ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

文字の大きさ
68 / 103
第3部 欺いた青春篇

第1章 夏の始まり【2】

しおりを挟む
 いつもと変わらず、一年三組の教室の前で俺は徳永と神坂さんを見送ると、気合を入れ直し、五組の教室へと向かう。

 最近の天地との朝の恒例行事には二つあり、イタズラを仕掛けられるか、ゲームを挑まれるかのどちらかがある。

 イタズラだと俺が一方的にやられるだけなので、勝機というか、被害を避けられる可能性があるゲームの方が、俺の身としてはいいのだが、ただ、この朝っぱらから神経をすり減らす駆け引きをするのも、精神的に疲弊してしまうので、何も無いというのが一番なのだが、まあ……そんな事はあるわけが無いし、無かったらなかったで、嵐の前の静けさという可能性もあるので、結局いつも通りが最良であると、自分に言い聞かす俺なのだった。

 五組の教室の雰囲気を察すれば、大体天地がイタズラを仕掛けたか、ゲームを用意しているかのどちらかが分かる。

 ざわついていたらイタズラ、落ち着いていたらゲーム。

 しかし今日は、全ての教室において全体的にざわついている。

 何故なら明日から夏休み。浮かれた学生達が、共に浮かれ合っているこの状況。

 その中で多少の異変があろうとも、学生達は動揺しない、どころか気づきもしないだろう。地で何が起こっている事など。

 しかし、五組の教室はざわついているというよりも、騒然としているように見えた。

 決定、イタズラだ。しかも大規模の。

 人は慣れてくると、大抵の事には寛容になり、そんな大騒ぎなどしなくなるもので、この五組の生徒達も、この三ヶ月を通してその耐性とやらがついてきたらしく、ここ最近は滅多な事が起こらなければ、動揺などしなかったものの、今日は、この夏休み前の浮かれ気分をも吹き飛ばすほどの動揺っぷりを見せつけていた。

 ああ……恐怖を感じるね。あの教室の扉の向こうから、何か黒い邪気のようなものが見えなくもない。

 たった教室に入るだけの、たった登校するだけのこの行為に、何故俺は毎日神経をすり減らしているのだろう。

 そして何故俺は、その状況を楽しんでいるのだろう。

 正常な感覚の持ち主とは思えない、もはや戦場での命の駆け引きを楽しんでいる、狂人のソルジャーの如く乱れたこの感覚……自らのことながら、畏怖を感じざるを得ない。

 そしてその程度のものを仕掛ける天地も狂っているし、それを普通だと感じ、大抵の事には動揺しなくなった五組の連中も狂っている。

 全く……どいつもコイツも狂った奴ばかりだぜ。まあ……全部俺達が孕ませた悪影響が原因なのだが。

 さて、そんなこんなで教室の扉を、迷いを断ち切るようにスッパリ開いた俺なのだったが、自らの座席を見て、これ程までにあの座席が、俺の座席じゃない事を祈ったことはないだろう。

 だけどあれは紛れもなく、俺が一ヶ月ほど前、自らの運で勝ち取った座席。外の窓に面した、後ろから二番目の座席であった。

 が、俺はあんな座席を知らない。床下、そして机の上にブルーシートが張り巡らされ、何故かその上にてんこ盛りの氷の山が築かれている座席など、俺は知らない。

 だけどそれは間違いなく、俺の座席だった。俺の座るべき、居るべき座席だった。

 ゆらりゆらりと体を揺らしながら、俺は氷の山へと近づく。

 見事なまでに氷山。

 昨日とはすっかり出で立ちが変わってしまった。

 それをまるで、玉のように育てていた清楚な娘が、唐突に不良グループとつるみ始め、不良娘になってしまい、それを見て嘆く親の如く空虚な気持ち。

 そしてその後ろに、その原因、元締めが、そんな嘆く姿を見て嘲笑っているように、そいつも俺を、嘲笑していた。

 こんな目茶苦茶をするなど、出来るやつなど、天地魔白の他にいるはずがない。

「グッドサマーデイ、岡崎君」

 十数年間生きてきて、初めて聞いた挨拶をしてくる天地。

「おい天地、今日は一体全体、なにをやらかすつもりだ」

 いや、もうやらかしてるようなものだが、しかしこの程度の見世物だけで終わらせるような、そんな女ではコイツは無い。

 そんなの俺が、この世で一番知っている。

「やらかすとは失敬ね。今日はボーナスステージよ」

「雪山のステージは確かに面白いステージが多いけど、決してボーナスではないだろ」

 ボーナスステージどころか、雪山のステージの大半がゲーム後半に用意されているものなので、難易度が高くて下手すりゃトラウマになりかねん。

「そういう事じゃなくて岡崎君、わたしはあなたにねぎらいをと言ってるのよ。一学期、苦労様でしたっていう感謝と尊敬の意を込めて、今回は用意したというのよ」

 こんな自分の机を、氷山地帯にされる感謝や尊敬の意がこの世にあるとするなら、俺はこの先二度と、感謝も尊敬も持たれたくないものだな。

 もっとも、そんなものを持たれるほどの人間では無いのだけれど。

「何を言ってるの、少なくともわたしはあなたに感謝してるわ。あなたが居なかったら、わたしはもうこの国には居ないし、この学校にも居なかったんだから」

「……そうか、それより俺は何をやればいいんだ?早くしないと氷が溶けそうなんだが」

 そう、こうやってつべこべ話している間にも、この夏の暑さで氷山は水と化している。

 このまま水になってしまえば、それこそブルーシートをはみ出て、教室中が水浸しになりかねない。

 もしそんな事になったら、俺達の内申点がいろいろマズくなるのは明白であった。

「そうね、それじゃあ……」

 そう言って天地が自らの机の中から取り出したのは、スプーンとかき氷シロップ(みぞれ)だった。

 まさか……まさかと思うがこれって……。

「はい岡崎君、このスプーンを持って」

 俺は天地に、スプーンだけを持たされる。

 もうここまでやられれば、どんなに勘の鈍い奴だってこの先の展開は予測できるだろう。

 夏=冷たい食べ物=その代表……かき氷。

 俺の机の上に用意されている氷山は、それはビッグサイズと表現するには言葉は乏しい、言うなればチョモランマサイズのかき氷だったのだ。

 だから労い。

 イタズラじゃなく、あくまで俺を労う為の、かき氷のプレゼントだと。

 だけどこれだけは言っておこう、過剰な贈り物や感謝は、時に受け手にとっては、ただの嫌がらせにしかならないと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...