器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

23話 戦友と忌敵

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「…ス、ルネス、ねえルネスってば。」
 身体を揺すられながら名前を呼ばれ、ルネスは意識を現実に戻す。
 そこには正面からルネスの名前を呼ぶボーダと、それを遠巻きに見ている数名の生徒たちが居た。
「そろそろクラスの皆も来始めたし、私達もどこかに座らない?」
 そう言われ、ルネスは辺りを見渡す。あれからどれくらいの時間が経ったのかは定かではないが、既にかなりの数のクラスメイトがコロシアムに用意された席に座り、友人たちと談笑していた。
「ごめんボーダ、考え事してた。」
「知ってる。」
 ボーダが呆れ気味に笑う。ルネスは立ち上がると、ボーダに向かって手を差し伸べた。
「どうぞ。」
「…ありがとう。」
 気恥ずかしそうに差し出された手を握るボーダ。自分からならどんどんアクションを起こせるが、逆にアクションを起こされるのには弱いらしい。それでも、握った手を離そうとはしなかったが。
(まあ、いいか。)
 手を握り続けるボーダに対して特に何も言うことはなく、ルネスはボーダと一緒に空いている席へと向かうことにした。



 やがてアンリがやってきて、2日目の実技試験が始まる。
 ルネスもボーダも難なく2回戦を突破し、続く3回戦。ボーダの相手はDクラス内で最も火属性魔法に優れていると言われている女の子だった。
「ボーダ、あなたと戦えるなんて、嬉しいわ。」
「私もよシャリナ。」
 たった一言だけだったが、いつものボーダからは想像もできない闘志に満ち溢れた声だった。
「それでは、始め!」
 コロシアム内にアンリの号令が響き渡る。
 同時に、2人が魔法を構築し始める。ボーダは先程ルネスを負かした”氷弾”を、相手の女の子は以前メルトが使った魔法、”蒼炎球”をそれぞれ放とうとしている。
「どっちがDクラス最強か、白黒つけようじゃない!」
「望むところよ!」
 ほぼ同時に完成した2つの魔法が、それぞれの相手目掛けて襲いかかる。威力で言えば蒼炎球に軍配が上がるが、撃ち出された蒼炎球が1発だけだったのに対して氷弾は12発だった。互いの魔法が空中で交差し、獲物目掛けて真っ直ぐに飛来する。
「くうっ!」
 相手の女の子が咄嗟に防御魔法を展開する。それに対してボーダは新たな攻撃魔法をする。
「…まじか。」
 思わずルネスが感嘆するほどの魔法。ボーダが発動したのは水属性魔法の中でも高位の魔法”ブリザード・テイル”だった。
 3ヶ月間授業に出ていないルネスは知らないことだが、実はボーダはDクラス1の水属性魔法の使い手である。その為、他のDクラスの面々はボーダがブリザード・テイルを使っても「流石はボーダさんだ。」程度の反応にしかならないが、ルネスは違った。
(確かブリザード・テイルって高位の水属性魔法だったか。ボーダ、そんなのまで使えるのか。
 まあ発動までに結構時間が掛かっているのがネックだけど、今回は相手が追撃を考えずに防御に徹したのが幸いしたか。)
 ルネスの中では既に勝敗は決していた。ボーダの放った追撃は瞬く間に蒼炎球を呑み込み、轟音と共にシャリナへと迫っていく。シャリナも必死に防御魔法を展開するが、それを嘲笑うかのようにボーダの作り出した吹雪は防御魔法ごとシャリナを飲み込んだ。
「そこまで。」
 アンリの合図で、轟々と唸る吹雪は嘘のように消え去った。ボーダはアンリにぺこりと一礼すると、倒れているシャリナの元へと走っていく。
「ナイスファイト。」
 ボーダが手を差し伸べる。
「あーあ、負けちゃったか。」
 負けたシャリナは悔しそうな、しかしどこか清々しい表情でそう言うと、差し伸べられたボーダの手を取って起き上がる。
「ベスト12、おめでとうボーダ。でも、次は私が勝つから。」
「ありがとうシャリナ。でも次も絶対負けない。」
 お互いに固い握手を交わし、会場を後にする。
「あ、そうそう。愛しのルネス君によろしくね。」
 去り際、シャリナがせめてものお返しとばかりにボーダに言う。言われたボーダは顔を真っ赤にしてシャリナに言い返す。
「い、愛しじゃないし!!」
 シャリナはやれやれ、と肩を竦めて去っていった。
「……。」
 ボーダにしか聞こえない声で言ったシャリナだったが、耳のいいルネスにはバッチリ聞こえていた。何とも言えない表情をしながらボーダの帰りを待つルネスだった。



「そろそろルネスの番だね。」
 3回戦も最終試合、ついにルネスの出番が回ってきた。相手は…
「メルトか…。」
 何かとルネスと縁のあるメルト・ブラウニーだった。
「大丈夫かな、メルト君あれから何だか様子が変だし。」
 この実技試験が始まってから、メルトは何かとルネスに対して明らかな殺意を向けている。それは他人が見ても何となくわかる程のもので、ボーダも心配そうにルネスに問いかける。
「ルネス。その、私がこんなこと言うのもおかしいかもしれないけど…出来るだけ優しく勝って欲しいの。彼、ルネスにはあんなだけど優しい人だから。」
 ルネスが負けるとは万に一つも思っていないのだろう、既にメルトの心配をするボーダ。ただ何と言ったらいいのかわからなかったのか、『優しく勝つ』という何とも破茶滅茶な注文をしてきた。
「そもそも勝てるかどうかも怪しいけどね。」
 そんなボーダに軽い冗談で返しつつ、会場へと向かうルネス。ボーダはそんなルネスの背中を心配そうに見つめる。
「まあ、本当に勝てる自信はないんだけど。」
 誰にも聞こえない程の声量で呟くルネス。これは紛れも無いルネスの本心だった。
 魔力量、魔力操作に関してはルネスは群を抜いている。しかしそれ以外の面は他の魔法使いに劣っているのが現状だった。
 そもそも無属性魔法には、他の6属性魔法に当たり前のように存在する遠距離攻撃の魔法が殆ど存在しない。つまり、ルネスには攻撃手段が無いのだ。
 1回戦2回戦は共に相手の攻撃を上手く利用して勝ち抜いてきた。ただ今回は上手くいく保証がない。蒼炎球の様なある程度高威力の魔法を同時に放たれたらその時点で終わりなのだ。ルネスにとって、あまりにも分の悪すぎるマッチアップだった。
(まあ最悪負けても成績的にはそこそこのところだろうし、俺の目的はここで勝ち上がることじゃないからいいか。)
 自分の中である程度の折り合いをつけ、決戦のリングへと足を踏み入れる。
 そこには既に、メルトが立っていた。その眼には溢れんばかりの殺意を宿し、激しくルネスを睨みつけている。
「始まる前からずいぶん殺気立ってるな、メルト。緊張してんのか?」
「ルネス…俺は今日という日を楽しみにしていたぞ。
 貴様のせいで俺の人生はズタズタだ。親からは失望の眼差しを向けられ、更には一昨日のお前の行動のせいで恥までかかされた。俺はお前に借りていたものを返さなきゃいけないんだ…。」
 いやらしく口角を吊り上げて笑うメルト。ルネスはそんなメルトを見ても馴れ馴れしい態度を崩すことなく接する。
「まあそう怒るなよメルト。これはテストなんだから、気楽にいこうぜ。」
「あぁ、所詮これはテストだ。だから、だよな。」
 あからさまに何か起こりますよ、と言いたげな物言いだがルネスはあえて触れなかった。何か起こったとしても基本的にはアンリの防御魔法があるから安全だし、最悪自分から規定ラインを越えてしまえば失格扱いになる。そう考えていた。
 しかし後に、ルネスのこの考えが取り返しのつかない事態を引き起こすことになろうとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。
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