ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第2部 青春の続き篇

第5話 七夕の日【2】

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 七月七日、六限の授業中である。

 最も睡魔が襲ってきそうなこの時間に、授業内容は俺の苦手な数学と、まさに今にも居眠りしてしまいそうなこの時間に、俺は珍しく起きていた。(珍しくあってはいけないのは重々承知だが、睡魔には勝てないのだ)

 その理由は後ろの住人、天地魔白のせいだった。

 さっきから天地は、俺が前しか向けない事をだしに、俺の背中に指なのかペンなのかは分からないが、何かを書くように、はたまた何かを描くように、ずっと同じ形をなぞっていた。

 こんな事をされては、気になって眠れもしない。

 今日は七夕の日。天地と夜、星を見に行く約束をしている。

 七月に入っても梅雨は続き、このところ雨続きで天体観測が出来るような天気では無かったのだが、今日この日、この日だけは何故か晴れていた。

 誰かが計画していたように晴れ上がった、蒼天の空。今は夕方なので、赤みがかっているが、雲が所々ある程度の、快晴であった。

 星を見るには、丁度良い。

 今回星を見に行くメンバーは俺と天地のみ。本当は徳永と神坂さんも誘おうかと思い、昼間にその話を持ち掛けようとしたのだが、天地がもの凄い威圧感というか、殺意のある眼差しをこちらに向けてきたので、俺の口は糸で縫われ、その上からセメントで塗り固められたかのように口が塞がれた。

 どうやら天地は、俺と二人で行きたいらしい。今日の天地さんは、独占欲にまみれているようだ。

 そして多分、今もこうして俺の背中になぞっているある形。何度も何度も同じ形をなぞるもんだから、段々とその形の正体が分かってきた。

 星型。

 星を見に行くこの日に、星形を俺の背中になぞる。

 もしかしなくてもコイツ、楽しみにしてるんだな今日の夜を。その気持ちの表れなのかもしれない。

 天地は思ってる事や感情を、俺とは逆で滅多に面に出す事は無い。隠しているというわけでは無いのだろうけれど、多分、出にくいのだろう。

 だからなのか、天地と一緒に居て少しずつ気づいてきたのだが、コイツはどちらかと言えば、表情や言葉よりも動作に感情を表す事が多い。

 例えば今のように、顔は見えていないのだが、おそらく天地の表情はいつもの澄ました顔をしているのだろう。しかし行動では、俺の背中に何重も何重も星を描くような、まるで日曜日に親と遊園地へ遊びに行く約束をし、ウキウキワクワク、心躍るような小学生みたいな心境なのだろう。

 正直じゃないんだよな、こういうところは。もっとも、正直じゃなくていいところは正直なのに。

 そんな背後の感触を気にしつつ、板書をノートにとっていると、六限の終わりのチャイムが校内に鳴り響いた。

 立ち上がり、授業終わりの一礼を終え、俺が頭を上げたその時だった。

「うおっっ!!?」

 刹那、俺の右肩に凄まじいほどの牽引力が働き、その力の反動で俺は右側に半回転すると、そのまま真後ろに回ったところで天地が俺の両肩を握り、その回転力を強制的に抑え込んだ。

 こいつやっぱ、見た目以上に力あるな。

「岡崎君」

 平常運転、天地は俺の名を呼び、俺の両肩から右手だけを放し、机の上にあったノートの切れ端を掴み、俺に手渡してきた。

「これ、わたしの家の住所と携帯電話の電話番号書いてあるから。住所を辿っても、岡崎君の稚拙な方向感覚なら、迷う可能性を考慮して、その時になったら電話してきなさい」

「おいおい天地ぃ~俺をなめてるのか?俺はどんなダンジョンだって迷った事は無いし、リレミトも、テレポだって一度も使った事の無い人間なんだぜぇ?」

「ダンジョン脱出魔法なんて、使える場所が限られるような呪文を縛ったくらいで自慢されても恥ずかしいだけよ、岡崎君。今後そんなくだらない縛りは止めて、宿屋とか武器防具屋を縛りなさい」

 よく考えたら、確かにそんなにたいした縛りじゃなかった。というか俺に、本格的な縛りを勧めるな。

「それと集合時間はそうね……十七時半がいいわね。それまでに来なかったら、罰金二千円ね。ちなみにその二千円は、二千円札じゃないと受け付けないから」

「俺に沖縄でしか流通してないような、絶滅危惧種の紙幣を求めるなっ!罰金払うよりも、手に入れる難易度が高すぎるわっ!!」

 幼少の頃はよく見たけど、今じゃもう、偽札だって疑う人間もいるくらいだからな。

 時の流れは速く、残酷だ。

「罰金が嫌なら十七時半までにわたしの家に来る事ね。それじゃあグッバイ」

 天地は机に掛けている自分の通学用鞄を手に取ると、そのままダッシュで教室を出ると、廊下を全力疾走して走って行ってしまった。

 あいつ……完全に帰りのホームルームを忘れてやがる。
 
 心ここに在らず、浮足立ってるどころか、やること成すこと全てが浮いていた。

「あ……天地さん、どうしたの?ホームルームは?」

 呆然とした表情で、俺の元にやって来たのは早良だった。

「さあな、追いつけるものなら直接訊いて来いよ。俺は知らん」

「知らんって、じゃあそのメモはなにかなぁ~?」

 イタズラな笑みをして、早良が俺の握っているメモを人差し指で差す。

 お前のような、勘のいい女子高生は嫌いだよ……いや、勘が悪くても気づくかこれくらい。

「個人情報だ、お前に教える義務はないっ!断固拒否する!」

「へえ……そう。全く……あなた達エキセントリックコンビは、本当に何を仕出かすか分からないからね。クラスの平和を維持する為にも、わたしが逐一見とかないと心配でならないわ」

「おい待て、なんだそのエキセントリックコンビってのは。いつの間にか変なあだ名つけてるんじゃねえよ」

「わたしがつけたものじゃないわ。知らぬ間に知らぬ間に、クラスの皆が言ってたからそれを拾い上げただけ。それにまあ、あなた達本当にエキセントリックなんだもの。仕方ないわ」

「おいおいクラスの皆って……こういうのをクラス内いじめって言うんじゃねえのか?委員長が黙って見過ごしてていいのかよ」

「わたしからは少なくとも、あなた達がいじめられるような人間には見えないけどね。むしろクラス全体をあなた達が圧倒、掌握し、カオスに導いているとも言えるわね」

「完全に問題児じゃねえかそれっ!」

「問題児じゃない、どう見たって」

 早良からの指摘に、俺は思い当たる所がありふれていて、かえすがえす言葉も無かった。

 ああ……高校に入るまでは、一般人代表ともいえるような平々凡々、普通の生活を送っていた俺が、今やこんな、クラスからも浮いてるようなそんな存在に。

 世の中、何が起こるか分からんなぁ。

「自分達の奇行を、世の中のせいにするのはどうかと思うわよ」

 早良は本気の本気で、なに言ってるんだコイツと言わんがばかりの、目力いっぱいで訴えかけるジト目を俺に向ける。

 なんだか自分が、どれだけ器の小さい人間なのかを理解してしまった気がする。

 涙が出てきそうだ。

「とりあえずもう本人は帰っちゃったし、今回は見逃すけど、次からはちゃんと帰りのホームルームは受けて帰るよう天地さんに注意しておいてよ?」

「はいはい、分かったよ」

「それと、これはお節介だけど、今日は七夕だし、晴れてるし、星を見に行くには絶好の機会だと思うわよ?それじゃあねぇ~」

 含ませるというよりかは、確信犯のような笑みを浮かべ、山崎教諭が帰りのホームルームの為に教室にやって来たのを見計らい、早良は俺に手を振って、自分の座席へと帰って行った。

 本当に余計なお節介だった。だからお前はクラス委員長だなんて、いかにもめんどくさそうなポジションに置かれているんだよ。

 まあめんどくさそうというのは、あくまで俺の主観であって、早良にとっては満更でもないというか、好きで、率先してやっているのだからしょうがない。

 適職でもあり、天職でもある。

 適材適所、得意不得意も皆違うのだから、そういう点では文句は言えないし、確かに俺と天地はクラスではちょっと浮いてる感じもしなくはないし、少なくとも、クラスメイトからはそう認知されていたみたいだからな。

 エキセントリック……常軌を逸した、風変わりな、中心を異にする、離心の、偏心的な、という意味を持つこの言葉が、何よりの証明である。

 しかしその絶妙な部分で、俺達とクラスとを繋ぎ止めているのが早良なわけで、つまり俺は早良に感謝はあれど、非難する立場では無いことは分かっていた。

 だから、だからこそあいつは本当に、底知れぬお節介焼きなのである。
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