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第2部 青春の続き篇
第4話 図書館の住人【6】
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「あっごめんね!偉そうな事言っちゃって!!」
「いえいえ、むしろ助けられましたその言葉に。俺は、俺であっていいんだなって」
「ふふっ……あたしも自分の事があんまり好きじゃない方の人だからね。それに、思っている事をハッキリと表現出来る人が、あたしみたいに常に何かの目を気にして、取り繕って生きてる人にはなって欲しくない……」
「えっ……それって……」
その時、俺は神坂さんの表面ではなく、心の中を、本音を垣間見たのかもしれない。
純白に覆われた中に潜む、霞がかった灰色のもの。天使の中に隠された、人のようなものを。
しかし俺にはそれを訊きだす事は出来なかった。時間という概念が、俺を阻んだからだ。
「あっ!もうこんな時間!帰らないと本当にマズいかもっ!!!」
神坂さんの腕時計を見てみると、時間は十七時半を過ぎていた。神坂さんの門限は十八時。時間としては絶妙にギリギリの時間を迎えていたのだ。
「それじゃあ岡崎君、今日は本当にいっぱい色々話してくれてありがとう!あたし、久々にこんなに人と話したよ……じゃあまた学校でねっ!」
「えっええ、また学校でっ!」
俺がそう言うと、神坂さんは俺の隣を離れて駆けだした……かと思いきや。
「あっ、それと最後に一ついいかな?」
すとっと立ち止まり、くるりと俺の方に踵を返す神坂さん。
「えっ……なんでしょう?」
「その敬語、今度から禁止ね。ちょっと前から思ってたんだけど岡崎君、あたしにだけ敬語使うけど、それってなんか嫌だったんだよね」
「えっ……あっ……」
そう言われれば、そうなのだ。俺は何故か神坂さんと話す時だけ敬語を使っていた。
でもそれはわざとそうしているのではなく、所謂、タイミングを失ったようなもので、最初に神坂さんと会った時に敬語を使ってから、それをどこで常語、つまりは俗にいうタメ口に切り替えればいいのか、俺自身その機会は窺っていたものの、いざやろうとすると躊躇ってしまい、結局今の今までずっと敬語を使ってきたのだった。
「嫌だったんです……じゃなくて、嫌だったんだ……」
「うんうん、だってあたしと岡崎君もう友達だし、同い年なのに、なんで敬語使うのかなぁ~って思ってたんだよね。あたしも最初は敬語だったけど、しれっとタメ口になってたでしょ?」
「あっ、そういえば……」
確かにそうだった。今日一日にしても、神坂さんはずっと俺にタメ口で話しかけていた。
つまり俺だけがその機会を見失い、取り残されていた。空気が読めていなかった。
もう少し徳永のああいうところ見習わないとな……ただ、ああはなりたくないけれど。
「じゃあ岡崎君、今度こそまた学校でね!」
「ああ、また学校で!」
にっこりと笑い、右手を振ると、神坂さんはまた踵を返して駆けて行った。
今日の一日で、神坂さんとの距離が多少埋まったようなそんな気がしたが、埋まった分、彼女の別の面もまた見えてきたような気がした。
彼女を天使のように扱っていた俺だったが、やっぱり彼女は人間だ。俺に人間としての不和があるように、神坂さんにも同様、不和はあったのだ。
しかし、その正体までを知る事は今の俺には出来なかった。得れたものといえば、そのヒントだけ。
図書館が唯一素で居られる場所、つまりそれは、彼女はここを心の在り処にしているということ。
私的な場ではなく、あくまで公的な場を。
そしてもう一つが、自分の事があまり好きでは無い事、そして、常に何かの目を気にして、取り繕って生きてるという事。
単なる人見知りだからという解釈も出来なくはないが、その点においては既に俺も、徳永だって知りうるところ。周知の事実だった。
しかしそうではない、神坂さんは『人の目』ではなく『何かの目』と表現した。それは即ち、人という漠然としたものではなく、『何か特定のもの』の目を気にしているという解釈にも取れないだろうか?
もっとも、俺の思い込みだという結論を出す事も出来たのだが、それはそれで、現時点では早急、早とちりな気もした。
とりあえず……この問題も保留するしかないのかもしれない。
「あー……そういえば……」
保留で思い出した。そういえばこの前、もうちょっと詳しく言うなら六月の下旬。
天地と早良とでやったロシアンゲームをやったあの日、俺は天地に、出会い頭に言われた実験やら論文やら言っていたあれは、ほとんど口から出まかせであり、でもあの言葉の中に『本音を誤魔化した部分』があるみたいな事を言われたのだった。
それを思い出そうとしてはみたもの、あの時も、そして今もまだ思い出せていないままだった。
天地本人は思い出さなくていいと言っていたが、俺としてはまだ、これも保留にしていた問題の一つだった。
確かに俺は、夏休みの課題を八月三十一日まで残留させてしまうような男だが、まさかこういった課題までも山積みにしてしまう男だったとは。
自分がいかに甲斐性なしなのかが分かってしまう。情けないなぁ~俺。
おっと……先程神坂さんに言われたばかりなのだった。自己嫌悪はよくないと。
でもなぁ……こればかりは自己嫌悪したくなくても、してしまうというか、自分を逸らせる意味でもやっておかないといけないような気がする。
俺は空になった水のペットボトルを片手に、図書館を一人見つめる。大きなこの箱物の中に、天地との記憶を記した本なんて……存在するわけがないし、してもらっては困る。なによりもそんなの、恥晒し以上のなんでもない。
仕方ない、この問題については本の代わりに、自分の記憶を引っ張り出さねばなるまい。
色んな問題が目まぐるしく散在しているが、とりあえず七月七日、七夕の日までに、俺は自分の記憶を辿っておく必要があるのだろうな。
あーあ、こんな事になるんだったら記憶にも背ラベルを着けておけば良かったと、出来もしない事を思いつつ、俺は駐輪場へと足を進めたのだった。
「いえいえ、むしろ助けられましたその言葉に。俺は、俺であっていいんだなって」
「ふふっ……あたしも自分の事があんまり好きじゃない方の人だからね。それに、思っている事をハッキリと表現出来る人が、あたしみたいに常に何かの目を気にして、取り繕って生きてる人にはなって欲しくない……」
「えっ……それって……」
その時、俺は神坂さんの表面ではなく、心の中を、本音を垣間見たのかもしれない。
純白に覆われた中に潜む、霞がかった灰色のもの。天使の中に隠された、人のようなものを。
しかし俺にはそれを訊きだす事は出来なかった。時間という概念が、俺を阻んだからだ。
「あっ!もうこんな時間!帰らないと本当にマズいかもっ!!!」
神坂さんの腕時計を見てみると、時間は十七時半を過ぎていた。神坂さんの門限は十八時。時間としては絶妙にギリギリの時間を迎えていたのだ。
「それじゃあ岡崎君、今日は本当にいっぱい色々話してくれてありがとう!あたし、久々にこんなに人と話したよ……じゃあまた学校でねっ!」
「えっええ、また学校でっ!」
俺がそう言うと、神坂さんは俺の隣を離れて駆けだした……かと思いきや。
「あっ、それと最後に一ついいかな?」
すとっと立ち止まり、くるりと俺の方に踵を返す神坂さん。
「えっ……なんでしょう?」
「その敬語、今度から禁止ね。ちょっと前から思ってたんだけど岡崎君、あたしにだけ敬語使うけど、それってなんか嫌だったんだよね」
「えっ……あっ……」
そう言われれば、そうなのだ。俺は何故か神坂さんと話す時だけ敬語を使っていた。
でもそれはわざとそうしているのではなく、所謂、タイミングを失ったようなもので、最初に神坂さんと会った時に敬語を使ってから、それをどこで常語、つまりは俗にいうタメ口に切り替えればいいのか、俺自身その機会は窺っていたものの、いざやろうとすると躊躇ってしまい、結局今の今までずっと敬語を使ってきたのだった。
「嫌だったんです……じゃなくて、嫌だったんだ……」
「うんうん、だってあたしと岡崎君もう友達だし、同い年なのに、なんで敬語使うのかなぁ~って思ってたんだよね。あたしも最初は敬語だったけど、しれっとタメ口になってたでしょ?」
「あっ、そういえば……」
確かにそうだった。今日一日にしても、神坂さんはずっと俺にタメ口で話しかけていた。
つまり俺だけがその機会を見失い、取り残されていた。空気が読めていなかった。
もう少し徳永のああいうところ見習わないとな……ただ、ああはなりたくないけれど。
「じゃあ岡崎君、今度こそまた学校でね!」
「ああ、また学校で!」
にっこりと笑い、右手を振ると、神坂さんはまた踵を返して駆けて行った。
今日の一日で、神坂さんとの距離が多少埋まったようなそんな気がしたが、埋まった分、彼女の別の面もまた見えてきたような気がした。
彼女を天使のように扱っていた俺だったが、やっぱり彼女は人間だ。俺に人間としての不和があるように、神坂さんにも同様、不和はあったのだ。
しかし、その正体までを知る事は今の俺には出来なかった。得れたものといえば、そのヒントだけ。
図書館が唯一素で居られる場所、つまりそれは、彼女はここを心の在り処にしているということ。
私的な場ではなく、あくまで公的な場を。
そしてもう一つが、自分の事があまり好きでは無い事、そして、常に何かの目を気にして、取り繕って生きてるという事。
単なる人見知りだからという解釈も出来なくはないが、その点においては既に俺も、徳永だって知りうるところ。周知の事実だった。
しかしそうではない、神坂さんは『人の目』ではなく『何かの目』と表現した。それは即ち、人という漠然としたものではなく、『何か特定のもの』の目を気にしているという解釈にも取れないだろうか?
もっとも、俺の思い込みだという結論を出す事も出来たのだが、それはそれで、現時点では早急、早とちりな気もした。
とりあえず……この問題も保留するしかないのかもしれない。
「あー……そういえば……」
保留で思い出した。そういえばこの前、もうちょっと詳しく言うなら六月の下旬。
天地と早良とでやったロシアンゲームをやったあの日、俺は天地に、出会い頭に言われた実験やら論文やら言っていたあれは、ほとんど口から出まかせであり、でもあの言葉の中に『本音を誤魔化した部分』があるみたいな事を言われたのだった。
それを思い出そうとしてはみたもの、あの時も、そして今もまだ思い出せていないままだった。
天地本人は思い出さなくていいと言っていたが、俺としてはまだ、これも保留にしていた問題の一つだった。
確かに俺は、夏休みの課題を八月三十一日まで残留させてしまうような男だが、まさかこういった課題までも山積みにしてしまう男だったとは。
自分がいかに甲斐性なしなのかが分かってしまう。情けないなぁ~俺。
おっと……先程神坂さんに言われたばかりなのだった。自己嫌悪はよくないと。
でもなぁ……こればかりは自己嫌悪したくなくても、してしまうというか、自分を逸らせる意味でもやっておかないといけないような気がする。
俺は空になった水のペットボトルを片手に、図書館を一人見つめる。大きなこの箱物の中に、天地との記憶を記した本なんて……存在するわけがないし、してもらっては困る。なによりもそんなの、恥晒し以上のなんでもない。
仕方ない、この問題については本の代わりに、自分の記憶を引っ張り出さねばなるまい。
色んな問題が目まぐるしく散在しているが、とりあえず七月七日、七夕の日までに、俺は自分の記憶を辿っておく必要があるのだろうな。
あーあ、こんな事になるんだったら記憶にも背ラベルを着けておけば良かったと、出来もしない事を思いつつ、俺は駐輪場へと足を進めたのだった。
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