その後の荒野から。ー終末の兄弟ー

煮卵

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開いたゲート

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「サキ、もう行くよ。」
「えっ?お兄ちゃん!!待ってよ!!」

 10歳の少女には少し大きいと思えるぼろぼろのボストンバッグ。
 それを引っ掴むと浮いた車の後ろに放り込むサキ。
 重い金属音を残して少し沈む車体。
 彼女は今日も忙しなく隣に座った。

「せっかち、少しぐらい待っても良いのに。」
「大分待ってました。サキが寝坊するからでしょ。」

 イグニッションキーを捻り、エンジンを掛ける。
 シュルル、ぼふぅん。気抜けする始動音。
 独特の浮遊感で浮き上がる車。
 いつも通りだ。
 小さな振動にフロントのアクセサリーが揺れる。

 こいつの原動力はガソリンじゃない。
 ついでに言えば水素じゃないし、ハイオクなんかでもない。

 これは魔力で動いている。
 車体は浮くし、タイヤなんか無い。
 スピードは30キロから300キロ。勿論時速で。
 簡単な造りでもこれくらいは出てしまう。
 欠点としたら補給するのが自分の魔力しかないって事くらい。

 ゆっくりと開くガレージのシャッター。
 目の前には消えかけた道と、森。
 飛ばせば鬱蒼としたここはすぐに終わり、砂漠と荒野になってしまう。
 この世界は終わりかけ。
 というか一回死んだ。

 ある時に異界の異形と魔力が地球に現れたらしい。
 日本人がいち早く能力に目覚め、そこからは異能力の大惨事。
 第三次世界大戦だ。
 大惨事だけに。

「……行かないの?」

 おっと、せっかちが怒る前に出るか。

「ちょっとぼーっとしてたよ。」

 アクセルを踏んで一気に加速する。
 フロントガラスを駆け抜ける緑の流れ。
 最後に軽く枝に触れると緑は消え去り、黄色と土色の荒野が広がる。
 ああゆう局地的な森や都市は残された魔石で動いている。

 この環境破壊の原因。

 入り乱れる光線と破壊。
 書き換えられる事情と物質。
 それに耐えきれなくなった人達が異界に渡る技術を開発したらしい。

 そんな痕跡など残ってない荒野を見渡して思う。
 近くの残骸都市を利用したコロニーは遂に内部抗争で潰れたらしいし。

 異界に渡る。

 そんな夢の様な技術で戦争は終わった。
 人類も終わった。
 もう残っているのは、僕とサキくらいじゃないかな。

 親はコロニーで殺された。
 サキはまだ名前でしか呼ばれて居なかった。
 それから2人でどうにかやってきたのだ。

 内部抗争を思えば、早くに出て来れたのだから良かったのかもしれない。
 それから度々こうして物資と本を求めて各地の残骸を回っている。
 本は色々な知識をくれた。
 無かったらここが地球と呼ばれていたことすら知らなかっただろう。

「マキ!あれ……」

 いつもは二度寝をしているが、今日はどこかを指差して固まっていた。

「ゲート……?」

 遠くに薄っすらと紫の光が見える。
 嘘だろ?
 まだ生きているゲートなんて……あるのか?

「行ってみよう。」
「うん。」

 サキが頷くのを見てスピードを上げた。
 本当に、もし本当にゲートだったらここから出れる。
 こんな終わりかけの世界から。

 ぐんぐんと近づく光。
 果たしてそれはーー

「ゲート……ゲートだよこれ!!」

 半ば急停止の揺れをものともせずに車からぴょんと飛び降りるサキ。
 今まで見たことないくらい興奮して見とれていた。

「だね……ちゃんとゲートだ。」

 自分の目の前にあったのは高さ3メートルほどの長方形の光。
 薄紫、不思議に煌めくこんなのはゲートしかない。

 多少焦りながら車を出てよろける。
 今自覚する。
 これは、自分も人の事を言えないくらい興奮してる。

「機械も無いのにどうやって……」
「向こうから開いてるんじゃない?」

 呆然と見上げていると、サキが腕に絡みつく。
 熱い、暑いって。

「向こうから?こんな所に?」
「マキが知らなかったら私が知る訳無いよ。」
「とりあえず離れてよ……」

 言いながら身をよじらせると、実に嫌そうに離れてくれた。
 密着している所がどんどん熱くなるのだ。
 熱でもあるんじゃないのかな?

 まぁくっつくのは……不安なんだろうけど。
 でもゲートが取って食う訳ないんだから。

「行ってみよう。」

 生唾をごくりと飲み込んだ。
 ここを通れば異界に行ける……
 その事が胸に迫っていた。

「えっ、行くの……?」
「……ここに居たっていつか死んじゃうよ。だって、近くで補給出来る廃墟も殆ど探索したし……」
「でも……あっちがどうなってるかも、分からないよ……?」

 不安そうに言い澱む妹に笑顔を向けた。

「大丈夫。」

 サキは二、三度何かを言おうと口を開いたが結局なにも言わなかった。
 ゲートは普遍的な安全性を持っている。
 詳しい説明は専門用語だらけで分からなかったが、とにかく安全なのはほぼ確実なのだ。
 この世界にいるよりかは、まだ希望がある。

「わかった。」

 そう力強く頷いた。
 でもまだやっぱり不安そうな顔をしている。
 その手を握って、落ち着けるように包んだ。

「大丈夫。」

「はぐれたりなんかしないから。」

「今までみたいに手を繋いでいるから。」

「だから、大丈夫。」

 彼女の不安そうな感じは無くなり、真剣な眼差しになった。
 サキのボストンバッグは物資の探検をする時の全てが詰まっている。
 もうなにも問題は無い。

 確認するように頷いた。
 頷き返すのを見て、ゲートに向かって進んでいく。
 サキの手は思ったより、まだ柔くて小さいままだった。

 その日、その世界からは又2人が消えた。

 1693年ぶりの事だった。
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