うん。それにあたし人見知りだし……まともに案内なんて出来る気がしないんだよね」

 確かに、神坂さんは人見知りっぽいよな。

 俺と最初に会った時もそうだったし、天地の時も、あの時は天地を恐れていたというのもあるけれど、それでも多分、元々から初めて会った人への警戒心は強い方なのだろうというのは分かる。

 図書館は公の場であり、多くの人が利用する場所でもある。それこそ老若男女、もしかしたら海外の人も利用するかもしれない。そんな中でやはり、多少のコミュニケーション能力は必要になってくるのだろう。

 その点において、自分には自信が無い。

 だから、難しい、無理、諦めるという選択肢になる。

「まあでも、そういうのって働いている内に慣れるというか、身につくもんなんじゃないですかね?」

「えっ……」

 俺の返しに、まるで鳩が豆鉄砲を食ったように、目をぱちくりとさせる神坂さん。

 そんなに驚く事だったのだろうか?

「いやほら、それまで苦手意識があって敬遠していた事でも、働き始めてやってみるとそうでも無かったって話があるじゃないですか?だから案外、考え過ぎてるってだけなのかもしれませんよ?」

「…………」

 神坂さんは顔を伏せて、少しだけ考えているようだった。

 正直自分で言ってて、お前がそれを言うのかって感じだったが、いいんだよ、こういうのは言ったもん勝ちなところがあるし。

「確かに岡崎君の言う通りかもしれないね。あたし、頭でっかちだってよく言われるから、物事を進んでやるって事が無いし、周りに流されるタイプだし……でもそれ自体、あたしが頭で思い込んでいるだけなのかもしれないしね」

「でも以前、天地と仲良くなってみたいって言った時があったじゃないですか。あれは結構積極的だと思ったんですが」

「あれは徳永君が先に言ったから、それに乗っただけっていうのもあるんだよね……でも天地さんと話してみたいっていうのは本心だったけど」

「そう思うだけでも、積極的になりたいって思うだけでも俺は良いと思いますよ。本当に消極的なのは、相手の意見にも乗らず、スルーしたり、興味を持たない事ですからね」

「そっか……うん……ありがとう岡崎君」

 曇リ空から太陽が顔を出したように、神坂さんは明るく、眩しく笑って見せてくれた。

 しかし何だろうか……今まではそれに気づかなかったのだが、何故神坂さんはこんな笑顔が出来るのだろうか……。

 普通の人からは、こんな幸せそうな、幸福な笑顔なんて滅多にお目にかかる事は出来ない。しかし彼女は、ちょっとした幸福にもここまで明るい笑顔を見せてくれる。

 まるで常日頃、幸せに飢えていて、不幸にあっていて、その反動でちょっとした幸せにも過剰な反応を見せてしまうかのような、そんな気さえしてくる。

 もしかしたら、先程言っていた『図書館に居る時は素で居られる』……その言葉にも、何か繋がりがあるのだろうか?

 まあ……全ては俺の想像の中の話だ。何の根拠もない、ただの推察。

 もし無数に本が置かれているこの図書館に、その答えが記されている本があるのだとするならば、是非読んでみたいものである。

 神坂さんが唯一心を許しているという、この図書館の中で。
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