ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

第3章 夏の特別合宿【5】

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「……俺達もいつかなれるかな」

「なれる?何に?」

「どうでもいい事で、互いの怒りをぶつけ合えるような、そんな関係に」

「……さあ、どうかしらね」

 穏やかな表情で、天地は答えた。

 コイツと出会って三ヶ月が経ったが、その間に色々あったにせよ、そういえばまだ一度も喧嘩はしていない。

 別に故意的にしたいとは思っていないのだが、なんだろう……互いに引くところは引いているためか、そこまでの事態に発展しないのだ。

 腫れものには決して触れない、様子見の状態とも言っていいかもしれない。

 もし俺と天地が喧嘩するような、そんな事態に陥ってしまったら、一体どちらが先に謝るのだろうか……いや、多分俺なんだろうな。

 天地が俺に頭を下げる姿なんて、想像できない。それこそ、そんなことあったら驚天動地の出来事。いや、むしろ天変地異の前触れになるかもしれない。

 やはり、俺が頭を下げるのが無難だろう……というあたりで、俺はこの不毛な想像を自己完結させ、数学の問題に再び取り組み始めたのだった。

 それからは、会話といえば俺が数学の分からない部分を天地に問うくらいで、特に際立ったものはなく、俺と天地は夏休みの課題に取り組んでいた。

 なんというか、本当の本当に合宿だった。

 彼女の家に遊びに来たとか、泊りに来たとか、夏の思い出を作るためとか、そんなのじゃなく、夏の課題を終わらせるという目的だけに特化して集まった、そんな合宿だった。

 ふと天地の方を見てみると、もう数学の課題を潰し、国語に入っていた。

 対する俺はというと、やっと数学の課題の半分を切ったところであり、これこそがまさに、持つ者と持たざる者の差というやつなのだろう。

 神様とは無慈悲で残酷だ。才がある者と凡人にここまでの差を作ってしまうのだからな。

 時計を見ると十七時を回っていた。もうこうやって課題と向き合って、はや五時間は経とうとしている。

 合間合間に休んでいたものの、さすがに集中力の限界を突破したので、俺はシャープペンシルを課題の上に置き、その場に寝転んだ。

「どうしたの岡崎君、まだ休憩時間じゃないわよ」

「いや……もう限界。ペンの握り過ぎで指も痛くなってきたし、目もしぱしぱし始めてきた……あと、頭が回らない」

「ふうん……まあ、いつもの岡崎君の授業態度から考えると、よく頑張った方と言えるわね」

 すると天地もペンを置き、そしてその場から立ち上がった。

「ん?どこ行くんだ?」

「休憩のおやつを冷凍庫の中に用意しているわ、それを取りに行くのよ」

「おおっ!おやつ!!」

 今の今まで寝転がっていた俺だったが、おやつというワードを耳にするや否や、まるでショウリョウバッタのそのジャンプ力に負けないくらいの、その勢いでその場から飛び起きた。

 五時間もぶっ続けで数学の問題なんかに取り組んでいたら、必然、脳は疲弊する。その疲労を緩和するには、言わずもがな甘味は最適の糖分補給となり得るのだ。

 だから俺の行動は、決して『わーいおやつだー!』といって単におやつに飛びつくガキンチョのような、そんな単純なものではない。脳が欲しているのだ、糖分を!

 ……こんな些細なことにも動機付けしようとしている辺り、純粋無垢な子供なんかよりも、よっぽどたちの悪い高校生だということは、重々承知している。

「ちょっと待ってなさい、持って来るから」

 そう言って天地は、リビングの隣にある台所へと向かって歩いていく。

 用意しておいたということは即ち、天地の手作りスイーツだという可能性も考えられる。冷凍庫にと言っていたので、シャーベットとかだろうか?

 なんというか、ここにきてやっと彼女の家に俺は来たんだなという、そんな至福の感覚に満たされると、俺は一人で勝手に思っていたのだが、天地が持ってきたものを見て、その愉悦は悲観へと突然変異を成したのである。

「おい天地……それって」

「おやつよ」

 天地が持ってきたのは、鉢に山のように盛られたかき氷だった。

 穢れ無き、真っ白なかき氷。しかし多分、この上にはシロップがもうかかってある、みぞれの透明なシロップが。

 それは、昨日見た氷山と同じ。

 あの霊峰富士……いやエベレストをも彷彿とさせた、昨日俺の座席に突如として現れた氷山を、そっくりそのまま小さくしたものを、天地は運んで来たのだった。

「あの天地さん?」

「なに?」

「俺……昨日それの特盛バージョンを食べたばっかりなんですが……?」

「知ってるわよ。知ってて尚且つ出したのよ」

「嫌がらせじゃねえかっ!」

 昨日は労いだなんだ包み隠そうとはしていたが、今日に至っては明明白白、赤裸々に露骨だった。

 いや、かき氷を出してきたところで、隠す気などさらさら無いのだろうけれど。

「それに岡崎君、これは昨日のかき氷と同じものではないわ。これは市販品のものよ。わたしの作った氷の分は昨日、全部使っちゃったもの」

「手作りでもないのかよ……しかも、それだったら他の味にしろよ……なんでよりにもよって、みぞれ一択なんだよ!」

「そんなの、わたしがみぞれが一番好きだからよ」

「…………」

 コイツには客人をもてなすという、そういう配慮は無いのだろうか。

 いや、そんなものがあったら、まず市販品のかき氷なんて出すはずがないだろうけど。

「ちなみに岡崎君、あなたは何味のかき氷が好きなのかしら?」

「えっ?……俺はブルーハワイかな」

「お子ちゃまね」

「んなっ!?その発言は、全国のブルーハワイファンを敵に回す発言だぞっ!今すぐ撤回しろ!」

「ブルーハワイファン?そもそも岡崎君、みぞれは蜜そのものなのよ?みぞれが無かったら、ブルーハワイなんていう、明らかな人工物はおろか、鉄板であるイチゴ味だってメロン味だって、この世には存在しないのよ?そんな、全ての祖とも言えるみぞれを崇拝しているわたしに盾突くことは、かき氷シロップという存在に牙を向けるのと同じことなのよ」

「ぐ……ぐぬぬ……」

 ブルーハワイだろうが、イチゴだろうが、メロンだろうが、所詮は多少の香料と着色料を足したに過ぎない。

 元祖というよりかは、もはやみぞれは原料。シロップそのものの形なのだ。

 勝つも負けるもない。競わせることすら、これでは不毛なものであった。
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