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〜第十一章 メモリア・黒い天使〜
200話❅黒い天使の噂❅
しおりを挟む其れから更に十日程して、北に向かっているカイナとパイスは小さな村についた。
ここはテリング領内で平穏な村である、片腕の女と少年の旅は普通なら苦しい旅に思えるが、野盗に襲われる度にカイナが片腕のまま槍を振るい、命は取らずに一掃して行くので襲った野盗の方が、食料や金品を置いて命乞いをして去って行くので、何も不自由しなかった。
むしろ襲った野盗の方が哀れなあり様であった。
途中でガルドルフ地域を離れるまでの間に、幾つかの村をカイナは救っていた。
そこで村の人々に安全な場所に逃げる様に、カイナは促し続けていたのだ、カイナ程の腕を持つものが逃げる事をひたすらに進めた結果、戦場になった小国から難民が北に向けて動き出していた。
そしてカイナは『黒い天使』と呼ばれ始めていた、ある魔道士が魔術を使いカイナを見て漆黒の翼を描いたのが始まりとなり、テリング王国ではカイナを雇おうとする領主まで現れてカイナを探していた。
だがカイナは見つからなかった、前世の経験から幾らでも身を隠す術を知っていたのだ。
「お姉ちゃん
少し寒くなって来たね」
パイスが言う。
「そろそろ北方地域だからね……
あったかい服も用意しないとね」
そう言い、カイナは小さな村の服屋を探し始めた。
その頃パリィは、グラムとカルベラ隊を護衛にして新しくパリィの元に集まった村を何カ所も訪問していた。
もうすぐ今年最後の交易がテリングに向かうので、必要な物がないか直接見に行ったのだ、使いでやり取りすれば良いことだがパリィは自ら足を運ぶ事で、マルティア領内の村との絆を作り上げようとしていた。
一度ではなく何度も通う必要があるが、そこは地道にやって行こうと決めた。
ある程度まわって帰路に着く、パリィは最後にまわった村で『黒い天使』の噂を聞いた、ガルドルフ地方からセクトリアに向かって旅をしているらしい噂で、気になっていた。
とても強く、幼い少年を連れているらしかった、だがパリィはその『黒い天使』がセクトリアに来るのは来年になると予想した、それは冬が近づいているからだ。
グラキエス山脈の山越えは冬には厳しすぎる、パリィなら少年を連れてなど考えない、軍隊ですら動けなくなり、多くの犠牲が出る事が目に見えている。
パリィはそう考え、その『黒い天使』が訪れるのを楽しみにした。
数日後パリィはセクトリアに戻り、急いで交易品のリストを作成する、送る品も今回は各村から集めて来た、各村の特産品になる物も把握した。
その中でも鉄鉱石が取れる村があった、小さな鉱山を持っていて、全て自分達の村で使っていたのだ、パリィは鉄鉱石を多めにもらい、テミアとテリアが作った鍛冶屋に持って行った。
テミア姉妹はその鉄鉱石が良質な事を見抜いて、武器と防具を作り始めた。
そしてその様子をみて、これが武器や防具じゃなければいいのに、この争いが何処かで起きる世界を変えようと思いながら見つめていた。
パリィは南方の情報を集める様に指示を出し、ふと魔法の指輪から記憶の実を取り出して見つめる、植えてあげたいとは思うが、何故か取っておいた方がいいと思ったのだ。
懐かしい思い出を見つめていると、少し気持ちが軽くなる、クイスからベルスの知らせを聞いて建国を急ぎ、建国して日にちが経つ軍の編成や新しく加わった領土を見たり、パリィは忙しかった。
幸いコルクスの村の長老ガイべが極北地域の詳細な地図を持っていた為に、それを写して様々な作業が行われた。
パリィはふと何かを感じて外に出た、深く深呼吸をして良く確かめる。
「今年は初雪が早いみたいね……
でも後二十日かな?」
そう呟いて屋敷に戻る。
「パリィ様
何かあったのですか?」
メーテリアが聞く。
「ううん
今年は初雪が早いみたい
二十日後くらいに降りそうだから
早く交易隊を出発させないとね」
パリィが言う。
「二十日?
だとしたら帰りが心配ですね
ここからテリングまで
片道三十日はかかります
グラキエス山脈を超えられるでしょうか?」
メーテリアが交易隊を心配していた。
「多分大丈夫かな
カイナクルスも
マルティアに加わってくれたから
帰りはそこで様子見れると思うし
ガイザスに一軍を率いてカイナクルスに駐留する様にお願いしたから
何かあってもメーテリアの為に何とかしてくれるよ」
パリィがそう説明してくれた。
アイファスから極北地域に旅立って、唯一道筋にあったカイナクルスの街は、パリィの呼び掛けに答えてマルティアの一員になってくれたのだ。
今では再興したマルティア国の最南の村である、マルティア国にとってとても重要な村となっていた。
カイナクルスは交易路の途中にあり、交易品を守る拠点にもなり休憩地点にもなる。
だがアイファスを攻めた好戦的なセントリアの街も近くにある、その為にパリィは部隊を駐留させる事にしたのだ、予めカイナクルスに負担をかけさせてはいけないので、交易品の中には、駐留部隊の食料も運ぶ予定になっている。
「ふぅ」
メーテリアが少しため息をつく、国の為に動いてくれるのは嬉しいが、メーテリアの為にと言われると困ってしまう、そんな様子を見てパリィはふふっと少し微笑み、紅茶を入れにその場を離れた。
再興したマルティア国は、建国の宣言の後に多くの村が加わり領土は過去のマルティア国の五分の二程度まで回復し、各村や街の兵を全て合わせれば兵力は一万程度までこの短期間に増えていた。
その兵達を全て養い統率しなければならない、だが極北地域の兵達は戦いが無い時は訓練だけでは無く別の仕事もしているので、千年前のマルティア国の政策が根付いているのを再確認出来た為に、それ程苦にはならなかった。
パリィは思い立った様に、途中まで交易隊について行く事にした。
交易隊は二日後に出発する様に支度を急がせた、冬を迎えればその間は北方地域より北は心配ない内政はバイドに任せればいいが、軍事の訓練もしなければならないのが悩みの種であるが、今は街道の整備が最優先で後回しにするしかなかった。
バイドもそれは理解していたのか、地図を睨み街道を出来るだけ早く作る事を考えていた。
「メーテリア支度して
二日後に交易隊に
途中までついて行くから」
パリィはそう言い、急いで留守の間にしといて欲しい事を紙にまとめている。
「ほえ?」
メーテリアは急にそう言われて、驚くが支度は既に出来ている。
千年前もちょくちょくキリングと旅に出ていた、その為にまたあるかな?と思い荷物を魔法の指輪に整えていた、後は保存の利く食料を入れるだけである。
だがメーテリアには別の支度がある、パリィにも、ロディニナ地方に行った時と同じ様にバイドに渡す、計画書と指示書二人は急いで作成して行く。
「パリィ様
今度はどちらに行かれるのですか?」
メーテリアが書類を作りながら聞く。
「久しぶり私の森に行こうって
そう思ったの
来年はすごく忙しいと思うし
この先
何年行けないか解らないから……」
パリィが羽ペンを走らせながら言う。
「パリィ様の森……
行って見たいです!」
メーテリアが元気に言ってくれる。
「ありがとう
じゃ支度も早く終わらせて
やりかけの仕事も終わらせよ」
パリィはそう言い、既に一つの計画書を説明まで丁寧に書き終わっていた。
新しく集まった村々も冬支度はしているので、国として送る必要のある物資は特に無かった。
パリィとして気になるのは、来年の雪解けである、その季節は盗賊達が冬眠から覚めた熊の様に動き出す。
その指示もしっかりと書いておく、パリィの帰還が来年になる可能性があるからだ。
二日後、パリィとメーテリアは交易隊と共に南に向かった。
シャナの森を通過して、交易路も確認して行くパリィは様々な事を考えている、マルティア国の最大の強みは普通なら弱みになる、それは大自然である。
極北地域、何も無いようなこの土地で、南方地域から見れば信じられない程の国力を保持していた。
それは厳しい自然を傷つけず、流通に力を注いだ為に勝ち得たものである、パリィはその為に、いま大切な時期であるが、セクトリアを離れグラキエス山脈の街道を再確認することも含めて交易隊について行ったのだ。
グラキエス山脈を通り、死者の村となってしまったテンタルトを見下ろせる場所に再び来た時、テンタルトは以前見た悲しい姿を見せる事は無かった。
パリィは交易隊を止めて、テンタルトに向かい祈りを深く捧げた。
交易隊もメーテリアから事情を聞いてテンタルトに向かい祈り始める、暫くしてパリィは祈りを終えて出発する。
パリィはこの地に慰霊碑を建てる事を心に決めていた、そして自らの領内にテンタルトの様な悲劇の村を、二度と作らないと再び心に刻んでいた。
そして数日が経ちグラキエス山脈を越え北方地域に入る。
カイナクルスの街が見えた時にパリィは驚いた、カイナクルスにマルティアの旗とテリング王国の旗がはためき、テリング王国の部隊が野営をしているのだ。
パリィは急にピルピーを走らせそれにメーテリアも続いた。
懐かしい香りをパリィは感じたのだ。
カイナクルスの街にセルテアが来ていたのだ。
生まれ変わってからパリィが初めてほのかな恋を感じさせたセルテアが、クイスの知らせを聞いてカイナクルスまで来てくれていた。
セルテアはパリィを迎えに、カイナクルスの北の入り口に立っているのをパリィは見つけてピルピーを急がせる。
そして近くまで来てピルピーから飛び降りて、セルテアの前まで行って深く礼をした、
セルテアもそれに合わせて礼を取る。
今や二人は女王と国王である。
だがセルテアはパリィを女王と言う事を忘れさせる程にパリィを元気にさせた。
森に住んでいた時のパリィに一瞬だが戻らせたのだ。
「セルテア国王
いつもマルティアの為に
暖かいご支援ありがとうございます。
そしてテリング王国
国王になられた事
このパリィ・メモリア
心からお祝い申し上げます」
パリィが美しく礼をとり、丁寧に気持ちを伝える。
「パリィ殿
堅い挨拶は抜きにして話しませんか?」
セルテアは国王としてでは無く、一人の人として話してくれた。
マルティアはテリング王国からの深い支援を受けて今は成り立っている、だがそれを話す気は無かった。
セルテアはパリィに、恩を感じさせない様に気を使ってくれたのだ。
「そうはいきません
国としてのお付き合いで大切な事です」
パリィは微笑んでそう言うが、セルテアの気持ちが嬉しかった。
少し離れた場所で、メーテリアが二人のやり取りを、つまらなそうに見ている。
(キリング……
早く帰って来ないと許さないからね……)
メーテリアはパリィとの間を公認しているキリング・フェルトに怒りと同時に早く帰ってくる事を不純な思いで願っていた。
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