セラフィムの羽

瀬楽英津子

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〜すべてが光りになる日

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 ガツン、という音とともに、積川の身体が亜也人から離れた。
 亜也人の白い足が力なく宙を舞ってベッドに落ちる。
 拳に確かな手応えを感じた。
 狙わなくとも身体が本能的に積川のこめこみを捉えていた。松岡の強烈な一撃に積川は顔面を捻らせながらベッドから転がり落ちた。
 これで暫くは動けない。
 床の上に無様に倒れる積川を横目に、亜也人の手首に巻かれた革の手錠を外す。
 すると突然、背中に激しい衝撃が走り、松岡は亜也人の身体の上に前のめりに倒れた。
 痛みで一瞬息が止まる。
 なんて力だ。
 急所を狙われてすぐに立ち上がること自体常識を外れている。
 振り返ると、今度は胸ぐらを鷲掴みにされて力任せに床の上に投げ倒された。

「俺の亜也人に気安く触るんじゃねぇッ!」

 かつては“東の殺し屋”の異名を持ち、関東きっての武闘派として業界にその名を轟かせていた松岡。
 その腕っぷしの強さと喧嘩のセンスは四十を越えた今も衰えていない。
 その松岡が、たった一撃で床に身体を沈められてしまったのは、積川の想像を超えた体力はもちろん、覚醒剤エスによる痛覚の麻痺も大きな要因だった。
 今の積川に怖いものは何もない。覚醒剤エスの強烈な興奮作用が、積川の持って生まれた自己顕示欲と凶暴性を最大限に引き出していた。
 その矛先を亜也人に向けさせるわけにはいなかい。
 松岡は、身体を起こしながら、傍で仁王立ちになった積川に唾を吐き掛けた。

「この、イカれ野郎がッ!」

 瞬間、顔面に鋭い衝撃が走り鼻の奥がカッと熱くなった。
 続いて背中が床にめり込むような感覚と内臓を潰されるような痛みが同時に起こる。
 頬の内側がパックリ裂けて口の中に血の味が広がる。
 溜まった血反吐を吐き出すと、積川の顔が更に憤怒に歪んだ。

「貴様ぁぁぁッ!! 何しやがったあぁぁぁッ!」

 亜也人から気を逸らすことには成功したが、尋常でない怒りが松岡に降りかかった。
 一発、二発、三発。うおぉぉぉッ、という雄叫びとともに、凄まじい勢いで積川の拳が飛んでくる。
 現役時代には日本刀や拳銃チャカを持った相手に素手で挑んだこともある松岡だ。これくらいの痛み、屁でもない。
 しかし、腹の上に馬乗りになった状態で矢継ぎ早に拳を繰り出す積川の攻撃は、松岡から反撃の機会をことごとく奪っていた。息つく間もなく襲い掛かる拳を前に、松岡の両手は顔面をガードするためだけの盾になっていた。
 このままでは埒が開かない。
 体勢を変えなければ。
 一か八か、顔面のガードを解き、向かってくる拳を手のひらで受け止めた。
 そのまま動揺する積川の目に頭突きをかます。

「ぐあッ! てめッ……」

 最初は負傷した方の目。続いて負傷していない方の目に立て続けに頭突きをかました。
酸攻撃アシッドアタックを受けてダメージを受けている眼球を狙えば積川は間違いなく怯む。『だから目を狙え』という逢坂のアドバイスを受けての攻撃が功を成し、右腕を押さえ付けていた積川の手が一瞬緩む。
 その隙に、腕を振り上げて顎を打ち抜き、身体を回転させて積川から逃れ足元に回り込んだ。

「離しやがれぇッ!」
 
 シャツに掴みかかる積川を肘で交わし、足首を掴んで思い切り捻る。
 途端に、「ぐああぁぁぁぁ!」という奇声とともに怒り狂った積川の拳がわき腹にめり込んだ。
 バキッと、あばらが折れる音が響き、激痛が松岡を襲う。
 それでも積川の足首は離さない。
 渾身の力を込めて更に捻ると、同時に、痛めたあばらに再び積川の拳が直撃し、松岡は床の上にうつ伏せに倒れた。

「亜也人……」

 積川も足を押さえて倒れ込んでいる。
 積川が起き上がる前に亜也人を助けなければならない。
 両肘を曲げて床の上を這ってベッドに近付く。
 亜也人はベッドに横になったまま動かない。
 だらりと垂れた足。白い肌に広がる赤や青の痣。
 亜也人がここで何をされていたのかは、亜也人の身体に残る無数の痣や傷跡から容易に想像はつく。
 問題なのは、いつからこの状態なのか、という事だ。
 急がなければ亜也人が危ない。 
 しかし積川に折られたあばらが疼き、思うように前に進めない。そうこうするうちに、背後で積川が立ち上がる気配を感じ、松岡は息を飲んだ。
 これ以上足止めを食らったら後がない。意を決し、拳を握り締めながら後ろを振り返る。
 その時、部屋の入り口からガタイの良い大男が駆け込んできた。

「積川ッ! この野郎ッ!」

 オールバックに撫で付けた髪に、黒い眼帯。逢坂だ。
 駆け込むなり、立ち上がりかけた積川の背中に後ろ向きに飛び乗り、積川の足首を胸の前に抱えて足の甲を反対側に折る。
「ぐあぁぁッ!」と派手な叫び声を上げる積川を追い詰めるように救急車のサイレンが響く。

「後は俺たちに任せて松岡さんはカワイコチャンと一緒に行ってくださいッ!」

 積川は逢坂に押さえ込まれて動けない。
 今なられる。
 しかし、立ち上がった松岡を振り返る逢坂の鋭い視線が松岡を止めた。
 逢坂の目が、『馬鹿なことはするな』と訴えている。『そんなことより大事なもんがあるだろう?』
 そう言われたような気がしてふと我に返る。
 同時に、救急車のサイレンが止み、隊員たちがストレッチャーを抱えて部屋に雪崩れ込んできた。
 隊員の一人がベッドに近付いた時、松岡の身体が無意識に反応した。

「亜也人ッ!」

 ベッドに駆け寄り、手錠で擦り切れた亜也人の手を握る。
 冷たい。
 ショックで膝がガクガク震える。
 恥も体裁も顧みず松岡は救急隊員にすがりついた。

「助けてくれッ! 頼むから亜也人を助けてくれッ!」

 隊員たちの声も、積川の雄叫びも、床を踏み鳴らす足音も、松岡の耳には入らない。
 周りの全ての音がプツリと止み、ただ自分の心臓の音だけがシャクシャクと不快な不協和音を奏でる。
 振り切れた感情に打ちのめされながら、松岡は、「助けてくれ」と何度も繰り返した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 内藤が病院を訪ねてきたのは翌日のことだった。
 内藤が現れたということは紀伊田の容体が安定したということだ。
 紀伊田の無事が確認できたことは松岡にとっては喜ばしい報告であったが、内藤との対面は抵抗以外の何物でも無かった。直接的ではないにしろ、今回のことは内藤にも責任の一端はある。いわば仇とも言える相手を前に平常心でいられるほど今の松岡は強くはなかった。
 松岡の苦悩を尻目に、内藤は、総合病院の談話室の窓側のテーブルで松岡を待っていた。
 普段はきっちりと横分けにした前髪を無造作に額に下ろし、着の身着のまま駆け付けたような部屋着に毛の生えたようなラフな格好で、椅子に深々と背中を預けて座っている。
 一瞬誰だろうと二度見してしまったほど憔悴しきった横顔。
 松岡が近付くと、その酷く疲れたクマの目立つ目がゆっくりと松岡を見上げた。

「あのガキは……」

 松岡は無言のまま首を横に振った。
 内藤は、「そうか」と松岡から視線を外した。

 意識不明で救急搬送された亜也人は、あれから十二時間以上経過した今もまだ目覚めていない。
 心肺停止には至らなかったものの、薬物による急性中毒症状が認められ、酸素吸入や強制利尿、ビタミン点滴などあらゆる解毒処置を受けた。
 やるべきことはすべてやった。無事に目覚めるかどうかは本人の回復能力にかかっていると医師は言った。
 今は亜也人の力を信じて待つしかない。
 松岡に出来ることは、亜也人を信じ、亜也人が何事もなく無事目覚めるよう神に祈ることぐらいだ。
 それでも当たりどころのない怒りが全身に渦巻いていた。

「話なら手短にしてくれ。知っての通り、てめぇと悠長に話してる暇は無ぇんだ」

 怒りは当然内藤にも向かう。しかし内藤は、松岡の怒りに動じることなく、テーブルの端に置いた封筒を松岡の前に差し出した。

「これは……」

「寺田の雇用契約書と借用書だ。これであのガキもあんたも石破組うちとは何の関係も無い」

「まさか、お前、本気で……」

「約束だからな……」

 眉間に指を当ててメガネを直すと、内藤は、一重瞼の吊り上がった目を松岡に向けた。

「もちろん良二にも一切手出しはさせねぇ。あのガキ……寺田亜也人の望み通り、あんたたちはもう自由だ」

 狐につままれたようだった。
 正直、内藤が本当に約束を守るとは思っていなかった。
 なにより、今まであれほど亜也人を繋ぎ止めておくことに固執していた内藤が、たった一晩であっさりと手を引く。
 その陰に紀伊田の存在があることは言うまでもなかったが、それがかえって松岡を困惑させていた。

「お前、そこまで紀伊田に惚れてたのか……」

 内藤は、何かを諦めたような物悲しげな顔で、フッ、と笑った。

「惚れてる惚れてないで言えば、惚れてるんだろうな。だがしかし、どうなるものでもない」

「アイツの気持ちは知ってるんだろう?」

「ああ、知ってる」

「だったら」と言い掛けた松岡の言葉を内藤の鋭い視線が止める。
 尖りながらもどこか痛々しさを感じさせる張り詰めた視線に、松岡の言葉が自然と喉の奥へ消える。
 まるで、弱い自分を気付かれまいと必死で抑え込んでいるかのような表情だ。震えているようにも見える内藤を目の前にして、松岡は、いつも無表情な顔の下に隠された内藤の脆い一面を垣間見たような気がしてハッと目を止めた。
 しかし目が合ったのもほんの数秒。内藤はすぐに視線を逸らした。

「俺は松岡さんとは違う。寺田とも、もちろん紀伊田ともだ。この違いがなんだか解るか?」

 唐突に切り出す内藤に戸惑いながらも松岡は真面目に答えた。

「お前は極道で俺たちは堅気、ということか?」

「それは結果論だ」

「結果論?」

 内藤は、「ああ」と頷いた。

「極道と堅気。それは、俺があんたらとは違うという延長線上にある結果だ。『極道と堅気は住む世界が違う』なんて言うが、俺に言わせりゃ全員同じ空気を吸って生きてる同じ地球人さ。極道だから悪い、堅気だから良い、なんて話でも無ぇ。極道に身を置いてても真面目な奴はいるし、堅気でも極道以上に凶悪な奴はごまんといる。
 その線引きは実に曖昧だ。強い弱いも関係ない。その気になりゃヤクザなんて誰にでもなれる。
 だが、本物になれる奴はごく一部だ」

「何を言ってるんだ?」

「本質的な話しさ。向いてる、向いてない、の話しでもない。幹部どもは俺や積川を『極道に向いてる』と言うがそんなことは関係はない。ようは、この世界に、どれだけ染まれるか、なんだ」

 静かに、言い聞かせるように内藤は言った。

「この極道という環境にどこまで染まれるか。極道だけじゃない。自分の周りの環境に染まれるか染まれないか。それで自分の本当の居場所が決まる。
 難なく染まれるところが自分にとっての本当の居場所。つまり、染まれねぇところはそうじゃ無ぇ、ってことだ」

「俺たちは染まらない……と?」

「ああ。だからあんたは極道を辞めた。寺田も、他の人間ならとっくに諦めてこちら側に身を沈めたろうに全くもって染まらない。当然、紀伊田もだ。あいつは俺のいる世界には染まらない」

「だから突き放すのか。惚れてるのに……」

「惚れた腫れたの話じゃねぇんだよ。あいつの人生に関わる問題だ」

 冷静だが、強い意志のこもった言葉に圧倒されて松岡は何も言い返せなかった。

「染まり切れない世界に身を置くことはその人間の本質を死に追いやるのと同じだ。極道だから堅気だからなんて理由は関係ねぇ。『世界が違う』とはそういうことだ」

 呆然とする松岡を横目に、内藤は、この話は終わりだ、とばかり、契約書の入った封筒を松岡に突き付けながら椅子から立ち上がった。
 去り際、おもむろに松岡を振り返った。

「そう言えば……。脳の中でも聴覚中枢は最後まで生き残ると医者が言ってたな。反応出来なくても声は聞こえてるらしいって……」

 何を言われたのかすぐには理解出来なかった。

 ーーー声は聞こえてる……?

 去っていく内藤の後ろ姿を眺めながら心の中で繰り返し、ようやくハタと気付く。
 途端、忘れていた大事なことが松岡の脳裏に閃光のように瞬いた。
 祈ることしか出来ない? それじゃダメだ。神様任せでも他人任せでもなく、この俺が亜也人を助けなければ。
 狂おしい思いが松岡を奮い立たせる。
 亜也人の元へ戻ろうと立ち上がると、ズボンの後ろポケットに入れていたスマホがメールを受信した。
 誰だろうと手に取り目を丸める。
 亜也人からだ。
 まさか。亜也人は病室で眠っている。
 しかし、着信表示は亜也人の名前を示している。
 もしや目覚めたのでは。
 淡い期待が頭をかすめたが、そうだとしても病室に亜也人のスマホは置いていない。
 胸騒ぎを覚えながら、松岡は亜也人からのメールの文面を表示させた。

『ーーー吉祥へ』
このメールを読んでいるということは、俺はまだ吉祥の元へは帰っていない、ってことかな。それとも、とっくに帰ってるのに、俺が送信予約を解除し忘れて届いちゃってる感じかな。
 もしそうなら恥ずいからここですぐ消してください』

 予約送信。
 丸山たちが迎えに来る前、自分の部屋に着替えに戻った時に打ったのだろう。
 思いを巡らせながら、松岡は、亜也人の、いつも亜也人が自分に話しかけてくる時の口調とは違う真面目くさったメッセージを必死で目で追った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 改めまして吉祥へ。
 こんな大事なことを突然、一人で勝手に決めてごめんなさい。でも、これだけは自分で決着つけたいのて、許してください。
 吉祥と出会ってから今までいろんなことがあったけど、俺は吉祥といれて凄く凄く幸せでした。これからもずっとずっと一緒にいたいです。
 俺が良二に会うこと、吉祥は、本当はすごく嫌で怒ってると思うけど、俺は、吉祥とずっといたいから良二と会います。
 離れるんじゃありません。
 俺は、吉祥と離れるんじゃなくて、これからもずっと吉祥と一緒にいたいから行きます。
 吉祥とずっと一緒にいるために、ほんの少し離れるだけです。
 だからぜったい帰ってくるから心配しないで。
 何があっても絶対、絶対帰ってくるから、俺のこと絶対まてて下さい。そして帰ったら、お帰りのキスをいっぱいして下さい。
 もうすぐ行くけど、絶対帰るから待ってて下さい。
 そしたら、キスをいっぱいして、これからもずっとずっと俺と一緒にいて下さい。
 じゃあ、行ってきます。吉祥、大好き。愛してる。
 あやと。

 ーーーあの野郎……。
 
 涙がひとりでに頬を伝う。
 流れ出した涙は止まることを知らず、松岡は人目も憚らず泣き崩れた。
 絶対、絶対、帰ってくる。
 しつこいほど繰り返される言葉の裏側に亜也人の不安が滲み出ている。
 本当は怖くて仕方ない。帰って来たいと文面が訴えている。

「強がりやがってあのバカが……」

 自分の部屋で、たった一人で震えながらメッセージを打つ亜也人の姿が松岡の脳裏に浮かび上がる。
 たすけて、と、小さな背中が言っている。
 帰りたいよ。吉祥、助けて。
 そう言われているような気がして、松岡は涙を拭って顔を上げた。
 
 ーーー俺が助ける。待ってろ亜也人。

 廊下を走り、病室へと駆け付ける。
 反応出来なくても声は聞こえている。内藤の言葉を信じ、松岡は亜也人の眠るベッドの横に座り込み、亜也人の手を自分の額につけながら祈るように握り締めた。

「亜也人! 聞こえるか? 俺はここだ! 俺のとこに早く戻って来いッ!」

 亜也人は長い睫毛を下瞼に被せままピクリとも動かない。
 それでも松岡は亜也人に呼び掛けた。

「戻って来て俺とキスするんだろ? たくさんたくさんキスしよう。ほら、もたもたしてねぇで戻って来い! 聞こえてるんだろ? 亜也人! 俺はここだ! 俺のとこへ早く帰って来い!」

 俺はここだ。ここでお前を待ってる。
 帰って来たらいっぱいいっぱいキスをする。
 ずっとずっと一緒にいる。
 亜也人の黒く澄んだ瞳を思い浮かべながら、松岡は、休むことなく声を掛け続けた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 下半身が焼けるように熱かった。
 硬くて太いモノが身体の中を何度も行き来する。抱き上げられているのか押し潰されているのかも解らない。ただ、突き上げられては揺さぶられ、その繰り返しに、亜也人は、もはや喘ぎ声とも言えないけたたましい叫び声を張り上げながら、真っ白く霞んだ世界を見上げていた。
 お尻の奥とペニスがジンジン痺れている。
 お尻の中の肉ひだという肉ひだが収縮し、広げられた入り口が、良二の男根が抜き差しされるたび、グチュッ、グチュッ、と厭らしい音を立てながら中に溜まった精液を溢れさせる。
 ペニスは勃起する力すらなくなるほどいたぶられ、そのくせ壊れた蛇口のように、おしっこなのか精液なのか解らない液体をたらたらと漏らし続けている。
 亜也人自身に自覚は無い。入り口の厭らしい音もペニスのはしたない様子も、良二がそう言うからそうなのだろうという認識だ。
 亜也人にあるのは気の遠くなるような快楽と底知れない恐ろしさ。
 責苦のような愛撫に、吐き出す息までもが悲鳴に変わり、唇を閉じる暇もないほど叫び狂う。
 止めたくても止まらない。口が勝手に叫んでしまう。
 気持ち良いか? と聞かれるが、正直、亜也人にもよく解らなくなっていた。
 気持ち良いのかつらいのか。考る暇も与えられないまま身体中の至るところを撫でられ、吸われ、いじくり回され、時折苦いものを無理やり口の中にねじ込まれて舌が千切れるほど激しく舐め回される。
 すぐに効いてくる、と良二が耳元で囁く。

『もう一度だけチャンスをやる。俺のところへ戻って来るよなぁ』 

 首を横に振ると、途端に、良二の手が首に掛かる。
 さっきから同じことの繰り返し。
 聞かれては目の前が真っ暗になり、また白く霞がかった世界に戻される。
 苦しい。息が出来ない。

『誰にもやらねぇ! 俺のだッ! 俺のだぁぁぁッ!』

 殺されては、生き還らされる感覚。
 亜也人はこの感覚をよく知っている。
 良二といた頃。良二はよくこうして亜也人を追い詰めた。
 自分の何が良二をそうさせたのか、正直、亜也人には未だに良く解らない。ただ、『俺を見ろ』とよく言われた。
 俺だけを見ろ。俺から離れるな。
 良二はことあるごとに亜也人にそう言い聞かせ、「俺が好きか?」と確認するように問い詰めた。
 亜也人は、「良二が好き」と答えた。
 亜也人が、「好き」と言うと良二は機嫌が良かった。
 機嫌が良い時の良二は優しく穏やかで、いつもより少し幼い印象になる。周りは荒々しく暴力的な良二を求めたが、亜也人は穏やかな良二が好きだった。
 良二が好き。良二だけ。
 繰り返し答えているうちに、いつしか亜也人の口癖になった。
 しかし、良二の衝動は止むどころかますますエスカレートしていった。どんなに「好き」と伝えても、良二はやはり亜也人の首に手を掛けた。
 その手にじわじわと力を込める時、良二はいつもひどく悲しい顔をした。
 力の強い良二に首を絞められるたび、亜也人は嫌でも死を意識した。
 けれど、不思議と恐怖は感じなかった。
 死ぬなら死ぬで構わない。
 良二の腕の中で死ねるなら、むしろ本望だとさえ思っていた。
 しかし、今は違っていた。
 今は、絶対に死にたく無かった。

『俺から離れないよな? 俺のところにいるよな?』

 うん。と、首を縦に振ればおそらく死なずには済むのだろう。しかし今の亜也人にそこまで考える余裕は無かった。亜也人はただ、一刻も早くこの状況から逃れたかった。
 良二に激しく問い詰められながら、亜也人はただ脳裏に浮かぶ松岡に必死で訴えた。

 ーーー吉祥、助けて。帰りたいよ……。

 メリメリと身体を裂かれる衝撃と息苦しさに耐えながら、亜也人は何度も何度も訴えた。
 時間の感覚はとうに無い。音も景色も何も無かった。
 次第に身体の感覚もなくなり、自分が生きているのか死んでいるのかも解らなくなった頃、ふいに松岡の声が聞こえたような気がして亜也人は耳を澄ませた。

『帰って来い! 亜也人!』

 間違いない。松岡の声だ。

『俺はここだ! ここにいる!』

 ーーー吉祥、どこッ?

 あたりを見渡し、声のする方に意識を集中させる。
 すると、突然、自分の身体の重みがズッシリと背中に掛かったような感覚に襲われ、亜也人は咄嗟に目を開けた。

「亜也人ッ!」

 白い幕で覆われたような視界の先で、大きな影が揺れている。
 それが松岡の泣き顔だと気付くまでに時間は掛からなかった。

「亜也人! 俺が解るかッ! 亜也人ッ!」

 必死な顔。
 疲れた目。ボサボサの髪。
 次第に鮮明になっていく松岡の輪郭を、亜也人は瞬きをするのも惜しむようにじっと見詰めた。

「亜也人! 俺が見えるか? 俺の顔が分かるか?」

 見たこともないぐしゃぐしゃな泣き顔が食い入るように亜也人を見返す。

 ーーー吉祥。

「ただいま……」

 自分を見詰める愛おしい瞳に、亜也人はの精一杯の笑顔を向けた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 積川良二が精神科に入院したと知ったのは、亜也人が退院する前日のことだった。
 松岡はそれを、ふらりと病院に現れた内藤から直接聞いた。
 もともと感情の起伏が激しく攻撃的な性格の積川良二であったが、酸攻撃アシッドアタック以降、情緒不安による暴力衝動が抑えられず、ところ構わず暴れ狂っていたことは今更説明されるまでもない。
 その粗暴行為はもちろん、スティンガーのナンバー2である新庄武志が火消しに追われていたことは、敵対勢力だけでなく内藤を良く思わない傘下組織の格好の笑いのネタにもなっていた。
 精神のバランスを崩し、感情のコントロールが効かなくなっている。安定剤や睡眠薬が欠かせず過剰摂取状態オーバードーズだったことも紀伊田から聞いて知っていた。
 ただでさえ躁状態にあるところへ持ってきて、薬の切れ目に使った覚醒剤エスが高揚感を高め積川を更に凶暴化させた。それが引き金になったかどうかは不明だが、結果的に、積川良二は反社会性パーソナリティー障害と双極性障害と診断され、暴力衝動を抑制するため内藤の指示で医療保護入院という名の強制入院となった。
 いつもなら内々で揉み消されてしまう案件であったが、積川が紀伊田への陵辱行為を収めた動画を紀伊田のアドレスに一斉送信したことが誤算となった。
 紀伊田の情報源の中には系列団体の代表や親団体の主要幹部なども含まれており、メール送信は、積川の暴挙を組織内に知らしめるとともに、紀伊田を可愛がっていた上役たちの怒りを買った。内藤もその中の一人であることは言うまでもない。紀伊田を傷付けたことが結果的に積川自身の首を絞める形となった。
 これにより、積川は若頭補佐から若衆へ降格となり、退院後は内藤の監視のもと一から出直すこととなった。
 スティンガーは積川の私兵から石破組組長である内藤の直轄部隊となり、一命を取り留めた新庄武志が当面の総代を務める。
 降格処分を受けたところで積川の罪が許されるわけではなかったが、入院治療後も内藤の監視下に置かれることは、亜也人を守る上では安心材料となった。

「こうして顔を合わせて話すのもこれが最後になるかも知れないな。達者で……。あのガキにもよろしく伝えてくれ……」

 部下を引き連れて去って行く内藤の背中を、松岡は感慨深い気持ちで見送った。
 亜也人と知り合ってからの内藤とのいざこざが、目蓋の裏に走馬灯のように浮かんでは消えて行く。
 もう内藤の陰に怯えることは無い。
 長い間の悪夢からようやく解放された。
 亜也人は晴れて自由の身となり松岡の元へ戻った。
 待ち望んだ結果が今ここにある。
 にも関わらず今だに実感が湧かないのは、信じられない現実に気持ちが追いついていないのと、想像だにしなかった亜也人の強さに圧倒されていたせいだった。
 実際、内藤から借用書を取り戻し、N企画との専属契約を白紙撤回させたのは、他でもない亜也人本人だ。
 ベッドの上で眠る、亜也人の無防備であどけない寝顔を見ながら、松岡は、この細く頼りない身体の一体どこにそんな底力があったのかと感心していた。

 ーーー俺が思っているよりよっぽど強い。

 守っているようで守られている。
 亜也人と知り合ってからずっと感じていたことはやはり間違いではなかった。

「お前は凄いな……」

 無垢な寝顔に呟きながら、松岡は、小さな寝息を立てる桜色の唇にそっと唇を重ねた。
 

 それから五ヶ月後の八月の終わり。
 時折りうなじをなぞる肌寒い風に夏の終わりを感じさせる夜に、松岡と亜也人は、二人が選ぶには少し堅苦しい、畏まった雰囲気のフレンチレストランにいた。
 平日の夜ということもあり客もまばら。案内された丸テーブルには、松岡と亜也人の他にもう二人分のカトラリーが並べられている。

「来てくれるかな……」

「来るさ」

 松岡の返答に亜也人が長い睫毛を瞬かせながら伏せ目がちに微笑む。

 長いようであっという間に過ぎた五ヶ月という月日。
 その間、精神科へ入院した積川良二は三ヶ月ほどの治療を経て組に戻り、内藤の宣言通り見習いとして一から修行し直している。
 新庄は一ヶ月の入院治療の後スティンガーに復帰し、積川良二が総代として戻る日を待ち侘びながら荒くれ者たちをまとめ上げている。
 丸山は、若頭として他の系列団体と親交を深めるなど着々と基盤を固め、逢坂は丸山の下で事実上の若頭補佐としてN企画を盛り立てていると聞いた。
 内藤はというと、兼ねてから問題視されていた積川良二への異常な肩入れが幹部会で取り上げられ、積川との関係性の説明を求められたがこれを拒否。幹部会独自の調査の中で、積川良二がとある大物フィクサーと内藤の母親との間に出来た子供であり内藤とは異父兄弟に当たるという疑惑が浮上したが、内藤の母親は既に他界、積川も、今は亡き積川の両親の実子として出生届が出されているため、それ以上の追及は難しいとされた。 

 紀伊田は、内藤が手配した病院を退院後、自宅マンションに戻り静養している。
 これまで数々の男と浮名を流し、時には危険な目にも遭ってきた紀伊田であったが、積川とのセックス動画を友人知人に拡散されたことは、さすがに精神的ダメージが大きすぎた。
 意識が戻ってホッとしたのも束の間、紀伊田は、一言も話さず、食事も摂らず、死んだように自分の殻に閉じこもっていた。
 松岡はそれを内藤から聞かされた。
 松岡と亜也人にはもう二度と関わらないと誓った内藤であったが、明るく朗らかだった紀伊田が別人のように塞ぎ込んでいるのを見るに見兼ねて、一度だけ松岡に電話を掛けてきた。プライドの高い内藤が恥を忍んで連絡してきたのだ。当時の紀伊田がいかに危険な状態であったかが伺い知れる。
 事情を知った松岡はすぐに亜也人に相談し、亜也人とともに紀伊田に働きかけた。
 紀伊田がどこまで気持ちを持ち直しているかは定かではない。しかし、今日、この場に来て欲しいという松岡の申し出を断らなかったということは、少なからず良い変化は見せているのだろうと信じていた。

「心配しなくても、約束の時間までまだ少しある」

 入り口をしきりに気にする亜也人に伝え、松岡は、脇に置いたセカンドバッグから封筒を取り出した。
 封を開けて中身を確認すると、亜也人が、「あっ!」と叫んで椅子から立ち上がった。

「紀伊田さん! こっち、こっち!」

 紀伊田と、隣にもう一人。
 佐伯だ。
 家庭教師として尋ねて来る時の佐伯からは想像もつかないハイセンスなダークグレーのスーツを着こなし、同じく、濃紺のスーツをスッキリと着こなした紀伊田をエスコートしながら席に近付く。
 松岡が、「二人で来たのか?」と揶揄うと、佐伯は、日焼けした顔をくしゃくしゃにして照れ臭そうに笑った。

「表で会ったんですよ。紀伊田さん、迷ってたみたいだから俺が声掛けて」

 紀伊田は、怒ったような困ったような顔で俯いている。
 久しぶりに見る紀伊田は、少し痩せて線が細くなったものの、柔らかい雰囲気や上品そうな顔立ちは最後に会った時のままだった。

「迷ってたわけじゃない。ちょ、ちょうど入ろうと思ってたんだ……」

「そんなこと言って、地図と睨めっこしてたじゃないですか」

「誰が……」

「はいはい。いいからまずは席に着きましょう。ほら、店員さん、困ってる」

 紀伊田の肩に手を置いて着席を促すと、佐伯は自分も紀伊田の隣の席に着き、おもむろに紀伊田の方へ身体を向けた。

「改めまして。紀伊田さん、お久しぶりです」

 佐伯の言葉に、紀伊田が居心地の悪そうな顔で目を逸らす。
 佐伯が来ることを知れば紀伊田が来ないと思い、敢えて何も言わずに呼び出した。
 そもそも他に誰も来ないとは言っていない。騙したわけでは無かったが、紀伊田にとっては騙し討ちに逢ったも同然で、頑なになるのも無理は無かった。
 一方、佐伯は、紀伊田に会えたことが純粋に嬉しいらしく、「放っておいてくれ」とばかり唇を歪めて黙り込む紀伊田をものともせず、溢れんばかりの笑顔で一方的に話し掛けている。

「それにしてもいつぶり? 九ヶ月? 十ヶ月? 俺、少しは良い男はなった? 紀伊田さんは少し痩せたね。あ、もちろん、今もすごく綺麗だけど……」

 佐伯が、紀伊田を拉致したストーカーに刺された事件はまだ記憶に新しい。
 その後二人は別れたが、お互いの近況は松岡や亜也人を通じて何となくだが掴める状況にはなっていた。
 近すぎて見えないものがある。
 二人の気持ちは二人にしか解らない。しかし松岡の目には、佐伯は誠実に紀伊田を想い、紀伊田は他の人間には向けない柔らかい目を佐伯に向ける。
 内藤の言う、『染まる、染まらない』で言えば、とうに染まっている二人だった。
 それは、人の力の届かないところまで波及する。
 事実、紀伊田が別れのケジメに佐伯のアドレスを消去したことで、佐伯の元へ動画は届かなかった。
 佐伯も佐伯で、紀伊田の身に何が起こったのか薄々気付きながら、真実を追及しようとはせず、傷付いた紀伊田を陰ながら見守っている。
 アドレスに無いのだから届かなくて当然。しかし動画を拡散されて精神的に追い詰められていた紀伊田にとって、この事実は、メールが届かなかったという物理的な意味以上の特別な何かを持つと松岡は思っていた。
 だからこそ松岡は二人に頼みたかった。

「興奮する気持ちも解るが、紀伊田も久しぶりに会って戸惑ってるんだ。それくらいにしといてやれ」

 佐伯に正面を向くように言い、セカンドバックから取り出した封筒の中身を取り出し、テーブルの上に置く。
 途端に、佐伯が、「え?」と声を上げ、釣られて顔を上げた紀伊田がハッと目を見開いた。

「養子縁組……届け?」

 亜也人が、睫毛の長い目を糸のように細めて、ヘヘッ、と笑う。

「明日で二十歳だから、明日、吉祥と一緒にね。……えへへッ」

「今日は、さしづめ、前夜祭、ってとこだ。だが、宴の前にまずはお前たちにお願いがある」

 松岡が言うと、佐伯が、まだ何も聞かないうちから「もちろん」と答え、紀伊田が隣に座る亜也人に椅子から身を乗り出して抱きついた。

「おめでとう亜也ちゃん……」

 亜也人が嬉しそうに紀伊田を抱きしめ返す。

「ありがとう。紀伊田さんのお陰だよ。だから泣かないで」

 自分のことのように喜ぶ紀伊田に、松岡も目頭が熱くなる。
 その後、紀伊田の涙がおさまるのを待ち、養子縁組届の証人欄に紀伊田と佐伯がそれぞれ住所と名前を記入した。
 後で書いた佐伯がペンを置くと、その様子を見ていた亜也人が、「佐伯先生たちが入籍するみたい」と呟き、佐伯が笑った。
 
 松岡は、証人の署名を終えた届出書を感慨深い思いで眺めていた。
 あとは役所に提出するだけとなった書類を見ているうちに、これまでの亜也人との日々が胸に蘇り鼻の奥がツンと痺れた。

『これからもずっとずっと俺と一緒にいて下さい』

 亜也人の言葉を噛み締めながら、松岡は、養子縁組届を丁寧に折りたたみ、封筒に戻した。
 バッグに仕舞い、ホールの端に立つギャルソンに目配せする。
 暫くして、食前酒のシャンパンと亜也人の炭酸水が運ばれると、佐伯が乾杯の音頭を取り、それぞれが目の前にグラスを掲げて乾杯。
 温かな笑顔と幸せな涙に包まれながら、松岡と亜也人の入籍前夜祭は始まった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「おいで」と、シャワーから戻ったばかりの亜也人をベッドの中へ招き入れ、抱き締めながら寝返りを打って仰向けに組み敷く。
 松岡の手の中で亜也人の細い身体が小さくしなる。
 首筋に唇を這わせながらバスローブの紐をほどいて胸の合わせ目を開くと、ほんのりとピンク色に染まった胸元がボディソープの清涼な香りを舞い上げ、いつもより赤く色付いた乳首が乳輪をふっくらと膨らませながら松岡を誘惑した。
 美味しいワインを飲んだせいだろう。頭がフワフワと気持ち良く、亜也人がいつもより何倍も美しく官能的に見える。
 寺田亜也人として過ごす最後の夜を最高の想い出にしてやろうと意気込んでみたものの、亜也人の額にかかる黒い濡れ髪や潤んだ瞳、上気した頬や艶やかな唇を見ているうちに、亜也人の身体の中に深く身を沈めた時の、自分の下で喘ぐ亜也人の悩ましい姿を思い出し、ひとりでに下半身が疼き出す。
 気付かれないよう腰を浮かせたが、全裸にバスローブを羽織っただけの無防備な状態では、硬くなり始めた男根が亜也人の太ももに当たるのを避けることは難しかった。

「俺がシャワー浴びてる時、エロいこと考えてたんだろ」

 悪戯そうに笑う亜也人の唇を唇で塞ぎ、甘噛みしながら何度も吸ってゆっくり離した。

「お前こそ、待ち切れなくて急いで出てきたんじゃないのか?」

 亜也人が、黒目がちな瞳をくるんと上に向けて、「バカ」と呟く。
 はにかむように瞬く長い睫毛。
 吐き出す吐息が、ねっとりと熱く鼻先に絡む。
 再び唇を重ねると、松岡が唇を割るより先に亜也人の唇が小さく開き、熱い舌が口の中に流れ込んできた。

「んっ、んんっ……」

 負けじと、亜也人の舌を舌の先で巻き取り、深く絡めて吸い上げる。
 互いに食べ合うように舌を絡ませ合い、口を開いたまま唇を吸ったり離したりしながら、角度を変えて何度も激しく求め合う。
 硬くなった松岡の男根に硬いものが当たっている。
「これは何だ?」と手のひらに握り込むと、亜也人が、「ああんッ」と切ない声を上げて身を捩った。

「キスだけでこんなに硬くして。人のこと言えた義理か」

「きっ……吉祥がこんなキスするから……」

「お前だってしてるだろ?」
 
 張り詰めたペニスを片手で扱きながら、半開きの唇にもう一度唇を合わせて下唇から首筋へと滑らせる。
 舌の先を硬くして乳首の表面を舐め上げると、亜也人の肩がビクビクっと震える。

「こっちももうビンビンだ……」

「いちいち言うなぁッ……んッ……」

 逃げられないよう腕を押さえ付け、乳輪の外側のをくるくると円を描くように舐め回し、真ん中の硬く尖った乳首を舌の先で揉み潰す。
「ああああッ」という喘ぎ声。
 握り締めたペニスがどんどん硬さを増していく。
 手の位置をずらして、熱く膨れたカリ首に指先を這わせると、すべすべとした陰茎に淫らな汁が伝い流れているのが解った。

「先に一回抜いとくか?」

「あんッ、やだぁッ……」

 乳首を舐め回したい衝動を抑え、亜也人の股間の真正面に移動して身を屈めた。
 閉じようとする両膝を肩を割り込ませて開き、先走りで濡れるカリ首を舌の先で舐め上げる。
 亜也人が、「ひッ」とお腹をへこませる。
 構わず、根元を掴んでカリ首を舌の先でぐるりとなぞり、裏筋をくすぐるように舐め上げた。

「やだやだぁ……しつこくすんなぁッ……」

 飽きられないよう、その都度バリエーションを変えて亜也人を抱く松岡であったが、どんなに攻め方を変えようと、深く根付いた傾向だけは変えられない。
 裏筋をひと舐めされただけで、松岡の愛撫を知り尽くした亜也人が、これから始まるしつこい舌技を察して早くも音を上げる。
 その反応が返って松岡の欲情を煽り立てた。
 涙目になりながら嫌々をする亜也人を愉しむように、松岡は舌の先を蛇のように動かして敏感な部分を更に責め立てる。

「やぁッ! ダメッ、おねが……ぁひッ! いやッ、やッ……ぁ……」

 硬く張った先端が熱を増し、根元の膨らみが硬く腫れ上がる。
 口に含んで上下に啜り上げると、先端から溢れた蜜が唾液と混ざって喉奥に流れ落ち、じゅるじゅると卑猥な音を立てた。

「も、やだぁッ……いッ、いッくうぅッ……いっちゃうぅッ……」

 叫ぶと同時に、亜也人のペニスが舌の上でビクンと弾け熱い精液が上顎にぶつかる。それを、亜也人の顔を見ながらわざと解るようゴクリと飲み込むと、松岡の喉を見ていた亜也人の顔が羞恥に歪んだ。

「飲むなよ、ばかぁ……」

「好きなヤツのを飲んで何がいけない? お前だって飲むだろう?」

「吉祥が『飲め』って言うからだろ? もうやだ。こっち見んなぁ……」

 恨めしそうに見上げる瞳に愛おしさが込み上げる。
 最初に抱いた時は、手負の獣さながらの激しさで松岡に歯向かい、抵抗の限りを尽くした亜也人。
 それでも自分のものにしたい衝動が抑えられず、松岡は嫌がる亜也人を無理やり犯して手に入れた。
 親子ほど歳の離れた、高校生のガキ。
 しかし、生まれて初めて、心の底から“欲しい”と思った相手だった。
 理屈も常識も関係ない。松岡の心の中心が亜也人を欲して止まなかった。
 その亜也人が、今、こうして自分に全てを晒し、委ねている。
 今、目の前で、白い頬を上気させながら瞳を潤ませる亜也人を見ているうちに、亜也人とともにいられる幸せが確かな実感となって松岡の胸に押し寄せた。
 亜也人の濁りのない澄んだ瞳が松岡の心を優しく包み温かいもので満たしていく。
 引き込まれるように、松岡は、身を乗り出して亜也人を抱き締めた。

「お前が欲しい。……いいか?」

 亜也人が胸板におでこをつけたまま呆れたように笑う。

「とっくにそのつもりのくせに今さらそれ聞く?」

 憎まれ口を叩きながらも、松岡がローションを手に取ると、両足を胸の前に持ち上げてお尻を向ける。
 小ぶりな尻の肉を開いて入り口の表面に塗り、皺の一つ一つを丁寧に揉みほぐす。
 指先を差し込み、纏わり付く肉壁を広げながら奥へ進んでは掻き出すように戻る。感じる部分を擦られながら戻る刺激に、亜也人が、胸の前で折り曲げた足をピンと反らせて切なく喘ぐ。

「も……いじんなくていっ……からッ……」

 甘い吐息に鼻声が混じり出す頃合いを見計らい、指を抜いて、お尻の間に腰を据える。
 これ以上ないほど張り詰めた男根の先をヒクつく入り口に当て、亜也人の細い腰を太ももの下から抱えるように持ち上げてゆっくり挿入した。

「あっ、あああっ……」

 一番太いカリ首まで沈め、身を乗り出しながら根元まで一気に突き入れる。
 纏わり付く粘膜の熱さと押し返そうとうねる肉壁の動き。亜也人の身体の中の感触を味わいながら肉壁が男根に馴染むのを待つと、松岡の下で吐息を上げる亜也人がふいに口元をフッと緩めた。

「何が可笑しいんだ?」

「可笑しいんじゃない。感慨深い……って言うの? 胸がこうジンとする、変な感じ……」

 亜也人は言うと、目を細めて小さく笑った。

「明日の今頃は、もう、松岡亜也人なんだな、と思うとなんだかさ……」

「マリッジブルーか?」

「茶化さないでよ」

 濡れた唇を尖らせ、松岡を睨む。しかしそれもほんの一瞬。またすぐに柔らかい表情に戻る。

「本当に……吉祥と家族になれるのかと思うと、すごく嬉しいんだ……。今まで色んなことがあったけど、そんなのもうどうでもよくなるぐらい嬉しくて……幸せで……」

「俺も同じ気持ちだ……」

「吉祥も?」

「ああ」と頷き、額に流れる黒髪を指先で払い、汗ばむおでこに口付けた。

「俺も、すごく幸せだ。これまでの辛いことなんか全部忘れて、これから俺と幸せな人生をやり直そう……」

 亜也人は、にっこりと微笑み、それから、「ううん」と首を横に振った。

「やり直す必要はないよ。やり直さないし、忘れもしない」

 松岡は何を言われたのか解らず狼狽えたが、亜也人の悪戯そうな瞳が不安を拭った。

「俺の人生は確かに最悪だったけど、そうでなきゃ今こうして吉祥には出会えて無かった。良二のことも、内藤のことも、その中の何か一つでも欠けてたら、ひょっとしたら俺は吉祥と出会って無かったかも知れない。そう考えたら、無駄なことは何ひとつ無かった。今は全てがかけがえのない思い出なんだ」

 なぁんて、今が幸せだから言えるんだけどね、と顔をくしゃくしゃにして笑う。

「だから、“やり直す”んじゃなくて、俺は吉祥と“幸せ”になるの」

 辛い過去など無かったかのような無邪気な笑顔に、松岡の心の糸が揺さぶられ、例えようもないほどの狂おしい感情が込み上げた。

「お前って奴は……」
 
 愛してる、と、何度言っても言い足りない。
 言葉では収まりきらない想いが松岡の身体を突き動かし、亜也人をこれ以上ないほど強く求めさせる。
 両手で頬を包んで見詰めると、松岡の気持ちを察したのか、亜也人が、真っ直ぐに見つめ返して微笑んだ。

「だから、ずっとずっと一緒にいて。俺が今も気持ちのままでいられるように……」

 松岡は、

「ーーーああ」

 亜也人を腕の中に掻き抱き、しっかりと抱き締めた。

「動くぞ……」

「ん……」
 
 亜也人の細く滑らかな脚を持ち上げ、ゆっくりと腰を引いて奥へと突き上げる。
 たちまち、亜也人の肉壁が縋り付くように絡み付く。
 目が眩むような幸福に、松岡の頬にひとりでに涙が伝う。

「あッ……吉祥ぅ……ぁあン……」

 煌めく視界の先で、亜也人の美しく可憐な唇が、「愛してる」と動いた。

「愛してる」
 
 ーーーずっと、ずっと、一緒にいよう。

 思いを胸に、松岡は、亜也人の中に深く身体を沈めた。




おわり。
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感想 5

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みんなの感想(5件)

希京
2022.05.01 希京

ようやく完読、すごい面白かったです。良二がいいキャラでした。早く回復して一皮むけたいい男になって戻ってきてと思いながら破滅していく姿を読んでいました。現存する組織と重ねてみたり、懐かしのカラーギャング、いや~、若い頃を思い出します。暴対法前はカオスで楽しかったですね。今はもうおとぎ話の中でしかヤクザは活躍できない。自分が書いたヤクザ像は自滅を選ばせましたが、マストは傾国の美少年ですね。誰にも愛される謎の美少年、私も絶対このキャラを出します(笑)。このキャラがいないと話がまとならない台風の目のような存在で、亜也人くん可愛かったです^^。ヤクザ、キメセク、美少年。絶対コレですね。大好物です。

2022.05.01 瀬楽英津子

感想ありがとうございます。
描きたい意欲に能力が伴わず、大変読みづらい拙い文章にもかかわらず最後まで読んでいただき感謝しております。
絶対的弱者のような亜也人と、完全悪のような良二。亜也人に惹かれ運命を変えられていく松岡。それぞれの視点から見た善悪、本当の強さとは何なのか、それぞれが持って生まれた宿命に立ち向かいながら生きる姿を亜也人を通して描きたいという思いから、勢いのまま書き殴ってしまいました。
自分の文章力、表現力のなさに何度も挫けそうになりましたが、こうして感想をいただけで報われた思いです。今後の糧にして、これからも頑張ります。

解除
はる
2022.03.03 はる

初めまして!
こちらの作品大好きすぎるくらい大好きなのですが、番外編等をお描き頂くご予定はもうございませんか?

2022.03.03 瀬楽英津子

大好きと言っていただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます。
番外編は只今構想中です。
私自身も思い入れのある長編なので、この先も気まぐれに続ける予定です。
お付き合いいただければ幸いです。

解除
ゆかりん
2021.11.24 ゆかりん

読了しました。
こんなにも重厚なお話、ありがとうございました。
読み進む手が止まらなかったです。
(攻め)松岡の(受け)への気持ち、想いが、最初から最後まで一切ブレず、溺愛していたところが私の一番のツボでした。年の差年上溺愛攻めが大好物なんです。
執筆活動、これからも頑張ってくださいね。
応援します。

2021.11.24 瀬楽英津子

ありがとうございます。
長いお話しを最後まで読んでいただき感謝致します。理由の無い溺愛を描きたかったので、受け止めていただけて大変嬉しいです。
まだまだ拙い文章ではありますが、今後も書き進めて参りますので、また読んでいただければ嬉しいです。

解除

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