ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

 第4章 反逆の時【1】

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 俺は一人、クロスバイクに乗り住宅地を走行していた。

 先程まで天地の家に居た俺だったのだが、神坂さんの呼び出しにより、合宿は一時中断ということになったのだ。

 神坂さんからの電話……それはたった一言だけだった。

『助けて……図書館で待ってる』と。

 俺の予感も捨てた物じゃないが、しかし決して、当たって嬉しいものではないな。

 事情を天地に説得し、説き伏せるのにかなりの時間が掛かると当初予想していたのだが、これが意外とすんなり了承してくれたのだ。

 どうやらあいつも、鬼ではないらしい。それとも、何か思うところでもあったのだろうか?

 兎にも角にも、そのような事の流れを経て、俺は天地の家を飛び出していたのだ。

 夏になり、日が長くなったおかげで十七時を越えたこの時間帯でも、まだまだ明るい。

 朽葉色に染まりつつある住宅地を抜け、河川敷に沿ってクロスバイクを進めていると、二週間ほど前に神坂さんと偶然落ち合った、あの公立図書館の縦に長い、ドーム状になっている特徴的な建物が見えてきた。

 図書館の敷地内へと入り、駐輪場にクロスバイクを止め、建物の方へと足を運ぶ。

 図書館の入口、この前ジュースを奢って一緒に飲んだ場所と同じところに、神坂さんはこうべを垂れて、一人突っ立っていた。

「神坂さんっ!」

 俺が呼びかけると、神坂さんは下げていた顔を上げ、俺の方へと振り向いた。

「岡崎君……」

 神坂さんのその目からは、いつもの澄んだような輝きは消え、淀み虚ろんでいた。

 それは、絶望。

 一縷の光明も無い、先の絶たれた崖っぷちを覗きこむような、そんな瞳だった。

「どうした神坂さん?もしかしてあの記者がまた、なにかよからぬことを……」

「いや……あの人のことでもあるけど、でもそうじゃないの」

「そうじゃない?じゃあ何で……」

「……捨てられた」

「えっ?」

 それは、あまりに俺の不意を突いた答えだった。

 いや、多分俺のように、何一つ欠けることなく普通の家庭に育った人間だったら、このような思考には至らないだろう。

 それは異常……ごく普通という視点から見たら、あまりにもイレギュラーな、そんな解答だった。

「あたし……お父さんに見捨てられちゃった……お母さんからも……見捨てられちゃった……」

「み……見捨てられたって……!」

「あの記者さん……お父さんに接触したみたいなの。その時あたしの話をしたみたいで、それでこうやって張り込まれてるのは、あたしが発端だって知っちゃって……それで……しばらく家から離れてくれって……」

「そんな……滅茶苦茶な……」

 常軌を逸しているとも言っていいこの異常な事態に、俺は漠然とした言葉をただ、述べるほかなかった。

 神坂さんは今の両親の実子で無いものの、養子として、それは立派な親子なのだ。

 それを、たった一度の、しかも家庭が崩壊するような問題ではなく、自らの面子を守るためにその子供を、一度引き入れた子供を突き放そうとするなど、言語道断、あってはならないのだ。

 血が繋がっていなくとも、家族は家族なのだから。
 
「神坂さん……こうなったら、あの記者に全部洗いざらい話そうっ!そんなやつ、もう親とは呼べないっ!」

 あまりにも感情的過ぎる、怒りに任せた、そんな発言だった。

 いやむしろ、こんな酷い話を聞いて何も思わないのは、冷酷無比ではないだろうか。しかも赤の他人ではなく、友人がこんな仕打ちを受けたのだから。

 込み上げてくるものも、あるってものだ。

 しかしそれとは裏腹に、神坂さんは冷静だった。彼女は首を横に振り、否定の意思を俺に見せる。

「そんな裏切るようなことしちゃダメだよ……だってあたしにはお父さんも、お母さんも、あの人達意外にいないんだから。それにあたしをここまで育ててくれたのは、あの人達でもあるんだから……」

「く……くう……」

 確かにそうだ、その通りだ。

 彼女は一度本当の親から手放され、親というものを失った。もう、本来なら二度と手に入るはずの無い、掛け替えの無いものを、一度失った。

 しかし彼女はもう一度手にしたのだ、血は繋がっていなくとも、義理であろうとも、自分を育ててくれる、もう一つの両親を。

 それだけで奇跡、それだけで彼女にとっては光となっただろう。

 だから、そんな自分に光を照らしてくれた人間を裏切ることなど、決してできない。ましてやここまで純粋な彼女に、そんな顔を伏せて、背後をナイフで刺そうとするようなまねなど、出来るはずも無かった。

「ふふっ……ごめんね岡崎君、こんなことになってるっていうのに……いや、なってる本人なのに、こんなにどうしようもなくて……」

「…………謝るなよ、神坂さんは何も悪くないから」

「そっか……へへっ、岡崎君は優しいなぁ……」

 神坂さんは笑っているが、そこにいつものような明るさは無い。

 そこには、欺瞞の色が窺える。今にも泣きたいくらいなのに、今にも崩れそうなくらいなのに、それを俺に見せないように、諭されないようにしているかのような、そんな無理が。

「神坂さん……これからどうするつもりなの?」

「どうする……かぁ、どうしよっかなぁ……帰るお家も無くなっちゃったからねぇ……」

 途方に暮れている神坂さんを見て、俺は迷い、迷いあぐねた結果、とんでもないことを口にしてしまった。

「……そうだ!天地の家に来るのはどうかな?」

「えっ……!天地さんの家に?」

「ああ!実は俺、天地の家で夏の課題を終わらせるために泊まり込みで合宿してたんだ。だから多分、神坂さんが来ても大丈夫だと思う!」

 後から思えば、本当に自分勝手な、身勝手な発言だった。なんせ俺は自分の家ではなく、人の家に泊めると言ったのだから。

 しかし咄嗟の出来事だったため、俺のような気遣いの悪い人間には、これくらいの対応が精一杯思いつくことだったのだ。

「…………」

 複雑な顔をする神坂さん。

 それは天地自身のことが未だに、イマイチ苦手なためなのだろうか、それとも、これ以上他人に迷惑をかけることに躊躇しているのだろうか、それは分からない。

 だが、迷っているという意思だけは汲み取れた。

「なんなら俺が交渉するからさ?事情も事情だし、あいつなら分かってくれるだろう。それに、このまま行く当てもなくここに居ても、図書館は閉館するから、ずっとここには居られないよ?」

 俺の説得に、神坂さんは顔を俯け長考したが、やがて諦めたように顔を上げ、虚ろんでいる瞳を俺に向けた。

「…………そうだね、ここは公共の場所であって、あたしの部屋じゃないもんね……それに、強がっても行く当てなんてないんだし……うん、岡崎君、天地さんの家まで案内してもらってもいいかな?」

「あ……ああ、モチロン!それじゃあ行こうか!」

 俺は神坂さんを連れ、一度駐輪場でクロスバイクを引き取ってから、先程疾走していた道を、今度は鈍足で、歩いて逆行していく。

 その間、神坂さんはなんの言葉も発さず、辛うじて、俺に着いて来るといった感じで歩を進めていた。

 まるでそう、魂を抜き取られてしまった、人形のような、そんな姿に俺には見えてしまった。
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