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第3部 欺いた青春篇
第2章 枷を負った少女【3】
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「徳永とは中一の六月の時に会って、あいつが俺のいた中学に転校して来たんだよ。なんか、親の仕事の都合だってんで」
「へえ……徳永君ってじゃあ、ここら辺の人じゃなかったんだ」
「うん。なんかそれまで、その親の仕事が理由で、色んな場所を転々としていてみたいなんだけど、やっとこの街で腰を据えれたみたいで、それでその転校して来た時に、俺の座席の隣があいつの座席になって、でもその時はまだ、お互い一言も話し掛けたりなんか、しなかったんだけどね」
でも、と俺は続ける。多分ここからが、徳永が言いたかったところなのだろう。
もとい、それが原因で、アイツとは友達になったものだしな。
「俺が毎回毎回授業中にペンを落としちゃって……まあ居眠りが原因なんだけど……その度にあいつ、ペン落としたよって、わざわざ居眠りしてる俺を起こして、俺がどんな不機嫌な顔をしても笑って返してくれて……そしたらいつの間にか話してて、仲良くなったって感じかな」
「ははあ……だから徳永君は、ペンを返してただけだよってあたしに言ったんだねぇ……」
「まあ、そうだろうね。あいつは決して、自分を引き立てようとはしないやつだから」
「ああ、それはなんとなく分かる気がする」
神坂さんは、うんうんと何度も頷いて見せる。どうやら思い当たる節があるのだろう。
「でもそれってなんだか、運命的な出会いって感じだよね」
「運命?」
「うん、ほら、本を取ろうとしたら手と手が合ったとか、落とし物をして、落としましたよって声を掛けられたりとか、そんなのみたいな感じじゃない?」
「ああ……ううん……まあ……そうなのかもしれないっすね」
確かにニュアンスとしては的を得ているような気もするが、しかし、それは男女だから成立するイベントであって、男同士そんなシーンに行き会ったとしても、何も感じないし、燃えもしない。
もっとも、そういうのが好きな人間は、むしろ萌えるシチュエーションなのかもしれないけれど。
「でもいいなぁ……そんなずっと一緒に居れる友達がいるのって」
「神坂さんは中学の時の友達とか、この学校にいないんですか?」
「いないかな……同じ中学だった子なら何人かいるけど、友達は他の高校に行っちゃったからね。だからこの学校に入った時は、すごく心配だったけど、でも徳永君に声を掛けられて、岡崎君と天地さんとも仲良くなれたから、本当に良かったというか、救われたって感じがしたよ」
「そりゃあ何ていうか、すごくありがたいけど、でも救われたっていうのはオーバーな表現じゃないかな……?」
「オーバーでもないよ……このままもし一人だったら、あたしの居場所は図書館だけになっていたもの……」
「図書館だけ……か」
やはりここでも、自宅というワードは全くもって出てくる気配が無い。いや、むしろ頑なに避けている。
決定的な拒絶。いや、もうこれは断絶とも言っていいのかもしれない。
やはりここまでハッキリしてきた以上、もう問題を有耶無耶に、後回しに、積み上げているわけにはいかなくなったのかもしれない。
あの図書館で感じた不和、それをはっきりさせる時なのかもしれない。
もしかして、だから俺を誘ったのだろうか……家まで送るという口実の裏には、誰かに打ち明けたくて、もう一人じゃ我慢出来ない、何かを俺に伝える為に。
そんな状態まで神坂さんを追い込んだ不和とは、一体何なんだ?
「……神坂さん気になってたことがあるんだけど、訊いてもいいかな?」
「気になってたこと?何かな?」
あどけないほどに、清明に俺の顔を窺う神坂さん。純粋な疑問視だった。
そこに何か意味を含ませたものは無さそうだった。
「神坂さんって、家でも本を読んでるの?この前、図書館で本を借りてたよね?」
「あっ……うん……まあ、そうだね」
神坂さんの、その純粋な顔が曇る。上空の灰色の空のように、淀む。
「へえ……ずっと本を読んでるの?」
「うん……基本はずっと、一日中」
「自分の部屋で?」
「……そうだね」
「家の人と話したりはしないの?」
「………………」
沈黙。
しかしそれはただの沈黙では無い、その答えを、自らの口から出すことを拒絶している。
黙秘権の行使……やっぱりここが、彼女のウィークポイントだったか。
核心へのアテは、若干ながらついていた。しかし俺には今まで、そこまで踏み込む勇気が無かったのだ。
言ってしまえば、神坂さんに嫌われるんじゃないのか?踏み込んでしまっては、もう後戻り出来ないんじゃないのか?という、後悔への恐れ、不安。
だが、ここまで突き進んだ以上、もう引き下がる事は出来ない。成るようになれ、そうとしか言えない。
「……あっ……!」
しかしそれは、実ることも無く、だけど、刈り取られたわけでも無かった。
中断されたのだ、目の前に突如として現れた、男によって。
「お嬢ちゃん、待ってたよ。おや?いつもと違う男の子を、今日は連れているようだね。もしかして彼ともお友達なのかい?いやぁ羨ましいねぇ、友達が多いようで。ひとりぼっちの僕には、目も眩むくらいに光って見えるよ」
電柱から、突如出てきた男。
身なりはまさに、だらしないの一言に尽きる。しわだらけの黒のワイシャツに、赤と黒のストライプのネクタイを、これまた緩く、だらしなく締めている。
その黒髪は伸び、天然パーマなのかボサボサとしており、初対面の相手にこんな感想を抱くのはどうかと思うが、その男からは、清潔からは遠く離れた、不清潔感を感じざるを得ない。
しかもこの男、どうやらその口振りから、神坂さんとは初対面ではないようだ。
一体、何者なのか……。
「……またあなたですか」
怪訝な目で、神坂さんは男に告げる。
今までに見たことの無い彼女の姿、冷めた声。明らかな敵意を感じる。どうやらあの男、神坂さんにとっては不都合な、対になる形の人間のようだ。
「またって……お嬢ちゃん、まるで僕が君を出待ちしているように聞こえるじゃないか」
「あなたがやってる事は同じようなものです」
「クックッ……アイドルファンでも目指してるのかな、お嬢ちゃんは?いや、あながち君はアイドルみたいなものか、見世物っていう意味では」
男は頭を掻き毟りながら、やれやれと言った表情を見せる。
見世物という言葉が、どんなに頭の悪い俺でも、あまり良い言葉でないことは理解出来る。そんな理不尽な事を言われれば、誰だって抗うのは当たり前。
しかし神坂さんは、苦虫を噛み潰したような表情をするも、決して抗わない。抗う気配を感じさせない。
それはつまり、的を射ている。あの男の見世物という言葉は、彼女にとって図星なのか。
しかしそれがどういう意味を持つのか、俺には分からなかった。
「へえ……徳永君ってじゃあ、ここら辺の人じゃなかったんだ」
「うん。なんかそれまで、その親の仕事が理由で、色んな場所を転々としていてみたいなんだけど、やっとこの街で腰を据えれたみたいで、それでその転校して来た時に、俺の座席の隣があいつの座席になって、でもその時はまだ、お互い一言も話し掛けたりなんか、しなかったんだけどね」
でも、と俺は続ける。多分ここからが、徳永が言いたかったところなのだろう。
もとい、それが原因で、アイツとは友達になったものだしな。
「俺が毎回毎回授業中にペンを落としちゃって……まあ居眠りが原因なんだけど……その度にあいつ、ペン落としたよって、わざわざ居眠りしてる俺を起こして、俺がどんな不機嫌な顔をしても笑って返してくれて……そしたらいつの間にか話してて、仲良くなったって感じかな」
「ははあ……だから徳永君は、ペンを返してただけだよってあたしに言ったんだねぇ……」
「まあ、そうだろうね。あいつは決して、自分を引き立てようとはしないやつだから」
「ああ、それはなんとなく分かる気がする」
神坂さんは、うんうんと何度も頷いて見せる。どうやら思い当たる節があるのだろう。
「でもそれってなんだか、運命的な出会いって感じだよね」
「運命?」
「うん、ほら、本を取ろうとしたら手と手が合ったとか、落とし物をして、落としましたよって声を掛けられたりとか、そんなのみたいな感じじゃない?」
「ああ……ううん……まあ……そうなのかもしれないっすね」
確かにニュアンスとしては的を得ているような気もするが、しかし、それは男女だから成立するイベントであって、男同士そんなシーンに行き会ったとしても、何も感じないし、燃えもしない。
もっとも、そういうのが好きな人間は、むしろ萌えるシチュエーションなのかもしれないけれど。
「でもいいなぁ……そんなずっと一緒に居れる友達がいるのって」
「神坂さんは中学の時の友達とか、この学校にいないんですか?」
「いないかな……同じ中学だった子なら何人かいるけど、友達は他の高校に行っちゃったからね。だからこの学校に入った時は、すごく心配だったけど、でも徳永君に声を掛けられて、岡崎君と天地さんとも仲良くなれたから、本当に良かったというか、救われたって感じがしたよ」
「そりゃあ何ていうか、すごくありがたいけど、でも救われたっていうのはオーバーな表現じゃないかな……?」
「オーバーでもないよ……このままもし一人だったら、あたしの居場所は図書館だけになっていたもの……」
「図書館だけ……か」
やはりここでも、自宅というワードは全くもって出てくる気配が無い。いや、むしろ頑なに避けている。
決定的な拒絶。いや、もうこれは断絶とも言っていいのかもしれない。
やはりここまでハッキリしてきた以上、もう問題を有耶無耶に、後回しに、積み上げているわけにはいかなくなったのかもしれない。
あの図書館で感じた不和、それをはっきりさせる時なのかもしれない。
もしかして、だから俺を誘ったのだろうか……家まで送るという口実の裏には、誰かに打ち明けたくて、もう一人じゃ我慢出来ない、何かを俺に伝える為に。
そんな状態まで神坂さんを追い込んだ不和とは、一体何なんだ?
「……神坂さん気になってたことがあるんだけど、訊いてもいいかな?」
「気になってたこと?何かな?」
あどけないほどに、清明に俺の顔を窺う神坂さん。純粋な疑問視だった。
そこに何か意味を含ませたものは無さそうだった。
「神坂さんって、家でも本を読んでるの?この前、図書館で本を借りてたよね?」
「あっ……うん……まあ、そうだね」
神坂さんの、その純粋な顔が曇る。上空の灰色の空のように、淀む。
「へえ……ずっと本を読んでるの?」
「うん……基本はずっと、一日中」
「自分の部屋で?」
「……そうだね」
「家の人と話したりはしないの?」
「………………」
沈黙。
しかしそれはただの沈黙では無い、その答えを、自らの口から出すことを拒絶している。
黙秘権の行使……やっぱりここが、彼女のウィークポイントだったか。
核心へのアテは、若干ながらついていた。しかし俺には今まで、そこまで踏み込む勇気が無かったのだ。
言ってしまえば、神坂さんに嫌われるんじゃないのか?踏み込んでしまっては、もう後戻り出来ないんじゃないのか?という、後悔への恐れ、不安。
だが、ここまで突き進んだ以上、もう引き下がる事は出来ない。成るようになれ、そうとしか言えない。
「……あっ……!」
しかしそれは、実ることも無く、だけど、刈り取られたわけでも無かった。
中断されたのだ、目の前に突如として現れた、男によって。
「お嬢ちゃん、待ってたよ。おや?いつもと違う男の子を、今日は連れているようだね。もしかして彼ともお友達なのかい?いやぁ羨ましいねぇ、友達が多いようで。ひとりぼっちの僕には、目も眩むくらいに光って見えるよ」
電柱から、突如出てきた男。
身なりはまさに、だらしないの一言に尽きる。しわだらけの黒のワイシャツに、赤と黒のストライプのネクタイを、これまた緩く、だらしなく締めている。
その黒髪は伸び、天然パーマなのかボサボサとしており、初対面の相手にこんな感想を抱くのはどうかと思うが、その男からは、清潔からは遠く離れた、不清潔感を感じざるを得ない。
しかもこの男、どうやらその口振りから、神坂さんとは初対面ではないようだ。
一体、何者なのか……。
「……またあなたですか」
怪訝な目で、神坂さんは男に告げる。
今までに見たことの無い彼女の姿、冷めた声。明らかな敵意を感じる。どうやらあの男、神坂さんにとっては不都合な、対になる形の人間のようだ。
「またって……お嬢ちゃん、まるで僕が君を出待ちしているように聞こえるじゃないか」
「あなたがやってる事は同じようなものです」
「クックッ……アイドルファンでも目指してるのかな、お嬢ちゃんは?いや、あながち君はアイドルみたいなものか、見世物っていう意味では」
男は頭を掻き毟りながら、やれやれと言った表情を見せる。
見世物という言葉が、どんなに頭の悪い俺でも、あまり良い言葉でないことは理解出来る。そんな理不尽な事を言われれば、誰だって抗うのは当たり前。
しかし神坂さんは、苦虫を噛み潰したような表情をするも、決して抗わない。抗う気配を感じさせない。
それはつまり、的を射ている。あの男の見世物という言葉は、彼女にとって図星なのか。
しかしそれがどういう意味を持つのか、俺には分からなかった。
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