器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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入学編

5話 『ルネス・シェイド』という男

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 魔法学園前で、ルネスは大きく溜息をつく。
 筆記試験と実技試験が終わりもう帰宅の時間なのだが、ルネスには一切手応えがなかった。正確には、実技試験の手応えがまるでなかった。筆記試験に関しては問題ないどころか満点の自信さえあった。何しろこの国、この世界の知識を片端から頭に叩き込んだのだ。
 しかし魔法学園も騎士学園も同様だが、入学試験は筆記よりも実技のウェイトが非常に重い。卒業後は騎士団や魔法師団にエスカーレーター式に所属する学園なのだ、当たり前といえば当たり前なのだがルネスにとってはそれが非常に厄介だった。
 実技の内容は20m程離れたところにある青銅製の的を破壊するというシンプルなものだったが、周りの人間が豪快な炎や鎌鼬のような鋭い風でバンバンと的を破壊していく中でルネスは小さな雷で的に少し焦げ目を付けただけだった。
 周りからは失笑が漏れ、試験監督の目にも呆れの色が滲み出る。そんな結果だった。
「合格…する気がしないなぁ。父上にあれだけの啖呵切ったのに、どうするかなぁ…。」
 トボトボと帰路についている途中、ルネスは街中でとある建物を見つける。
「…ギ、ルド?そんなものもあるのか。」
 『ギルド』と書かれた看板を見て、ルネスの心が少し踊る。この世界のギルドがどの様なものなのか、ルネスは気になり少し立ち寄ってみることにした。
 ギィ…と音を立ててギルドの扉を開ける。中はどちらかというと酒場がメインなのか、筋骨隆々な男たちが大きなジョッキを片手にワイワイと騒いでいる。
(ザ、って感じだな。)
 酒に興味のないルネスは酒場の方には目もくれず、カウンターの様なところに向かう。
 カウンターには受付嬢と思しき女性が3人、横に並んで客(というよりも冒険者)を捌いていた。
 ルネスは周りが行儀よく並んでいるのに倣って最後尾につく。そうして暫く待っていると、ルネスの後ろの方から何やら大声で騒ぎ立てるグループが近づいてきた。
「おいおいおい、ここはいつから子守をするようになったんだ?」
「ここは俺たちみたいなオトナが来る場所なのに、なんだかガキくせぇなぁ?」
 ゲラゲラと笑いながら明らかにルネスを馬鹿にするような会話をする2人組。しかしルネスはまるで聞こえていないかのように2人を完全に無視している。
 ルネスの後ろの2人はルネスが突っかかってこないのをいいことに散々煽り倒しているが、ルネスは全く反応しない。だんだんと周りの注目がルネス達に集まってきた。
「おい、聞いてんのかテメェ!」
 全く反応がないルネスに痺れを切らしたのか、2人組のうちの1人がルネスの肩に向かって手を伸ばす。
 しかしその手がルネスの肩に届くことはなく、男が気付いた時には既に床の上に仰向けに倒されていた。
「…へ?」
 現在進行形で寝そべっている男も、周りで見ていた野次馬も何が起こったのかわからないとばかりにポカンと口を開ける。つい一瞬前までルネスの後ろに立っていた男が気付いたら音もなく床に仰向けに倒れているのだ。
 そんな中、ルネスただ1人が何事もなかったかのように列に並び直す。我に返ったもう1人の男がルネスに食ってかかる。
「おいテメェ!今何しやがった!」
 明らかにルネスに向けられる言葉であるにも関わらず、尚も無視を貫くルネス。無視され続けたことによる苛立ちと目の前の人物に対する恐怖に支配された男は、ルネスに向かって自身の獲物である大きなハルバードをルネスに向けて振り被る。
 ズドン!という音と共にギルドの床にハルバードが深々と突き刺さる。と同時にハルバードを振るった男は手から獲物を離して地面に崩れ落ちた。
 男の目の前にはいつの間に移動したのか、ルネスが立っていた。
 ルネスは能面のような表情をしていた。一切の感情がその顔から抜け落ちていた。それはルネスが前世で仕事をする時にしていた表情と同じだった。
 確かにルネスに才能はない。今世でも前世でもそれは同じだった。ただだからと言ってルネスが弱いという事とイコールではない。
 才能がないなら努力すればいい。出来ないなら出来るようになるまでやり続ければいい。そう言ってありとあらゆる技術を身につけてきた。それが『夜慆祐樹』という男だった。
 ルネスが最初に転ばせた男の方を向く。その表情を見た男は次は自分がやられると思い込み、床に倒れ伏している仲間を担いで大急ぎでギルドを出て行った。
 静寂に包まれるギルドの中で、ルネスは何事もなかったかのように再び列に並び直す。数秒遅れてギルド内に喧騒が戻るが、話題の内容が今目の前で起こった光景に変わっていた。吐きかけた溜息を飲み込んでルネスは自分の番が来るのを待つ。



 暫くして自分の前にいた人が全員居なくなり、ルネスの番になった。ルネスが受付嬢の前に行った時に受付嬢の顔が若干引き攣っていたが、ルネスは大して気にしなかった。
「すいません、ギルドに登録したいんですけど。」
「ごめんなさい、ギルドに登録できるのは12歳になってからなの。もう少し大きくなってから…。」
 ルネスは反論の代わりに身分証を提示する。魔法学園の試験に必要だったためゲインから与えられていたものだ。そこにはしっかりと『ルネス・シェイド 12歳』と表記されている。
「た、大変失礼致しました!」
 受付嬢が慌てて謝罪する。ルネスからしてみたら歳を間違えられるのは日常茶飯事だったのでさして気にしていなかったが、大の大人が見た目8~10歳程度の子どもに頭を下げている光景は否応にも周りの注目を集める。このまま何も言わないのも居心地が悪いのでルネスは受付嬢に優しく声をかける事にした。
「大丈夫ですよ。僕自身こんな見た目なので、よく間違われてしまうんです。なので気にしないでください。」
 その一言でテンパっていた受付嬢も多少はマシになったのか、ギルド登録のための手続きを始める。
「それでは、この紙に名前を記入してください。あ、代筆は必要ですか?」
 この世界の識字率は高い方ではあるが100%ではない。まして冒険者になろうとしている人間はまともに文字を書くことが出来ない場合が多い。そのための代筆の提案だった。
「いえ、大丈夫です。」
 ルネスは受付嬢の提案を断ると自らでペンを握り差し出された紙にスラスラと名前を記入する。
 名前を書き終えると、紙がボウッと燃えカードのようなものに変わる。そこには先程ルネスが書いた名前とどういう仕組みなのかルネスの顔写真が添付されていた。
 その光景に驚いていると、受付嬢が微笑ましそうに笑いながら説明する。
「この紙には光属性の反射魔法と投影魔法が付与されているの。だから名前を書く時にその人の顔を読み取って、カード化する時に投影させるの。
 …はい、これが貴方のギルドカードです。クエストを受ける時はこのカードと受けたいクエストを受付に渡してください。クエストはこのカウンター横のクエストボードに貼り出されていますので、そこから選んでください。
 ここまでで説明は終わりだけど、何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
 ルネスは受付嬢から差し出されたギルドカードを受け取る。
「うん、それじゃ頑張って!」
 最高のスマイルに送り出されながら、ルネスはギルドを後にした。
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