66 / 103
第3部 欺いた青春篇
プロローグ
しおりを挟む
すっかりと、昼も夜も蒸し暑くなってきた、七月下旬。
従来、寝巻用に使っている長袖スウェットなど、暑くて着ていられるわけも無く、半袖半ズボンの姿のまま、タオルケットを被って寝ていた俺なのだったが、普段目覚まし時計に起こされるところを、今日に限り、ある一通の電話で叩き起こされる事になった。
午前五時ちょっと過ぎ、こんな時間に起きるのはよっぽど早起きな人間か、老人か、山寺で修業に勤しんでいるお坊さんくらいで、俺のように、いつもは七時まで寝ているグータラ学生にとっては、とても辛い所業であり、仏の顔も三度までというが、三度程度では怒らない、そんなおそらく寛大だろう俺の心をも不機嫌にさせてしまうような、そんな酷な行為ではあった。
当たり前だ、こんな朝っぱらから電話を掛けてくるやつに、ロクな奴がいてたまるかと、内心ご立腹になりながらも、俺はベッドから少し離れたテーブルに置いてあるスマートフォンを取る為に、タオルケットを払い除けて、起き上がる。
しかしそんなおかんむりの、へそ曲がりの俺だったのだが、スマートフォンに表示されている名前を見て、瞬時にその背筋は真っ直ぐに伸び上がった。
そこに表示されている名前は、神坂和澄。
彼女から電話がかかってきたのは、五月のゴールデンウィーク初日、天地を空港まで追いかけたあの日以来だった。
確かあの日も朝にかかってきたと思うが、こんなに早朝ではなかったな。
とりあえず神坂さんの電話ならば、例え早朝だろうと深夜だろうと受けざるを得ない。
俺はスマートフォンを手に取り、気を取り直して、応答と表示されているマークにタッチした。
「はい、もしもし」
「あっ、おはようございます、こんな朝早くにごめんね岡崎君」
「おはようございます、いやいや、別に気にしてないです……じゃなくて、気にしてないよ」
言いそうになって、瞬時に思い出した。そういえば神坂さんに俺は、敬語禁止令を出されていたことを。
あれから直接会う時は、神坂さんに対して敬語で話すことは少なくはなってきたのだが、電話はその禁止令が出される前以来だったので、ついつい出てしまいそうになる。
クセづいてるというか、意識しない内に出てきそうになるので、意図的に気をつけねばならんな。
「実はちょっと、岡崎君にお願いしたいことがあって……」
「お願いですか……ええ、神坂さんの頼みなら!」
神坂さんの願望であれば、例え日の中水の中、世界に散らばった七つのボール集めだろうが、仏の御石、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮、龍の首の珠、燕の子安貝そのどれであろうと、或いは、全てであろうと全力でもぎ取って来るだろうさ。
しかし、神坂さんの頼み事は、そんなファンタジックなものではなく、もっと現実的な、だけど俺にとっては夢のような、そんな頼み事だった。
「今日の放課後、わたしを家まで送ってくれないかな?」
「……えっ?い……家って、神坂さんの?」
「うん……徳永君は生徒会の用事があるみたいで、頼めるのが岡崎君だけだったから……」
そういえば徳永のやつ、確か生徒会に入ったとか言ってたな。何かの副委員長になったとか、ならなかったとか……。
まあその事に関しては、俺にとってはどうでもいい話なのだが。
しかし神坂さんを家まで送る……別に構いはしない、いや、むしろウェルカムだった。
「モチロンオッケーだよ!じゃあ放課後、三組の教室で」
「うん……ありがとう岡崎君……」
そして、通話は切れた。
この時の俺は、スマートフォンを握り締めて、ガッツポーズを天井に向けて掲げているほどに浮かれていたのだが、しかし後から考えてみると、この電話の内容には妙な点が二つあった。
まず一つ目は、何故こんな時間に神坂さんが電話をしてきたのかということ。
昨日徳永から生徒会の用事があるという事を聞いていたのなら、昨日の夜の段階で俺に連絡をくれればよかったものの、何故この早朝に連絡をいれてきたのか。
そして二つ目は、そもそも何故、送ってもらう人が必要なのかという点だった。
別に誰かに送ってもらわずとも、一人で家に帰ることくらい、小学生でも出来る事だろう。
それに俺と神坂さんの帰る方向は真逆であり、俺が神坂さんを送るとなるならば、遥かに遠回りをして家に帰らねばならなくなる。
その事については多分、神坂さんも認知していると思うのだが、それでもあえて、俺に頼む必要性とは何なのだろうか。
しかしこの時の俺は、これらの疑問にすら気がついていない。何故なら、浮かれていたから。
浮かれて、地に足がついてない。
だから引っ張られたんだ、しっかりと地面に足を着けていないが故に、巻き込まれたのだ。
この欺瞞に満ちた、青春の物語に。
従来、寝巻用に使っている長袖スウェットなど、暑くて着ていられるわけも無く、半袖半ズボンの姿のまま、タオルケットを被って寝ていた俺なのだったが、普段目覚まし時計に起こされるところを、今日に限り、ある一通の電話で叩き起こされる事になった。
午前五時ちょっと過ぎ、こんな時間に起きるのはよっぽど早起きな人間か、老人か、山寺で修業に勤しんでいるお坊さんくらいで、俺のように、いつもは七時まで寝ているグータラ学生にとっては、とても辛い所業であり、仏の顔も三度までというが、三度程度では怒らない、そんなおそらく寛大だろう俺の心をも不機嫌にさせてしまうような、そんな酷な行為ではあった。
当たり前だ、こんな朝っぱらから電話を掛けてくるやつに、ロクな奴がいてたまるかと、内心ご立腹になりながらも、俺はベッドから少し離れたテーブルに置いてあるスマートフォンを取る為に、タオルケットを払い除けて、起き上がる。
しかしそんなおかんむりの、へそ曲がりの俺だったのだが、スマートフォンに表示されている名前を見て、瞬時にその背筋は真っ直ぐに伸び上がった。
そこに表示されている名前は、神坂和澄。
彼女から電話がかかってきたのは、五月のゴールデンウィーク初日、天地を空港まで追いかけたあの日以来だった。
確かあの日も朝にかかってきたと思うが、こんなに早朝ではなかったな。
とりあえず神坂さんの電話ならば、例え早朝だろうと深夜だろうと受けざるを得ない。
俺はスマートフォンを手に取り、気を取り直して、応答と表示されているマークにタッチした。
「はい、もしもし」
「あっ、おはようございます、こんな朝早くにごめんね岡崎君」
「おはようございます、いやいや、別に気にしてないです……じゃなくて、気にしてないよ」
言いそうになって、瞬時に思い出した。そういえば神坂さんに俺は、敬語禁止令を出されていたことを。
あれから直接会う時は、神坂さんに対して敬語で話すことは少なくはなってきたのだが、電話はその禁止令が出される前以来だったので、ついつい出てしまいそうになる。
クセづいてるというか、意識しない内に出てきそうになるので、意図的に気をつけねばならんな。
「実はちょっと、岡崎君にお願いしたいことがあって……」
「お願いですか……ええ、神坂さんの頼みなら!」
神坂さんの願望であれば、例え日の中水の中、世界に散らばった七つのボール集めだろうが、仏の御石、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮、龍の首の珠、燕の子安貝そのどれであろうと、或いは、全てであろうと全力でもぎ取って来るだろうさ。
しかし、神坂さんの頼み事は、そんなファンタジックなものではなく、もっと現実的な、だけど俺にとっては夢のような、そんな頼み事だった。
「今日の放課後、わたしを家まで送ってくれないかな?」
「……えっ?い……家って、神坂さんの?」
「うん……徳永君は生徒会の用事があるみたいで、頼めるのが岡崎君だけだったから……」
そういえば徳永のやつ、確か生徒会に入ったとか言ってたな。何かの副委員長になったとか、ならなかったとか……。
まあその事に関しては、俺にとってはどうでもいい話なのだが。
しかし神坂さんを家まで送る……別に構いはしない、いや、むしろウェルカムだった。
「モチロンオッケーだよ!じゃあ放課後、三組の教室で」
「うん……ありがとう岡崎君……」
そして、通話は切れた。
この時の俺は、スマートフォンを握り締めて、ガッツポーズを天井に向けて掲げているほどに浮かれていたのだが、しかし後から考えてみると、この電話の内容には妙な点が二つあった。
まず一つ目は、何故こんな時間に神坂さんが電話をしてきたのかということ。
昨日徳永から生徒会の用事があるという事を聞いていたのなら、昨日の夜の段階で俺に連絡をくれればよかったものの、何故この早朝に連絡をいれてきたのか。
そして二つ目は、そもそも何故、送ってもらう人が必要なのかという点だった。
別に誰かに送ってもらわずとも、一人で家に帰ることくらい、小学生でも出来る事だろう。
それに俺と神坂さんの帰る方向は真逆であり、俺が神坂さんを送るとなるならば、遥かに遠回りをして家に帰らねばならなくなる。
その事については多分、神坂さんも認知していると思うのだが、それでもあえて、俺に頼む必要性とは何なのだろうか。
しかしこの時の俺は、これらの疑問にすら気がついていない。何故なら、浮かれていたから。
浮かれて、地に足がついてない。
だから引っ張られたんだ、しっかりと地面に足を着けていないが故に、巻き込まれたのだ。
この欺瞞に満ちた、青春の物語に。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる