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〜ユニオンレグヌス最終章 メモリア・ソロル〜
222話❅英雄の言葉❅
しおりを挟むエレナが地上に降りてニ日後南方地域で異変が起きていた。
ガドルフ地域である。
「なんだ…あれは……」
小さな村の畑を耕している中年くらいの男が言った、この村はガドルフ地域の外れにある小国、サンディナと言う国であるがベルスの侵攻を奇跡的に何度も退けていた国であった。
「またベルスの奴らか?」
他の農民が言ったが慌てる様子は無かった。
「いや……」
最初に気付いた農民が呟いて次に叫んだ。
「逃げろっ‼︎‼︎」
その声を聞き他の農民達も慌てだした、彼の見た先には大平原に黒い線が一筋、横に並んでいるものだった。
それは走り村に向かってくる獣達だった。
双頭の狼の頭を持ち蛇の尾を持つ獣……。
オルトロスの様な獣の大群であった。
小さなその村の人々は慌て逃げ出した、オルトロスの大群の勢いは凄まじく、とても逃げ切れる物ではなかった。
あっという間に村の目の前にまでその大群が迫り、逃げ遅れた人々が絶望した時、一陣の突風が吹き砂を巻き上げ緑色のローブを纏い深々とフードを被った女性と、淡く輝くエメラルドグリーン刀身を持つ大剣を背負った、黄緑色の肌をした屈強な男性が現れた。
「トール……」
その女性が呟き、その男性は大剣を抜きその獣の群れに突進していった。
その者の剣は凄まじく、一振りで数頭の獣を切り裂いていく、だがその目は虚であり意識は感じられ無かった。
まるで人形の様に戦う戦士が一人そこにいた。
(……)
その女性は悲しそうにその戦士を見つめ、獣の群れに向けスッと手を振った。
そして凄まじい鎌鼬の様な風の刃が一閃に走り、獣達は切り裂かれ、まるでその戦士を援護する様に戦い始めた。
その力はかつての六大神の一人、ウィンディアそのものであった。
その頃ユリナは、パリィが行うマルティア国の守護神に、アインズクロノス・エレナを向かえる儀式に出席していた。
パリィとメーテリアがあのお酒を飲む儀式をする筈だったが、メーテリアが嫌がりユリナが代わりにパリィとお揃いの綺麗な巫女の服を来て、丁寧にユリナがお酒を注ぎ祈りを捧げる準備をしていた。
「あのぉ……
なんでムエルテ様と
オプス様が?」
パリィが少し困りながら聞いた。
新しく最高神のエレナに祈りを捧げる前に、既にムエルテが静かに、二人の前に座っていた。
「なぜかのぉ……」
ムエルテは小さく微笑んで言った。
「代理ですよ」
オプスが笑顔で言った。
「代理?」
ユリナが聞いた。
オプスとムエルテは休養中のはずだった、それなのに代理と言ってこの儀式に現れたのだ。
「はい
本当はアインズクロノス様が
来るべきなんですけど……
ちょっと南方地域に行かれてるので
同じ最高神として
ムエルテが来てくれたのです」
オプスが笑顔でそう言うと、ムエルテは紫の輝きを放ち、黒いローブの色も紫に変わっていった。
「き…綺麗……」
パリィが呟いた。
性格がおしとやかならその品のいい顔立ちから、その全身から高貴さを振りまくだろうが、ムエルテはそうでは無い。
「パリィよ
オプスに酒は要らぬ
他のものにせよ」
ムエルテがそう言った。
「えっ…でも……」
パリィが聞いたがユリナは思い出した、その昔の出来事を……。
「はい」
ユリナがそう返事をし天幕の外に出て待機していたメーテリアに言った。
「ごめんね
果物のジュース持って来てくれる?」
「え?
ぶどうジュースですか?」
メーテリアが聞いた。
「そうっ!
オプス様はお酒より
ジュースがいいのっ‼︎
新鮮な果物のジュースをお願いね」
「えっえぇぇぇっ‼︎
本当ですか⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
メーテリアは驚いた。
「お願いねっ」
ユリナが笑顔でそう言った。
「はいっ!
これからはオプス様を
心から祈りますっ‼︎‼︎」
メーテリアはそう言い走って行った。
(うーん……
メーテリアちゃんは
出来れば水の女神と
火の神を信仰した方がいいんだけど……
まぁいっか
あの二人とも六大神ほどじゃ無いし
お酒好きだからね)
ユリナはそう思いながら天幕に戻ろうとした時に、南方地域から強い力を感じた。
(この…風に乗った殺気……)
ユリナはそのまま、その懐かしい殺気を感じた方を見た。
(この力は……
ウィンディア‼︎‼︎)
オプスが心で叫んだ、オプスは間違える筈が無かった、かつての世界での兄妹神の一人、六大神の一人、風の女神ウィンディアの力を間違える筈がなかった。
(ウィンディア⁉︎)
ユリナがそれを聞き、驚いた時にユリナの髪が変換し出した。
「この感じ……」
それは他ならない風の祝福の力が現れ、髪が変わり始めていた。
ユリナは髪を隠す様にスカーフを出して隠した時、メーテリアが急いでやって来た。
「ユリナさん
どうしたのですか?」
メーテリアが聞いたがユリナは慌てて言った。
「あっごめん!
ちょっと用事が出来たから
変わって!」
「えっ!
ちょちょちょちょっと!」
メーテリアが慌てふためく。
「だいじょうぶっ!
オプス様にお酒飲ませないでねっ!」
ユリナはそう言い、天幕の中に突き刺してあった暗黒を巫女の姿のまま背負い飛び出して行った。
(トール……
今までどこにいたのよ……)
ユリナは心で呟いていた、神の力よりは弱いが、かつての大陸で唯一神々からレジェンドと言われた英雄トールの力も感じ取っていたのだ。
ユリナは人々から目につかない路地裏に入り、セクトリアの街から南方に向かって飛び立った。
(トール
どうしたの……
魂が感じられない……
それに……
この力はウィン…ディア……)
オプスは古の世界でトールと深く愛し合っていた、その為にトールの放つ力から温もりを感じることが出来ず戸惑っていた。
そしてウィンディアの力を感じ戸惑っていた、それはウィンディアがこの世界にいる事よりも、美しい物を好んだウィンディアが地上にいる事であった。
「オプスよ
今は守護神の儀式中じゃぞ
代理で来ておるのじゃ
意識をこちらに向けぬか」
ムエルテが心配そうな顔をしているオプスに言った。
「どうしたのですか?」
パリィが聞いた。
「ちと訳ありでな
気にするでない……」
ムエルテが言う。
ムエルテも今起きてることを言う訳にはいかなかった、ユリナが南方地域に風の様に向かったことを言えば、神である事が知られてしまう。
それは今の状況では避けるべきであるそう思っていた。
パリィの記憶とパリィ自身の為に。
「なんて数なのっ!」
ウィンディアが全力で風を操り、オルトロスの群れを切り裂いていく、切り裂かれた骸は塵になり消え、新たなオルトロスが現れ襲って来る。
(私はあの世界で……
何も出来なかった…何も……
だから…この世界では……)
ウィンディアは心で呟き、手を合掌させてから力を込めてゆっくりと手を開いていく、手のひらと手のひらの間には凄まじい風が渦巻き、ウィンディアは叫んだ。
「救いの手をっ!
差し伸べるっ‼︎‼︎」
その叫びと同時に風の渦が一直線に放たれ、とてつもない威力で正面にいる獣の群れを一掃していく。
その力はかつての六大神の力をこの世界の天界に見せるには十分であった。
「なんて凄まじい力……
あれは神か……」
天界で一人の神が言った。
「あれは
古の世界の六大神の一人
風の女神ウィンディア
やっぱり生き延びていたのですね」
丁度天界に戻って来たメトゥスが言った。
天界の神々はエレナが居ない為に、魔獣の襲来にどう対応するかと、神々同士で言い合いになっていたのだ。
「メトゥス
そなたはエレナ様と親しい
そなたから
エレナ様を呼びに行ってくれないか?」
一人の神がメトゥスに言った。
「いえ
このまま見てみましょう
風の女神の力を」
メトゥスが昔の様に静かに言った。
(あなたの力……
私は知らないわ
見せてちょうだい
ウィンディア……
私と同じくらいの力は
持ってるんでしょ?
そうでなければ
オディウムと戦えないわよ)
メトゥスは心で呟いていた。
(トール……
あなたはなんでついて来たの……)
ウィンディアは心で呟いたが直ぐに気付いた。
風を操り獣の群れを切り裂き続ける時に、僅かに力を溜めてから風の刃を放っている、その僅かな溜めの間をトールが守ってくれていたのだ。
(あなたは……
そんな魂になっても……)
ウィンディアは目に涙を溜め始めていた。
(こんな私を…まもって……)
ウィンディアは後ろめたい気持ちになっていた。
古の世界でユリナが覚醒し、全てをやり直す為に時を戻した、あの世界を包んだ七色に輝く時の流れの中でウィンディアは時の流れに吹く風を感じ、その風と一体になり自らを維持したのだ、ユリナは時の女神としての力を操るのに必死でそれに気付かなかった。
ウィンディアはその流れに抗うトールの魂を見つけ、必死で手を伸ばし、トールの腕を掴みウィンダムの姿に変え自らの風に取り込んだのだ。
そしてこの世界がエレナの手で作られ、風が吹きその風から再びウィンディアは姿を表した。
ウィンディアは天界に舞い降りる事を選ばなかった。
ウィンディアはやっと巡りに巡って愛した人と過ごせる気がしていた、初めて自ら口づけをし想いを伝える事よりも、大切な姉に譲った存在。
トールと静かに地上で暮らせるのかと思っていた。
だがそうでは無かった。
ウィンディアは六大神であり、力のある神であった、その為に自らの意識も記憶もあの過去へと遡る七色の時の流れの中でも保つことが出来た。
だがトールはゴブリンの英雄であり、風の守護龍ではあるが、神では無い。
トールの魂はぼろぼろに深く傷つき、意識すら無く、もはや生ける人形の様になってしまっていたのだ。
ウィンディアは深く悲しんだ、だがトールはその中でも、千年前にマルティアが滅ぶ前に剣を取りベルス帝国の軍と戦い続けていたのだ。
まるで守れなかったあの世界を守る様に、生ける人形の様になってしまったトールは、ゴブリンとして、虚な目で剣を振っていたのだ。
ウィンディアはあまりの悲しさに戦うことが出来ず、ただ見守っていた。
だが一人の神の姿をウィンディアは見た。
それは二日前に地上に降りた創造と破壊を司る神、エレナである。
ウィンディアは更に風の刃を放ち、獣を切り裂いていく。
「あなたは……」
ウィンディアが呟き、襲いかかって来た獣を躱せずにその爪の刃をその身で受けたが、ウィンディアはよろめいたが小さく笑った。
その瞬間、天界に居たメトゥスは目を見開いてウィンディアを見ていた。
「案ずるなオプス……」
ムエルテが代行の神として盃を煽って言った。
ムエルテは守護神の儀式を長引かせ、パリィはムエルテに酒を進めれ続け、酔い潰されている、ムエルテもパリィに感づかせない様にあえてそうしていたのだ。
「ムエルテ……」
オプスが言った。
「よもや
そちは自らの力を
忘れてはおるまいな?」
ムエルテがそう言い左手を広げて見せた、その左手のひらには、六大神の星が輝いているが優しい緑の光を放つ風の星が、ふっと飛び立ち南に飛び立って行った。
「うぬら六大神の力は……
妾でも手こずるわ」
ムエルテはそう言いまた酒を煽った。
メトゥスが見たものは、ウィンディアの体が風となり、その風に触れた爪は真空の刃で切り刻まれ、それはそのまま獣の体を切り裂いた。
そしてムエルテ盃を手に静かに言った。
「ウィンディアか……
あやつとは戦いたくないのぉ」
「ムエルテ……」
オプスがムエルテを見て言った、ムエルテは正確に、風の女神ウィンディアは風の力を超越している程に自らの力を高めていたと感じていたのだ。
それは死の女神ムエルテが死そのものであり、全ての死が消えなければムエルテが死なないのと同じように、ウィンディアも風そのものであり、世界から風が消えない限り死なないのでは?、そうムエルテに思わせていた。
それでもオプスは何かを心配しているようであった。
ユリナが暗黒を持って行ったので、ユリナがその場につけば、半身である暗黒を通してウィンディアとトールの元に行けるが、自分のトールへの気持ちが全て消えているのかも心配であったのだ。
「奇跡を掴み取れ……」
ウィンディアは小さく呟き、風を操り魔獣を斬り裂く、その胸に、誰よりも愛したトールの魂が甦ることを願いそう呟いていた。
エレナが言い続けたその言葉を胸に、トールと共に戦っていた。
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