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番外編〜震えて眠る 上
しおりを挟む「まだ充分やり直しの効く年齢だし、僕としては、しかるべき機関でしっかり心のケアを受けて、健全な生活を取り戻してもらいたいと思ってるんですけど……」
切々と訴える滑舌の良い声を聞きながら、紀伊田は、テーブルに置かれたばかりのコーヒーカップに手を伸ばしてゆっくりと口に運んだ。
宇治原駿が、積川良二に濃硫酸を掛けた傷害罪で逮捕されてかニ週間ほど経ったとある夕刻、夏の余韻を残しながらも時折秋の風が通り抜けるカフェのオープンテラスで、紀伊田は、加山信親とテーブルを挟んで向き合っていた。
「紀伊田さんはどう思いますか?」
加山は、駿が保護観察処分で済むよう尽力し、それが叶えば、駿を親元へ帰らせ、生活環境を整えた上でカウンセリングへ通わせようと考えているようだった。
しかし紀伊田は、すぐには返答出来なかった。
加山の言う“健全な生活”がどの程度を指すのかは解らないが、男として、自然の摂理に従って真っ当に生きる、という意味ならば、そう簡単には行かないだろうというのが紀伊田の正直な答えだった。
駿の同性愛嗜好が先天的なものなのか後天的なものなのかは紀伊田には解らない。
しかし、後ろを突かれてイカされる悦びを覚えてしまった身体が、その快楽をやすやすと手放してしまえるとはどうしても思えなかった。
アレは、味わった者にしか解らない極上の麻薬だ。
紀伊田もそのうちの一人だから解る。
本来受け入れるべきところで無い部分を無理矢理こじ開けられるあの感覚。ドクドクと脈打つ肉棒を隙間なくねじ込まれ、熱く反り勃つ昂ぶりで身体の奥をズンズン突かれる狂い泣くような気持ち良さ。
あれ以上の快楽が、この世の何処にも無いことを身体が知っている。それが男に貫かれることでしか得られないということもだ。
元々男が好きだったのかどうかも解らない紀伊田ですら抜け出せないでいるあの快楽を、コールボーイをしていた駿が簡単に抜け出せるとは思えなかった。
「もちろん、彼の事情は知ってますし、彼のアイデンティティーをどうこう言うつもりはありません。僕も仕事柄いろんな事情の子供を見てきてますし、似たような案件を扱ったこともあります」
黙りこくる紀伊田を察したのか、加山が返事を待たずに口を開いた。
「亜也人くん然り、性的被害に遭った子供は往々にして自己肯定感が低くなりがちです。自己肯定感が低いままだと、相手の言いなりにもなりかねない。非行云々よりも僕はそちらの方が問題だと思うんです」
心の持ちようだけではどうにもならない身体の疼きがあることを今ここで話してみたところで、それを経験したことのない加山に真実が伝わる筈もない。
紀伊田自身も、自分が経験者であるとバラすような真似をするつもりは毛頭無かった。
「それなら加山さんの思うようにするのが一番だと思いますよ。俺には専門的なことは解らないから……」
加山は、話を終わらせようとする紀伊田に一旦は、「そうですか」と引き下がったものの、思い直したように再び視線を向けた。
「ただ、駿くんが、事件の被害者である積川さんのそばにいたいと言って聞かないんです。もちろん、加害者が被害者のそばにというのは問題ですし、そんなことをしたら駿くんが命を狙われるかもしれないという事情も松岡さんから聞いてます。ただ、面会のたびに、『良二、良二』と泣かれてしまって、このままでは何処へやっても被害者の元に逃げ帰って来てしまいそうな気がして……」
「それならそれで仕方ないんじゃないでしょうか。こちらは救いの手を差し伸べたわけだし、それを掴むか振り払うかは本人が決めることだ」
「しかしそれでは駿くんの命が……」
「なら、少年院に入れるのが一番でしょう。さすがの内藤もムショん中までは追いかけて来ないだろうし」
やりきれない空気がすっぽりと頭上を覆う。
これ以上の議論は無理だと感じたのか、加山がテーブルの上に置いた握り拳を強く握った。
「まだまだ人生は長い……これからだって色んな出会いがあるのに、どうして彼じゃなきゃダメなんでしょうか……」
思い詰めた表情で呟く加山の言葉に、紀伊田はドキリと身体を固まらせた。
これからだって色んな出会いがあるのに、どうして彼じゃなきゃダメなのか。
そんなことこっちが聞きたいくらいだ、と、紀伊田は思った。
世の中には数えきれないほどの人間がいて、その中には、自分を今よりももっと幸せにしてくれる人間も、自分のことを好きだと言ってくれる人間もいる。
それなのに、自分を受け入れない人間をどうしていつまでも想い続けるのか。
受け入れてもらえないことへの恨みか。今更引けない自分自身への意地か。
相手を想うことに費やした年月への未練か。
いくら考えても納得のいく答えなど出はしない。
恨んでも叫んでも、胸の奥底から這い上がるのは、相手が欲しい、という胸がよじれるほどの切ない気持ち。
もはや愛しているのかどうかもよく解らない、むしろ憎しみに近いドロドロとした感情を抱えながら、そのくせ、相手を手に入れたい気持ちだけが揺るぎない思念となっていつまでも胸の奥底にへばり付いている。
それを、執着、と呼ぶことを、紀伊田はなかなか認められないでいた。
「紀伊田さん……?」
知らぬ間に時間が経っていたらしい。ふいに腕をトントンと叩かれ、紀伊田は、一点を見詰めたまま固まっていた瞳をパチパチと瞬かせた。
「すみません、ぼぉっ、となさっていたようなので気になってしまって」
「いえ……」
呼吸を整え、動揺を悟られないよう、「昨夜、遅かったんで」と誤魔化した。
加山は、心配そうに顰めた眉を更に深く顰めて、「すみません」と頭を下げた。
「いやいや、加山さんが謝ることじゃないから」
「でも、寝不足なのにこんなところに呼び出してしまったわけですから」
「たいした手間ではないですよ。それに、俺、ろくに力になれてないし」
「何を言うんですか。話を聞いて貰えるだけで充分助かってますよ。仕事柄、他人の相談には乗りますが、自分の相談に乗ってくれる人ってなかなかいないんです。だから、紀伊田さんに話を聞いて貰えて本当に助かってます。お陰で、少しスッキリしました」
加山は言うと、重苦しい空気を一掃するかのように、椅子の背もたれに背中を仰け反らせて大袈裟に伸びをした。
左右に伸ばした腕を戻すついでにテーブルの端に置かれた伝票をスッと指先で摘む。
紀伊田もすかさず手を伸ばしたが、タイミング悪く、隣に置いたボディーバッグの中のスマホの着信音が鳴り、気を取られた隙に加山に伝票を取り上げられてしまった。
「あっ、いけません、って!」
「いいからここは払わせて下さい。それより電話、出なくていいんですか?」
「あっ……と……」
音だけでも止めようとバッグからスマホを取り出し相手を確認する。
また、アイツだ。
紀伊田は、表示された名前から逃げるように急いで着信拒否のボタンを押した。
「良くない電話ですか?」
スマホを再びバッグの中に乱雑に放り込むと、一部始終を見ていた加山が紀伊田に声を掛け、紀伊田は、反射的に加山に目を向けた。
「すみません。険しい表情をしてたので、何か良くない電話なのかと思いまして」
「あ、いや、別に……」
加山は、何か言いたそうな顔をしていたが、紀伊田が、「なんでもありません」と答えると、「そうですか」と、少し寂しそうに笑った。
「何も無いなら良いですが、僕で力になれることがあったら遠慮なく言って下さい」
簡単に言えることならこんな苦労はしてねぇよ。
紀伊田は、心の中で呟きながら、顔には出さず、誤魔化し笑いを浮かべながら加山にペコリと頭を下げた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
男は、紀伊田の腰を掴んで手前に引き寄せると、両足首を掴み、そのまま大きく開脚させながら頭の方へと身体を返した。
俗に言う、“まんぐり返し”の姿勢を取らされ、紀伊田の顔が恥辱に歪む。
天井が鏡張りになっているせいで、後孔はもちろん、陰嚢から硬くなったペニスの先まで、恥ずかしい部分を丸出しにしながらお尻を真上に向ける自分の姿が嫌でも目に入る。
恥ずかしさに、股を閉じようと太ももを寄せると、男の手が膝の裏側を掴んで前よりももっと大きく左右に開き、お尻の割れ目に顔を近付けた。
「いじって欲しくて疼いてたんだろ? 舌突っ込んで奥まで舐めてやるからちゃんと脚、開いとけよ」
「んあぁっ……」
舌を伸ばして割れ目をチロチロと舐め、後孔を指先で広げるように伸ばして真ん中に舌を当てる。
先の部分を硬く尖らせて中に捻じ込むと、ゾワゾワとした快感がお尻の奥からペニスに走り抜け、紀伊田は、「ひゃぁッ!」と声を上げた。
「ひッ、いぁああっ、あっ、やめッ、んあぁぁッ」
「ったく、そんなに締めたら入って行かねーだろうが」
「んはッ……はぁぁっ」
まんぐり返しにしただけでは飽き足らず、男は、紀伊田のお腹の下に両腕を回してがっしりと掴み、逆さ吊りにするように抱え込んだ。
「やッ、バカ、離せ、ぁッ」
抵抗しようにも、背中が完全に浮き上がった状態で抱き竦められているせいで思うように身体が動かない。
男は、紀伊田のお尻の割れ目に顔を埋め、舌の先に唾液を溜めて穴の表面を濡らしながら根気よく中へとねじ込んでいく。粘膜を突いては戻し、時折、口を離して肉壁がヒクつくのを満足そうに眺める。
指先で右左に広げて見るのは男の性癖だろう。アナルフェチで、赤く充血した肉壁が物欲しそうに蠢くのを見るとたまらなく興奮するらしい。とくに紀伊田のは見た目も中の感触も男の好みらしく、最初に関係を持ったその日にこのポーズを動画に撮られて以来、毎晩のようにズリネタに使われているらしかった。
「この、皺の感じといい、粘膜が蠢く感じといい、何度見てもアソコが震えるぐらいエロいよ、お前のココは……」
「ばっか、ぁっ、そんな、広げんな、っぁッ」
「ほら、こうしてちょっと息を吹きかけただけですぐにヒクヒクしやがる。奥まで入れて欲しくて堪らない、って顔だぜ。どうせ毎晩自分で慰めてんだろ?」
「ちがっ、んあぁぁっ!」
いきなり指をねじ込まれ、紀伊田が背中を反らせて悲鳴を上げた。
「んはぁっ、あぁっ、はっ」
「自分の指より断然良いだろ? 自分のじゃ限界があっからな……」
螺旋を描くように、人差し指で肉壁を少しづつ回し広げ、お腹側の一点でキュッと指をかぎ型に曲げる。
「んはぁっ!」
自分でも信じられないような喘ぎ声が漏れ、紀伊田は自分自身で愕然とした。
天井の鏡に映るのはいやらしい雌の顔。これ以上の快楽が、この世の何処にも無いことを知っている雌の顔だ。
抵抗する心とはうらはらに、欲情に支配された身体は、それ以上の快楽を求めて自ら腰を浮かせた。
「すっげぇ。俺の指にキュウキュウ絡みついてきやがる……」
「も、いいから、早くお前のを……」
「せっかちな野郎だな。でも、そういうところも好きだぜ……」
男は、紀伊田を抱きかかえていた腕をほどくと、紀伊田の膝裏を押さえて頭の方へ返してお尻を上に向け、その上に座るように跨り、硬く反り勃つ男根を下に向けて上から突き刺すようにブスリとねじ込んだ。
「あぁぁぁ……アあぁぁ……アッぁぁ……」
男の熱く猛り滾った肉棒が、肉壁を突き破りながら奥へと進んで行く。
男は、紀伊田のお尻の両側を押さえながら己の昂りを根元まで埋め込むと、絡み付いてくる肉壁の感触を味わうようにじっと動きを止め、角度を変えて入り口ギリギリまで引き戻した。
こうすることで、男のシリコンボール入りのカリが感じる部分を引っ掻くように引き戻り、叫ばずにはいられないほどの快感が身体を突き抜ける。
自分がどんな声を上げているかなど気にしている余裕はなかった。
「んあああっ、ああああっ、ああっ」
「お前ン中に入ってくの丸見え。すっげぇやらしい……」
「あぁっ……あぁぁぁ、はぁ、あっああ、んはあぁぁぁっ」
最初はゆっくり、次第に早く小刻みに、男は、動きに緩急をつけながら、紀伊田が悶え泣くポイントを巧みに狙って抜き差しを繰り返す。
真上から体重を掛けられているせいでいつもより深く挿入され、シリコンボールでぐるりと囲まれたカリ首が肉壁を引っ掻きながら何度も往復する。
男が挿入するたび、肉と肉がぶつかり合う音がパンパンと響き、入れられている部分がジンジンと熱を上げた。
「はっはっはぁ……も、だめっ……んっ……はぁっ」
「まだ始まったばっかじゃねぇか。ほんとに面白いぐれぇ反応しやがるな」
言いながら、男が、「こっちはどうだ」と股の間から紀伊田のペニスに手を伸ばす。
「こっちもガン勃ちじゃねーか」
「いやぁっ……触んなあぁぁッ!」
ふいに片手でペニスを握られ、紀伊田がイヤイヤと首を横に振る。
被虐的な反応に欲情をそそられたのか、男は口元をいらやしく歪め、握ったペニスを激しく扱き始めた。
「んんぁッ……ダメっ……前は、ダメっ……」
「こんなに漏らしといてよく言うぜ」
「んダメぇ、そんなにしたらイッちゃう……すぐイッちゃう、からっ……嫌だっ……てばッ……」
後ろを突かれながら前を強く扱かれ、紀伊田が更に激しく首を振る。
感度が良すぎる身体は男ウケは良かったが、紀伊田本人にとっては、自分が壊れてしまうのではないかという不安が絶えず付き纏う、有り難迷惑な特質だった。
とくに、出会って間もない気心の知れない相手には、緊張もあってか、自分がどうなってしまうのか解らない未知への恐怖に襲われる。
それなのに、卑猥な穴は男根をしっかりと咥え込み、淫部は恥ずかしいくらいに大量の雄液を滴らせながら快感に震える。頭ではなく、紀伊田の身体の細胞の一つ一つが、男に抱かれる悦びを記憶し、欲しているのだ。それは紀伊田本人にも止めようがなかった。
男は、快楽の虜になった紀伊田の反応を愉しむように、紀伊田の身体を激しく責め立てた。
「ほらっ、こうされるの好きだろッ?」
紀伊田の身体を、両膝が頭の横についてしまいそうなほど折り曲げて押し潰し、紀伊田が顔を真っ赤にしながらイヤイヤするのを股の間からニヤついた顔で眺めながら、狭い肉壁を角度を変えてあちこち突きまくる。
次は、紀伊田の太ももを抱えて立ち上がり、逆さに引っ張り上げた後、中腰の姿勢で剥き出しになった後孔に一気に埋め込んだ。
「あああっ……んはぁぁぁっ、ぅあああっん」
太ももの下に腕を回してお尻を横からがっしりと掴み、自分の腰に叩きつけるように腰を振る。
角度を変えて、感じる部分を狙って突かれると、お腹の奥がカッと熱くなり、震えるような射精感が込み上げた。
「ぁあっ、もうダメッ、イクッ、イキそ、あぁぁっ!」
ペニスの先がビクンと跳ねた瞬間、お腹の奥から凄まじい快感が駆け抜け、紀伊田は、勢いよく射精した。
「すげー。自分の顔の方まで飛んでんぞ……」
男は、肩で息をする紀伊田を見て満足そうに笑うと、次は俺の番だと言わんばかりに、容赦なく腰を打ちつけた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「結局、内藤の野郎が加藤会長の後釜に収まって若頭になるって話しで本決まりさ」
「執行部の奴らがよく許したねぇ」
「許すもなにも、七代目の推薦なんだから誰も文句は言えねぇよ。もっとも裏ではかなりな額の金が動いたって話しだがな」
また金か。
思いながらも、この世界では金が何よりモノを言うことは紀伊田自身も理解していた。
ヤクザに暴力が付きものだからと言って、腕っ節が良いだけではトップにはなれない。
上に立つには金がいる。正確には、金を作り出す力だ。
今の七代目山崎組組織図を見ても、執行部に名を連ねるのは金を集めるのが上手い面々。インテリ風で武闘派とはおよそ縁遠い内藤然り、腕力などの直接的な力はさほど関係ない。全ては、金という見えない力とそれによってもたらされる地位。それに押し潰されない強い器と存在感だろう。
そういう意味で言えば、内藤は、現時点で既に充分な素養を兼ね備えていた。
「金……ね。内藤さんはシノギに長けてる、って噂だもんね」
腕枕されたまま小さく寝返りを打ち、男の胸板におでこを擦り付けた。
脚を絡めて上下にさすると、男が、「おいおい、やめろ」とまんざらでも無さそうに口を尖らせる。
紀伊田の身体を隅々まで堪能し、終わった後もいつまでも腕の中に抱いて甘い雰囲気に浸るロマンチストな一面を見せているものの、ひとたび外に出れば、この男も、七代目山崎組二次団体水神一家の若頭補佐にして三次団体山城組の組長を勤める立派な極道だ。
組に戻れば、『組長、組長』と慕われ恐れられているが、紀伊田の前では、甘えられるのが好きなただの男。女房子供がありながら、若い頃のムショ暮らしで覚えた男の味が忘れられず、たまにこうして女房の目を盗んで男と遊んでいるらしいが、アナルへの執着や責め方から察するに、本質はこちら側の人間であると紀伊田は確信していた。
男を良い気分にさせたところで、紀伊田は早速本題を切り出した。
「そう言えば、救急車で運ばれた内藤さんとこの若衆の、積川、って奴は、その後どうなったの?」
「内藤の次は積川かよ。お前はなんだってそう石破組を嗅ぎ回ってんだ?」
「それは聞かない約束でしょ? こういうのは信頼関係が大事なんだから……それが守れないならもうあんたとは……」
「わぁ~った! わぁ~った!」
男は、紀伊田の言葉を慌てて遮ると、仕方ないな、とばかり、ハァ~ッと大きな溜め息をついた。
「可愛い顔して脅しやがって。ーーったく、お前にゃ敵わなねぇよ」
「お褒めの言葉をありがとう」
「褒めてねぇよ」
悪態をつきながらも、男は、紀伊田が両手で頬を挟んで「んーッ」と声を出して口付けすると、すぐにデレデレと目尻を下げた。
「硫酸ぶっかけられたっつー話しだから、まだ入院してんだろ。竜星会とドンパチやった日だっつーからてっきりそれ絡みかと思ったが、どうやらただの通り魔だった、って話しだぜ」
将来の幹部候補が男相手に痴情のもつれじゃ下に示しがつかないのだろう。この手の情報操作は珍しく無いが、駿が赤の他人で片付けられていることには少し胸が痛んだ。
「やっぱ酷いことんなってんのかな」
「さあ。最近の医療は進んでっから大丈夫だろ」
「でも、顔面に喰らったら失明もんでしょ?」
「最悪失明したところで、内藤なら目ん玉の一つや二つ、簡単に用意しちまうだろ」
この口ぶりでは、どうやら詳しいことまでは聞かされていないらしい。
すんなりとは行かないだろうと覚悟はしていたが、思った以上にガードが固い。
積川の容体を聞くためには、やはり石破組内部の人間と通じるしか方法は無いのだろうか。
思案に暮れていると、男がふいに腕枕していない方の手で紀伊田の手首を掴み、そのまま寝返りを打って紀伊田を仰向けに押さえ付けた。
「ちょっと……今日はもうお終いだよ……」
「冷たいこと言うなよ」
こめかみに口付けながら、男は、片手を頭の横で押さえ付けたまま、膝を太ももの間に割り込ませて、膝先で揺さぶるように股間を刺激した。
「マジでダメだって!」
快楽を覚えた身体はすぐに反応し始めたが、男のシリコンボール入りのペニスで立て続けに二度も責められた後だけに、これ以上はさすがに腰が耐えられそうになかった。
男もその辺りはわきまえているらしく、「先っぽだけにすっから」と宥めるように耳元で囁く。
そうしている間にも、紀伊田の身体を横向きに抱き寄せ、後ろに手を回してお尻の割れ目に指先を這わせた。
「バカ、どこ触ってんだよ!」
「お前の良いとこさ。中がまだ柔らけぇから唾付けただけでどんどん飲み込みやがる……」
「あっ、よせ、抜けッ!」
紀伊田も男には違いないとはいうものの、自分よりも一回りも体格の良い男にがっしりと抱きかかえられてしまってはひとたまりもなかった。
このままでは押し切られてしまう。
一か八か肩を捩って抵抗すると、サイドテーブルに置いたスマホが着信音を鳴らしながらブルブルと振動した。
「こんな時に誰だよ」
紀伊田は、男が音に気を取られた一瞬の隙に腕をすり抜け、スマホを手に取った。
知らない番号。多分、アイツだ。
慌てて着信拒否のボタンを押すと、これからというところを邪魔されて気分を害している筈の男が、何故か心配そうに声を掛けた。
「誰からだったんだ。依頼主か?」
「あ? いや、なんでもないよ……」
「なんでもないってツラじゃ無ぇだろう。なんかヤバい事ンなってんなら俺様が力になるぜ?」
情報を引き出すのを生業としていながら、提供者にストーキングされているとは口が裂けても言えなかった。
紀伊田は、男の申し出を愛想笑いで誤魔化し、ベッドから滑り出た。
「本当、なんでもないから気にしないで。それと、お願いだから続きはまた今度にして。あんた良すぎるからこれ以上やったらマジでぶっ壊れる……」
あながち嘘でも無かったが、多少のリップサービスは含んでいた。
男は、「相変わらず口が上手いな」と呆れながらも、まんざらでも無さそうに口元を綻ばせた。
「次はいつ会える?」
紀伊田は、床に落ちたバスローブを軽く羽織りながら、「いつでも」と答えた。
「本当は、積川の容体が解ったら、と、言いたいとこだけど、あんただったらいつでも良いや……」
振り向いた先で、男が、強面の顔をだらしなく緩めて頭を掻いている。
「調子良いこと言いやがって……」
こんなことぐらいで、憎まれ口を叩いて照れ隠しをする男が妙に可愛いらしく、紀伊田は、つい、「また連絡して」と答えていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
マンションへ着くと、真っ先にバスタブにお湯を張り、お気に入りの入浴剤を入れて肩まで浸かった。
熱いお湯に浸かって身体をほぐさなければ一日が終わらない。ホテルで男に抱かれた日はとくに自宅でゆっくりお湯に浸かりたかった。
バスタブの縁に首を乗せてもたれながら、紀伊田は、両脚を左右に伸ばしてバスタブいっぱいに寝そべった。
一人だとこんなにもゆったり出来る。
佐伯がいた頃は、野郎二人で身を寄せ合って入っていた。
いつも佐伯の方が先にバスタブに入り、自分の股の間に紀伊田のお尻を滑り込ませるように座らせる。紀伊田は、佐伯の胸にもたれて肩に頭をコテンと乗せ、佐伯に顎の先で頬を撫でられながら夢心地で温かいお湯に身を浸す。
行為の前なら、佐伯が脇腹の隙間から胸に手を回して乳首を摘んだり、下に滑らせて股間を扱いたりして興奮を高め、行為の後なら、向かい合って身体を洗い合ったり、水を飛ばしてふざけ合ったりもした。
恋人というより、気の合う先輩後輩のような、気心の知れた親友のような関係だった。
佐伯のことは大切だし愛してもいる。
燃え上がるような激情はないけれど、肌を重ねれば、お互いが、パズルのピースのようにぴったりと嵌って一つにとろけ合い、切ないような快感に打ち震える。
性格も身体の相性も申し分ない。自分がとても愛されていると実感する。
しかし一方で、佐伯から真っ直ぐな愛情を向けられれば向けられるほど、冷たいぬかるみに足を浸しているような、底冷えのする後ろめたさが募っていくのも事実だった。
なぜなら、自分は、同じだけのものを佐伯に返せない。
自分には消せない証がある。
記憶をなぞるように、太ももの内側の脚の付け根に近い部分に貼った肌色テープをそっと剥がす。
現れたのは、『圭吾』という二文字だ。内藤圭吾。言わずと知れた石破組組長内藤の下の名前、紀伊田の心を掴んで離さない男の名だ。
十年以上も前に入れたにも関わらず、それは未だ色褪せることなく紀伊田の白い肌の上に佇んでいる。
恋人だったわけでも抱かれたわけでも無い。
十七歳の夏、仲良くしていたテキ屋の兄ちゃんに誘われるまま付いて行った地元の小さなヤクザの組事務所で出会って以来、紀伊田が一方的に想いを寄せているだけの儚い関係だ。
それはこの先もずっと変わらない。
どれだけ想いを寄せようと、内藤が紀伊田を受け入れることはない。紀伊田の想いは永遠に実らない。
それなのに性懲りも無くいつまでもこんなモノを肌に残すのは、名前だけでも側に置きたいという幼稚な未練と、報われない想いに縛られた自分自身への憐憫の情なのかも知れなかった。
いっそ顔も見えないくらい遠くに離れてしまえばいつかは忘れられるものを、「嫌な部分を見れば嫌いになれる」ともっともらしい言い訳をつけて内藤の周りに纏わり付き、松岡を助けるという名目で身辺を探る。
自分でも呆れるほど往生際が悪い。
そのくせ、ひとり寝の寂しさに耐えきれず適当な相手を見つけては身体を開き、ついには、自分とは違う世界を生きていた佐伯の手まで取ってしまった。
佐伯とは、今から約一年半前、松岡の代理で行った亜也人の生活指導で出会った。
亜也人の担任で、体育会系の爽やか教師。
生活指導室の机を挟んで向かい合わせに座りながら、『僕、二十四なんです』と、弾けそうな笑顔で答えた佐伯の姿が未だ記憶に新しい。
陽の当たる道を真っ直ぐに歩いてきたことが一目で解るような好青年で、明るく、はつらつとした笑顔が印象的だった。
初めて見た時、紀伊田は、佐伯が自分とは真逆の位置にいる人間だとすぐに理解した。
自分と佐伯とは住む世界が違う。
佐伯の、日焼けの染み付いた健康そうな肌や、物怖じしない勝気な瞳、大きな声やハキハキとした口調は、いつもどこか仄暗い影を帯びた世界に身を置いてきた紀伊田には眩しすぎた。
だから目が眩んだ。
もっとも、好きになったのは佐伯の方で、紀伊田にその気は無かった。
それでも、好きだといわれて悪い気はしなかった。
自分とは真逆の場所にいる、おそらく誰からも好かれるであろう絵に描いたように爽やかな好青年が、自分のことを好きだと切なそうに訴える姿を見るのは正直気分がよかった。若者らしい押しの強さとストレートな愛情表現でぶつかってくる熱意にも心絆された。
気付けば紀伊田は、佐伯に心を許し、佐伯を自分の胸の内側の深い部分にまで踏み込ませていた。
佐伯は、紀伊田が内藤に想いを寄せていることを知りながら、全て承知の上で、それでも構わないからと、紀伊田を熱心に口説き落とした。
佐伯の愛は、紀伊田の心を溶かし優しく包み込んだ。
しかしその優しさは、同時に、紀伊田の胸の底に巣食う罪悪感を揺り起こした。
佐伯に与えてもらうのと同じだけの愛を返せない自分が罪深く思える。
佐伯の想いが純粋であればあるほど、佐伯の想いに甘える一方で、内藤への気持ちを捨て切れない自分がどうしようもなく邪な人間に思えてくる。
愛を囁かれていても、抱き合って一つに溶け合っていても、心のどこかに、佐伯への後ろめたさがいつもあった。
あのままではいつか押し潰されていた。
そう考えれば、色仕掛けの内偵調査がこのタイミングで佐伯にバレたのは、紀伊田にとってはむしろ救いの手とも言えた。
いくら佐伯が裏社会の情勢に疎いからと言って、七代目山崎組組長襲撃事件ともなれば必ずどこかでは見聞きする筈だ。その渦中に紀伊田が怪しい動きをすれば疑いの目を向けるのは当然だった。
事実、紀伊田は、情報提供者との密会後、ホテルから出るところを佐伯に待ち伏せされ、その後、距離を置こうと切り出された。
内偵を始めてすぐのことだから、かれこれ三週間近くにはなる。
他の男と関係したことがバレたらこうなるであろうことは解っていたが、竜星会の木野が、内藤を襲撃事件の黒幕に仕立て上げて殺害しようとしているとの噂を耳にした途端、胸がざわつき、気持ちを抑えることが出来なくなった。
内藤が殺されるかも知れないと思うと居ても立っても居られず、かつての色仕掛けによる内偵を復活させていた。
佐伯の顔が一瞬脳裏をかすめたが、結果的に紀伊田は内藤を選んでしまった。
この裏切りが許されるとはもちろん思っていない。
佐伯が今ここに居ないのは紀伊田自身が招いた結果だ。紀伊田に弁解の余地は無い。佐伯も当然の選択をしたまでだった。
その選択も、今となっては、むしろこれで良かったようにも思われる。
佐伯は生徒からの信頼も厚い将来有望な教師だ。
その佐伯が、既に足を洗っているとは言え、未だ裏社会に片足を突っ込んでいるような男といつまでも一緒にいて良い筈がない。
今が潮時。自分にとっても佐伯にとっても、今ここで離れることは最善の選択と言えた。
「だから悲しむ必要はない……」
しんみりした気分を振り払うように、勢いよく立ち上がってバスタブを出た。
シャワーで泡を洗い流し、バスローブを羽織って濡髪をタオルで押さえながらキッチンへ向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
シンクの横には、洗って伏せられたままのペアのマグカップ。リビングに移動し、ソファーに腰を下ろすと、佐伯が買い揃えたクッションが紀伊田の肘を優しく支える。
一人でいた頃は殺風景すぎるほどシンプルな部屋だったのが、佐伯が少しづつお揃い物のを買い揃え、いつの間にかずいぶんと賑やかな部屋になった。
この荷物も、頃合いを見計らって自宅へ送ってやらねばならない。
これでようやくすっきりする。
強がってみたのものの、次の瞬間にはたちまち寂しさ込み上げる。
自分で裏切っておいて、「寂しい」などと一体どの口が言うのか。
情けない。
踏ん切りを付けようと、荷物をさっさと送り返すことに決め、気が変わらないうちに、佐伯に連絡を取った。
紀伊田の決意とはうらはらに、佐伯はなかなか電話に出ない。
口も利きたくないほど嫌われてしまったという訳か。
一向に止まない呼び出し音にそう呟き、電話を切ってテーブルの上に戻した。
すると、殆ど同時に着信音が鳴り、紀伊田は、再びスマホを掴み取った。
「佐伯?」
知らない番号。
佐伯ではない。
ーーーアイツだ。
「しつこい!」と、着信音の鳴り響くスマホを反射的にテーブルに放り投げた。
佐伯からの連絡かも知れないと思っただけに、余計に腹立たしさが込み上げる。
スケベ心につけ込むような真似をすれば勘違いする輩が出てくることは紀伊田とて充分理解している。
だからこそ、相手選びは慎重に行い、お互いに割り切った関係を築けるドライな相手か、関係をバラされては困る事情を抱えた相手に限定していた。
最初はワンナイトラブを装って近付き、セフレ関係に持ち込んで情報を引き出す。
身体を見返りに情報を得ているわけではない、あくまでベッドの上の戯言として巧みに聞き出すのが紀伊田のやり方だ。
もちろん相手も馬鹿ではないから途中で紀伊田の目的に気付くが、その時には既に紀伊田にすっかり手懐けられてしまった後で、利用されていると知りながら自ら進んで紀伊田に情報を流すというおかしな逆転現象を起こさせる。
情報筋の一人が自身のことを、『アイドルに金を注ぎ込むヲタクのようだ』と言っていたが、言い得て妙だと紀伊田は思った。
それが、まさかここまで酷くストークされるとは、さすがの紀伊田も自分の失態を認めるざるを得ない。
しかし裏を返せば、それだけ紀伊田が冷静さを欠いていた、ということだった。
事実、その時の紀伊田は内藤の殺害計画の噂で頭が一杯でそれ以外は何も考えられなくなっていた。
殺害計画を立てている竜星会の人間なら誰でも良い。一刻も早く真実を突き止めたいという気持ちが先に来た。
その後、竜星会が解散に追い込まれることも、男にしつこく付き纏われることも頭に無かった。
全ては自分の身から出た錆。
それが解っているだけに紀伊田は誰にも頼れなかった。
日増しに増える無言電話と薄気味の悪い視線に紀伊田は一人で耐えていた。
着信拒否設定でシャットアウトしようにも、相手も巧妙で、色んな番号から掛けてくるため実質追い掛けっこになってしまう。このままエスカレートすれば紀伊田自身の携帯番号を変えてしまう手段も選ばざるを得ない状況だったが、仕事の連絡先として周知している関係もあり、あくまで最終手段と考えていた。
「無視し続ければいつかは止むだろう……」
自分自身に言い聞かせ、紀伊田は、ペットボトルのミネラルウォーターを乾いた喉に流し込んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「入れてるとこは丸見えなんだが、これだと顔が見えねぇんだよな……」
四つん這いになる紀伊田の後孔にカリ首をねじ込みながら言うと、男は、お尻の割れ目を左右に開いていた手を腰へずらし、繋がった部分が見えるよう背中を反り気味にして奥まで突き入れた。
「あぁぁっ、やぁ、そんな、いきなり深……ッ」
「ローションたっぷり塗ってやったから痛くねぇだろ?」
「ちがうん……ンアっ、アアッ……」
既に二回も射精させられ、未だ痙攣のおさまらない肉壁がキュウキュウと縮み上がる。
射精を伴わないものも含めれば、ゆうに10回以上はイカされている。全身が敏感になりすぎて、感じすぎるあまり手足がガクガクと震え、肘が崩れそうになるのをシーツを掴んで気力だけで堪えていた。
「畜生……入り口は柔らけぇのに中はキュンキュン締め付けやがるッ……」
「あぁッ、ダメッ……そんな擦っちゃ……」
額に汗を浮かべて悶絶する紀伊田とはうらはらに、男は、後孔に埋め込んだ男根をわざとゆっくり大きく抜き差しし、紀伊田の秘穴に自分のモノが出たり入ったりする様子を眺めて愉しんだ後、ふいにグンっと腰を突き上げ、届く限りの一番奥に男根を突き入れた。
「んああぁぁッ!」
シリコンボールでかさ増しした亀頭に直腸の奥を激しく突かれ、紀伊田はついに肘を折ってベッドに突っ伏した。
膝も崩れる寸前だったが、ガクンときたところを男に腰を掴まれて引っ張り起こされ、うつ伏せ寝の状態でお尻だけを高く突き出すという淫らな格好を取らされ、男の欲情を更に煽る羽目になった。
「こうすると、肩甲骨がうねって色っぺぇんだよな……」
「あっ……やあッ……」
男は紀伊田のお腹に腕を回して自分の股間に引き付けると、今までのゆっくりとした動きから一転、内臓の奥深くを割り裂くようにズンズンと男根を突き立てた。
「んんぁっ、あぁぁっ、もっとゆっくりッ、んぁぁっ、あああぁッ」
敏感になった粘膜を男の猛り狂ったイチモツで執拗に突かれ、紀伊田の口から悲鳴ような喘ぎ声が迸る。
男が腰を引くたびに、ゴツゴツとした亀頭が内臓を掻き出すように引き戻り、擦られた性感帯がゾワゾワとした快感を押し上げる。
押し込まれる圧迫感と引き戻される排泄感。相反する二つの刺激にお腹全体が痺れたように熱くなり、イキそうでイカないギリギリの快感が紀伊田を悶絶させた。
「んああぁっ、もう嫌だッて! お願いだから……も……やめッ……ッア!」
「そんな声で泣くなよ。泣くとますますやめられなくなンだろ?」
「やッ! ばかッ! ああああっ、あっ、はッ、あひんッ」
「くっそ……。そんな締めたらモタねぇだろ……」
「ああぁぁんっ、ああぁっ」
身体の内側に熱いモノがどんどん溜まり、ペニスが痛いほど脈を打つ。
もうダメ! と思った時には、膨れ上がったペニスの先から精液を吐き出しながら、紀伊田は、狂った女のように泣き叫んでいた。
男は、紀伊田の反応に、「たまらない」とばかり目をギラつかせ、イッたままの紀伊田を突きつづけ、やがて一番奥に男根を突き入れたままピタリ止まった。
その後、二、三度、ウッ、ウッと呻きながら腰を振り、紀伊田の背中に覆い被さって背中に口付けた後、ローションでぬるぬるになった男根を後孔からズルリと引き出した。
男がコンドームを外すパチンという音を背後に聞きながら、紀伊田は、男根を抜かれてもなおヒクつく後孔を隠すように脚を閉じた。
「顔射……するんじゃなかったの?」
男は、「そのつもりだったが、気が変わった」と言いながら、男根をティッシュで拭き取るのもそこそこに、紀伊田の隣にゴロンと寝転がった。
「顔射は次に会えた時にとっとくよ」
「そんなこと言って、しばらくは大人しくしとかなきゃ今度こそ大変なことになんじゃない? そうでなくても、おたくとこの姐さん、キレたらヤバいって有名なんだから」
厳つい顔が、「それを言うな」と、バツが悪そうに眉を顰める。
妻帯者は別れ際があっさりしているぶん、紀伊田も気が楽だ。
特に組同士のしがらみで夫婦になったこの男の場合、本人の意思や未練には関係無く、別れを選択するしか解決の道は無い。
男とはほんの数回関係を持っただけの間柄だったが、男の、四十半ばという年齢からくる落ち着きと、組長という立場から漂うカリスマ的な魅力は充分惹かれるものがあり、紀伊田は、この男となら内偵抜きでもたまにこうして会ってセックスしても良いと思っていた。
そうでなくても人肌恋しさが日増しに募っていた。
最善の選択だと言い聞かせたところで、佐伯の不在は、紀伊田の心に少なからず影を落とした。
当たり前だったものが当たり前でなくなる喪失感、人恋しさや、人肌でしか満たせない身体の疼き、心の持ちようだけでは防ぎようもない、男に貫かれる悦びを知っているからこそ沸き上がるどうしようもない身体の疼きが、紀伊田の胸の内側から疎外感にも似た人恋しさを引きずり出す。
鎮めるには、誰かに抱かれるのが一番手取り早く、政略結婚による妻子持ちのこの男ならば、互いに一線を引いた、良い意味で利用し合える関係を築いていけるだろうとも思っていた。
しかしその矢先、男が紀伊田との関係を女房に嗅ぎ付けられ、二人の関係は呆気なく終わりを告げた。
驚きはしたものの、不思議とガッカリはしなかった。
こうなったことにも何か意味はある。
見えない何かに『やめろ』とブレーキを掛けられているようだった。
寂しさを埋めるだけのセックスなどやめておけ。自分の寂しさにこれ以上他人を巻き込むな。甘えるのも大概にしろ、と言われているような気がした。
申し訳なさそうに項垂れる男を前に、紀伊田は、いつにも増して聞き分けよく別れを受け入れた。
最後のセックスは男からのたってのお願いで、紀伊田は、こうしている間にも女房の手先がどこかで張り込んでいやしないかと気が気では無かったが、男にとっては、返ってスリリングで興奮を高めたようだった。
「とうぶん抱けねぇと思って張り切っちまったが逆効果だったぜ……。これじゃますます忘れらんねぇ……」
しんみりと呟く男の低い声にフッと口元を緩め、紀伊田は、うつ伏せになったまま、顔だけを男の方へ向けた。
「俺もだよ。短い間だったけど楽しかった。ありがとう」
片手を伸ばし、男の筋肉の浮いた胸板を指先でなぞりながら呟く。
男は、ちぇッ、と不貞腐れように舌打ちした 後、胸元を這う紀伊田の手に自分の手を重ねて軽く握った。
「ンな、永遠の別れみてぇな言い方すんなよ。こんなことンなっちまったが、俺は結構マジでお前のことが気に入ってんだ。しばらくは無理でも、ほとぼりが冷めたらまた会える」
紀伊田はゆっくりと首を横に振った。
「無理しなくて良いよ。そんなことしたら、俺、いよいよあんたの女房に殺される」
あながち冗談でもないだけに、男はそれ以上未練がましいことは言わなかった。
それでもこのまま別れては男が廃ると思ったのだろう。しばらくすると、男は、天井を見上げたまま意識だけを紀伊田に向け、それまでとは違う、力強い口調で切り出した。
「こんなことになったお詫びと言っちゃあ何だが、お前が知りたがってた積川の容体、俺もツテを当たってやろうか?」
「え……。なんかツテあんの? てか、そんなことして大丈夫なのか?」
男は、「まぁな」と得意げに答えた。
「内藤のとこまでとはいかないが、俺だってそこそこの数の兵隊は揃えてるんだぜ?」
厳つい顔には不似合いな無邪気な笑顔。男の、少年のような悪戯な笑顔に紀伊田の頬が自然と緩む。
紀伊田の笑顔に、男が、また一段と朗らかな笑みを浮かべた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
男から連絡があったのは、それからわずか二日後のことだった。
宇治原駿が積川良二に硫酸を掛けてからちょうど三週間が経っていた。
襲撃事件後ゴタついていた加藤高嗣の後任ポストには、兼ねてからの噂通り、襲撃事件解明に貢献した内藤が正式に収まり、内藤は、七代目山崎組の若頭として念願の親団体執行部入りを果たした。
加山とは一週間前に会ったきりだが、駿のことはマメにメールで報告が来る。
松岡とは、加山からの報告をたまにメールでやり取りしているものの、駿の事件以降、実際には一度も会っていない。会えば、佐伯とのことを色々と聞かれるだろうと思い、自然と足が遠退いてしまっている。松岡の方も、亜也人の連れ去り事件でナーバスになっているのか、紀伊田に連絡してくることはなかった。
それでも松岡が積川良二の容体を気にしていることは解っていた。
積川を心配しているのではなく、積川の身に何かあった時の亜也人を心配しているのだ。
積川に何かあれば、亜也人は、おそらく自分のせいでそうなったのだと自分を責める。
悩みの元凶である積川の無事を祈るのは松岡にとっては苦渋だろうが、亜也人を思えば受け入れざるを得ない。二人の問題に口出しは出来ないが、自分で役に立てるなら、力になろうと紀伊田は思っていた。
それは二人のためであり、紀伊田自身のためでもあった。
紀伊田にとって二人は希望だ。
他人と交わらず一匹狼として生きてきた松岡と、積川に依存していた亜也人。その二人が、それぞれの過去と決別し未来へ向かって歩いている。
二人を見ていると、人は変われるのだ、と思い知らされる。
幾つになろうと、どんな状況に置かれようと、愛し愛される相手と巡り合い、お互いが同じ方向を向いて生きていけるのだと改めて信じさせられる。
それを揺るぎないものにする為に、二人が幸せになっていくさまを紀伊田は自分の目で見届けたかった。
「病院関係者だから確かな情報だ。主治医じゃねぇが、積川のことは何度も診察してるらしく、だいたいのことは解るらしい。お前さんさえよけりゃ、今夜にでも会わせるって言ってんだがどうするよ」
男の言葉に、紀伊田は一瞬躊躇した。
「信用できる情報なのか?」
「川並組の若いモンだから心配いらねぇ」
情報の出どころとされる川並組は、男の仕切る山城組とは兄弟盃を交わした間柄で、建前上は固い絆で結ばれている。
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「それで、俺は何処へ行けばいい?」
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紀伊田は、言われるままに扉をくぐった。
すると、突然、首の後ろにガツンと衝撃を受け、目の前に火花が飛び散った。
薄れ行く意識の中で、男が、ごめんなさい、ごめんなさい、と引き攣った声で喚いている。
そこで意識が途切れ、目覚めた時、自分の置かれた状況に頭が真っ白になった。
身体が動かない。
どうやら椅子に繋がれているらしい。
両手は背もたれの後ろに回され手首を一つにまとめて縛られ、両脚は、肘掛けを跨いて左右に大きく開かされ、膝とふくらはぎを肘掛にガムテープでぐるぐる巻きに固定されている。
視界が天井を向いているのは、背もたれからズリ落ちるようにお尻を手前に滑らされた姿勢を取らされているせいだろう。
衣服は全て剥ぎ取られ、肌に直接巻かれた黒いガムテープ以外身体を隠すものは何も無い。
剥き出しになったペニスが冷んやりとした空気に縮み上がり、上を向かされ、丸見えなった後孔がこれから起こることへの緊張で肉桃色の窄まりをヒクヒクと収縮させる。
鏡を見なくとも、自分の恥ずかしい姿が頭の中に赤裸々に浮かび上がり、紀伊田は悔しさと羞恥に唇を噛み締めた。
ーーーやられた。
あの男が嘘をついたとは思えないが、こうなってしまった状況は変えられない。
今は逃げ出すことを第一に考えなければ。
手を解こうと、後ろで束ねられた手首を上下左右に動かした。
すると、突然、乳首の周りにブゥンと細かい振動が走り、紀伊田は、「ひゃぁッ!」と声を上げた。
「なんだこれッ! ……ッあっ!」
ピリピリとした電流。低周波か。
手脚の拘束に気を取られて気付かずにいたが、顎を引いて胸元を見ると、両乳首の上下に、乳首を挟んで平行に小さな四角いパットが貼り付けられている。
スイッチは手首に仕込まれているらしく、解こうと擦り合わせると衝撃でボタンが押されて稼働する仕組みになっていた。
低周波のピリピリとした刺激がじんわりと乳首に広がり、紀伊田は上半身をよじらせた。
止めなければ。
再び手首を擦り合わせていると、今度は、部屋のドアがバタンと開き、見覚えのある男が入って来た。
「お前……」
紀伊田をつけ狙っていたストーカーだ。
内藤の殺害計画を知った紀伊田が慌てて飛び付いた、殺害計画を立てていた当事者である、元、竜星会の構成員。
男は、椅子に縛られて股を開く紀伊田を愉しそうに見下ろすと、椅子の背もたれに掴まりながら身を屈め、紀伊田の顎を掴んで顔を上げさせた。
「あんま動くと返って強度が増すぜ?」
男は、乳首への刺激に身悶える紀伊田を獲物を弄ぶような顔付きで眺めた。
「お前っ! どおしてっ! んぁッ……」
「ほら、言わんこっちゃない。それにしてもすげぇな。触ってねぇのにもうコリコリ勃ってやがる。舐めてしゃぶって噛んでやろうか? お前、乳首弄られんの好きだもんなぁ……」
「ばッ……か……ンなことより俺の話し……んはッ……」
「どおしてかって? 積川だったっけか。山城の組長さんに調べて欲しいっておねだりしたんだろ? だから協力してやったんじゃねぇか」
「なんでお前が……」
「俺がお前を張り込んでたの、気付いてたンだろ? お前、山城組の組長さんともヨロシクやってたもんな。お陰で、山城組が積川のこと探ってるって聞いた時、すぐにお前の頼みだってピンときたぜ」
「お前、一体……」
「俺か? ああ俺、今、一応川並組に世話ンなっってんだわ。それにしても、お前の方からエサ投げてくれて手間が省けたわ。ちなみにさっきの男は医者でも何でもねぇ、ただの川並組の債務者だ。ぶへへへっ」
男の下卑た笑いが耳にへばりつく。
男の告白と乳首への振動で意識がぐらつき頭が働かない。
「ど……してこんなこと……」
「どうしてだ? ンなこたぁ、テメェが一番良く解ってんだろ」
言い終わるが早いか、男の手が太ももの内側の肌色テープを力任せに引っ剥がす。
途端、鋭い痛みが走り、紀伊田は、ヒッ、と奥歯を噛み締めた。
「思った通り、内藤の名前だ。お前、内藤の色なんだろ! なのに、俺にキメセク持ちかけてまんまと喋らせやがって……。お前が、狙撃射の正体を内藤にタレ込んだことは解ってんだ! あれは俺しか知らない情報だったんだからな!」
ガキが使うようなセックスドラッグでぶっ飛んでペラペラ喋るお前がアホなんじゃないか。
紀伊田は思ったが、当然口にはしなかった。
男は何も言わない紀伊田を睨み付け、紀伊田の目の前に自分の左手をかざした。
「お前、その手……」
小指と薬指を覆うように巻かれた包帯の下の指が欠損していることは、男の、不自然な段差のついた手のシルエットからも一目瞭然だった。
「お前のせいで根元からスッパリさ。いまどき指詰めなんざどこも拾い上げちゃくれねぇ。頼みに頼んで何とか川並組に拾ってもらったが、盃も貰えねぇ下積みだ。この俺が、三下にコキ使われてんだぜ? それもこれも全部お前のせいだ! この落とし前はきっちり付けてもらう!」
凄みのある視線を向けると、男は、部屋の片隅で震えるニセ研修医を呼び寄せ、椅子の足元に置いたスポーツバッグを開けるよう命じた。
取り出したのは黄色いパッケージに赤い文字が書かれた小瓶。
見た瞬間、紀伊田の背筋に悪寒が走った。
「やめろッ! そんなもんいらない! そんなもん必要ないッ!」
「お前になくても俺にはあるんだよ。口もアソコもだるんだるんにしてたっぷりサービスしてもらわなきゃなんねーからな……」
「嫌だッ! やめろッ!」
紀伊田の訴えも虚しく、男は、ニセ研修医にキャップを外させると、その中身をガーゼの上に全て垂らし、紀伊田の鼻と口を塞ぐように押し当てた。
「んぐぐっ!」
途端に、刺激臭が鼻腔を駆け上がり、抵抗する間もなく心臓がバクバクと暴れ出す。
視界がねじれ、頭がぐわんぐわんと揺れた温かい砂の中に身体がズブズブと埋まっていくような心地良さに包まれた。
「あーあ。もうこんなにトロトロになっちまって……。んじゃ、ゆっくり楽しませてもらうとすっか……」
「いッいいいッ、いあっあぁぁっ、あっ」
カチリ、という音とともに、乳首を挟んで平行に貼られたパットが、ぶうぅぅぅん、という機械音を上げながら電流を上げる。
今までよりも一段階上がった刺激に背中が反り返り、開きっぱなしになった口から、はしたない喘ぎ声が勝手に迸った。
「いやあぁぁっ、あっああ、やめっ……」
イヤイヤと首を振る紀伊田を嘲笑うように、男は、後ろ手に縛られた紀伊田の手首を二、三度握り、接触部に仕込まれた低周波治療器のリモコンボタンで出力の強度を最大限まで上げた。
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