セラフィムの羽

瀬楽英津子

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蜜月〜鳥肌が立つほどの快楽

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亜也人の熱く粘った舌が、松岡の舌にじれったく絡み付いていた。
  舌を出せ、と指示するまでもなく、亜也人は自分から唇を開き、舌だけを長く伸ばして松岡の口元を見る。
  誘うように細めた目。睫毛の影がほんのりと赤らんだ頬に落ち、おずおずと伸びた赤い舌が小さく震える。目を奪われていると、亜也人の細い腕が松岡の首に巻きつき、待ちきれないとばかり頭を引き寄せ舌先を絡め取った。

  「んっん…んんっ…」

  外気に触れながら舐め合った後、唇を重ね、お互いの舌を食べ合うように激しく絡ませた。
  湯冷めした皮膚が再び熱を持ち、亜也人の身体をまさぐる松岡の手のひらに温かく吸い付いてくる。
  太ももの内側の柔らかい部分を爪先でツーっと線を引くようになぞり上げ、同時に唇をうなじから鎖骨へ滑らせ、ぷっくりと膨れた乳首を挟んで吸い上げた。イカされるほどの愛撫を受けていた乳首は、刺激を加えるまでもなく松岡の口の中で硬く盛り上がる。それを敢えて甘噛みしてやると、亜也人が、ひっ、と悲鳴を上げて激しく背中を跳ね上げた。

  「も…そこ、やだっ…さわらな…ぃでぇ…」

  「お礼なんだろ?俺の好きにさせてくれよ」

  ヒクつく先端に息を吹きかけ、舌の先で小刻みに弾く。

  「あ、ダメっ! も、やっ…やだっ、て…」

  敏感になりすぎた膨らみは、松岡が立てる空気の動きにすら反応して赤く腫れ上がる。
  言葉と相反する身体の素直な反応が、松岡の男の本能を揺さぶり理性を崩す。心の嘘を暴きたくなる。もっともっと責め立てて、身体の声を心に聞かせたい。身体の声を心に思い知らせたい。

  「いいからちょっとじっとしてろ…」

  背中をくねらせて逃げようとする亜也人を腕を掴んでベッドに押さえ付け、感じすぎる乳首を舐め回して口に含んで吸い上げた。

  「やだぁ、もう…やっ、離せ、っ、ん…やっ…だめっ…」

  「お前、自分から誘っといてそれは無いだろう」

  「…そんなこと言わ、なっ…でぇ…あっ、んああ、やっ、だ、だめぇっ!」

  抵抗されればされるほど、もう赦して下さいと泣きながら懇願するまで責め立ててみたくなる。
  自分の知らない男の性が目覚めて行くような気がする。

  「素直になれよ…」

  「やだ、やだぁっ…そんな吸っちゃ…あぁん」

  「動くなって…」

  乳首を咥えた唇を離し、亜也人の片腕を上げ、脇の下の腕の付け根に近い部分に吸い付いた。そのまま脇腹を口付けしながら下に降り、ウエストのくびれからお臍へ進む。舌の先を尖らせてお臍の穴をつつき、さらに下腹部へと唇を這わせた。

  「あっ、やだっ、んあっ…ぁんあぁっ…んんっ…」

  逃げられないよう竿を掴み、亜也人の股間がよく見えるよう背中を縮めて亜也人の脚の間に座り込んだ。
  バスタブにいた時は気付かなかったが、顔を近付けてよく見ると、ももの内側の脚の付け根に近い部分一帯が打撲したように赤茶色に変色しているのに気が付いた。
  
  染谷への性接待の時に出来たのだろう。
  それにしても、一体、どれだけ激しく腰を打ち付けられたらこんな打撲痕が出来るのだろう。
  もっとも、片手では数えきれない人数の男たちに、入れ替わり立ち替わり、気を失ってからも延々と犯され続けたのだ。一人あたりの力加減は普通でも亜也人の柔らかい肌には負担だったに違いない。

  「痛くないのか?」

  「ん…だいじょ…ぶ」

  変色した太ももを手でなぞり、手のひらに握り込んだペニスを一旦離して根元から上に舐め上げた。
  裏筋からカリ首を舐め上げると、亜也人が、ひっ、と喘いで脚をピクリと震わせる。
  心なしか腫れているようにも感じる。
  労わるように、上へ下へとゆっくり何度も舐め上げ、先の部分を激しく舐め転がす。

  「それ、もう、やだぁ…やめ…あぁっ、ああん」

  じゅるじゅると音を立てて啜り、唇をすぼめて激しく頭を動かし、根元を握ってしごき上げた。

  「あああぁ、あぁ、あん、あっ、だめっ、先っぽ、舐めないでぇっ!も…イッちゃう…からぁ…」

  「イケよ…」

  「いやっ…だぁっ…」

  全てが松岡の思惑通りに進んでいた。扱き上げるスピードを上げ、身体を乗り出して、イク寸前の亜也人の顔を見る。
  イク時の、亜也人の切なそうにしかめた眉がフワッと脱力する瞬間が見たい。強く噛み締めた唇が熱い吐息を吐きながらだらしなく弛緩する瞬間が見たかった。亜也人のイク顔を目の前の亜也人に重ねながら松岡は一心不乱にペニスを扱き上げた。

  「あ、だめぇ…イキそ…も、やっ…あ、イクッ!」

  鋭く息を飲むように、ひっ、と悲鳴を吸い込みながら亜也人は絶頂に達した。
  興奮に頬を赤らめながら、亜也人は、恍惚とした表情で肩を上下に揺らして息をしている。
  松岡の手の中で亜也人のペニスがビクビクと脈を打っていた。 
  痙攣がおさまるのを待ってペニスから手を離し、少し伸び上がって半開きになった唇に口付けた。

  「身体拭いてやるからこのまま寝てていいぞ」 

  もともと最後までするつもりは無かった。傷を負って日が浅いのはもちろん、太ももの打撲痕を見る限り、後ろの傷がどれほど深刻であったかは容易に想像がつく。
  もう傷付けたくないし、傷付けないと誓った。汗ばむ額に口付け上体を起こし、ベッドから降りようと身体をずらすと、亜也人の手が伸びてきて松岡の腕を掴んだ。

  「まだ、あんたが終わってない…」

  「俺はいいから…」

  「ダメだよ」

   亜也人がムキになる意味が解らない。しかし考える間も無く、亜也人が力任せに腕を引っ張り、松岡は再びベッドに引き倒された。

  「お願い。ちゃんと最後までして…」

  「お前、本当、どうしちゃったんだよ。今日、おかしいぞ?」

  「あんたのせいだろ?」

  亜也人は、松岡をベッドの上に仰向けに倒すと、松岡の制止も聞かず、強引に身体の上に跨った。

  「俺が動くから。あんたは寝てればいいから…」

  「ちょっと待て!解った。ちゃんとするから勝手なることするな!」

  亜也人を説得し、体勢を入れ替えて松岡が下になり、亜也人の膝を両手で開いて足の間にどっかりと腰を据えた。

  まずは後ろの状態を確認しなければならない。

  足首を掴んで両脚を持ち上げ、頭の方に折り曲げる。隠そうと奥に引っ込むお尻を腰を掴んで引き戻し、お尻の割れ目が上を向くよう太ももを押さえて固定した。

  「…こんな格好…いやだぁ…」

  「いやだ、じゃねーよ。ちゃんと見とかないと。無理させるわけにいかねーだろ」

  ジタバタと動く脚を押さえお尻の肉を左右に広げて顔を近付けた。傷は塞がっているようだったが、松岡の目には痛々しく見えた。

  「まだ完治して無いじゃねーか」
 
  「平気だよ」

  「平気じゃねーだろ。まだ少し赤くなってなる…」

  傷の余韻を残す蕾が松岡の目の前でヒクヒクと動く。赤みを増したそれは、いつものつい穢したくなる幼さの残る亜也人のそれとはまた違う、成熟した卑猥さで松岡の性欲を刺激した。
  引き寄せられるように指を伸ばし、入り口を広げ、うっすらと開いた小さな隙間から舌を差し込むように舐め上げた。
  途端に、亜也人が一際大きな悲鳴を上げた。

  「ひぁっ、あぁんっ!」

  舌先で円を描くように入り口をほぐし、僅かに覗く肉壁を音を立てて啜る。松岡がじゅるじゅると卑猥な音を立てるたび、亜也人のペニスが形良く大きさを増して行く。
  幾人もの男たちに蹂躙されながら、まだ誰にも汚されていない清楚な佇まいを残す亜也人のペニスが、太ももの隙間で再び硬く頭を持ち上げる。勃起に呼応するように、秘穴が潤みながらひくひく口を開き、入れて欲しいと誘っているように蠢いた。
  最後までするつもりは無かったが、男の性には抗いようが無かった。

  「ローション、どこだ?」

  「んっ…横の…」

  言い終わらないうちに、勝手知ったる様子でベッドサイドの棚からローションを取り出し、亜也人の後穴にたっぷりと垂らす。
  充分ほぐれていると思われたが、傷が癒えて間もないことを考え、指先でほぐしながら中に塗り込んだ。
  入り口のすぐ内側を押し拡げるように揉み、ゆっくりと指を捩じ込む。半分入れたところで指先を曲げると、松岡の指が亜也人の甘いスポットを刺激して、亜也人が腰をガクンと引いて身をよじった。

  「やぁっ! んっ…んんんっ…」

  「痛くないか?」

  「た…くないっ…けどっ…そこは…ぁひっ…」

  久しぶりだからだろうか。亜也人の中はいつにも増して熱く狭く、松岡の指を痛いくらいに締め付ける。
  とろみの強いローションが、指を出し入れするたびグチュグチュといやらしい音を立てて松岡を煽る。

  根元まで押し込んだ指先を小刻みに揺らして身体の奥を震わせてやる。
  亜也人は、もう辛抱できないというように眉間に深いシワを作って耐えている。
  そのくせ、指の動きを止めると、熱を帯びた肉壁がぴったりと絡み付いて指をキュゥっと締め付けた。
  亜也人にしては珍しく、ねだるように松岡を見上げる。緩んで少し開いた唇が、今にも、入れて、と動くかのようだった。

  「本当にいいのか?入れたらもう止められないぞ?」

  「ん…」

  少しでも楽なよう、亜也人をうつ伏せにして軽く膝を立てさせ、太ももをぐっと広げて後孔を開いてイチモツをゆっくり押し入れた。

  「あああぁ…あ…あ…ああああぁ…」

  松岡のいきり勃ったモノがずぶずぶと嵌って行くたびに亜也人の声が大きくなる。亜也人の身体に背後から抱き付きながら丁寧に埋め込み、根元まで埋めたところで一旦呼吸を整え、亜也人の耳元に唇を付けて、「動くぞ」と囁き伝えた。

  亜也人がコクリと頷くのを合図に、腰を上へ上へと突き上げ、亜也人の甘いスポットを狙いながら突き進める。亜也人の背中にぴったりと貼り付き、うなじに舌を這わせながら、両腕を脇から前に回して両方の乳首をくすぐるように弄った。

    「はあっ、あっ、あああん、あっ、あ」

  亜也人が突き上げるように喘ぐ度に、松岡の身体を鳥肌が立つような快感が突き抜ける。

  「だめっ!そこ、…当たる…当たって…あぁァ…んんんっ…」

  悶え震える後ろ姿にそそられ、振り向かせて肩越しに唇を合わせ舌を絡ませた。
  快楽のスイッチが押された亜也人は、キスをしている最中も言葉にならない喘ぎを松岡の口の中に漏らす。
  
  「んんんっ…んんっ…んあぁ…っ」 

  「亜也人…亜也人…」

  キスをしながら亜也人の上半身を持ち上げて起き上がり、後ろ向きのまま自分の膝の上に乗せた。
  より一層密着し、下から奥深くを回し揺さぶり、小刻みに突き上げながら、片手を前に回し、同じリズムで亜也人のペニスを激しく擦り上げた。

  「やぁ、前は、やめて! こんなことしたらイくぅ…ダメぇ…イっちゃう…んんっ…」

  傷付けない、と誓いながら、松岡の腰は勝手に亜也人を求めて揺さぶり動き、手指は性感帯を責め立てた。

「手、どけてっ! いやぁっ!も…やっ…」

  「イッてもいいぜ? ほらイケよ…」

  「やっ、ダメっ、イクっ…イッちゃ…ああああぁっ!」

  目眩にも似た恍惚感が頭の内側から全身に広がって行く。
  松岡もまた、身体の中心に溜まった強烈な疼きを抑えきれないところまで来ていた。
  ドクドクと脈を打つイチモツを亜也人の中に打ち込みながら、松岡は、亜也人の耳たぶを口に含み、吐息とともに囁いた。

  「亜也人…俺のこと好きか?」

  亜也人は静かに頷いた。

  「んっ…好…きっ…」

  程なくして亜也人が先に果て、その後、痙攣の残る亜也人の肉壁を激しく突きながら松岡が果てた。
  気の遠くなるような快感の中で松岡はうっとりと目を閉じた。

  「好き…」

  亜也人は確かにそう言った。
  
  喜びと安堵が、松岡の緊張を解き、穏やかな眠りへと誘った。
  珍しくうたた寝してしまった。

  そして目覚めた時、

  亜也人は姿を消していた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



  おかしいとは思っていた。 
  いつも抵抗してばかりの亜也人が、自分から誘ったり、愛撫をねだったり、挙げ句の果てには驚くほどあっさり好きだと言う。
  少し考えれば解りそうなものだ。
  亜也人の好意的な態度に年甲斐も無く舞い上がり、ワザと解らないフリをしていた。
  常に周りを静観し、状況を把握して行動を決めてきた。そうしなければ任務は遂行出来なかったし、命を落とす危険もあったからだ。
  情に左右される事なく、周りで起こっている事を冷静に観察することこそが上手く生きて行くための絶対条件だと思ってきた。
  それは、石破組にいた頃も、闇組織相手の請負業をしている今でも変わらない。 

  それが、久しぶりのセックスに体力を尽き果たし、不覚にも眠りこけてしまった。
 
  一体何たるざまだ。

  抜け殻になったベッドの左側を睨みながら、松岡は悔しさに奥歯を噛み締めた。
  
  亜也人に対する怒りは不思議と無かった。
  亜也人の置かれた状況を考えれば、むしろ逃げ出さないでいる事のほうが不思議なくらいだ。
  しかし松岡は、亜也人が自分を心の拠り所にしてくれればいいと思っていた。恋愛感情は無くても、一緒にいると落ち着く、側にいると安心する。亜也人にとって一番心安らげる存在で有りたい。一緒に暮らす日々の中で、そう思ってくれているのではないかという瞬間も確かにあった。
  それだけに、亜也人を一人で行かせてしまった自分を悔しく思った。
  守ってやるつもりが、日増しに寒くなるこの時期、まだ夜も明けていない暗闇に、たった一人でこっそり逃げ出させてしまった悔しさに胸が締め付けられる。今いる場所も解らず、ろくにお金も持たず、今頃、何処でどうしているのか。どれほど心細い思いをしているのだろうか。

  感傷に浸る時間すら惜しく、松岡は弾かれたようにベッドから飛び起き、着の身着のままで車を走らせた。
  真っ先に、脇目もふらず積川良二の自宅へ向かった。
  ダッシュボードの時計は午前3時を少し回ったところ。訪ねて行くには非常識な時間だが背に腹はかえられなかった。
  インターホンを鳴らすと、何度目かのコールでようやく祖父が出てきた。
  良二の祖父は、積川良二とは似ても似つかぬ温厚そうな顔立ちの老人で、松岡が、「人を探している」と言うと、何も言わないうちに、「亜也ちゃんかい?」と逆に尋ねてきた。

  「寺田亜也人をご存知なんですか?」

  「そりゃ、知ってるさ。良二のアレだもの。さっき来たよ。良二は何処にいる、って聞くもんから、聞いてねぇのか、って逆にこっちが聞き返しちゃったよ」

  「それで教えたんですか?」

  「ああ。んでも、多分会いには行けんと思うよ。良二、今、神戸だから」

  「神戸?」

  思いもよらない返答に松岡は混乱した。

  「一週間ぐらい前だったか、柄の悪い連中がやって来て、良二が神戸に行くことになったから着替えとか適当に見繕え、って一通り持ってったよ。なんでも今んとこからそっちへ移るみたいで、2年は帰れないらしい」

  神戸と言えば、石破組の一次団体である国内最大勢力、七代目山崎組の本拠地だ。まさかそこの部屋住みに移動になったのか。しかし、そうなるためにはしかるべき筋の推薦がいる筈だ。

  染谷。

  内藤の言っていた、強力なコネ、とはこの事か。

  結局、一番美味しい思いをするのは内藤か。
  やり切れない気持ちが松岡の胸の底をヒュウと流れた。
  
  こうしている間にも、亜也人はどんどん遠くへ行っているかも知れない。

  良二の祖父に別れを告げて車に引き返そうとすると、ふいに、良二の祖父に呼び止められた。

  「ところでお前さん、亜也ちゃんの何?良い人?悪い人?」

  「悪い人にはならないつもりです」

  「そうか。なら、亜也ちゃんのこと助けてやっておくれよ。うちのバカといてもろくな事にならないから、お前さんが亜也ちゃん助けてやってよ」

  松岡は、憐れむように呟くシワ深い顔に丁寧にお辞儀をした。
  
  車を走らせながら、次は何処を訪ねるべきか思案した。
  新幹線の駅に向かった可能性が高いが、始発までまだ時間があるのと、切符を買う金など持っていないことを考え、先に、内藤のところと、母親のいる自宅を訪ねることにした。

  ナビに目的地を入力し、路地を抜け国道へで出た。広い通りで加速すると、助手席に放り投げたスマホが激しく振動した。

    0110。

  警察からの着信だ。
  松岡は、急いで車を路肩に寄せて、応答ボタンを押した。
  
  「松岡吉祥さんの携帯でしょうか。こちら品川の…」

  警官は松岡に本人確認をすると、亜也人がタクシーに無賃乗車した事、身元引き受け人として松岡の連絡先を伝えた事を説明した。
  松岡は、直ぐに行く旨を伝え亜也人のいる交番に向かった。

  亜也人は駅最寄りの交番の丸椅子に背中を縮めて座り、松岡が到着すると、すぐさま顔を上げ、泣き出しそうに口をへの字に曲げて松岡を見た。

  まるで迷子センターの子供だ。

  警官の話によると、亜也人はタクシーの運転手によって交番に連れて来られたらしかった。無賃乗車をしたのは事実だが、運転手は亜也人を家出少年だと思ったらしく、どちらかと言うと保護する目的で交番に連れて来たらしい。
  亜也人本人も、抵抗したり暴れたりする様子もなく大人しくしており、十分反省しているようなので警察署へは行かずここで預かっていた、との事だった。

  警察署へ行かれたらややこしい事になると思っていた松岡は、この場で亜也人を連れて帰れて帰れることにホッと胸を撫で下ろした。

  車に乗り込んでからも、亜也人はずっと黙りこくっていた。

  「神戸に行こうとしてたのか?」

  先に口を開いたのは松岡だった。
  神戸、と言うと、亜也人はビクッと肩を震わせた。
  どうやら図星らしい。両手を膝の上に真っ直ぐ伸ばして肩を竦め、ルームミラー越しに松岡と目が合うと、亜也人は、唇を噛み締めて俯いた。

  「積川のとこに行くつもりだったんだろ? 怒らないから正直に言ってみろ」

  目の縁を真っ赤に染めながら、亜也人は、静かに俯いた。

  「だって…神戸に行ったって言うから…。だから俺…」

  「家を出たのはそのためか」

  松岡の言い方はキツかったのかも知れない。しばらくして響いた亜也人の声は涙声に近かった。

  「それもある…けど、それだけじゃない…」

  「なら何だ! 内藤との話か。それが嫌で、逃げ出す計画立ててたのか」

  亜也人は否定も肯定もせず、ただ全てを諦めてしまったような、静かに、けれども、ひどく悲しい掠れた声で呟いた。

  「それももちろんあるよ。モデルクラブの話しだって全然知らなかったし、でも、それだけじゃなくて。本当に、色んなことがごっちゃになって…。あんたのことだって…」

  途中まで言ってふと黙り、瞳に涙を滲ませながら苦しそうに亜也人は言った。

  「あんたのことだって、理由の1つだよ…」

  松岡は殆ど反射的に亜也人を振り返っていた。

  「俺のこと?」

  唖然とする松岡を、亜也人は一瞬だけチラっと見て直ぐにまた視線を落とした。

  「俺、あんたと寝るの…ツラいんだ…。俺、いやらしいから…その、俺、いやらしくて淫乱な人間だから相手なんて誰でも良くて…でも、あんたは何か違ってて…俺、すごく怖くて…」

  「は?」

  「俺、本当は凄く凄く嫌なんだけど、淫乱だから、やり始めたら誰でも良くなっちゃうんだ。…嫌なのに、身体がバカみたいに良くなっちゃって…多分、相手なんて誰でも良くて、誰とでも出来るし、誰にでも感じる。でもあんたは他の奴らとは違ってて…なんて言うか、あんたとセックスすると色々おかしくなるんだ。
  でも、そんなのダメだから。だっておれは良二のことが好きなのに、そんなの許されないだろ?だから、勘違いだってずっと言い聞かせてたんだけど、あんたと出掛けて凄く楽しくて、そしたら気持ちがこう、ブワッとなって。
  だから昨夜、素直な気持ちであんたとセックスしたんだ。そしたら俺…」

  「ちょっと待て!待て!」

  亜也人の話は全く要領を得ず松岡にはよく理解出来なかった。落ち着かせようと一旦話を遮り、目についたコンビニの駐車場に車を停めた。

  「ゆっくり聞くから解るように説明してくれ…」

  亜也人は可哀想なくらい身を縮め、華奢な肩を震わせた。

  「俺、あんたとするとおかしくなるんだ…。勘違いじゃない。昨夜、ハッキリ解ったんだ。
  信用して貰えないかも知れないけど、俺、本当はセックスなんて嫌いなんだ。身体は反応しちゃうけど、自分からしたいと思ったのは良二だけ。でもあんたが現れて、俺、あんたとセックスしたいと思っちゃった。あんたに抱かれると頭がおかしくなるんだ。身体だけじゃなくて頭までおかしくなる。だからもう一緒にいられない。これ以上一緒にいちゃいけないんだ」

  松岡は頭が混乱してすぐに反応出来なかった。

  「ちょっと待て。何でそうなる。つまりそれは俺のこと好きってことだろ?なのに、何で一緒にいちゃいけないんだよ!」

  「好きだからだよ!」

  え…? と、松岡の口が半開きのまま固まった。
  松岡を尻目に亜也人は恨みごとを言うように眉を苦しげにしかめて松岡を睨んだ。

  「これ以上あんたといたら、ますます離れられなくなる」

  「離れなきゃいい」

  「ダメだよ。そんなの絶対許されない。それにあんただって、俺といたら色々困るだろ?」

  「俺が何を困る、って言うんだ」

  「内藤って奴との話だって、俺のせいだろ?あんた、俺のためにやりたくもないこと引き受けたんだろ? 俺がいなきゃ、そんなことしなくて済むじゃんか…」

  「だからって、お前が出て行ってどうなる!」

  「元に戻せばいいんだ」

  まるで全てを受け入れ飲み込んだような、清々しい表情で亜也人は微笑んだ。

  「あんたと知り合う前に戻るよ。いつも良二といた頃の俺に戻る。テーマパーク楽しかったし、母さんにお土産も渡せて、あんなに喜んでもらって、もう何も思い残すこと無いよ。もう二度と行けないかも知れないし、母さんにもまた嫌われちゃうかも知れないけど、もともとそうだったんだし、直ぐにまた慣れる。それが一番いいんだ。そうすればあんたも俺もこれ以上傷付かなくて済む」

  「傷付くだと?」

  ふいに、受け止め切れない気持ちが松岡の心臓を押し上げた。悔しさ、悲しさ、やるせなさ、怒りとは違う腹立たしさが胸をせり上がり、松岡の喉を締め付ける。考えるよりも先に身体が勝手に動き、亜也人の腕を掴んで、自分の方に向き直らせていた。

  「傷付く、って何だ!そんなこと言ったら、今、この時点で俺は猛烈に傷付いてるぜ。だいたい、俺と離れて元に戻ると思うか?お前はもう内藤の手の内にあるんだよ。俺から離れたところで事態は何も変わらないし、むしろ、もっともっと酷いことさせられる。それを黙って見てろ、って言うのか!そんなことさせられて俺が傷付かないとでも思ってるのか!」
  
  「松岡さん…」

  「勝手なことばっか言いやがって。俺に言わせりゃ、そっちの方がよっぽど傷付くんだよ!お前が酷い目に遭うってわかってんのに、指を咥えて見てろ、ってか?ふざけんな!テーマパークだって、いくらでも連れてってやる、って言ってんじゃねーか。慣れる、ってなんだよ!なんでそんな酷いことが言えんだよ!
  俺は絶対に嫌だからな。俺にとっちゃそっちの方が何百倍も傷付くんだよ!」

  感情のままに罵りながら、一方で、松岡は、胸の中に溢れ広がる亜也人への想いを噛み締めていた。
  誰に何と言われようが、亜也人を手放す気にはなれない。狂っていると言われようが、首に縄を付けてでも亜也人を連れ帰り、鎖で繋いででも側に置いておきたかった。
  自分でも呆れるほど乱暴な感情だ。
  しかし、松岡の口から漏れる言葉は驚くほど甘く切なかった。

  「離れるなんて言わないでくれよ。頼むから…。俺のこと、好きだ、って言ったじゃねーか」

  「好きだよ…でも…」

  その先の言葉を止めるように、松岡は、亜也人を引き寄せ唇を重ねた。

  積川が好きでも構わない。
  二番手になることに何のためらいもない自分に戸惑いながらも、松岡は、亜也人の熱い舌を夢中で舐め啜った。
  


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


  
  激しく求める気持ちが、松岡を玄関先での熱い抱擁へと走らせた。
  待ち切れないほどに昂ぶった感情が、家に着いた途端に爆発した。
  靴を脱ぐのもそこそこに、もつれながら亜也人を壁に押さえ付け、口付けしながらズルズルと背中を滑らせ床にしゃがみ込む。唇で唇をこじ開け、舌をねじ込ませて丹念に口の中を貪り、首筋から耳たぶへチュッチュと小刻みに吸いながら、耳の穴に息を吹きかけ、カーブに沿って舌を這わせた。
  パーカーのジッパーを下ろしたまでは良かったが、最後の最後で生地を噛ませてしまった。手間取っていると、亜也人がフッと吹き出し、裾を捲り上げて頭から脱いだ。

  「なに笑ってんだ…」

  「だって、おかしいんだもん。そんな焦らなくても誰も逃げやしないよ」

  「お前は信用ならねぇ」

  喉の下の鎖骨の始まる辺りを吸い上げて跡を付け、Tシャツの裾から腕を入れて、亜也人の小ぶりな乳首を指で摘んだ。

  「あ…んあっ…」

  熱い吐息に気持ちが昂ぶる。もう片方の手でTシャツをたくし上げ、反対側の乳首を丸出しにして唇を開いて含み舐めた。
  柔らかな乳首が舌の上で硬く縮まるのがよく解る。
  硬くなった乳首を、形を確かめるように舌の先でなぞり、軽く歯を立てて摘まみ上げた。
  途端に、亜也人が、ひっ、と叫んで弓なりに背中を仰け反らせる。突き上げられた乳首が松岡の唇の中でさらに硬く尖る。
  質感の無い平らな胸にこんなにも夢中になるとは夢にも思わなかった。乳飲子のように、松岡は、亜也人の尖った乳首にむしゃぶりついた。
  吐き出される喘ぎを真近に感じながら、亜也人の両腕を掴んで壁から引き剥がし、廊下に寝かせて覆いかぶさった。

  「まさか、ここでする気?」

  亜也人の悦びに潤んだ瞳が目の前にあった。
  答える代わりに、松岡は、亜也人の赤い唇を指でなぞった。

  「お前が好きだ…」

  目の前の唇が、俺も、と動いた。

  「何が起こるかは解らないが、何がどうなってもお前への被害は最小限に食い止める。出来る限りのことはすると約束する。どうか俺を信じて欲しい」

  瞬きもせずに松岡を見つめ、亜也人は、ゆっくりと頷いた。
  
  甘く優しい空気が流れた。

  内藤からの依頼が間近に迫っていることなど、二人の脳裏には露ほども無かった。
  
  
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 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
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タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

身体検査その後

RIKUTO
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「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

カテーテルの使い方

真城詩
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短編読みきりです。

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