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〜第四章 変わりゆく時代〜
73話✡︎ベルガルの策✡︎
しおりを挟む翌日、ゴブリンの主だった指揮官達が到着する日が来た。
ユリナは何かを振る音で目を覚ます。
ブン!ブン!と何かを激しく振っている音がするのだ。
ユリナは天幕の外を眠い目を擦りながら、覗き込むとそこには上半身に何も着ないで暗黒を振るトールがいた、あの大剣をそこまで音がする程、激しく力強く振っている……
ようやく顔を出してきた太陽に照らし出されるその肉体はしなやかさを感じさせ、尚且つ力強く精悍そのもので美しさを感じさせる、とてもゴブリンとは思えないものがある。
ユリナは星屑の太刀を持ち、天幕の外にでて声をかける。
「私も付き合わせてくれない?」
「あぁ、いいぜ……教えてなかったな、毎日剣を振れ大剣は振り下ろすか薙ぎ払うのが基本だ……その二手を自分の手のように振れなければ話にならない」
トールが教えながら暗黒を振り続ける……
ユリナは少し距離を取りトールと同じ様に振り始める。
「星屑の太刀か……やはりいい剣だな」
「木剣は使わないの?」
「あんな物は素振りで使うな、自分の太刀を振り抜け、握り続けろ!
太刀の重さを自分の重さにしろ……
でなければ……」
そうトールが言った瞬間にユリナに向かい一歩踏み込み凄まじい速さで、ユリナの首を暗黒の刃で寸止めした。
「こんな事も出来ねぇ……
剣ってのはな体の一部になるんだ
今のは俺の拳だ、そう思わねぇと……
本気で死をかけても何も出来ねぇ……
剣を剣と思うな!拳と思えいいな」
トールの目は真剣そのものだった、ユリナは解っていた。
トールに本気で戦っても勝てない事は理解していた、だが……今の寸止めは目では追えたが体が動かなかった。
ユリナは真剣な眼差しで静かに頷く。
トールはまた素振りを始め、ユリナもそれに合わせて素振りを始めた……
トールはオプスを救うためにクリタス時代に毎日欠かす事なく暗黒を振り続けた。
その想いが叶った今でも振り続ける……
今度は守るために。
そしてエレナ達が起き二人が熱心に素振りをしているのに気付く、まだオーク達は起きて来ない。
「私達も負けてられないわね」
エレナがそう言い、カナを連れて剣の練習をし始める……
そして暫くしてオーク達が起き始め、四人は剣の練習を終え朝食をとり終えた頃に、ベルガルとダンガードが到着した。
「流石だな……」
ベルガルが陣の出来栄えに驚いていた。
「これだけの陣は我らでは六日じゃ出来んの、長老院に欲しいくらいだわい」
ダンガードが笑いながら言う。
(生涯かけても出来んと思うがな……)
シェラドがそう思いながら出迎える。
その日の昼に予定通りゴブリン達の指揮官達が到着した。そして大天幕に案内し昼食を振る舞う。
ゴブリン達は驚いていた……
アグド国内の料理に混じり、セレスの料理が並んでいる、カナが作った料理だ。
「これは、アグドはセレスと交流があるのか?いや……宿敵だったはず」
彼はゴブリンの軍を統括する指揮官ダクタリオスがそう言う。
「セレスから水の巫女が今友好を深めようと来てくれている。
セレスもそなた達の事を考えてくれ今回は第三者として、我らの話を聞いてくれる事になっている」
ベルガルが説明している、通常この様な場では相手に第三者がいる事は前もって知らせるべきであるがベルガルは、彼らの度量を測りたくてあえて伝えなかった。
その為にベルガルは既に把握した。彼らは本気で話に来てくれたと……そしてエレナが水鳥の法衣を来てその天幕に入って行く。
袖と少し長いスカートに水の羽をイメージした刺繍が施され、高い魔力を持つ者が纏うとその羽の刺繍が舞ってる様に動く、ワンピースの様な、法衣と言うよりドレスに近い、儀式にも使え正装にもなる法衣である。
ゴブリン達はエレナの美しさに目を奪われ、それと同時にこの会談が公平に行われる事を悟る。
そしてダクタリオスが聞く。
「オプス様とトール様はまだいらっしゃるのか?」
「私はここに居ますよ」
そう言いながらオプスもエレナの後に続いて入って来てゴブリン達に伝える。
「私の可愛い子らよ、私はあなた達の話し合いには参加しません。
あなた達の力で話し合いをしなさい、アグドの王もあなた達の事を良く考えてくれてます……
私も見守って居ますから、伝えたい事を精一杯伝えなさい」
そう言い優しく微笑んでいる。
ゴブリン達は席を立ち、オプスに礼を取り言う。
「オプス様!何卒我らにお力添えを……
我らは非力……オプス様の御加護を!」
ダクタリオスが願うが、それに対してオプスは微笑みながら言う。
「安心しなさい、この場で不公平な話であるならば私も考えはしますが、地上の事は地上で決めて欲しいのです。
貴方達が自ら未来に進める様に、私も見守っておりますので、貴方達の未来は貴方達が決めて下さいね」
オプスがそう言うと、ピリアに手を引かれ隣の天幕に移る。
神が地上の事に口を挟むのは良いとは言えない。
基本的に願いを聞き、それが良いか悪いかを伝え時折知恵を授ける程度である。
ゴブリンは僅かな不安からオプスに願い出たが、オプスは彼らにそれを託した。
彼らにはオプスの言葉だけで、十分であった主神である、闇の女神オプスの言葉を信じていた。
そして食事は穏やかに進み和やかに終わり。それから二時間後に会談を予定していた……
ゴブリンの高級士官はダクタリオスを含め三人いるらしく、他の士官は参加しない様である、会談が始まり、最初に軍関係のことが話し合われた、ゴブリン達は不可侵を求めている。
ベルガルはその様な事は必要ないと伝え、ゴブリン達が動揺する。
エレナが何故かとそれを聞くと、ゴブリン達も身を乗り出す様に聞く……
ベルガルが微笑みながら話し出す。
「まず、国王らしく無い事を言わせて貰おう。
我々アグドがそなた達とクリタス山脈を争い始めたきっかけは、八万年前にクリタス王国に侵攻し、クリタス山脈を切り取ったことに始まる……それを深く詫びよう。」
無論八万年前など誰も知らない、アグドの記録に残っている歴史だ。
そしてそれを国王が詫びる事は、この後の話は対等でなくクリタス側が主導権を握る様な形になるのは目に見えている。
国王らしく無い事を本当に言った。
ベルガルはあえてその形をとった……エレナはベルガルを見るが、特に変わったことは無いがダンガードが僅かに微笑んだ……エレナはそれに気付いた。
(これはお手並み拝見かしら……)
その様子を見てダクタリオス達は早速自治権を求め、斬りこむ様に話し出す。
それに対してベルガルは答える。
「自治権など求めず、独立すれば良いでは無いか?
八万年前の詫びとして我々はそれを認めよう、其方達の国を持ち、クリタス王国を再建すれば良いのではないか?」
その言葉を聞いてゴブリン達は一瞬で崖っぷちに立たされた。
何故かと言えば、彼らの持つ兵力は僅か二個師団……
たったそれだけの兵力で独立した場合、他国が攻め入って来るのは目に見えている。
クリタス山脈には豊富な天然資源がある、それを欲しがる国があってもおかしくは無い。
いままでアグド領内に居るために地下都市トールを他国が狙わなかった……
それはアグドが屈強な戦士の国、軍国主義国だからである。
その戦力はドワーフの国パルセス一国を相手にするならば、一月程で首都を確実に包囲出来る、その為にどの国もアグドに宣戦を布告する様な真似はしない……
ベルガルは下手に出つつ、見事に相手の喉元に刃を突きつけていた。
それと同時に、ゴブリン達もアグドの庇護の下にある事を教えられた。
エレナはベルガルの手法を見て、ベルダ砦でエレナが敗北した時を思い出した……
ベルガルは肉を切らせて骨を断つ、それが得意の様で策士としての才もあるように感じた……
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